長倉ハルセの初ログイン
空き時間に進めた『ニジゲンに飽きたトコロ(体験版)』は、『EX』の開始前に何とか終わった。
まぁ終わったというか【続きは製品版でお楽しみ下さい!】と出て、これ以上はストーリーを進められなくなったというのが正しい。
ステータスを上げるミニゲームを触って、学園や周辺を探索中に攻略対象四名と彼等に近しい女性四名と面識ができた。これからどうすればいいのかな、と手探りしていたところだった。
一番初めに会ったこともあってか、タクティーとは話す機会が多かった。
そのお忍び殿下と学園街のパン屋近くで出くわした時、怪我を治してくれたお礼だと言って、オレンジ色の薔薇の砂糖菓子をくれた。
そうしたら、例によって例の如くの唐突さでウィンドウが出てきた。そこに、体験版はここまで、といった内容が書いてあったのだ。きっと、あのお菓子が、少しばかり関係が進展したという合図だったのだろう。
取り敢えず出来るところまでプレイしたのでハルセは他の人の体験談を知りたかったのだが、検索して出てくるのはこれから始まるオンライン版の事ばかり。
開発会社のサイトで製品版の情報をちらりと見つけられたけれど、発売時期が未定になっている。
というか、物が在るにも関わらず開発会社のサイトにも体験版の事が出ていない。
(もしかして、かなり希少品を貰っちゃってる……?)
兄の友達はどういう立場の人なんだろうか。その人も貰い物だったそうだが……
小首を傾げたら目元にこぼれてきた前髪をかき上げ、無駄な思考を放棄する。
(けど、これ珍しい物となると、いいのかなぁ)
何せ、ハルセは攻略対象者の情報を幾ばくか知ってしまった。
体験版では人々に話しかけると、その当人の事は全然話してくれないのだけれど、攻略対象者や近しい女性の事は何かしら教えてくれる仕様だったのだ。
だから第三王子が身分の低い側室の子で、王族として必要とされていない事。人前では王族として何とか振舞っているけれど、無気力な目をしていることも多い。なんて、何処から掴んだと思えるネタも得ている。
彼の婚約者として内定しかけているのは、癒しの魔法の才があっても発動できるだけの魔力が無い侯爵家の長女。厄介者同士でお似合いだと周囲から嘲笑されており、当事者二人共がその噂を知ってしまっている。
王太子が即位したら田舎へ臣籍降下が決定している王子は、期待されない者同士の傷の舐め合いはしたくない模様。令嬢にもその両親にも、王家から打診があっても気にせず断っていいと伝えているそうだ。
ただ、その侯爵令嬢は馬車に乗せてくれた美少女だ。あの時もそれ以降の反応も、彼女自身は王子を憎からず思っている様子なので、すれ違っているんだなぁ、てな事までハルセは把握している。
そして何よりハルセは『EX』のヒロイン五人の正体を察してしまった。
正ヒロインは異世界から来た子で、残りは攻略対象周辺に配されていた女性陣である。
名前が違ったけれど家名が同じマリア・リーベルトという隣国からの留学生が、近衛騎士見習いの近くに居たのだ。
宰相令息には平民ながらも特待生だという少女が纏わりついていたし、魔法師団の新星には学園の新任教諭が結構ぐいぐい言い寄っていた。
(やっぱり正ヒロインに選ばれた子以外は賑やかしかなぁ)
ハルセは、ほんの少しがっかりしていた。
体験版で最後にタクティーから可愛いお菓子を貰えたのが、思いのほか嬉しかったから。
我ながらちょろいな、と苦笑いして、ハルセは気持ちを切り替えた。
陽毬にそのうち送ってあげようと思うスクリーンショットを整理する。
体験版では【貴女のとっておきの一枚をゲットしよう】と撮影が奨励されていた。なので、記録魔法も使えるんだ? と、こぼれるように笑った学園での殿下を何枚か撮らせてもらったのだ。これならきっと、陽毬も満足するに違いない。
(うん、木漏れ日みたいな目)
期せずして某キャラクターデザイン担当と似た感想を抱いているとは、ハルセは知る由もない。
そうしてとうとう、三月二十四日を迎えた。
午前九時からと覚えていたが、昼過ぎに現実で自動車学校の技能教習があった。ハルセは出遅れ上等で、学校から帰ってきてから初ログインを果たした。
(あれっ)
薄暗かったけれど、立っていたのは森じゃなかった。
見覚えがあるというか、だいぶ馴染んできていた寮の部屋だった。
(体験版のチップは外してパッケージに戻したし……正ヒロインじゃないからスタート地点、違うのかな)
戸惑いがちに視線を巡らせると、カーテンの引かれた窓辺のライティングデスクの上に光っている物がある。何か届いていた時の現象だ。歩み寄って触れると、いつものウィンドウが出てきた。
【ようこそエフィメラル王国へ
ここは魔法を主に学ぶ学園の学生寮です】
以下、体験版の仕様と殆ど同じ、自室に関する説明が並んでいる。
少し違うのは、この部屋で時間を進める事ができない点だろうか。ベッドに寝転んだだけで朝にはできないようだ。
オンライン版では朝が一時間、昼が四時間、夕方が一時間、夜が一時間と過ぎると日付が変わるようだ。
午前九時から六時間ばかり経過していたので、今は日が暮れて夜になろうとしているわけだ。
無意識に灯の魔法を使いかけ、解説文の最後に魔法の発現方法が書いてあるのに気づいた。
(そうか、こっちでは灯はまだ覚えてない)
ファルセが魔法を意識して手の甲をなぞってみると、やはり今は癒ししか使えないのが判った。
と、突然、新たにウィンドウが出た。
【魔法の使い方を覚えた
ボーナスとして“特製クッキー”をゲットした】
(最初からポケットに入ってたんじゃなかったんだ)
体験版だと魔法は強制で使うことになったからか、お知らせも無くクッキーはポケット欄にあった。【気になる彼にあげちゃう?】と解説の付いているアイテムだ。
どうにも、意外とちらほら違いがあって混乱する。
他の違いを探してみたら【ログアウト中の履歴】という項目がシステムメニュー内に在る。外部のキャラクター頁で行動の指標を設定できるのと同じ機能らしい。
(そういえば、ステ上げたいなって、取り敢えず“学園に通う(運動)”って指定しておいったっけ)
八日にキャラクターを確定させてから、一度確認したきりでキャラクター頁は見ていなかった。体験版を遊び始めてしまったからだ。
履歴を見てみた。
[三・二四 朝:学園寮に入寮。
学園に行ってみる]
[ 昼:武術教練場でドギー・イネルグと知り合う。
学生食堂で昼食]
「ちょ──⁉」
(まさかマリアとして動いてるっ?)
「待って、待って──」
思わず口走りつつ、ファルセは視界に浮かぶシステムメニューに指を彷徨わせ、迷った末に行動指標を“学園に通う(魔法)”に変更した。
体験版で知り合った近衛騎士見習いは、ニコニコしているのは好感が持てたけれど、如何せん脳筋過ぎた。
近衛騎士には一定の魔法技術も必要らしいのに、苦手だと言って練習しない。剣の腕前は正規の近衛の中でも高いようなのだけれど、あの調子では昇格できないんじゃないかと思えた。そもそも、傍に居たマリアがそれを助長していた。彼女の言い分は「わたくしが魔法を担当すればいいんですもの」。あっちの留学生は癒しの魔法だけでなく、他の魔法も早い段階で色々と会得していたようなのだ。
対してこちらの留学生と言えば先程確認したとおり、今は癒しのみだ。
(マリアは自国からの束縛回避にドギーからの束縛を願ってたフシがあった。歪な共依存しかけてたけど、あれじゃドギーは見習いのままだったろうし、結局マリアも国に帰らないといけなくなったんじゃないのかな……)
とにかく、タクティーだけじゃなくドギーにも関わるのは遠慮したい。
(あーもう、ログアウト中の自分が不安過ぎる。マリア感を払拭するまでマメにログインするしかないのか)
顔の第一印象は良さげだった宰相令息も、選民思想が強めで何だか距離を置きたい人物だった。学業成績はトップでも、正にその思想の所為で父親から後を任せられないと指摘されていたっぽい。が、身分制の履き違えを理解できていなかった。実家が後見している特待生の身分が気に入らないみたいだったし、根無し草の異世界人にも居丈高な言動だった。
だからさっき行動指標を“学園に通う(座学)”にしかけたものの、クルグラと接触したくなかったから、やめた。
指標は他にも学園や学園街の散策、学園街でアルバイト、ダンジョンで冒険といったモノがある。ファルセのステータスは体験版ヒロインより貧弱だった。初期は学園に居てもらった方が良い。
体験版で初期にダンジョンへ向かったら、即行で気絶してステータスの一部が減ったのは苦い思い出である。ダンジョンへ行かなくても学園でちまちまステータスは上げられたから、最初はそれでいくしかない。
いつしか真っ暗になった部屋でつらつら考えていたファルセは、気づいてはいけない事が浮かんでしまった。
(あれ、わたしこのゲーム何でやってるんだろ……ログイン中はタクティーにも近づけないだろうし)
彼へほんのりとした気持ちは生まれてしまったけれど、ファンとの争奪戦に加わってでもという域には達していない。
(はぁ……五十時間の縛りがあった)
絶対に達成しなくてはいけないわけでもないようだが、ここまで来て投げ出すのもナンである。達成すれば製品版も貰えるし。
(ずっとステ上げして後はダンジョンでひゃっはーでもするかー)
【累計ログイン時間:三二分】
先は長い。
ファルセは小さく溜め息をついた。




