運営チームの四方山話
『ニジゲンに飽きたトコロEX』のゲーム世界では、ヒロイン降臨前から既に時間が流れ出している。
攻略対象やモブの言動がより自然になるよう、各AIが刻々と学びを重ねているのだ。
運営チームはその様子を随時モニターで確認し、時には修正を加えたりしている。
三月某日。
「タクティー、拙くないです?」
モニター室に集まっている男性四人の内の新米が、誰にともなく戸惑い気味に問うた。横の席の若手社員が軽く応じる。
「放置でいいっしょ。背景設定から外れてはいないし、せっかく育ててくれたんすから」
「でもかなり鍛えないとステでの好感度が全く入らないですよ、これ」
言い募る新米に、三十代のリーダーが虚ろな声で笑った。
「いや、それでいいんだよ多分。当選メール送信した後のSNSの動き、見ただろ? 信者怖いよ」
嗚呼、と複数の声が同調する。
ヒロイン選抜にも関わっていた若手と四十路のチーフが、悪夢を思い返すような遠い目になる。
携帯端末にはIDが紐づけられるのに、狂気を感じる数の端末を用意して応募してきた猛者。どれだけ送ろうとも一口だけしか受理しません、勘弁してください。
サイトからの応募しか受け付けないと明記しているのに、社に履歴書を送ってきた女性。どうも年齢を偽りたかった模様。何故か婚姻届けも同封されていた。開いた社員は、ひっ、と悲鳴を上げていた。
年齢制限に関しては履歴書の人は大人しい方で、「差別ですか?」「上限上げてください、酷い!」「十八なんてババァじゃねーか」etc.の“御意見”が。
他にも自分本位な要望がメールや電話で来ること来ること……
この手の応募者は全体からすると少数ではあったけれど、分母が大きかっただけに洒落にならない数に至ったものだ。
何とかまともそうな、設定に合いそうな応募者を篩にかけた。
募集時のアンケートから恋愛シミュレーション経験者一名、他のオンライン系ゲームを嗜んでいる二名、殆どゲームを触ったことがない二名を拾い上げ……
そうしてやっと当選のお知らせを発送したわけだが、即行でSNSに上げて自慢したヒロインが一人出た。予想されていた動きではあったが、あっという間に無関係の愉快犯も湧き、羨ましがったり妬んだりはともかく、煽るわ貶すわの醜い女の闘いが繰り広げられていた。
“ハッピーエンドは釣りで、最初からノーマルエンドに適した人しか当選させないつもりだったに違いない”という主張がファンから出てきた点も、予定調和である。ではあるが、今この場に居ないキャラクターデザイン担当が提言した時は、まさか本当にその論調になるとは思っていなかった社員も多かった。
チーフが緩く首を振る。
「芳月君はここんところ露出減ってるって聞いてたけど、それでもこれだけ騒ぎになるんだから……いま人気絶頂のアイドルと関わる現場なんて寒気がするなぁ」
「つーかウチは予算を抑えられて助かりましたが、売り出し中の新人でもないのに、よく事務所もOKしたもんですよね。マージン取れるんですかね」
「落ち目で他に仕事が無かったんじゃないっすか」
「いやー、最近も新開発のコンタクトレンズのCMに出てるじゃん。狐の耳と尻尾つけて」
「あっ、それ端末を視線で操作できるってヤツですよね──あれ芳月サンか!」
「キャラデザ担当が鼻血噴きそうになってたよ。ケモミミだわ瞳がアップになるもんだわで」
「あぁ、スーパーノヴァみたいな」
チーフが言うと、リーダーが乾いた笑いを洩らす。
「六波羅は森の中って表現してましたね。貴男の瞳で森林浴ぅ、とかワケ解らんこと叫んでて」
平素は優秀なイラストレーターでもある同僚の痴態を聞かされ、やや微妙な間が生まれた。
流れを変えるように、若手が首の後ろをさすって口を開いた。
「じゃー、まぁ、仕事にあぶれてないとすると、何でウチの仕事にここまで力入れてくれてんすかね。累計ログイン時間、廃人みたいになってるっしょ」
「六波羅情報だと彼、今までゲームの類を殆どしてないらしい。バラエティで脱出ゲームに出演した時に非常に初々しかったそうだ」
「先輩、六波羅フィルターかかったタクきゅん情報は要らないす」
「──もしかして、それで今やたらダンジョンに潜ってるんです⁉」
新米がモニターでキャラクターのステータスを再確認する。ははは、と目を逸らしてリーダーは笑った。
「楽しんでくれてて重畳。儚げに戦闘してたから無問題」
「あれねー、笑っちゃ悪いんだけど、最初の頃、飛び掛かってきたスライム手で薙ぎ払って、傷んだ拳を切なそうに見つめてんのがさぁ。じわじわきたね」
「要らない子の僕にはこんな姿がお似合いだ……って空気を醸してましたよね。シュールだったけど」
「え、ソレ観たいです!」
「十二月頃のを探せばあるよー」
教えられてしばらく記録映像を漁っていた新米が、戻ってくるなり言った。
「タクティー、儚げに学園街のお忍びしてるうちにパン屋の小母ちゃんを攻略してないです?」
「ステ差の穴埋め要員になってるっすね。あの辺の優しい性格づけしてるAI、今じゃこぞってタクティーに餌付けしてるっしょ?」
「AIの進歩を驚くべきなのか、芳月タクトの演技力に慄くべきなのか……」
リーダーが呟くように言うと、新米が溜め息に近い吐息を漏らした。
「今度採用の抑揚でダメージ量が変わるヤツ、調整しないと駄目ですよね。おかしな威力になってましたよ」
チーフがささっとモニターを探って、眉を上げた。
「プロが詠唱するとお化けだねぇ」
「中二病大歓喜システムだと思ったんすけど、ちょいやり過ぎかー」
「『ニジ飽き』はそのままにします?」
「まぁそうだね、お試しだし。こっちで使いこなすの芳月君だけだろうし」
首肯するチーフに、若手が楽しそうに言った。
「あの創作呪文、幾つかデフォとして採用させてもらえないっすかね」
「予算的に、クレジットに名前載せるぐらいしかできないぞ」
リーダーが、苦笑いして世知辛い現実を告げていた。
二次元を肴に、彼等の雑談と作業は続いていく──




