長倉ハルセのニアミス
三月三日になっても陽毬からの歓喜の知らせは届かなかった。
彼女の性格からして、当選していたら絶対に連絡をしてくると思う。恐らく陽毬の元へは当選メールが来ていない。
ハルセは午前中から悶々としていた。
“お一人様一点限り”を家族総出で買いに行くが如くの応募に踏み切った陽毬。それが無効な事は本人もすぐに理解していたものの、あそこまで必死に掴みに行った枠を横から攫ってしまったと打ち明けたら、一体どんな反応をされるか予測できない。怖い。
でも言わないまま何食わぬ顔で遊ぶなんて不義理はしたくない。この数日で、ちょっとやってみる気になってしまっただけに尚更だ。陽毬が引っ張り込んでくれなければ存在さえ知ることが無かっただろうジャンルに出会えた、感謝の気持ちも少しある。
二回ばかり深呼吸して、ハルセは携帯端末で陽毬に電話をかけた。
すぐ繋がった陽毬は、ハルセが打ち明ける前に早速その件について話し始めた。
〔ナガちゃんっ、あのねあのね、一日にタクト君のゲーム、当選発表があったようなの!〕
「あ、うん、実は──」
〔定員五名の筈なのに、受かったってデマ流すのがぞろぞろ湧いてさー〕
「──えっ」
〔まぁ今日までに大体“この五人はガチっぽい”って纏められて落ち着いてきてるんだけど〕
「え、そう、なの」
頭に疑問符が飛び交った。陽毬の様子だと、ハルセはその纏められた五人の中に入っていない。まだ誰か、若しくは全員が騙っている。
〔ま、ね、冷静に考えてみれば、タクト君を攻略なんてナイよね。バッドエンド出すわけにもいかないだろうから、元から全員ノーマルエンドって前提で選ばれてんのよ〕
ノーマルエンドとは何だろうとハルセは更なる疑問が浮かんだが、取り敢えず陽毬が気落ちも怒りもしていないようなのでホッとした。
「よく解んないけど、わたしのトコにも当選したってメールが来てて」
シンとなった。
ぽろりとカミングアウトできたものの、ドキドキしてくる。
「隣国の、留学生に当選した、って」
〔──っあー、あぁー、やっぱりねっ?〕
やや裏返った声になったが、陽毬は続けた。〔ナガちゃんがそんな嘘吐く意味無いしホントなわけだ。ってか、やっぱりノーマルエンド要員っ。王子様と王子様でより自然な友情って感じー〕
曖昧に相槌を打ったハルセは、少し淋しくなった。
陽毬はハルセを信用してくれたのではないと気づいてしまった。
ロジックで導き出した結果としてハルセの言葉を信じていた。
徐々にいつもの調子に戻った陽毬は、ハルセに当選メールの事を根掘り葉掘り訊いてきた。
流れで留学生ファルセ・リーベルトというキャラクターの背景設定や、ハルセがログアウトしていてもAIが動かしていくらしいといった事も教えた。
ファルセが地元では聖女扱いという点に、王子が聖女──カオス、と陽毬はウケていた。
話しているうちに、ファンの間で当確と出回っている情報がおかしいことを陽毬も察して、鼻を鳴らした。普段の彼女からは出てこない、やさぐれた感じの台詞が端末から耳に飛び込んでくる。
〔あーあ、名前の挙がってる五人、はっずかしー。そんなにタクト君のカノジョ候補になれたって自慢したいのぉ? 旅先で声かけするのをちょーぉっと許されただけだっつーのにさ〕
どうやら大多数のファンの間では、そういう認識になってきているらしい。仮想空間でのちょっと豪華な握手会なのだ、と。
乙女ゲーム上のノーマルエンドというのは、攻略対象に嫌われはしなかったものの、友達にはなれましたという感じで終わる事らしい。
今回の企画に参加できなかったファン達は、そういう終焉を迎えるべきだと圧をかけてきている模様。
恐ろしい。ハルセは第三王子に近づくのを極力避けようと決意した。
週明けの昼下がり、ちゃんと髭を剃ったテツが実家に来た。
先日の母の暴露話を思い出しつつ、ハルセは久しぶりの兄を見やる。
洗ってあるタッパーを幾つかダイニングのテーブルに出してから、妹の生暖かい視線には気づかず、兄は言った。
「お前さんの何やかんやの祝いにメシでも奢るが、どうする」
「え、やった。ラーメンと餃子食べたい。兄ぃの行きつけとかあるんでしょ」
陽毬や他のクラスメイト達と行くのは小洒落た店ばかりなのだ。
おぅ、と兄は口の片端を器用に上げた。
「んじゃ、ガッコの近くだな。お前さんは安上がりでイイ」
いつにする、と訊かれたので、明日の昼を空けてもらった。兄も春休みに入っている所為か簡単に応じてくれた。
大学最寄り駅を出た所で待ち合わせようと約束した後、そうだ、と兄がバックパックの内ポケットを漁って、小ぶりなメモ帳でも入っていそうな紙袋を取り出した。
「これな、妹が大学受かったって話したら、貰いもんだけど良かったら、て」
「誰? 知ってる人?」
少々面食らいつつ、ありがと、と受け取って袋の口から中を軽く覗く。ゲームソフトっぽかった。
兄は寸時、言葉を探すように天井へ目をやった。
「お前さんが知ってるかは判らん。俺もメールではやり取りしてたが、道場で顔合わせたのは二年ぶりだった」
兄の通っている道場は剣術も教えているから、広いし人の出入りも多い。ほぼハルセは面識の無い相手のようだ。
そっか、と応じて袋から中身を取り出したハルセは、ぽかんとした。
パッケージの真ん中に、第三王子タクティーが居る。
『ニジゲンに飽きたトコロ(体験版)』と可愛いフォントで上に書いてある。
(こんなのあったんだ⁉)
「真ん中の儚げな男は芳月タクトがモデルなんだが、お前さんも知ってたか」
「っあ、うん、あの、陽毬の推しだから」
兄が眉根を僅かに寄せた。
ハルセはしまったと口を噤む。
テツと陽毬のソリが合わないのは小学生の頃から明白だった。陽毬が一方的に怖がっているだけかと思っていたら、兄も随分前から避けていたようで……
『あいつの“ありがとね”は好かん』
中学に上がったばかりの兄が、不貞腐れたように漏らしていたのが不意に蘇る。『口癖でしかない』
当時は“ありがとう”と“ごめんなさい”がすっと口に出来る事を、何で嫌うのか理解できなかったのに。
いま急に、心の隅で微かな納得が生じてしまった。
狼狽えてハルセが目を彷徨わせていると、テツは半眼になって言ってきた。
「お前さんが遊ばんのなら持って帰る。貰いもんだからと言っても、それをまたぞろ根古塚に横流しされんのは、一度俺が貰っちまった手前、嫌だ」
「……うん……解った。わたしが遊ぶ」
ん、と兄は鼻で息をつき、やや気まずそうに頭を掻いた。
「明日のラーメン、好きなだけトッピング乗せていいからな」
そう言って、アパートへ帰っていった。
次の日に兄が連れて行ってくれた小さなラーメン屋では、配膳をしていた店の小母さんが、お兄ちゃんイケメンだねぇ、あたしの払いでおまけしちゃう! とハルセに熱烈なサービスをしてくれた。
常連のアンタにもおまけ! ともやしを増量してもらった実の兄は、物凄く複雑そうな表情をしていた。
ラーメン餃子定食+杏仁豆腐、とても美味しかった。




