長倉ハルセの母
全日程が好天でたくさんの流星を観測できた合宿も終わった。
ロディがあからさまに御機嫌でハルセの隣に居るものだから、何かあったなとメンバーに薄々勘付かれて滅茶苦茶恥ずかしかった。サラシを止めようかと思っていたけれど、合宿中は根性で続けた。
帰宅して巷が盆休みに入ったら七美からメッセージが来た。
【やほ。
ねこっちが結婚したって連絡来てるよね?
えがっちがお祝いを友人一同で贈らねって誘ってくれたんだけど、ながっちもどう?
えがっちの話だとデキ婚なんだってさ。お腹目立つ前に式を急いでんだって。でも向こうの親がお金出し渋ってるらしい。ぎすぎすしそうだし出席しない方が無難そう。
んで、私ら学生ってコトで結婚祝いと出産祝いも纏めちゃわねって感じになってる。
産まれてないのに贈るのアリなのと思ってたら、前祝いというのがあるらしい】
(学校が“それどころじゃない”ってソレかぁ)
他に感じる何かは浮かんでこなくて、ハルセは【私も入れてー】と返信した。
その後、一番事情に通じているらしい子が、集まった祝い金で何か贈ってくれたようだ。一斉送信したらしい【ありがとねー】が陽毬から来た。ハルセはもう特に連絡を取らなかった。
八月はそんな風に過ぎていって、九月になった。
残暑の厳しい中、レポートの提出や前期試験の予定がちょいちょい入る。
試験日程が終わった下旬には、サークルで短期合宿がキャンパス内で行われた。
みんなでわいわいと大学祭の展示用プラネタリウムの制作をした。段ボールでドームを作る計画で、なかなか本格的な物に仕上がりそうである。
そうして、九月の末に一つのニュースが一部新聞やSNSでも取り沙汰された。
タレント芳月タクトの、事務所からの退所と芸能界の引退。
[契約満了での円満退所です]
アップされた動画を携帯端末で観てみたら、ロディが余所行きの微笑を浮かべていた。現実ではもう半年間もドレッドヘアにサングラスの彼ばかり見ているから、スーツ姿で焦げ茶色のナチュラルな短髪に美しい双眸がやたら爽やかな好青年に見えた。
インタビュアーが、まだ十九歳と大変お若いですが今後のご予定は、と質問を飛ばす。
[何処か地方でゆっくりします]
画面越しでもどきりとするようなはにかみ顔になって、ロディは白い歯をこぼした。[田舎のおじさんになろうかな、って]
えぇーっ、と周囲から声があがっていた。
[最後にお仕事させてもらった『ニジゲンに飽きたトコロ』というゲームが、十二月十二日に発売します。先行予約も明日から受付開始です。宜しくお願いします]
ちゃっかり宣伝して会見を終えていた。
一般の人々は、ふーん、で済む話だが、ファンの反応は当然ながら阿鼻叫喚だった。
一部は、働きづめだったもんねぇ、としんみりしたコメントをしていたものの、泣き過ぎて頭痛い、とか、明日から何を支えにすれば、といった悲痛なモノも発信されている。
そして又もや、ハニーの中の人のSNSがプチ炎上した。彼女は彼の引退を残念がるごく真っ当な書き込みをしたのだが、こんなのが最後の相手役とか有り得ない、というファンの八つ当たりが発生していた。ハニーはビジュアル的には紛うことなき美少女侯爵令嬢である。現在進行形カノジョのハルセはちょっと胃が痛い。
こんなにたくさんのファンの存在を知るにつけ、本当に彼は何故ハルセに雷が落ちたのかと思うが、こればかりは相性とか巡り合わせとしか言いようが無いのだろう。
後期講義が始まった十月に入ると『ニジ飽き』のプロモーションムービーが公開された。
どうやら体験版と違って、製品版は五人のヒロインの中から一人を選んでプレイできるようだ。
そんなわけでプロモでは五人の選べるヒロインと四人の攻略対象の様々な動きがピックアップしてあった。
園庭で第三王子を遠くから見つめて頬を染める、乙女な異世界の迷子。
講義室でお色気たっぷりにウインクしつつ教鞭をとる新米教師。
教練場や教室で、近衛騎士見習いや宰相令息を元気に応援する平民の特待生。
最後には王子を射止め、華やかな結婚式で頬にキスを受ける幸せそうな侯爵令嬢。
そんな中、やけに尺を取って隣国の留学生と魔法師団の新星のキスシーンがしれっと採用されていて、ハルセは叫びそうになった。傍から見ると男性同士に見えて何やら怪しい。
とはいえ、もう会えないと思っていたAIロディが動いていて、無表情なのにとても優しい空気を纏っていたのが、個人的にはきゅんときた。
帰りの電車待ちのホームで一緒に観ていた本物のロディは、ハニーのほっぺにチューしていることは棚に上げて、君が映ってるけど悔しいからもう観たくない、と口を尖らせた。
「この素敵ロディは、中の人が学習させた賜物なのに」
ハルセがぽろりと漏らしたら、急に耳元で囁いてくる。
「これから僕のオウチ来ない?」
「変なコトしないなら行く」
「よし、純粋に愛を交わすだけだから、来れるね」
「……どういうトコに住んでるかは見たい」
携帯端末をポケットに差し込みつつ、ハルセは横目にロディを見上げた。「わたし、来年の春から一人暮らしするんだ。あんまり家賃高いトコは参考にならないけど、ロディも一人暮らしなんだよね?」
「あぁ、テツもそんなこと言ってあのアパートだったか」
ロディはサングラス越しに上を見たようだった。「まぁ、残念ながら僕のオウチは学生が短期に住むようなトコじゃないな。母親が設計して建てた彼女名義のマンションで、入居者も厳選されてる」
流石につい先日までタレントだっただけある。民間の高級賃貸を想像していたら、それとも少し違う感じだ。
「ロディが安心して住める場所なんだ」
彼は婚約を申し込みに来た折、もう数年に渡り“肉親とは年に一度会うか会わないかぐらい”などと言っていた。身内は全員が好きに生きていて、自分もそれを許されている、と。良く言えばそうなのだろうが、悪く言えば関係の希薄さがまるでノヴァ家の御曹司のようであった。
だから、住まいに親御さんがそれとなく関わってはいる事に少し安堵する。
「名義が母親なだけでガワは普通のマンションだよ」
ハルセの表情の和らぎに、ロディは何処となくくすぐったそうに頭を傾けてきながら言った。「あ、でもテツが遊びに来た時、コンシェルジュに驚いてたな」
「おおぅ、ホテルみたい」
「そいや、智チャンとこはコンシェルジュじゃないけど管理人がちゃんと居ていい感じじゃない?」
「あ、そうなんだよ、あそこいいよね」
「僕としてもハルはあそこに入ってくれると安心だなぁ」
ハルセの前髪を指先で少し弄んで、ロディは微笑んだ。「来春からは僕、ずっと傍に居られないから。遅くなる時は、あそこならテツが送れるだろうし、智チャンも安心だ」
「──そうか。イギリス行くんだったね」
すぐ隣に居るのに、ハルセは淋しくなった。ロディはおどけたように眉を上げる。
「ずっと居られないけど、しょっちゅう押し掛けるよ? 僕のホントのオウチはハルの居る所だもの」
ときめいてしまって繋いだ手をハルセが握り直すと、ロディは嬉しそうに手を揺らした。
十月も半ばになると大学では一般学生も学祭の準備に本腰を入れてきた。天体観測同好会ではプラネタリウムの仕上げと同時に、販売品の“星飴”と称した金平糖作りを始めた。
菜箸や数本の竹串でフライパン上の糖蜜を細かいザラメに絡め、弱火でちまちま転がして少しずつ大きくしていく。時間がかかる為みんなで交代しつつ、観測と同じようにじっくり腰を据えてやる作業だった。
この頃にハルセは、家では母と一緒にわらび餅とチョコレートトリュフ作りの練習をしていた。ロディの誕生日が近づいていたからだ。
魔法師団の新星同様、中の人も甘い物が割と好きだ。今度は貰い物のクッキーだの市販のキャンディーだので胃袋を掴まず、ちゃんと手作りしてみようというわけだった。
母はついでにあげなよと糠漬けをせっせと用意している。和食好きらしいと言ったら、張り切り出してしまった。誕生日にそれはどうなのと渋ったら、ハルちゃんからなら何でも喜んで受け取るわよ、と言い切られた。しかし糠漬けは微妙だと思う。
「昔のプロポーズなんて朝のお味噌汁の話してたんだから大丈夫よ」
ハルセは釈然としなかったが、母は更に思いついたようでキッチンを出て行って、何かの箱を持ってきた。
お菓子かと思ったら、違った。中身を確かめて固まるハルセの前で、母はあっけらかんと言ってのけた。
「わたし達はもう使わないだろうし、勿体無いから一緒に持ってきなさい。何なら一番喜ぶから」
「こっ、こここれ、コレわたしが渡すのっ?」
ロディも冗談っぽく仄めかすし、実を言ってハルセの頭の中にはその行為が浮かぶようにはなっていた。けれど避妊具をわざわざ持っていくのは糠漬けより抵抗がある。
口づけした日はママの顔が見れなかったといった歌詞が何故か脳内に流れてきて、今この時に、あれは本当の事だったと感想が走り抜ける。
たちまちほてった顔でハルセは目を彷徨わせたが、母は真面目な口調になって言った。
「ハルちゃん達の歳で何も無い方が不健全だよ。でもね、陽毬ちゃんみたいな事になるのは、ウチは本当に困る。その辺はちゃんとしてくれないと。周りが大変なの」
祝い金の事もあって陽毬が妊娠して結婚したとは母にも話していた。その時は、あらぁ、と応じて祝い金の一部を出してくれただけで他にはあれこれ訊かれなかった。けれど考えてみれば当たり前だが、親として思うトコロが何も無い筈がないのだ。
七美からのメッセージにあった陽毬の相手の実家にまつわる話を思い出すと、ハルセもただ恥ずかしがっているわけにもいかずにこくりと頷く。
聞き分けたハルセに母はホッとしたような顔をしてから、息をついた。
「陽毬ちゃんの所はホントにねぇ。お振袖も奮発したらしいのに仮撮影だけで、本番はもうお腹大きくて無理だろうし。振袖着られないなら成人式になんて出ないって本人も言い出してるみたいだよ」
ご近所ネットワークで母は新たな情報まで掴んでいたようだ。そか……と相槌を打ったハルセは、不意に湧き上がった希望をおずおずと申し出た。
「わたし──袴で、出たいかも。もう間に合わない……?」
あらっ、と母は華やいだ声をあげた。
「袴ならきっと、まだ間に合うよ。ロディ君効果だね? いいんじゃない、わたしの時にも居たよ、袴の子。袴なら卒業式にも着れるじゃん、買おう買おう」
母はきゃっきゃとはしゃぎ出して、今にもくるくる踊り出しそうだった。「ロディ君が美人のハルちゃんに気づいてくれてホント良かったわぁ。ハルちゃんが幸せになれそうで嬉しいぃ」
本当に長く、心配をかけてきたことが思い起こされて。
改めて、愛されていることも解って。
ハルセはふにゃりと泣き笑いの顔になった。




