運営チームの打ち上げ
六月二十六日の昼下がり、そこそこお高い焼き肉店の個室にモニター室の四人は集まっていた。
本日はチーフのポケットマネーで開催の、ごく内々の打ち上げである。
次々といい音を響かせている網の上を見ながら若手が訊いた。
「そいや芳月さん、来るんすか?」
「顔見せてくれるみたいー。アルコールじゃなくていいなら一杯だけ乾杯にって」
「そういや十九でしたね」
リーダーがトングで肉を裏返しつつ言う。「もうしばらく飲まないでおくか……」
運ばれてきたサラダの小鉢を配膳していた新米社員が、改めて箸を手にする。しみじみと言った。
「オレもうホント、オンライン系遠慮したいです。早めに終わって、本当にほっとしました」
「先生参戦の三角関係で長引きかけた割にな」
「いきなりリーベルトさんがリボン引いたからねぇ」
「無自覚にトドメ刺してくスタイル何なんすかね」
艶々白米の茶碗を手にして若手が乾いた笑いを漏らす。「ロディが彼女をガチに口説いてんの、六波羅もとうとう気づいちゃって発狂してたし」
「観ちゃいましたか……仕事にならないから観ないと言ってたのに」
「長倉さんに接触を図るくらい本気だとは気づいていない。セーフだ……」
新しい肉を乗せてリーダーが自分に言い聞かせるように応じる。
「“コレはBLなのよ”て繰り返してたっすけど、セーフて言えるっすかアレ」
「最後の方はリーベルトさん、女の子にしか見えなくなってたけどなぁ」
チーフが目を細めた。サラダを完食した新米社員が確認する。
「タクティー攻略の日のファルセさんとロディ、使いますよね」
全員が首肯した。
「乙女ゲームのプロモでアレを出さずにいるなんて、あり得ないねぇ」
「あれでタクティーもアンダルア嬢とのエンディングを綺麗にこなした。AIに助けられたんじゃないか」
「誓いのキスシーンの演り方、珍しく悩んでるみたいだったっすからね」
そう言った若手後輩の背を、チーフが労いを込めて叩く。AIロディとファルセがキスを贈り合った記録動画。それを芳月タクトに送ったのは彼だった。
追加の肉を頼もうかと言っていた頃、お疲れ様です、とゲストが到着した。
野暮ったい黒縁眼鏡に黒い野球帽を目深に被っているというのに、姿勢の良さと他の清潔感ある装いでイケメン臭が漏れている。
全員立ち上がって、リーダーが席へと手で促す。帽子を取って会釈した芳月タクト青年は、外した眼鏡をシャツのポケットに引っかけると着席した。一同も座り直す。
新米と若手の顔に、タクティーだー、という心の声が反映されていた。
チーフがメニューを示して、お好きな物をどうぞ、と勧める。新星の過去として設定通りに語っていたが、飲食物に混ぜ物をされた件、ここにいるメンバーは実話でもある気がしていた。
タクト氏は表向き嬉しそうにメニューを眺め、烏龍茶とマンゴーアイス、卓に残っていたサラダを“美味しそうなので僕も”と選択していた。ファルセへの態度は清々しいほど肉食系だったが、食は違った。
箸休めに運営チームの面々も似たような物を注文して、全員でグラスを手にした。
「それでは、無事にひと段落ついた事を祝って」
チーフが杯を掲げ、乾杯、と皆で唱和した。
それとなくチーム一同はファルセの話題を避けた。気分は既に、後は若いお二人で、というヤツである。それ以上に、タクティー攻略日以降三日間、彼女が全くログインしないままサービスが終了した事を、触れずに済ませられるなら済ませたかった。
ハニーとのエンディングイベントを終え、サービス終了日ともなった最後の最後。芳月タクトはタクティーからロディへ入り直し、AIファルセと揃いの杖でチャンバラごっこをしたりして遊んでいた。表向き微笑ましい様子だったが、ひょっとすると地雷が潜んでいる。
とはいえ、どうしても共通のネタは『EX』である。
「ユリアさんが来なくなった後、急にAIのハニーさんを連れてダンジョン行き始めましたよね」
新米が素朴な疑問という風に尋ねた。
ちょっとだけえくぼを浮かべてマンゴーアイスを食べていたタクト氏は、こくりと頷いた。
「彼女とタクティーはずっと会話を重ねてアイテムも随分貰っているのに、後発のモスカ令嬢より段階が進んだお知らせが来なくて不思議に思えました。能力差があると駄目だったんですよね?」
ヒロイン参入後は殆どタクティーに入っていなかったものの、ユリアとの違いで気づいたようだ。
「そうです。ステ差が相当あったので、その点で相手の魅力が半減して見える状態が定期的に起こっていました」
「ユリアさん、ソコをついて追い上げてきてたっす」
若手が肩を竦めると、タクト氏は納得したように頷く。
そこで小爆弾を落としてきた。
「すみません。他の人まで攻略する気無かったんですけど、リアルの都合で時間をかけていられなくなりました」
「あ、はい」
四人は理解する。深夜帯にログインしてAIハニーをダンジョンへ連行した時は人知れず抹殺する嫌がらせかとひやひやさせられたが、ひとえにパワーレベリングであった。
ここでなら僕は君に必要とされると思って、などと儚く笑い、自分の能力は上がらなくなっていたダンジョン浅層から中層を周回。後ろで“タクティー様”としか呟けないAIハニーを置いて一人でボスの瞬殺を繰り返していた。
魔法師団の新星ほどではないにしろ、タクティーもかなり鍛えてあった為できた事。出て来た宝箱から好感度上昇系アイテムが出れば自分に還元されるように貢ぎまくってもいたので、正真正銘の接待プレイである。
当時、この映像は使えないね、と言い合っていたが、やはりお蔵入りが決定だ。
それまで、会話内容はAI同士でも、かなりイイところまでいってはもだもだと後戻りを繰り返している状態だった。
パワーレベリングは数日を要した。ハニーは、ログインすると何故か能力値が爆上がりして大量の希少アイテムをゲットしている日が続いた。だが中の人は特に疑問視せず、AIがダンジョンで取って来た物を喜んで身に着けたりタクティーへ贈ったりしていた。
当然、物を贈ることを他のどのヒロインAIより学習しているハニーAIもせっせとポケット整理を兼ねて贈呈。
能力差が縮んで好感度が下がらなくなってからは、会話の停滞も解消され、あっという間に二人の関係は進んでエンディングへ到ったわけだ。
ロディは婚約以降も大人版になってからも、ファルセと戯れながら過ごして待てていた。なのに、何が起こっているのか。
運営チームは誰も訊こうとしなかった。何はともあれ、販促に使えそうな数々の映像は撮れている。企画はほぼ目論見通りに進行しているのだ。
頼んだ物を綺麗に食べ終えると、御馳走様でした、とタクト氏は穏やかな表情で箸を置いた。
そうして、特大の爆弾を落としてきた。
「皆さんにはお世話になりました。実は僕、今年の九月いっぱいで芸能界を引退するんです。最後のお仕事を皆さんとできて本当に良かったと思います。ありがとうございました」
「──は……」
チーフさえ咄嗟に言葉が続かない。
青年は静かに立ち上がると、眼鏡をかけた。
「プロモ、ハルと観るのを楽しみにしてます」
にこりと笑って言ってのけ、タクト氏は部屋の入り口で一礼すると帽子を被って出て行った。
その後、四人は変なテンションで飲み食いしまくった。
爆発しろぉ! と叫びが上がっていたのは御愛嬌。




