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ファルセ・リーベルトの別れ

 陽毬(ひまり)から買ったチケットに記載された日時は六月二十六日土曜日の昼だった。

 天体観測同好会の次の大きなイベントは八月の合宿だ。ハルセは今のうちに『EX(エクストラ)』の累計プレイ五十時間を達成すべく、空き時間を見つけてはログインしていた。(とも)も似たような感じだ。

 それもこれも、どうやらハニーがタクティー攻略に成功しそうだからである。

 実はトモミの観察によると、五月の連休明けからユリアがタクティー攻略に乗り出し、みるみるハニーを追い上げていた。ちょっと王子様が二股かけてるように見えた、とはトモミの談。両手に花状態だったようで、殿下は儚げに二人の美女の間で揺れていたようである。

 ところがである。アレである。例のリボン。

 あの深青(しんせい)のリボン、AIファルセがしれっと贈ってしまったのは五月十七日。

 コアファンの先生は魔王化した新星に見え隠れする芳月(よしづき)タクトの面影に、ばっちり気が付いた。気が付いてしまい、攻略不可になっている現状に心が折れてしまったみたいなのだ。

 ユリアが気づく前に何とかして砂時計を使っておくべきだったろうか……

 それとも、殿下が年上教師とただならぬ関係にならなくて良かったと思うべきだろうか……

 因みにコーニャは未だに二股殿下以上にふらふらしている。魔王も隠れキャラか何かだと勘違いしたらしい。ファルセを捜していたのか園庭へふらりと現れた彼へ、猛アピールしてスルーされていたとか。これもトモミの目撃談である。

 ともあれ強敵ユリアが脱落し、元々ひたすらタクティーを追いかけていたハニーは、ほぼ“勝利”を掴みかけている。

 そもそもタクティーは誰かに必要とされたい願望を抱えている王子様だ。

 ひっそりと寄り添って共倒れしそうな体験版のカタリナ・アンダルアのことは敬遠していた。が、妙な高笑いをする令嬢だとしても、逆境なんて知った事かといった感じのハニー・アンダルアみたいな子は相手としてぴったりだったというところか。


 そしてハニーとのゴールインが秒読みだからか、ここ最近の芳月タクトはタクティーに入っている模様。ファルセの持つアルバムはいつも赤色だった。ダンジョンに連れ込まれてお揃いの杖を貰って以降、会っていない。

 これはこれで浮気されている気がしないでもないが、致し方なし。


 六月二十日の日曜日。

 ログインして学園に来たファルセが図書室を覗くと、室内に居たAIロディがすぐ気が付いた。するっと立ち上がって歩み寄り、やんわりとハグしてくる。ファルセもぽふっと背中に手を回した。編んだ髪が甲に触れてくすぐったい。

 中の人が言っていたように、オトナロディにもだいぶ慣れてきてしまった。ドキドキはするが変な緊張はしなくなって、自分にびっくりである。まぁAIは無駄に色気を垂れ流さないし、スキンシップが大人しめなのもいいのだろう。

 ほのりとした体温とインクの匂いを感じてからファルセは身を離す。少しだけ硝子細工めいて見える綺麗な双眸がじっと見下ろしてきて、本を読む? とぽつりと言葉を紡いだ。

 うん、とファルセは微笑した。ロディが本を読んでいる姿は中の人の日常を垣間見るようで好きだった。ちょっと気になるのは、時々何か黙考するように拳を口元へ当てる仕草が、かなりドレッドヘアの人に似ているトコロか。

 窓辺のソファに並んで腰かけ、それぞれ一冊ずつ膝に広げる。ロディは中の人の癖を見事に学習していて、ちょっと頭を傾けてファルセにくっついてくる。ゆっくりと頁をめくりだした。ファルセもぺらりぺらりとめくっていく。

 あと少しで一冊終わるというところで、視界の少し上に大きな字幕が右から左へと流れ始めた。


【※侯爵令嬢ハニー・アンダルアがエフィメラル王国第三王子タクティーと婚約しました! 以降、エフィメラル王国第三王子タクティーは他プレイヤーの干渉を受けません。これにより、本サービスは明日より一週間以内に終了致します。詳細は別途お知らせをお送りします。御参加いただいた皆さん、ありがとうございました!※】


 三回繰り返して流れた後、字幕は消えた。

(ぎりぎり間に合った)

 ファルセは累計プレイ時間をちらりと見て息を吐く。ロディが本から目を上げ、小首を傾げた。漆黒の絹糸みたいな後れ毛が、さらりとこぼれる。

(これでマシュリとはまた会える。でも、このロディとは、もう……)

 胸が詰まって、ファルセは物静かな婚約者を見た。

「ロディ、大好き」

「ボクも大好き」

 ささやかに頬を緩め、ロディはいつもの彼らしい台詞を続けた。「そろそろ、キスしていい?」

 ファルセは泣き笑いの顔で応えた。

「いいよ」

 ロディは黙った。一度瞬きをして、口元に拳を当てると本を閉じる。

 それから迷うようだったけれど手をのばしてきた。ファルセの頬をそろりと包む。

 そうして、そっと額に唇を寄せた。

 ファルセの幼い主張も、このロディは覚えてくれていた。

 嬉しくて、切なくて、愛しかった。

 だから身を乗り出して、ファルセもロディの額に静かに口づけた。

 ふわりと再び彼は優しく抱き締めてくれる。

「ありがと……大好き」

「ボクも、大好き」

 かなり長いこと、ファルセは婚約者に抱き着いていた。

 解っていたけれど鼓動が聞けなくて、悲しさの上乗せでローブに涙が滲んでいった。けれど、ロディは嫌がらずにちゃんと付き合ってくれた。



 ロディの中の人は“そう待たせない”と言った。でも、ハルセは期待しないことにした。

 仕事とはいえ、他の人と婚約しちゃう人である。ぶっちゃけロマンス詐欺師である。

 いっ時の素敵な恋が出来たと思っておく。

 辛くて悲しい時もあったけれど、恥ずかしい事も多かったけれど、楽しかった。

 AIのロディを撮っておこうかと思った。が、悲しい思い出にしたくないからやめた。

 アルバムに写真は残さない。

 もう、それで良かった。


(幸せをありがとう──さようなら、わたしのお星様)


 その日を最後に、ハルセは『ニジゲンに飽きたトコロEX』を終了した。

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