ファルセ・リーベルトの魔王
トモミとダンジョンへ出かけた翌日の夜。中の人が婚約者断ちをしたらAIの行動がどうなったか、ハルセは寝る前にチェックしてみた。
【現在ログアウト中──行動指標設定:学園に通う(運動)】
[五・一七 ……]
[ 昼:武術教練場でドギー・イネルグと会う。運動。
学生食堂で昼食。ユリア・モスカを見かける]
[ 夕:園庭でロディ・ノヴァと触れ合う。深青のリボンを贈る。
寮で夕食。トモミ・ウチハシと語らう。???を見かける]
(ちょ──アレわたしのアクセじゃなかったの⁉)
ちゃんと運動していてホッとしたのも束の間、何かやらかしている。
自分用のリボンだと思ったから砂時計の解説しか見ていなかった。プレゼント用アイテムだったとは……!
(えぇえ……これまさか“しんせい”て読むとか?)
深青──新星とかけている気配が漂っている。
昨日開けた宝箱、体験版では初回に必ず出ていた特製クッキーが出なかった。少し首を傾げていたが、ファルセはもう婚約しているからだろうと漠然と納得もしていた。
まさか代わりに婚約者用アイテムが出てくるとは思ってもみなかった。
髪に使うリボンだと思い込んでいた。短髪男装のファルセにはお蔵入りになりそうなアイテムだったのに。同じくショートカットのロディは一体何処に結ぶのだろう。リボンタイにするんだろうか。
想像してみて、貴族のお坊ちゃんみが増しそうでイケる気がしてきた。黒尽くめがデフォルトなロディにはいい差し色だ。ちょっと見たい。できれば遠くから。
(明日、ちらっと見てみようー)
などと呑気に考えていたら智からメッセージが来ていたと、翌朝気づいた。
【ロディ君どうしちゃったの⁉ 又強制終了しちゃうかと思った!】
実に実に不穏な内容だった。
ハルセは慌てて行動履歴を確認したけれど、文字列からは取り立てて異変は察せられない。ゲーム内の三日に一度は一応教練場で運動するようになっている。
火曜日は智と直接会う機会が無い。ハルセは大学へ行く前に、AIがダンジョン産リボンを贈ったらしい事をメッセージで伝えた。
最寄りの駅に着いた頃、折り返しで【桃色味がマシマシになってファルさんに侍ってた】という強烈な報告が来た。
液晶画面を見てわなわなしてしまうハルセとホームに並んで、どした? とロディ氏が無闇に可愛い角度で首を傾げている。
(今日は四講まであるというのに……っ)
取り敢えず今日中に確認してみると若干指を震わせて返信しておく。
侍ってたって何だ……と悶々としながらストラップチェーンを手繰って携帯端末をポケットにしまう。
ロディ氏がドレッドヘアを揺らして覗き込むような恰好で訊いてきた。
「土曜のプラネタリウムと来週の月蝕観測行く?」
「今のところ行くつもり。月蝕の日、帰り、お願いします」
「お任せアレ。晴れるといいネー」
(この人も大概、侍ってるな……)
気づくと頬がほてってきた。うん、と頷いたハルセはしばらく顔を上げられなかった。
下手に上の空になってしまうと隣の人に心配される。ハルセは何とか気を引き締めて講義を受け、大急ぎで帰宅した。ロディ氏も何処となく早く帰りたそうにしていたのでちょうど良かった。
大学に通うようになってからハルセの炊事当番は週末なので、今日は夕飯まで一時間半の空き時間がある。
私室でベッドにダイブして『EX』へログインした。
“昼”の時間帯だったが、AIファルセは自然な日中の明るさの場所に居なかった。
手を引かれ、記憶に新しい場所を歩いている。
(ダンジョン⁉)
視界に入る壁の色合いが少々くすんでいる。五階層くらいまでの浅い階層ではない。
自動行動終了までの短いカウントが進む中、ファルセは混乱の極みに陥っていた。
主に、ファルセのほんの少し前を、手を柔く包んで足を進める人物に。
(いや誰……⁉)
背が高い。現実で並んで歩くことが多くなった物好きな人と同じ辺りに頭がある。
見慣れた新星と同じ色の髪は艶やかに長く、背の半ばまで達していた。緩く一つにロープ編みされて、先の方にこれまた記憶に新しい、光沢のある深く青いリボンが絡めて結んである。ちょっとやそっとじゃ解けないようにしてあった。
黒の学園正装ローブが、特注なのかテールコートのように後背を膝裏近くまで覆っている。黒いマントを羽織っているかのように、編みブーツの歩みに合わせて青銀色の刺繍入りの裾がゆったりと揺れる。
そこはかとなく或る種のオーラを纏っており、蝙蝠の翼とか捻じれた角が生えていたりしたら似合いそうだった。
要するに魔王感が漂っていた。
ファルセの手を導く左の薬指が、壁の篝火を反射して煌めいた。ファルセの左の薬指とお揃いの指輪が。
判りたくないが、この人物、ロディだった。
前方上空から素早い動きの眷属──ではなくてモンスターが向かってくる。
深層と思われる階層ではファルセの能力値だとボスでなくとも危うい。緊張に息をひそめると、ロディは手の甲に指を滑らせただけで粉砕した。何の魔法かも判らない。STRが上がったという通知が一瞬浮かんで消える。
足を止めた彼は徐に振り返って薄っすらと笑んだ。こんな所に連れ出すのはAIの仕業じゃない。芳月タクトが中に居る。
「ハル、リボンありがと。ずっと欲しかったヤツ」
真面に見てしまって、ファルセは顔に熱が集まってくる。やたらと綺麗な星空の双眸はそのままに、あどけなさが消えて年相応の美青年になってしまっていた。顔の横にさらりとこぼれる後れ毛が、色気まで孕んでいる。
「な、ナン、何で、急に背が……」
何でリボンで成長するんだワケ解らんっ、とファルセは言いたかったが既にいっぱいいっぱいになってきていて上手く言葉にならない。
(タクティー程じゃないけど目の所為で何処となく面影が出て来ちゃってるし……隠す気無いの、運営ぃ)
「ボク、今まで歳に合わない魔力量で怖がられて、あの姿で抑えてた」
その解除アイテムが何故かダンジョンボスの保管していたリボンというのは些末な事らしい。
ロディは握った手を親指で撫でてきながら、熱の籠もった瞳で見つめてきた。
「ハルは、怖くないでしょ?」
(いや顔面レベルが恐ろしい事になってますが? このキャラなんちゅう要らない設定盛ってんだよぉ)
可愛さの残る年下が好きで攻略した人は話が違うと怒るんじゃないのか。
そこでハッとした。
一緒にゲットした砂時計の解説を思い出したのだ。時を戻すと出ていたではないか!
ファルセがポケットを叩いて欄内から砂時計を掴んだ時、男性らしい美しさの手が押さえ込んできた。
「それも出てたのか……ハル、使うなんて言わないよね」
「っで、でも、わたし、今のロディ、何かその、落ち、落ち着かない」
「一緒に居れば慣れる。ボク、ハルの隣に本来の姿で居たい」
ロディはゆっくりとファルセの手を開かせる。優しい動きなのに何だかぞくぞくする。「元には戻りたくない。このままで、いいでしょ……?」
屈んで覗き込まれ、目を泳がせたファルセはろくに抵抗できずに砂時計を渡してしまった。
ちゃっかり自分のポケットにしまい込んでから、ロディは紙片を取り出した。
「前から言ってた魔法あげる。行く前になるべく補充しておきたいから、代わりに」
台詞の後半がいまいち理解できなかったが、受け取ったファルセは名刺大のカードみたいなソレに目を落とした。
【いざゆかん
開心見誠の君
瑞祥の光へ導かん
忠節とくと照覧賜ん】
丁寧にフリガナまでふってあった。
「コレ、魔法なの……?」
「この杖トンとして起動。一行毎に石突ついて詠唱終了で振ると発動」
今度はファンタジー感満載の杖を出してきた。今のロディの背丈に近い細身の銀の棒で石突は丸い。先端は蔦の装飾が絡まる大きめの三日月で、月の端から小さな星の飾りが垂れて揺れている。
三日月が大鎌に見えてハマっている気がしたが、よく見れば魔王が持つには可愛い感じだった。少し魔法師団員っぽさが戻ってホッとしたものの、使えと言われているのはファルセなのだった。
ロディが少しそわそわした様子で言ってきた。
「一緒に持って使う? 初めての共同作業」
(何処からツッコめばいいのか判らない)
中の人は意外と天然なんではという気がしてきた。
この詠唱はカードを見ながらじゃないとできそうにない。
「一人で持つから手、離して」
片手にカード、片手に杖のつもりでファルセが提案したら、ヤダ、とロディは即答してきた。
「それならボスまでボクが持ってる」
そう言って歩き出しながら、ただ軽く握っていた手を指を絡めた繋ぎ方に変えてきた。「ここでしか触ることができない。機会を逃すものか」
「……いつも繋いでるじゃん」
「ボク、照れてるハルも好き」
AIファルセは例え相手が淫蕩へ誘う魔王になろうとも喜んで繋いでいそうだ。度胸を分けてほしい。
遠くから再度子分──ではなく蝙蝠モンスターが向かってくるのが視界に入った。
ロディが呟くように、見本、と杖をほんの少し掲げる。
とっ、と床につく。星が揺れ震え、短く涼やかな音が。
「スイセイよ」
囁くようでいて、しかし厳かに。
床につくかつかないかの微かな動きで杖が微動し、音が続く。
「応えよ」
聴いていたこちらの背筋が思わず伸びる発声と共に、シャン──っと三日月の先が向けられ、途端、凄まじい速度で何かが射出された。
避ける事も出来ずにモンスターはパンッと壁に叩きつけられて消滅する。
「な──何の魔法」
「エレメントの基礎中の基礎。水」
“スイセイ”は水精だったようだ。
ロディが指先で自分の手の甲に軽く触れたら、数歩前にぴぴっと打ち水をするようにちょびっとの水が撒かれた。
「普通に使うとこんな感じ」
「え──全っ然違う」
「ね。呪文作って詠唱、楽しい」
にこーっとロディは破顔した。男性は少年の心を忘れないというヤツなのかもしれないが、至近距離で被弾したファルセはときめきが加速してしまう。
ロディはすぐ無表情に戻ったけれど、ファルセの様子に繋いだ手を引くとぴとりとくっついてきた。
「もうすぐ日暮れ。ボスまで行ける?」
リアルの時間の事だと察し、ファルセはカードを持った手で頬をさすりつつシステム画面を意識操作で呼び出す。
「多分、ギリ大丈夫。一撃なんでしょ?」
「その後、邪魔されずに今度こそキスしたかった」
「無理」
「解った、耐えよう……あまりハルの反応を知るのも問題がある。見ているだけの時に思い出して、疼いてしょうがない」
よく解らないながらも回避できるようでファルセは安堵する。童顔ロディとも覚悟が決まらなかったのに、オトナロディとなんてこうして手や肩が少し触れているだけでも動悸が酷い。
(うぅ……“する”て言質を取られてるけど、このままゲーム終了でうやむやにならないかなぁ)
ほどなく到達したボス部屋には大量の下僕──みたいな毒々しい色の吸血蝙蝠の群れが居た。
狂ったように寄ってくる取り巻き希望個体を魔王がパシパシ却下している間に、慌てたファルセが見様見真似でやってみた詠唱は見事な棒読みとなった。
だというのに、天から無数の細い稲光が立て続けに落ち、呆気なくモンスターは殲滅された。二日前同様、能力値が五つ上がる。
「うん。予想通り。韻踏んだからしどろもどろでも、まずまずの威力」
モンスター消滅の光で辺りがきらきらする中、杖を手にぽかんとするファルセの肩を抱き寄せ、ロディは満足そうに頷いていた。「愛する二人の初めての共同作業、達成」
ポポンと出て来たゴージャスな宝箱からは、魔法が一つ覚えられる本の他、再びファルセの方に砂時計が登場した。が、秒でロディのポケットに消えた。
若干不機嫌になったロディは、ハルはこっち、と自分の箱に入っていた物をくれた。
杖までお揃いになってしまった。




