ファルセ・リーベルトのダンジョン行
学園街で手頃な長さの棒と軽めの飲食物、MP回復薬を調達し、ファルセとトモミは郊外のダンジョンへ繰り出した。
今なら一人で行っても五階層くらいまでならボスを倒せる筈なので、二人ならより安全だと思う。
体験版でタクティーと出会った森の中を少し歩くと、崩れかけの石畳のような道が現れる。それを辿れば森が開けていき、崖をくり抜いて造った神殿のような入口前に着いている。雰囲気はアンコールワットとペトラ遺跡をミックスしたような感じだ。
トモミはおっかなびっくりの様子だったが、神殿ぽい壁の上部に鎮座する左右の彫刻を見上げて、わぁ、と興味深げな顔つきになった。石畳同様に所々欠けていて、なかなか怪しげな趣なのだ。
寮の食堂から引きずっていた羞恥がようやく消えてきて、ファルセは手中の棒を持ち直す。
「じゃあ、行ってみよう」
おー、とトモミがノリ良く片手を上げて、二人はダンジョンへ踏み込んだ。
学園が舞台の恋愛シミュレーションであるからして、内部は視界が利く程度には光源がある。割合綺麗な遺跡風だ。
天井は棒を振り回しても問題無い高さ。意味有り気な文様が彫られた壁に挟まれた通路は、四、五人横に並んで歩けるくらい幅がある。壁面に等間隔に設置された篝火が、周辺を更に明るくしてくれていた。
よくあるRPGと同じで、序盤の階層はそうそう重々しい空気にならない。BGMがもしあったらば、そこそこほのぼのとしたモノが流れそうな感じだ。
靴音を僅かに響かせ、二人はゆっくりと奥へ進む。曲がり角等は無く、一本道だ。これは階層が進んでも変わらなかったりする。
「そろそろ何か出てくると思う」
体験版の記憶から、ファルセはそっと告げた。「ちょっと下がっててね」
分かった、と並んでいたトモミが歩みを緩めて止める。その間にファルセは前に進み出た。両手で持った棒をすっと突き出す。
足元から飛び掛かるように体を伸ばしかけていたグレーの粘体が、中程に在った核を穿たれて消し飛んだ。AGIが一上がる。上がる能力はランダムである。
くるりと半回転させて棒の先端に損傷が無いのを確かめる。ファルセは小さく頷くとトモミを振り返った。
「お待たせ。行こう」
トモミは真っ赤な顔でこくこく頷いて、称賛してくれた。
「ファルさん、ホントにカッコイイよぉ」
「え、あ、ありがと」
照れてしまってファルセは頬を手の甲で拭う。「一階層ぐらいなら、魔法じゃなくても何とか。あっ、でもトモちゃんも今のうちに魔法を放つ練習するのもいいかもね」
「じゃ、じゃ、次に今みたいなのが出てきたら、使ってみる。さっきね、DEXが上がりました、ってお知らせが一瞬出たよ」
「良かった、どっちがトドメ刺してもいいんだね。もう一、二回出てくると思うんだ」
真っ直ぐ行く先に遠く扉が見えている。扉向こうがボスの部屋だ。
歩き出しながら二人で相談した。トモミが覚えた癒し以外の魔法は灯と滴と浄。滴は威力が低めだけど、飲み水にもできるヤツだ。浄は下層に出てくるアンデッド系に特に良く効く。どれも体験版でハルセも覚えたヤツ。
スライムなら浄でガワを消して残った核を潰せば倒せるので、やってみることにした。
トモミは背番号一になれそうだった。
AIファルセがやっているのを見て、魔法教練場でだいぶん練習したらしい。
「結構ストレス発散になるよね」
「ああ、なるほど。解る気がする」
三匹目のスライムにもトモミが見事に魔法を当てた。ぽとりと落ちた核をファルセが棒で潰して、そんな話をする。
大きな木製の扉の前に到達し、一階層で残るモンスターはボスのみとなった。
扉を少し開け、中を覗いて再び話し合う。
部屋の中央に、通路で倒したのよりずっと大きな黄金色のスライムがもぞもぞしている。通路ではせいぜい脛に届くか届かないかだったサイズが、伸び上がらない素の状態で腰近くまで達していそうな感じだ。
顔を引きつらせてトモミが言った。
「大きいし、色も何か、強そうじゃない?」
「硬そう」
ファルセは口をすぼめる。
(大きさは体験版と変わらないけど、あんな色の初めて見た。二人で来た所為でレアみたいなのが出ちゃった?)
「まぁ、負けてもこのゲームでそう厄介な事にはならないかな。行ってみよう」
「うん」
トモミが凛々しく背筋を伸ばす。このところ彼女は緊張少なく頑張れるようになっていると思う。
「大きい分、核を狙い易い利点はあるね。浄を当ててもらえると助かる」
両手で棒の滑りを確認しつつファルセは言った。「削れて剝き出しになれば棒で倒せるかもしれない。無理そうならわたしも魔法を当ててみる」
分かった、とトモミは手の甲をひと撫でする。魔法の準備動作完了。
ファルセは大きく扉を開けて室内へ斜めに踏み込んだ。
清らかな青白い光が、進みゆくファルセを追い越してボススライムに先着する。
ぷぎっ、とスライムが変な声を出した。着弾した辺りから白い煙が薄っすら上がって、小さな穴が開いている。
(うわ、小さ)
腕のように一部を伸ばしてきた粘体を棒で受け止めざま上に弾いて、ファルセは声を張る。
「もいっちょう──っ」
「──はいッ」
ちゃんと核の上っ面に当たっているが流石に同じ所には来なかった。ファルセは半身で粘体の掴みかかりをかわし、強引に隙間へ棒を突きを出す。巻藁よりも手応えの薄い、分厚いゴムのような感触が手に伝わった。スライムの鳴き声に被せてファルセは頼んだ。
「おかわり──ぃ!」
真横へスライドしつつ棒が円を描いて煙を散らす。
「はいぃッ」
最初の穴の隣を穿った。トモミのコントロールが驚異的だった。
ファルセは回し打ちを放ってスライムを僅かにノックバックさせ、広がった隙間に突きを打ち込んだ。
カつッと異様に硬い反応が来る。金属かと思うような──
「わたしも魔法にする──ッ」
「穴広げるねっ」
「うんっ」
棒の腹で手の甲を擦って、ファルセは視界に並んだ魔法の文字を選ぶ。この前、教わったばっかりのヤツ。
トモミの浄がもう一発ストライクして鈍色の核の一部が覗く。ファルセはこんなに精密に打てない。至近距離から雷を放った。
雷鳴と眩い光が迸り、ギゅッ、と微かに聞こえた。スライムが硬直し、ファルセも少しビリっと来る。
「まだか──」
(一階層なのに、硬過ぎだよぉッ)
もう一発と思ったら雷はMPが足りなくて打てなくなっている。燃費が悪い。
ちかちかしていた視界が元に戻ってきて、核に罅が入っているのが判った。MP回復薬を飲む前にもう一撃試そうとファルセが棒を構え直した時、間を縫うように青白い線が突き刺さった。
ぴしっと砕ける音がした。と思ったら、きらきらとスライムの身体が粒子になっていく。やはりレア個体だったのか、ランダムに五つも能力が上がった。
ファルセは顔を輝かせてトモミを振り返った。赤い顔で両手を真っ直ぐスライムへ向ける、カッコ可愛い魔法少女が居た。
「やったよトモちゃんッ、スゴイスゴイお見事ーっ」
やったやったとファルセは棒をくるくるさせて歓喜に跳ねた。トモミは瞳を潤ませて頬を手で包む。
「良かっ、た──強制終了しなかったよぉ」
「あはは、ホントだ。頑張ったね!」
へにゃっとファルセが笑み崩れると、トモミもとても嬉しそうに顔を綻ばせた。
そこへ、完全に消えたボススライムの居た場所にぽぽんっといかにもな宝箱が二つ出て来た。
わーい、とファルセは箱の周りを蟹歩きする。木製で所々黒鉄を使っていて、錠はあるけれど普通に開けられる筈だ。どちらも同じデザインで違いは無かった。強いて言うなら左右に並んでいるというだけ。
「トモちゃん、どっちにする?」
「んー、並んで歩いて来て、わたし左に居たから、左かな」
「おけー」
と思ったら、二人とも蓋を持ち上げられなかった。
えぇ? とファルセは左の箱に手をかけてみたら持ち上がる。瞬いたトモミもそっと右を押し上げたら開いた。
「何だ、決まってたんだね」
「良かったぁ。これから鍵を探さなきゃいけないのかって、ドキドキしちゃった」
ねー、と言い合って中身を確認してみた。
トモミの方には例の特製クッキーの包みと、可愛い薔薇の彫られた銀のバレッタが入っていた。
ファルセの方には二㎝くらいの幅でひと巻きにされた深い青色のリボンと、大きめの砂時計が入っていた。
バレッタは体験版でも出て来た覚えがあるけれど、リボンと砂時計は初めて見た。砂時計には【時を戻す?】としか解説が無い。
さておき、一階層をクリアできて、次の階層と出口に繋がる、二つの扉が奥に出現している。
今日はお終いにして、二人は和気あいあいとダンジョンを後にしたのだった。




