長倉ハルセの奇妙な関係
ボーナスイベントすっぽかしてごめん、とファルセが謝ったら、抱き締めたい、と言われたので委ねた。
髪に頬を寄せたままなかなか離さないので、長い、と羞恥の限界を訴えたら、いつの間にかロディはAIに交代していた。
少し前までべそかいていたくせに、君はボクのモノだもの、と自信たっぷりに返してきたのでAIだと思う。
伝えたい事は伝え切れたので、ファルセも後はAIに任せてログアウトした。
智には、本当にロディの中に芳月タクトが居た事をメッセージで知らせておいた。ファルセのビジュアルが気に入ってたみたい、と。
それからベッドに寝転がり、ウェブの百科事典で芳月タクトを調べてみた。
セカンドネームに関しては出ていなかったものの、本名の読みが同じだと初めて知った。吉槻拓人。これだと日英ハーフだとは判らない。
それにしたって経歴紹介以降の出演作品の列挙が、これで全てでもないだろうに多い事多い事。生まれてこの方二十年弱でどれだけ働いてきているのか。智でなくても軽く尊敬できた。
大半はとにかく演者だ。海外の賞まで幾つか得ている。CMも多い時は四社で同時期に起用されていた。ハルセが、綺麗な目だなぁ、と見惚れたのはCMだった。
ここ数年では俳優というよりタレントとしてバラエティに進出。
そして最新の仕事が、久々の役者業。オンラインで、恋愛シミュレーションゲームの攻略対象というやつだ。
“その他”の項目に、子役の頃は労働時間に制約があり、その空き時間に通信で大卒までの学問を修めたなどと書いてある。時間の使い方がおかしい気がするのはハルセだけだろうか。子供は遊ぶのが本来の仕事ではないのか。
他に、母方の祖父の急死に伴い維持管理が困難になった為、ファンクラブとオフィシャルサイトの閉鎖が決定とあった。現在はどちらも閉鎖済み。
(んー、これも陽毬が言ってたとおり何か釈然としない)
ハルセは携帯端末を枕元に置くと、息を吐いて目を閉じた。
恋愛シミュレーションの場で恋事から逃げ腰だったファルセの態度も問題があったと思う。とはいえ、そんなファルセに戯れであんな真似をするのは別問題だとも思ったのだ。
からかってした事ならゲームでだって婚約は御免こうむる──できるものなら現実でやってみせろと啖呵を切ってみたわけだが。
(“待たせない”と返してくるとは思わなかった……待たなくていいんだ。でも忙しそうな人だから、ちょっとは待ってみる……?)
住む世界の違う人だ。あまり真に受けない方がいいんだろうな、と思うけれど。
“大好き”は真に受けてしまった。
(好きになっちゃったなぁ……この場合って何次元の人なんだろ)
そこでふと、ハルセはれっきとした三次元の人を思い出した。チクリと胸が痛む。
(どうしよ……アシュフォードさんに、どう伝えればいい……?)
先程ちょっと驚いたのだが、百科事典によると芳月タクトの誕生日は十一月一日になっていた。
誕生日が同じ。混血なのも同じ。愛称ではあるけれど名前も同じ。タクティーを思い返せば、体型も声質も近い。筆跡さえも似ている気がする。
こういう人達というのはバイオリズム的な何かで苦手な事も似たりするんだろうか。ロディは筆談をした時に歌が苦手と書いていて、先日ロディ氏もおにぎり屋で同じことを言っていた。
(そだ、芳月タクト君は言語学で学士とってる。アシュフォードさんも韻に興味があるって言ってた)
オジサンの方は留年している。とはいえ、去年どう過ごして留年したのかと不思議なくらい彼は真面目だしハルセよりずっと賢い気がする。
つまるところ、タクト氏とロディ氏は共通点が多い。何故だかハルセを気に入ってしまっているようなトコロまで。
ロディ氏は好感を持てる人なだけにハルセは益々困ってしまった。
どう接すればいいのか解らないまま翌火曜日。
今日は二講義目からである。
纏まらない考えに頭をぐるぐるさせて家の最寄り駅に着いたハルセは、ハルー、と昨日と打って変わって元気そうなロディ氏に声をかけられた。今日は濃いグリーンのプリントTシャツとデニムで、こざっぱりとしている。
昨日から会うようになって復活したということなのか。ハルセは表情を決めかねて、おはよ、と小さく挨拶した。
おはよー、と弾むように歩み寄ってきたロディ氏はそわそわした様子で隣に並んでくる。
会うだけでこんなに活き活きしてくれる人に、ハルセは迷うのをやめた。
「あのねアシュフォードさん、わたし、好きな人できた」
「あ──ハイ」
「アシュフォードさんは学部もサークルも一緒だし兄の友達だし、もう一ヶ月も色々とお世話になってて、ウチの親なんて何か勘違いし始めちゃってる」
「……そう、勘違いネ」
ロディ氏の歩みが緩んできた。ハルセは自惚れではなかったらしいと察して、眉を下げた。
「どうしてもスケジュール重なっちゃって一緒のこと多いけど、ごめんね、これからは勘違いされるような距離感で居たくない。こっちの都合で申し訳ないんだけど、親というか……好きな人に、勘違いされたくない」
「ハイ──そう、そうネ、そうなるよネー」
立ち止まるとロディ氏は両手で顔を覆った。泣いてしまうのかドレッドヘアの隙から見える耳の先が赤くなっていて、ハルセは狼狽えそうになる。
くぐもった声が漏れ聞こえた。
「もう君、可愛くて困る」
「──な、何で、そうなる」
こっちまで顔が熱くなってきたハルセを、サングラス越しに指の隙から見たようで、ロディ氏は口角を上げた。
「僕と同じ名前の奴ネ? じゃなきゃヤダ。ハルの提案聞かないネ」
「そ、そそう、だけどっ?」
声がひっくり返ってしまった。簡単に見抜かれてしまって恥ずかしい。
ロディ氏は姿勢を正し、やや身を屈めて伺いを立てる様子で言った。
「御両親の勘違い嫌? 夜に君を送らない選択はちょっと無いネ」
「……今度から、兄に頼む」
「テツ、僕に送ってもらえて言うヨ」
ハルセは口ごもった。最初に送ってもらった時からそうであった。兄はどうやら相方推しなのだ。
電車の時間が近づいている。再び歩き出したロディ氏は軽やかに言った。
「妥協は必要ネ。ハルの言い分は理解したヨ。OK、僕は君の一番の男友達──僕と同じ名前の奴、この程度の距離感で君を疑うと思う?」
「……分かんない、から、誤解されたくない」
本当のところは、話せば渋々でも納得すると思う。彼は言葉を惜しむ人ではなく、ファルセの言葉に耳を貸す度量もある。故に、正直に打ち明ければハルセを疑わないだろう。
「まー、先ず、こんなのが近くに居たら全力で排除にかかるだろネ」
ハルセは口をすぼめてロディ氏を見上げた。そりゃあ、今日も今一つ売れないお笑い芸人みたいな感じではあるけども。
「アシュフォードさん、いい人だよ。大丈夫だよ、自信持って」
「煽るのやめようか」
いきなり真面目な口調で言うから、ハルセは首を捻った。
「褒めたのに。ホントだよ」
「もーもーもー」
ロディ氏は赤い耳を両手で押さえると、エスカレーターを使わずに階段をひょいひょい上がり始める。
悩んだ割に今までとあまり変わらない関係性に落ち着いてしまった。ハルセはほっとしたような、一抹の罪悪感が残るような、奇妙な感覚で肩の力を抜いた。
結局のところロディ氏の大人な対応に助けられた感が否めない。
(物好きな人だなぁ)
泣き笑い気味にハルセは唇を噛むと、後を追って階段を登っていった。




