運営チームの脱力
モニターの一つを囲んでいた運営チームの四人は、それぞれが大きく息を吐いた。気が抜けたように天井を仰ぐ者も居る。
今一度小さく息をつき、胃の辺りをさすりつつ二十代前半の新米がこぼした。
「ロディ用のハッピーエンディングエリアはお蔵入り確定で?」
「まぁせっかくだから、追加要素全部『ニジ飽き』へ移そう」
三十代のリーダーが首を左右に倒して強張りをほぐしつつ応じた。
本来、魔法師団の新星は『ニジゲンに飽きたトコロ』のレジェンドクラス攻略対象である。
因みにノーマルが宰相令息。レアが近衛騎士見習い。エピックが第三王子だ。能力値の総計も順に高くなっている。
レジェンドな新星は、その置かれた環境から毒物や催淫剤を盛られたというキツイ過去設定がある。故に他の攻略対象には序盤から使える飲食物系の好感度上昇アイテムを、第三段階に入らないと受け取らない。その段階の判別方法も彼だけは、“魔法を教える”という手段を取るので判りにくさがあった。
第四段階以降にダンジョン産の或るアイテムを贈ると、少し成長して身長と美貌の増した青年になってもらう事も可能。年下好き以外にも対応できる存在だった。
とにかく、餌付けで安易に好感度は上がらないキャラクターなのだ。今回のようにアドリブもこなす役者が中に入って、“ヒロイン自身が食べようとしていたから”などという希少タイミングを掴まない限りは。
さておき、そんな新星のハッピーエンディングシーンは相応に豪華だった。
有り余る魔法の才能で天空に楽園を築き、彼が唯一心を開いたヒロインとそこで密かに侯爵家を存続させていきますという内容だ。ほんのりと“実は影の支配者です”感が漂っている。
ストロベリーガーデン並に環境を整えた楽園の広場で、愛を誓って挙式。式後は新婚旅行へ出かける態で、これまで舞台になった学園や周辺の景色を空から二人で楽しみ、やがて光に包まれフェードアウトの予定だった。
鳥瞰で朝焼けや夕焼け、夜景も楽しめるようになっていたところへ、ロディの中の人からオーロラや流星群の提案があった。製品版にも使えるかもしれないからと、お試しでそれを採用したりもした。
『俯瞰が楽しめるのは新星のエンディングだけなので、景色も楽しんでくださいね』
リーダーが笑いながら頼んだら、彼女とイチャイチャするのを楽しみにしているらしい青年は、気を付けます、と幸せそうにはにかんでいた。
ところが、正式に婚約を交わしてからが地獄であった。
ボーナスイベントの開催は一週間の期間内に一度だけと設定している。
恥ずかしがって躊躇ったとて、ロディが催促すれば恐らく彼女は参加してくれるだろうと、運営チームは安易に考えていた。
しかしながらファルセはログインさえしなかった。
二日目の終わり頃には、お知らせは送ったのか、と何度も確かめ合い、翌々日には体調でも崩している? と心配の声があがり、しれっと長倉ハルセに辿り着いていた芳月タクト自身がそれとなく探ってみれば、別段具合が悪いわけではなさそうとの事。
Q:では何故ログインしないのか
A:イベントに参加したくないから
そう結論づけるしかなかった。
『婚約指輪をログアウト中に嵌めちゃったのが拙かったかねぇ』
チーフは顎を撫でつつ苦笑した。『ああいうの、女性は根に持つんだよね』
皆は顔を引きつらせた。
苺狩りイベントが始まった途端、最近はクルグラへの粉かけをしていた平民の特待生が、何故か逆に誘ってくれないかと言いたげにロディの周りをうろうろしていた。その挙句に婚約話があったという設定の新米女性教諭が猛アタックをしかけてきた。そつなく演じていたものの、中の人は一応まだぎりぎり十代の青年である。しかもどうやら遅れてやってきた初恋の真っ只中。
リーダーが肩を竦めた。
『ロディは売約済みアピールを焦りましたね』
『オレは、あの婚約直前のキスが拙かったように思えます』
新米がそろりと述べた。一同、微妙な顔つきになった。この映像は使えないと即決だったヤツである。
『それな……リーベルト嬢はAIとアオハルしてたのに、ログインするなり襲い掛かってたな……』
『そのまま押し倒すんじゃないかとワクテカもんだったっすけどね』
『忘れないでーこのゲーム全年齢だからー』
チーフが腕を組んだ。『でもそうだねぇ。婚約でアレだと次に何されるか警戒するかぁ』
そこで二十代後半の若手が過去ログを辿り出した。
そうして、拙い事態になっていると気が付いた。
『モスカ先生、ロディの攻略に乗り出してると思ってたら、かなりのガチ恋勢だったんすね……ロディの出典どころか綴りまで掴んでるっす』
『えっ、あの六波羅先輩さえ知らないのに⁉』
新米とそっくり同じことを他の全員も思った。
当初、芳月タクトは当然ながらタクティーの中に居る予定だった。
けれど各キャラクター設定を読み込んだ彼が、マシュリに親近感があります、と感想を述べた。
それを聞き及んだ信者が、どうせ全員演じてもらうなら一番やり易いキャラに入っていてもらいましょう、と熱弁をふるった。デザインも『EX』特別仕様にと腕をふるった。
どうせ特別仕様なら名前も変えます? となった時、彼が口にしたのが“ロディ”。本名の愛称です、と少し照れ臭そうに話してくれたのを知っているのは、実はモニター室担当の数名だけである。後から名前を連絡された六波羅はファンの嗅覚で何か思うトコロがありそうだったが、分かりました、と諒承しただけだった。
『ウェブ事典にも出てない情報だぞ。どうやって掴むんだ』
リーダーが引き気味に言い、ログを確認した新米が顔をしかめた。
『囮とか考え過ぎでしょ──何でよりにもよってファルセさんに教えてるんですかねぇっ』
『こりゃ拙い。芳月君に連絡した方がいい』
チーフが額に手を当てた。『だからログインしなくなってるんだ。彼女は芳月君のファンってわけじゃなかったんだから』
『あー……モスカ先生の爆弾投下前に、俳優は恋人の対象にはならないってウチハシちゃんと盛り上がってるっす……』
うわ、と四人は顔を見合わせた。
『あれ、でも現実で既に連絡つく状態なんですよね。長倉サンに芳月タクトって名乗ってないってことですか』
新米の素朴な疑問に、リーダーが険しい表情になる。
『この企画中に特定のヒロインだけとリアルで会っていたなんて、知られるわけには……』
『出来レースやウチの個人情報の取り扱いも疑われかねないねぇ。まぁその辺は彼もスキャンダル無くここまでタレントやってきてるから、名乗らずにいて、こんな事になってる、と』
『あーもー、拗れてんなー……』
若手が頭を掻いた。
とにもかくにも芳月タクトに報告を入れた。
『僕が迂闊でした……名前の事も他の事も。御迷惑をおかけして申し訳ありません』
消沈した様子で謝罪されてしまい、運営チームとしてはそれを受け入れるしかできない。
こうなってしまったものの、まだファルセがログインしないとは限らなかった。
今回のボーナスイベントは芳月タクト自身も乗り気だったものだから、元よりかなりの時間、彼はロディとしてログインしていて……
元々ヒロイン達の動向によって彼はどのキャラクターにも入れるように待機状態だ。といっても、連絡してなるべく早く入ってもらえばいいわけで、ログインしている必要はない。
なのに彼は、ずっとログインしてAIファルセの傍に居た。VR対応PCの接続可能時間が切れる度、ほんの十数分の休息期間を経てログインし直しファルセを捜す。
寝てなくない? と運営チームも危惧する程であった。
結局一週間、イベント終了まで彼はログアウトしている時間の方が少ない有様だった。
そして連休も終わった月曜日、芳月タクトはログアウトしていた。
やっと寝てくれたかとチーム一同安堵していたのだが、昼過ぎになってまた彼はログインした。
AIのファルセはしこたま構われた結果、すっかり婚約者を気に入っている。登園するといの一番に向かうのが図書室だ。ロディは迎え入れ、本も持たずに彼女に寄り添った。
モニターを眺める四人の間に気まずい空気がのしかかっていた。
AIファルセは、今日もいい天気だね、などと言いつつ、時折婚約者に見惚れていたりしているから、尚更虚しい。
婚約したてで最も盛り上がる時期の筈なのに、ロディからは濃厚な失恋の気配が漏れ出ている。縋るように手を繋いでいるのが痛ましい。
「これ……タクティーが攻略された時、演れるんすかね」
若手が弱々しく呟いた時だった。
ファルセが遂にログインした。
来た! と全員が叫んでいた。
四人が息を呑んで見守る中、若い二人の婚約は結び直された。
「なんとまぁ……気っ風の良いこと」
チーフがどちらを指して言ったのか、誰も尋ねなかった。
ただ、冒頭のとおりである。




