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ファルセ・リーベルトの懸け

【現在ログアウト中──行動指標設定:学園に通う(運動)】


[五・九 ……]

[     朝:寮で朝食。トモミ・ウチハシと語らう。ユリア・モスカを見かける。

        学園に行ってみる。ロディ・ノヴァと触れ合う]

[     昼:図書室でロディ・ノヴァと触れ合う。昼食]

[     夕:園庭でロディ・ノヴァと触れ合う。

        寮で夕食。トモミ・ウチハシと語らう。???を見かける]

[     夜:ロディ・ノヴァに呼び出される。ロディ・ノヴァと触れ合う。

        寮で就寝]


 大学から帰宅したハルセは、(とも)に言われたとおり履歴を見て絶句した。

 丸一日、ほぼほぼ同じ事が繰り返されていた。

 ひたすらロディと過ごしている。呼び出されてまで過ごしている。遡って八日も七日も似たような感じだった。前半は語らっている時もたまにあったけれど、後半はずっと触れ合っている。

(何、この……何、怖い)

 智の様子からして、傍から見る分には婚約者同士で仲良く過ごしていますといった体裁は繕っているのだろう。とはいえトモミ的にちょっと頻度が気になってきたんだと思う。しかし文字列だけ見るとホラーだった。

(呼び出しなんてAIはやらないでしょ……本当に芳月(よしづき)タクト君がロディを動かして──運営の人って線は? いや、それはそれで怖い)

 取り敢えず、誰が動かしているかはともかく、ファルセはロディにいたく執着されていることが解った。もはや粘着に近づいている。

 幾らガワが童顔の美男でも、これは百年の恋も冷めかねない。事ここに至ってもまだまだ燻っているけれども。

(ん、待ってコレ、もしかしてボーナスがどうとかいうヤツをすっぽかした所為ってコトは?)

 ハタとして、ハルセは一日(ついたち)に運営から届いていたメールを読み返した。昨日まで有効なイベントだった。

 特殊なイベントだから、苺狩り同様、中の人がどうしても居ないといけなかった可能性がある。

 気づいたハルセは、少々血の気が引いた。

 ハルセは自分の都合でログインしてイベントに参加してみる事ができただろう。

 では、開催する側は。

(えっ、コレ任意になってたけど参加しないと拙かったんでは──タクティー相手でスルーしたら絶対拙かったよね⁉)

 確かこのオンライン版は製品版のプロモーションビデオ制作も兼ねている。

 エンディング演出とやらの内容は判らず仕舞いだけれど、婚約したその後であるからして、例えば結婚式なら──

 花婿が式場で花嫁を待ちぼうけ状態。

 その日数たるや、一週間。

 ハルセの脳裏では北原白秋(はくしゅう)・山田耕筰(こうさく)コンビの唱歌『待ちぼうけ』冒頭が流れ始めた。


(あわわわ……)

 弄ばれた酷い、などとひたっている場合ではなかったかもしれない。

 否、やはり酷いのは確かだ。とは思うが、これではこちらも弄んだかのようではないか。

 そして先程から、喉に残ってしまった小骨のように引っかかっているのが何故かロディ氏だった。


 寝てない、と智に答えていたから、帰って寝た方がいいよ、とハルセは昼休みの終わりに提案した。月曜はハルセも彼も三講まであったけれど、昼食後の講義はきちんと睡眠をとっていても眠くなるくらいだ。大体、殆ど寝ていない状態で、よくまぁ朝一にちゃんと大学へ来ていたものである。

 呆れと感心が半々で見上げたハルセに、ロディ氏は駄々をこねるように答えた。帰んない、と。一瞬、何かを掴むかのように手をのばしかけ、(くう)を掴んで萎れていた。

 そのままハルセの隣で項垂れ気味ながら、真面目に三講義目にも出席していた。サングラスをかけていたので、実は寝ていたかもしれないが。

 ハルセには、仮初の恋が壊れたからと言ってすぐ次に向き合うなんて器用さは無い。

 ロディ氏には気の迷いと思ってもらう為にも、今後はあまり関わらない方がいいだろう。そう思うものの、父の指摘通り二人の日々のスケジュールは“べったり”だった。

 自宅の最寄り駅も一緒だったりする。日が在る時は駅で別れる。

 塩梅の難しさに眉をひそめ、ちゃんと寝なよー? と声をかけてハルセは家へ足を向けた。ロディ氏はテンガロンハットで顔を深く隠すようにして、肩を落としていた。去り際にちょっと見たあの姿が、どうにも良心を刺激してくる。

 気づかないフリをせずにきっぱりと、ただのお友達でいたいと伝えるべきだったか……


(いや、もうアシュフォードさんの件はこれ以上どうしようもない。問題はロディというか芳月タクト君だ。芳月さんですよねって指摘すれば意図を話してくれる……?)

 とにもかくにも、履歴からするとファルセがイベントに参加するのをひたすら待っていた感がある。仕事とはいえ一週間もよく辛抱強く待ってくれたものだ。流石に申し訳ない。

『大好き』

 偽りを見出せないまま(こと)の葉が何度も何度もリフレインして。

 撫で上げてきた優しい指の感触を忘れたくて。

 ハルセは乱暴に前髪を掻き上げた。

 イベント期間は過ぎてしまった。もう()のタレントはロディの中に入ってこないかもしれない。

 それでも一応、ハルセはログインしてみることにした。



 ゲーム内は昼に入ったばかりの時間帯だった。

 すっかり馴らされているファルセ(AI)は早くも当然のように図書室に居た。それでもって婚約者と恋人繋ぎをして長椅子に座っていた。最近、全く指示通りに動いていない。中の人同様にちょろく育ってしまっている。

 溜め息をつきたい気分で辺りを確認した。二人共、本も読まずにただ寄り添っていたようだ。苺イベントも終わっているから講義も再開している筈なのに、一体、学校に何をしに来ているのか。婚約に浮かれ過ぎではなかろうか。

 自動行動が終わるなりファルセは自分の頭の上を軽く払い、漆黒の頭の上にも花が咲いていないか目視で確かめる。

 宇宙のような双眸が静かにファルセを映していた。

「ボクとの結婚は嫌……?」

 意味のある会話を始めた彼に、居る、とファルセは確信した。確信したから、問うた。

「何故わたしなんですか」

「……雷が、落ちた」

 ファルセは眉を寄せる。恋に落ちた時に聞く表現ではあった。

 ロディは、ゆっくりと伏し目がちになった。

「ボクは、特異な生まれで多くから持て囃されてきた。けど、その肩書に応える努力をしたら今度は疎まれた。ボク、本当は肩書なんて要らなかったのに。でも肩書が無いと、ボクには親さえも寄り添ってくれなかった。肩書にしか価値の無いボクは、流されるまま、自分から望んではいけないと思ってきた」

 ハルセはつい最近まで、芳月タクトを殆ど知ろうとしていなかった。陽毬(ひまり)と同じく、見た目だけ、目の美しさに魅かれていただけの視聴者の一人だった。

 淡々と紡がれる独白が、台本なのか本心なのか判断がつかない。

 体験版でマシュリ・ノヴァの背景設定をある程度知ってしまっているファルセには尚更判断をつけにくい。今この時もロディ・ノヴァを演じている彼は、正にトモミの憧れる巧みさを持つ俳優だった。

 数度瞬くと、ロディは繋いでいた手をそっと離した。

「最近になってやっと、望んでもいいのだと知った……知った、けど、心のある相手は、望んだからって、必ずしも叶うわけじゃない、と、解らずに……ボクは、初めての恋に浮かれてしまっていた」

 涙が一筋、まろい頬をつたって落ちた。

 一瞬、慌てたようにロディは腕で拭う。僅かな鼻声で続けた。

「ごめん……困らせる気は、無かった。今は、ただ、君の行く末に幸いがある事を、願ってる」

 じっと見つめ続けていたファルセは、一度唇を引き結ぶと顎を引いた。薬指から指輪を引き抜く。

 ロディは無表情だったけれど、双眸に新たな涙が盛り上がってきていた。

 ファルセはソファの、二人の間にほんの少しできた隙間に指輪を押し付けるように置いた。

「わたしも、わたしのはっきりしない態度が何か誤解を与えたなら謝る。でもこういう性分なんで諦めて。ただ一つはっきりさせとく──わたしが告げたのは本心だった。()()()への言葉だった」

 (かなめ)の台詞は演技じゃないと信じ、希望通りにファルセも気持ちを籠めた。

 どんどん顔に熱が集まるのを自覚しつつ、一つ息を吸い込み、ファルセは()けた。

「この指輪、できるものなら今度はちゃんと()()()()嵌めて」

 芳月タクトは頭の回転が速いらしいとはトモミから聞いていた。

 本当だった。

 ロディは一度瞬いただけで涙の粒を散らすと、座面の指輪を掴んでファルセの指に恭しく嵌め直した。

「解った。そう待たせない」

 ()()()()()()()指先に口づけ、誓った。

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