長倉ハルセの哀切
舞い込んだ情報の質が重過ぎる。
ちょっと知恵熱出そうなんで落ちます……とファルセは二人に断ってログアウトした。
VR対応PCをシャットダウンして、ハルセはベッドに寝転ぶと携帯端末を見るでもなく弄った。
ぼんやりした頭で何となく起動するとメールが届いている。
【こんにちは。
お世話になっております。『ニジゲンに飽きたトコロEX』運営チームです。
本日、ファルセ・リーベルト様が攻略対象:魔法師団の新星ロディ・ノヴァの攻略に成功した事を確認しました。おめでとうございます!
つきましては明日より一週間限定、ボーナスイベントへ御招待いたします。
こちらのイベントエリアではハッピーエンディング相当の演出を期間中一度だけお楽しみいただけます。
自室にお送りするアルバムを使用することで参加いただけます。是非、御参加ください!
※参加は任意です。期間(五月二日から五月九日)終了後は参加いただけません
※アルバムは赤色の時、ご使用できません。ご注意ください】
端末を持ち上げていた腕がぱたりと落ちた。
一体自分は、何に巻き込まれているのだろう。
疑似恋愛の虚しさを抱えて、それでも心を持っていかれて、もうすぐ来る別れの痛みを覚悟しようとしていて……
それもこれも相手がAIだと思っていたから──結局はゲームと割り切れる事だった。
なのに、中にプロの俳優が入っていたなんて、どういう事だ。
恋愛シミュレーションに男性の格好なんかして参加した所為で、某か面白がられているのだろうか。
酷い。
弄ばれた。
裏切られた気がする。
もう、見た目以外にも恋をしてしまっている。
つまり、虚像と作り手が切り離せない。
何処までが本当か判らない。
全部嘘の可能性が高い。
だのに、本当が少しでも混じっていないかと願ってしまう。
トモミと、恋愛対象には成り得ない人だと語り合ったばかりだったのに。
我ながら色々と、酷い。
(AIと思ってても、わたしの“好き”は、ちゃんと本気で言ったのに)
枕に突っ伏し、ハルセは声を殺して咽び泣いた。
翌日に智が【ユリアさんが“純粋にゲームを楽しんでた人に憶測で文句をつけて悪かった”って謝ってたよ】とメッセージをくれた。
憶測ではなく正解だ。筆談の件でそう察したのに、ファルセは何も言えずに逃げてきてしまった。
残されたトモミは緊張しいなのに、ファルセの事を一生懸命説明してくれたんだろうなとハルセはまた涙がぽつりと落ちた。
礼と一緒に【ブルーデー来ちゃったからしばらくインしない】と智には返信しておいた。気分がブルーなので嘘は言っていないと思い込む。
一日めそめそしていたら両親にそれとなくちやほやされた。
オジサンの方と喧嘩か何かをしたと思われているみたいで、父は微妙に嬉しそうだった。少し腹が立つ。
五月四日になって、そのオジサンからメッセージが来た。
【連休暇だよー。元気?】
申し訳ないが同じ名前の人とやり取りしたくなかった。しかし無視は良くないとも思うので、普通、とだけ返した。
残りの連休はあり得ないほど怠惰に過ごした。
最終日になって、天体観測同好会の合宿に行けば良かったなぁ、と後悔した。
連休明けの五月十日月曜日、怠かったけれど必須科目が一講から入っていた。
やや広めの講義室へ向かう。入口近くの廊下の壁際に、ドレッドヘアにサングラスのオジサンが何処となくしょんぼりと佇んでいた。ベージュのテンガロンハットを被ってモスグリーンのシャツに穴あきジーンズとショートブーツ姿。歌の下手な売れないバンドマン感が漂っている。
「アシュフォードさん、おはよ」
「──っは、ハルぅ──ハル、ハル、おはよ……」
「ハロハロ?」
「……うん」
ハルセは小首を傾げてロディ氏を見上げた。しばらく会っていなかったから、こんなに顔色が白かったか思い出せない。やつれている気もする。
「御飯ちゃんと食べてた?」
「……食欲無かたネ……」
「ちゃんと食べた方がいいよ。そんないい身体して」
「……僕、いい身体ですか」
「兄よりバランス良く見えるよ」
ムキムキ手前の適度な筋肉のつき方なのだ。素直に褒めたら少し背筋が伸びた。単純か。ハルセは小さく笑って講義室へ入る。ロディ氏はとぼとぼとついて来た。
後ろの方の席に座ってバックパックから教材を取り出していると、隣に座ったロディ氏は項垂れ気味にぽつりと言った。
「ハル、僕……君に会えないと、苦しい」
それがどういう感情から起因するのかハルセは解ってしまった。
動揺を顔に出さないように努め、何気ない口ぶりを心がけてハルセは応じた。
「学校始まったから、もう大丈夫だね」
「……うん」
(自覚しないで──しない方がいい感情だよ)
だって自分も、いま苦しい。
昼休みになった。
連休前よりずっと口数の少ないロディ氏に必死に普段通りを装っていたハルセは、足早に智との待ち合わせ場所へ向かった。月曜日は予定が合うのだ。
「ファルさん、アシュフォードさん、久しぶり」
キャンパス内に在るコーヒーチェーン店の前で、珍しくボーイッシュな服装の智が可憐に手を振ってくれた。とても癒された。無意識に口早になってハルセは言う。
「智ちゃん、この前はごめんね押し付けたみたいになっちゃって」
「大丈夫だよ。びっくりしちゃったよね、ホントかどうかなんて判らないんだし」
同じ名前の人が目の前に居るし、恋愛シミュレーションの話題だしで、互いにぼかして話す。
智が心持ち声を落として続けた。
「ただ、ちょっとだけ気になってて……履歴見てる? 見てなかったら、後で見てみて。多分、ファルさんも履歴見たら判る」
「──ぅ……分かった」
何の話か解らないからか、ロディ氏がやけに居心地悪そうに身じろぎした。店の黒板風立て看板へ顔を向けたのに気づいて、ハルセも智も話を切り上げた。
ロディ氏が又もあまり食べていないと朝方に知ってしまったけれど、ハルセは敢えてシェアできそうにないメニューを選んでランチのテーブルを囲む。
内心で反省していた。少しでも色々食べたらと、こういう店では半分こをしたりしていたのが拙かったろうか、と。
高校の頃に陽毬とだけでなく、クラスメイトの同性とも似たような事をしていた。
見た目が同性同士にしか見えないだろうからと、異性相手に同じ事をしてしまったのは距離感を誤っていた気がしてきたのだ。
本日のロディ氏は、サラダとルイボスティーというダイエット中の女子みたいなセレクトをしてきた。スリムな智でさえクラブサンドにコーヒーとケーキまで運んできているというのに。
「アシュフォードさん、今日も、小食ですね」
流石に智も気になるのか、つっかえそうになりながらも言う。「顔色、良くないです。大丈夫ですか」
「ん。僕、家ではそこそこ食べてる筈」
「因みに、どんな」
ハルセの訊きたい事を智が代弁してくれた。ロディ氏は僅かに顔を上向けて挙げだす。
「玄米混ぜた白米、お味噌汁、納豆、お漬物、煮豆腐と卵焼きは鉄板ネ。後は季節の果物と気分で魚や野菜の煮物?」
予想外に健康食だった。というか、そんな立派な献立を食して青菜に塩ふったみたいになっているのが奇妙だ。
(それぞれを一口ずつしか食べていないとか?)
「じゃあ、顔色悪いのは、寝不足でしょうか」
除菌の紙ナプキンで手を拭きつつ、智は呟くように言った。
「そうネ」
消え入りそうに、ロディ氏は応じた。「殆ど、寝てない」




