表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/47

ファルセ・リーベルトの涙

【ドキドキ特殊イベントのお知らせ

 “ストロベリーガーデンへ気になる彼を誘っちゃおう!”

 期間:四月二十九日から五月六日まで

 概要:貴女の部屋に特設ガーデンへの優待チケットが一枚届いたよ

    期間中に気になる彼に渡して、デートへ出かけよう♪


    ガーデンでは丁度、苺狩りが開催中

    彼と一緒にあまーい苺を食べちゃおう☆

    貴女は、食べさせてあげる?

        食べさせてもらう?


※優待チケットは好感度に関わらず攻略対象の一人を一度だけ確実に誘えるアイテムです

※ガーデンで摘んだ苺は一つに付き特製クッキー一~五%分の効果があります(効果が出るのは最大二十個まで)】


〘無理〙

 ハルセが『ニジ飽き』のお知らせ見た? と話題にしたら、(とも)は即答した。携帯端末越しでも、恐らく真っ赤になっているだろうなと思える声音だった。さもありなん。

『苺食べなくても、お出かけするだけなら?』

〘誘う為に近づく段階が既に無理……〙

『そ、そか……』

 などというやり取りをしたのが、二十六日の月曜日。

 智はそれでも、もしかしたら最後になるかもしれないから、とイベント中はタクティー殿下を遠くから眺めに行くらしい。健気。

 友人の行動予定はそう決まったわけだが、正直なところハルセもお知らせを見て、無理、と既に洩らしていた。このイベント、恋愛初心者には非常にハードルが高いと思う。

(わたしも遠くからロディを眺めようかなぁ)

 ファルさんはモザイクかからない程度に頑張ってね、と智からは微妙な励ましを受けているが……

 大学は四月二十九日から五月九日まで休講となっている。ハルセは久しぶりに『EX(エクストラ)』へ長めのログインをする事になった。



 連休初日の午前九時過ぎはゲーム内だと“朝”だった。

 自動行動中のファルセの前には、朝食を綺麗な所作で食べているトモミが居た。トレイに複数の食器があるとなると、中の人はインしていないようだ。

 自動行動が終了してからもしばらく様子を窺ってみたけれど、トモミは食事を続けている。

 寮の食堂は他の学生の姿が見えず、ざわめきも無かった。イベント期間中、貴族達は帰省扱いで春休みの時と同じ状態になっている模様。

 ファルセは席を立つことにした。仮に智が来ても、タクティーを眺めたい彼女を往生際悪くお喋りに付き合わせてはいけないと気づいたから。

 自室でモスグリーンのロングフレアパンツに皮のスポーツサンダルのコーディネートに変えた。ライティングデスク上で光っていたチケットを一応ポケットにしまう。ファルセは寮を出た。


 取り敢えず図書室を目指すつもりだったが、女子寮と隣り合う男子寮のすぐ近くに漆黒の髪の魔法使いが居た。

 どきりとする。

 ひと月ぶりに目にする姿にも、彼が紙片を手にしたヒロインらしき女性と向き合っている事にも。

 紙片は、ファルセはポケットに片付けてしまったチケットだ。

 足が縫い留められたかのように動かない。

(どどどうしよう。見たことない人──じゃない。あれは教壇に居た先生──随分変わっているけどモスカ先生だったんだ)

 体験版ではスレンダーな紫紺髪の眼鏡女史でステラ・モスカという名だった。『EX』では同名なんだろうか。などと、どうでもいい事が浮かんでくる。

 学園のローブにタイトスカートで教壇に立っていた時とは違い、今日の先生は気合の入ったお出かけコーデだ。豊かな栗色の髪をシュシュで緩く束ねて片側に流し、スタイルの良さが際立つ、腰上を絞った薄桃色のロングワンピースにクリーム色のレースカーディガンを合わせていた。大人っぽいのに清楚で可愛い。絶妙だ。

 ファルセは気合を入れると、動いた足をそろっと引いた。トモミ方式で、すすっと去ろうと思った。

 半ば以上こちらに背を向けているロディの、淡々とした声が聞こえた。

「ボクは想い合う人が居ます。貴女と御一緒するのは時間の無駄だと思われますが。それでも?」

「えっ、他にも気づいた子が──? あの、この前からお伝えしてますが、家の意向はそのままですし、わたし自身も婚約の話は続けてもいいと思ってるんです。学園卒業までだって待てます」

(体験版では待てなかった先生が、待てる先生にバージョンアップしてる……)

 ロディとAIファルセは一日一度は何処かしらで語らっていた。たまーに図書室辺りで触れ合ったりもしていて、人目が無かったのかと履歴を見て赤面していたのだ。

 履歴はどうしたって“ファルセ”の視点でしか報告されない。知らない所で、こんな貴族家絡みのシリアス展開が繰り広げられていたとは。

「モスカ令嬢、先日も言いましたが、貴家と当家に出ていた話は春前に立ち消えになっている。貴女の意向が御家(おいえ)の意向と重なった事は御家にとって喜ばしいだろうが、それはもはや当家とボクには関わりの無い事。別のお血筋を望まれた方が宜しい」

(そういえばそんな話だったなぁ)

 血筋? 何ソレ? 的にロディはぐいぐい来ていたので、ファルセはすこんと背景設定が抜けていた。“リーベルト嬢”は隣国の公認聖女だから血筋云々はクリアしていたのだろうか。侯爵夫人の椅子を用意しているらしいし。

 トモミから目撃譚を聞いた時は何の世迷言だろうかと思っていたけれど、ロディは着々と外堀を埋めていたわけだ。AIがこんな発想までするなんて驚きしかない。

 そっとそっと後ずさるファルセの目の先で、先生は両手で毅然とチケットを差し出していた。

「貴男を見てきた時間を無駄だとは思いません」

(先生、今AIじゃなくて中の人居るんだよね……? 迫真の演技というか成り切ってるというか……)

 どういうことだろう、タクティーではなくロディへのあの熱量は。

 話してみたら儚げタクティーより猫系ロディが好みに合っていたんだろうか。

 ファルセ同様に、彼の綺麗な双眸や生い立ちに魅かれてしまったのか。

 ロディは少し顔を動かし、先生をより視界に入れたようだった。

「貴女はきっと、ボクに出会うのが早過ぎた」

 辛うじて聞き取れた台詞と共に、黒髪の新星は彼女の手からチケットを取った。

 ふわりと白とピンクの光の螺旋が二人を巡り、姿が掻き消える。

 ぇ……とファルセの唇から小さく声が漏れた。

(そか……確実に誘えるチケットだった……)

 急に、目頭が熱くなった。

 俯いたら拙い気がしてファルセは歯を食い縛ると顎を上げる。

(泣くもんか。一ヶ月AI任せだったわたしに、そんな資格無い)

 この一ヶ月で能力値は全体的に上がってきている。転んだぐらいじゃ死なない。



 学園へ行くと、モスカ先生同様おめかしした私服のコーニャが、人を捜している様子で小走りに校舎内へ入るのが見えた。

 ドギーは教練場に居ないのかと思ったら、彼はいつものように鍛錬していた。模造剣を振る手を止めて、よぅ、と爽やかに片手を上げてきたので、こんにちは、と挨拶だけしておく。

(彼女は一体、誰を……?)

 どうもコーニャは幅広く攻略対象と接しているみたいで、誰が本命なのか、何がしたいのかよく判らない。


 武術教練場で棒を振り回してSTRを一上げて、魔法教練場で炎の魔法を投げまくってVITを一上げて。

 涙の代わりに汗を散らして、ファルセは一旦ログアウトした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ