長倉ハルセの詞
ハルセと智は天体観測同好会の歓迎会に二回参加して、新歓期間の最終日に入会を決めた。
サークルを掛け持ちする学生は多いそうだ。
ハルセ達三人以外に新入生は男子が五人入会した。その五人は例に洩れず他の所にも入っているらしい。
話を聞いて、天体観測の先輩達にも勧められて、ハルセと智は他の文系サークルを中心に見て廻った。しかしながら飲み会を覗いてみようと思える程の所には出会えず、結局二人とも他には入らなかった。伊藤&加藤先輩に女好きと称された四年生の先輩も、リップサービスが多めなだけでガツガツした感じではなかった。
とにもかくにも天体観測同好会は第一印象が良かった。佐藤会長の言う通り、高橋先輩グッジョブ。これに尽きる。
新歓コンパが終了すると、いよいよ前期講義が始まった。お祭り騒ぎの余韻を若干残しつつ、サークルのビラではなく教科書を開いて机に向かう日々の到来である。
そうなると必然的に、ハルセは同じ学部のロディ氏と行動を共にする事が多くなった。というか、必須以外もやたら選択科目が被っている。
携帯端末でやり取りするのは断トツで智が多くなっているものの、残念ながら学部の傾向が違い過ぎた。
ロディ氏はサングラスのままで講義を聴いている。先生が苦情を呈さない。怒られないもんだね、とハルセがぽろりとこぼしたら、僕の場合はidentityネ、とロディ氏は薄っすら笑んでいた。よく解らなかったが、目の保護を目的として申請すると許可されるケースもあるようだ。同じ学部で顔を合わせる他の学生達は、早くも気にしなくなっている。
昼前にあった必須科目の授業が終わり、ハルセとロディ氏はキャンパス外のおにぎり屋へと歩き出した。
タイミングが合えば智やテツが合流するけれど、火曜日は合わないようだ。
先週の火曜はハルセの好きな中華だった。今週はロディ氏の行きたい所のつもりだったのだが、食欲が無いというのでハルセが決めた。彼はガタイの割に食が細い。少々心配になってきた。
大体、二回目の飲み会の帰りに、ロディ氏は変な事を言っていた。
二回目も智を先ず送って、やっぱり置き配のように兄に送る証拠の写真を撮った。智のノリも良くなっていた。可愛かった。
で、一回目の時、ハルセの場合は家の前で礼を告げて“おやすみなさい”と言って別れた。二回目も同じくロディ氏が帰って行きそうだったので、何となく訊いてしまったのだ。
『わたしは届けた写真、送るように言われてないんです?』
『──ッそ、そう、そう──撮らないとネ』
一瞬狼狽えた様子だったがロディ氏は真面目な口調で続けた。『じゃあ一枚……そうネ、テツ呼ぶ時の顔で。兄ぃ、って甘えた感じがもうネ──テツもハルって判り易いネ』
その時にはもう、ハルセは深く考えずに訊いてしまったのが恥ずかしくなっていた。ロディ氏に褒められながら撮ってもらう智が楽しそうだったので洩らしてしまったが、普通に家に着いたとメッセージを送ればいいだけの事だった。
しかし口に出してしまった手前、もじもじと、ハルセは俯きがちに指示に従った。
『ぁ……兄ぃ』
『棒読みっ──で、でもコレはコレでイイかも。僕だけの一枚っぽいネ』
兄に送るんじゃないのかとハルセは浮かんだが、ロディ氏は何故か端末を両手で挟んで合掌していた。『Main course、ゴチです』
(写真好きみたいだけど、写真じゃお腹膨れないよ。塩むすびくらいなら入るかなぁ)
おにぎり屋に入ったら、ロディ氏は梅干しと鮭のおむすびと一緒に緑茶を頼んでいた。ちょっと安心した。何気にお茶好きな気がする。
小さなテーブルで向かい合おうとしたら、ロディ氏は足が収まらなかった。斜めに腰かけてもぐもぐし始める。ハルセも高菜醤油おむすびにぱくりとかぶりついた。美味しい。
互いに小皿が空になって湯呑を傾け始めたら、ロディ氏が尋ねてきた。
「ハルはメディア文学で何をベンキョしたいの」
「歌詞に興味がある。ヒット曲の詞に共通点はあるのかとか、作詞家がどういう経験を積んでその詞を紡いだのかとか」
答えてから、ハルセは自嘲した。「あんまり、将来の役には立ちそうにない感じだけど」
「その点は気にしないでいーんじゃない? 大多数の人、そんなもんネ」
ロディ氏は口元を綻ばせた。「僕も言葉の重ねに興味湧いてるネ。韻を踏むとかネ」
「詩もそうだけど、歌も韻を踏む詞って多いよね。そういうのも興味ある。リズムで記憶に残す手法って感じ」
ハルセも頬を緩めた。「高校の友達、歌うの好きで。聴いてるうちに興味が湧いた。歌い継がれる詞には何か特徴があるんじゃないか、って」
「……僕は歌うの、苦手ヨ」
見た目を裏切るカミングアウトをしてロディ氏は苦笑した。「ハルは、好きだった……?」
「いやー、わたしも苦手。この格好で普段からアルトを意識して話してるからかな。元々下手なのもあるんだろうけど、歌うと掠れちゃう。一緒に歌おう、って言われたけど、友達、声楽科行くくらい上手だったから、恥ずかしくて……輪唱みたいに呟くのが精一杯だったなぁ」
けれど、だから余計に歌詞を聴き込んでいたと思う。
「苦手なのに、付き合ってたのネ」
「友達が歌手になりたいって頑張ってるんだもの」
ふふ、とロディ氏は柔らかく微笑した。湯呑をテーブルの上でゆらゆらさせながら、話題を変える。
「合宿は行く? 今日までに出欠連絡しないとだヨ」
「えーと、ちょっとわたしも智ちゃんも別件の用事が出来て、今回は欠席」
三泊四日の合宿はゴールデンウィークを利用して開催されるらしい。先々週に初参加した会合で、そういった直近の予定が話し合われた。今年は五月にスーパームーンの皆既月蝕があるそうだ。その観測を目的にした短期合宿にするかで先輩達は議論していたけれど、結局、例年と同じく連休を利用して高原での観測会に決まった。
ハルセと智は、初めは参加に前向きだった。だが昨日になって事情が変わった。
『ニジゲンに飽きたトコロEX』で四月二十九日から一週間、特殊イベントがあると告知が来たのだ。
リアルよりゲームを優先するのはどうなのかと二人とも思うトコロはある。が、あのゲームは長くても九月中旬辺りまで。ヒロインの誰かがタクティーを攻略できたら、その後数日で終了する可能性が示唆されている。今回のイベントでその事態に至るのも有り得るのである。
そうするとハルセとしては、魔法師団の新星に変な心残りが出来てしまいそうだった。
彼と同じ名前のラッパーが、湯呑を揺らすのをやめて意味ありげに問うた。
「僕の名前の人、関わってる?」
頬が熱くなってきて、ハルセは目が泳ぐ。
ロディ氏には少し前に、名前で呼んでー、と軽く乞われた。その時もハルセは頬がほてってしまった。知ってる人と同じ名前で、呼び辛いんです……と何とか告げると、どうしてかロディ氏はうっとりした様子で、写真撮っていい……? と訊いてきた。意味不明だったのでお断りした。
「ネー、じゃあ三十日どう過ごすの」
「家族と御飯に行くことになってる」
十日の兄の誕生日もそうだった。ここ数年、長倉家は家族の誕生日に外食なのだ。
「テツぅうううう」
急にロディ氏が兄の名を恨めしそうに唸ったので、ハルセは引いた。ほてりも引いた。「僕もっ、御飯っ御飯んんん」
「あの、時間あるよ、もいっこ食べたら? 高菜醤油、美味しかったよ」
誕生日覚えてくれてたんだなと、ささやかに嬉しくなりつつ、ハルセは推し具をお勧めしておいた。
ロディ氏は何やら不貞腐れているようだったが素直に食べてくれていた。




