長倉ハルセの飲み会
翌四月八日の夕暮れ時、学生で賑わう大学最寄り駅の前でハルセは智と落ち合った。
今日の智は黒のスプリングセーターにベージュのロングワイドパンツで、花柄のショールを腕の辺りにかけていた。オトナ可愛い。ハルセは黒のTシャツにベージュのスプリングコートとデニムで、黒キャスケットを被ってきた。選んだ色合いが少し似ていて、偶然お揃コーデのようになっていた。
「やっぱり昨日の、アシュフォードさんも入る気みたい」
天体観測同好会の公式SNSで案内されている居酒屋へ向かいながら、ハルセは言った。智が、そ、そっか、と表情を決めかねる顔つきで応じる。
昨日、夜になって兄からメッセージが来たのだ。飲みに行くならロディに連絡して帰りは送ってもらえ、と。彼の連絡先と共に。
丁度ファルセの行動履歴を流し見ていたところだった。ハルセは魔法使いの童顔が浮かんでしまって疑問符が浮かび、次いで、オジサンの方か、と気が付いた。気が付いたところで、何で、と思うのは変わりなく、そのまま兄に返信した。割とすぐ折り返しが来た。
〖ロディも天体観測に入る気でいる。あいつが居なかったら母は俺に送れと言う筈だが、あいつが居るならあいつで構わんだろ〗
ハルセは小首を傾げ、面倒になって通話に変えた。
『明日、智ちゃんと飲み会行く約束したけど、終了七時だよ。送ってもらうような時間じゃないんじゃない』
〘その時間でも新歓コンパ中は特に、周辺にそこそこ酔っ払いや引き抜き目的のサークル関係者がわいてる。サークルはしごさせられたくなきゃ、あのラッパーに威嚇させとけ〙
学外でも勧誘があるとは思わなかったので、ハルセは目から鱗だった。
『ていうか、あの人、ラッパーなの』
〘……多分、ラッパーにもなれる〙
『言われてみればラッパーっぽかったけど』
〘何だと思ったんだ〙
『変なオジサン……あ、本人に言っちゃ駄目だからね、兄ぃと同じ、今年で二十歳? なんだよね?』
物凄く長い沈黙があって、どうしたのかと思ったら、兄は笑いをこらえて息も絶え絶えになっていたらしい。
ともかく、明日と決まってるなら今回は連絡しておいてやると兄が震え声で言ってくれたので、任せることにした。
今朝方、朝食の席で飲み会に行く事を話したら、帰りはテッちゃんに送ってもらいなよ? と母が兄の予想通りの事を言ったのでハルセは内心でびっくりした。
兄の友達に頼んだと告げたら、ならいい、と頷かれた。この手合いの事となると、母は兄を随分と信頼している。あの風体のロディ氏を見ても同じ感想のままなのか、少し気になった。
そこそこ広そうな店に入り、天体観測同好会と伝えると店員が案内してくれた。
座敷のような場所かと思っていたら、輪切りの一枚板を使ったテーブルが幾つか配された奥のエリアへ導かれる。想像していたより粋な感じだった。
思い思いに寛いだ様子で座っている十人程の若人が、いらっしゃーい、と緩く歓迎してくれた。
中に、ちゃっかりロディ氏が混じっていた。
今日は頭にペイズリー模様の深緑のバンダナを巻いている。同色のTシャツに白の半袖シースルーニットを重ね、レザーネックレスを二、三本。薄青いカーゴパンツの足を片胡坐にして、だるっと椅子に腰かけていた。店の中なのにサングラスはそのままだ。
他の学生達は素朴な格好が多い中、新入りでそのナリなのに何故か馴染んでいる。ログハウス風の内装の所為だろうか。
お邪魔します、とハルセがキャスケットを取ると、智もはにかみ顔で頭を下げる。
はわわわ、と先輩らしき女性が頬を染めて呟いた。
「彗星並みの周期だよ、これは。ウチにこんな美少年が来るなんて……っ」
「これを逃したら次は生きているうちにお目にかかれません」
近くに座っていた今一人の眼鏡女性が相槌を打つ。反射的に、ハルセはにこりと王子様スマイルを浮かべてしまう。そこへロディ氏が後ろ頭を掻いて言った。
「イヤー、照れるネ」
「アシュフォードさんじゃないですよー」
「じゃぱにーず様式美ネー」
どっと笑い声が溢れて、気を取り直したように、手前に座っていた男性が空席を示してくれた。昨日ブースで丁寧に説明してくれた先輩だ。
「二人共、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、昨日はありがとうございました」
席に着きながら言葉を交わす。円形に近いテーブルで、間に先輩方が座っていても智とは斜向かいのような距離感で安心できた。智も顔が赤らんでいたけれど同様のようで、小さく笑みが出ている。
現役合格ならアルコールは無しでね、と眼鏡女性の先輩から茶目っ気混じりに言われてメニューを渡される。
注文が済むと、奥に座る黒縁眼鏡の先輩が朗らかに言った。
「やっぱりブースは高橋に限るや。去年もお蔭で来てくれたメンバーが居るもんな」
賛辞を受けて昨日の先輩が片手を挙げる。
そこから順に自己紹介のようなものが始まった。黒縁眼鏡の先輩は会長の三年生佐藤さん。はわわな先輩も三年で伊藤さん。高橋さんも三年生。副会長はさっきから智をチラチラ見てしまっている二年生の田中さん。メニューをくれた眼鏡女性の二年生加藤さん。その他にも全員が学年と学部を加えて名乗ってくれる。
ハルセはとても覚えきれなかったが、一つ判った。
このサークル、天文学的確率とは真逆の、見事によくある苗字の人達が集っていた。
ドリンクが届いて、おつまみ系の料理を取り分けてもらう。ちょこちょこ食べつつ、大学から一番近いプラネタリウムの場所や観測スポットにしている公園の話を聞かせてもらっていたら、相次いで大人しそうな二人の男子新入生が参加してきた。
ハルセ達の時と同じように、いらっしゃーい、と先輩達が嬉しそうに唱和する。二人共、同じ新入生と紹介された智を見て少しそわそわして、ロディ氏を見てちょっと固まり、ハルセを見てドモと頭を下げてきた。
その後、男性の先輩も二人遅れてやって来て、お疲れー、と先輩達は互いに言い合っている。みな和やかだった。
残念ながらメンバーの中にメディア文学専攻は居なかった。理学部が多くて、兄と同じ経済学部も少々。智と一緒の経営学部も居なかった。参考になれなくて悪いね、と先輩達には頭を掻き掻き言われた。いえいえ、とハルセと智は同時に手を振る。ロディ氏は全然気にしていなかった。留年している彼は気にした方がいいと思う。
ロディ氏は先輩が追加で来ようともだらけた姿勢のままで、ほうじ茶を一杯だけ頼み、自分の家に居るかのように過ごしていた。サングラスを外さずに居座っているから先輩の中には微妙な顔をしている人も居たが、幹部の先輩方は面白がっていた。実際、変なオジサン風片言でしばしばボケるので、空気が悪くなることは無かった。
午後六時半を回った辺りで、そろそろ今日はお開きということになった。
お花摘みに、と伊藤先輩と加藤先輩が立ち上がり、ここは場所が少し判りにくいと智を誘う。
ロディ氏がふと、HAHAと気の抜けた声で笑った。笑われてしまって気まずさが増したハルセに、智が普通に、ファルさんも、とこちらを見ながら言う。
「あ、うん」
ハルセも、そろりと立ち上がる。
変な間が生まれた。
「バレちゃったネー、残念……っ──ホンットウに、残念ッ!」
ロディ氏が本気で残念がっているようにテーブル上で両の拳を握り締めて俯く。
「えぇええええっ⁉」
他の面々の、店の迷惑になりかねない驚愕の声が響いた。
トイレへ向かいながら、何かすみません、とハルセは謝る。伊藤&加藤先輩は若干遠い目で、いやいやこっちこそ、と応じてくれた。
「あの時アシュフォードさんが茶々入れるから、訂正するタイミングもムズかったでしょう」
「アシュフォードめ、あれはボケじゃなかったんだな」
台詞とは裏腹に、楽しそうに伊藤先輩が言う。「浮き足立つ我々を面白がりおってぇ……!」
智がおずおずと、わたしも最初はすっごくカッコイイ男の子だと思いました、とカミングアウトする。それってゲームの話では、と思うハルセをよそに、だよねー⁉ と先輩二人が力一杯同意した。
「こんだけのイケメンが一緒なら大丈夫かと思ってたが、草薙さんは──っていうか、長倉さんもか──ま、ちょっとだけ気をつけておいて。今日来てない人で、それなりに女好きが居るからさ。観測の時とか、一人にならないように」
「一応ウチでは幸い聞きませんが、他校だと暗がりで魔が差すのも居るらしいんです」
智が素直に、はい、と応じてハルセも頷いておく。例え後付けでも自分も心配してもらえたのは嬉しい。
「今日だけで入会決めなくていいからね。期間中にまた飲み会来てくれてもいい。そしたら女好きと顔合わせる機会あると思うから、それで無理ってなったら、無理でいいんだからね」
トイレの入り口に着いて伊藤先輩が真面目に言う。ハルセは微笑した。
「解りました、ありがとうございます」
「……くっ、イケメンオーラが」
「……何かすみません」
「いつかオーロラ観測したいですね」
加藤先輩がのほほんと笑った。




