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長倉ハルセの入学

 四月六日は大学の入学式だった。

 学校主催のオリエンテーションもその日の内に行われた。学内施設や教室の種類、受講に関する説明会。それから事前の通達を受けて用意しておいた履修希望や体調データを、携帯端末を使って登録、確定といった事務処理だ。

 時間割と睨めっこして何とか決めたハルセの履修科目は、二つ抽選に落ちて練り直す羽目になったけれど、ほぼ希望通りにする事ができた。


 翌七日から一週間は任意参加のオリエンテーションで、こちらは学生主催。三桁はあるらしいサークルへの新入生歓迎会である。

 午前中から何となしに来てしまったハルセは、学校の門付近にも既に熱気が漏れている状況に、やめておけば良かったかと半ば後悔した。

 昨日は初々しいスーツ姿ばかりだったけれど、本日はみな私服だ。高校も私服だったが、数歳の差は大きいのだと悟る。学年が入り乱れ、失礼ながら三十代前後に見える男子学生の姿も。太い声で話したり笑ったりして、あちこちにうろうろしている。その様は、ハルセが日頃心の奥に封じ込めている怯えを刺激するに充分だった。

(取り敢えず文系を少し探して、後は(あに)ぃの所を覗こう)

 テツは当然というべきか剣道部所属である。まだ二年生だし、多分、こういう催しにはかり出されている。

 各サークルはある程度ジャンル毎に固まっているようで、門前に建てられていたパイプテントでマップを配っていた。

 緩いグレーのトレーナーにデニムのキャップとジーンズ姿のハルセは、マップを片手に、なるべく背後を取られないような進路を選んで歩き出した。

 周囲は多種多様な草木が、萌ゆる若葉の(いろどり)を添えている。赤煉瓦の歩道、散り切った桜の花びらが残る車道のアスファルトにも、たくさんの人が行き交う。沿道にはサークル紹介の立て看板がカラフルに立ち並ぶ。

 通過するだけのエリアでも、綺麗な女学生に元気にサークル名を告げられたり、覗いてみてー、とビラを手渡されたり。

 勧誘に近寄ってくるのが女の子ばかりで、次第にハルセは安堵した。目当ての文系サークル群が近づいて、徐々にブースで静かにやって来る人を待つような空気感になっていたのも気を抜く要因だった。

 軽やかなハンドベルの小曲が奏でられるのを耳にしつつ、嵩張ってきていたビラとマップを持ち直していたら、立ち止まって聴いていたらしき誰かに腕の辺りが掠ってしまった。

「あっ、ごめんなさい」

「ごっ、ごめ、なさ──っ」

 互いに謝って目が合う。

 え、と今一度、互いに漏らした。ハルセの前では、何となく見覚えのある人が胸元を押さえて真っ赤になっていた。

 ふわふわストロベリーブラウンの髪は真っ直ぐな黒髪になっていたが、色白でぱっちり二重、ナチュラルメイクに瑞々しい唇。白と青のアンサンブルニットで可憐さ際立つ小柄な美少女。

「ふぁ、ファルさん……っ?」

「ぅわぁ、やっぱりトモちゃんか」

 完全に立ち止まった二人の脇では、演奏が終わって拍手が起こっていた。



 草薙(くさなぎ)(とも)です、と名乗ってくれたトモミ・ウチハシ改め智は、同い年の新入生と判明した。

 同じ新入生なのに、あれだけ飛び交っていたサークル紹介のビラを全く受け取っていない。ずっと以前から学内マップを念入りに調べていたとの事。門をくぐったら即行で教員用駐車場脇の裏道を通り、遠回りながらも人波に揉まれることなく文系サークルエリアに到達していたそうな。流石の対人回避スキルだ。

 智お勧めの閑散とした休憩ポイントで、ハルセは感心しきりだった。広いキャンパスなのに、ハルセはそんな下調べをしようとは思いつきもしていなかった。講義が始まっても、案内板が在るみたいだから大丈夫だろうなどと呑気に考えていたものである。

「タクト君が、ここに聴講で(かよ)ってた事があるの。あちこち巡礼したかったのもあって」

「なるほど、巡礼」

「実は、ここが写真を撮った所っぽくて」

 智は両手を頬に添えて、嬉しそうに少し前方を見やる。「あそこの木の枝の曲がり具合が特徴的らしくて。日の差し加減とか木と木の間隔も合致するんだって」

(ファン凄い。怖い)

 いささかうそ寒い心地になったが、お蔭で智と会えたのだとハルセは思い直した。

「文系エリアを目指したってことは、智ちゃんはもう何処か決めてるの」

 ふるっと智は首を振った。

「何処かに入ってみようとは思って、来てみたの……赤面症を、治したくて」

「いいね。何処かにって言うのは、わたしもせっかく大学入ったんだからと思って来たんだよね。候補は見つかった?」

 智はハッとしたようにハルセに身を乗り出した。

「あの、よか、良かったら、一緒にっ」

「うん、合いそうだったら、わたしもそこに入りたいな」

 頬を紅潮させて、智は一つのサークル名を口にした。

「天体観測同好会って所があって。その、暗い所なら、顔赤くなっても、気にされないかな、て」

「お、そうだね。夜の活動が多そうなのは、女子的に心配だけど」

 しょぼんと智は俯いた。

「紹介のトコに居たの、男の人で……詳しい話は、聞けてない」

「じゃ、一緒に話を聞いてみようか。わたしも二人なら気後れしないで助かる」

「あっ、あ、ありがとぉ。わたしもっ、助かるよぉ」


 連れ立って同好会の説明を聞きに行くと、大人しそうな先輩が穏やかに説明してくれた。

 主な活動はそのまんま天体観測である。天気のいい週末や天体ショーがある夜に観測会。年に四、五回、泊まりがけでより綺麗に星の見える所へ観測合宿。たまにプラネタリウムへお出かけ。大学祭には自作プラネタリウムや出店で参加している。

 これらに関する連絡等をする為、月に一度の会合がある。会合と大学祭には参加して欲しいが、観測に参加するかは時間帯や費用の事もあるので強制ではない。

 星好きの集まりで男女比は大体七:三。会員数は例年二十人前後で推移しているサークルだった。

 先輩は智をほんの少し眩しそうに見ていたけれど嫌な視線ではなかった。終始丁寧で感じが良かったので、ハルセは智を見やる。智も見返してきて、似たような感想だったみたいだ。

 新歓期間中は午後五時半から七時まで飲み会をしているそうだ。一年生は無料だし二十歳未満と弱い人は飲まないから安心して参加してみて、と先輩は微笑んでいた。

 携帯端末のサークルアカウント等も記載された案内のチラシと入会申請用紙を二枚ずつ貰って、二人は礼を言うとブースを離れた。


 二色刷りのチラシには春の星図が載せてあって、ハルセはロディの瞳を思い出していた。

 青い薔薇を贈るなんて脈絡も無く気障な事を書くものだから、ファルセは照れとワケの解らなさにリアクションできずにいた。ロディは立ち上がると、魔法はまた今度、と囁き、筆記用具とノートを小脇に抱えて出て行った。講義室はいつの間にか教壇から先生の姿が無くなっていて、数人の学生が寛いでいるような空間になっていた。


(何だったんだろ、あの最後の一文は)

 あれから現実世界で入学準備が差し迫った事もあって、『EX(エクストラ)』には僅かな時間ログインしてはステータスを少し上げてログアウトを繰り返している。行動指標設定も似たような感じにしてあった。だからAI同士はよく語らっているようだが、ファルセ自身はロディのあの星空みたいな目を一週間ばかり見ていない。

 つらつらと思い出したら淋しい気がしてきて、ハルセは同好会のチラシを折り畳んだ。

 隣を歩く智は折り目を付けずに小ぶりのトートバッグにしまっていた。

「ファルさん、この後、どうする? お昼には、少し早いかな」

「わたし、一コ上の兄もここに(かよ)ってて。ブースを覗いてみるつもりだった」

 智は興味が湧いた顔つきになった。

「ファルさんのお兄さんなら、カッコ良さそぉ」

「妹的にはカッコイイと思ってるけど、あんまり似てはいない? 母は兄のコト、若作りのおじさんとか言い出してるし」

「そ、そっか……ぁ」

「剣道部のトコに居ると思うんだ。智ちゃん、近道あったりする?」

「えーと、武道場の辺りとしたら、そこの横道に入るといいかな」

「おおぅ、ありがと。助かるなぁ」

 えへん、と珍しく智が胸を張って、ハルセは笑声をこぼした。

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