運営チームの乾いた笑い
運営チームの男性四人はモニターの一つを囲んでいた。
とある人物の動向をリアルタイム視聴していた彼らの間には、若干居たたまれない空気が漂っている。
「ハイ終了! めでたいね、こりゃ」
三十代のリーダーが、やけっぱちに手を叩いた。二十代後半の若手社員が、乾いた笑いを漏らす。
「攻略早いっすねー、ゲーム内でもまだ二十日くらいしか経ってないっすよ」
「これを編集するんですか? タクティーじゃないじゃないですか」
新米社員が困惑しきりの顔で指摘する。リーダーが虚ろに笑った。
「コレがタクティーだったら荒ぶる信者がどうなっていたことか」
「タクティーだと、リーベルトさんの希望通りに儚く友達関係で終わらせるしかなかっただろうねぇ。友達としてしか必要とされなかったという結論で」
チーフが腕を組みながら呟くように言う。リーダーが、にやっと口元を歪めた。
「ロディ、危うく素を出しかけてなかった? 天才役者も人の子だったな」
「大丈夫ですかね、唐突にタクティーの話題出してましたけど」
「気になってたんっしょ。ビビッと来た子が全然“自分”に絡まないから」
新米が端末で資料を漁りつつ問うた。
「選考で彼女を選んだのは誰なんです?」
「広報部長だねぇ。こういう子が恋をするとしたら面白い絵が撮れそうって言ってたね」
しみじみした口調でチーフが言った。「面白いというか、普通にキュートな感じになったねぇ」
「俺は最初、何で男が混じってんのかと思ったっす」
「六波羅はBLキターって鼻息荒くしてデザイン描きまくってたな」
「六波羅、業が深過ぎないっすかね」
「長倉サンて、芳月サンの熱狂的なファンでもなさそうなのに何でまた応募したんでしょう。ゲームはするみたいだけど乙女ゲー経験は無し……新ジャンル触ってみたかっただけですかね」
「ソレで選ばれた挙句に一目惚れされて攻略されるとは……持ってるねー」
リーダーが肩を竦める。「ロディが雷落とした時は何事かと思ったよ」
「まぁまぁ。あれで抑揚システムのバグが見つかったじゃないか」
「AIのリーベルトくん見かけて漫画みたくロディの背後で雷が落ちるのは、いま見返すとめっちゃ面白いっす」
「アレは胃にキたんで思い出したくないです。予備動作も詠唱も無いのに人の至近に高位魔法発現とか……」
「早めに見つかって良かったよ。ウチハシさんが昂って頻繁に落ちちゃってるみたいだし、魔法の暴発がバンバン起こってたら恋愛なんてしてられないよね」
チーフがそんな所感を述べた時、電話のコール音と共にモニターの一つが明滅した。
誰からのGMコールかを見た面々は対応を、先程サービスで音入れしていたリーダーに任せた。
「はい、こちら運営チームです」
〔お疲れ様です、今、宜しいですか〕
モニターには実質一人しか利用者の居ない男子寮が映っている。
インカムを付けたリーダーは、相手には見えない微笑も浮かべて問うた。
「お疲れ様です。どうされましたか」
日の暮れかかる自室の窓辺に寄りかかる青年は、こうして画面越しに見ても実に絵になる佇まいである。
そんな彼は、外では殆ど表に出さない表情を浮かべていた。はにかんで首の後ろをさすっている。
〔えーとですね、どなたかは見てらしたんじゃないかと思うんですが、僕、ファルセさんとハグしたんです〕
「えぇ、はい。拝見させていただきました」
しれっとリーダーが告げると、ロディの皮を被った芳月タクトは口をすぼめた。映写角なんて判らない筈なのに、見事にカメラ目線で訊いてくる。
〔相手の脈拍を感じられないのは仕様ですか〕
「──仕様です」
〔理由を伺っても?〕
「ゲームだからです」
リーダーは一拍、間を置いた。「弊社ではゲームを必要以上にリアルにするのは望ましくないという方針です。本作に関しても、先ずグラフィック。そして身体接触に関するリアリティも、一部を敢えて削っています。つまり、のめり込みの防止です」
〔なるほど。恋愛シミュレーションだから余計にですか〕
「そういう事です」
理解が早くて助かる、とリーダーはにっこりする。にっこりしたが、モニター内のロディの表情が明らかに拗ねたので眉を上げた。
〔解りましたが、今回は物凄く物足りなかったです。相手がドキドキしてくれているのも感じてこそ恋愛なんだな、と〕
「あ、はい、御意見はありがたく……」
〔クレームじゃなくて愚痴なんで聞き流してください。それと、そういう事なら一つお伺いしたいんですが、ファルセさんの中の人の情報って貰えたりしますか〕
「……本気です?」
思わず素でリーダーは尋ねてしまった。彼の質問への返答は否しかないのだが、つい訊いてしまった。
〔雷落ちましたので〕
黒髪の青年は、同性でさえぞくりとするほど綺麗に笑んだ。〔そちらのデザイン担当の方の技量からすると、リアルの姿も僕の好みにどんぴしゃなんじゃないかなと愚考しました〕
希望には添えないと何とか告げて、相手も薄々無理だとは思っていたようで、それで通話は終了した。
ゆるゆるとインカムを外す。最後のやり取りが、リーダーをどっと疲れさせた。
同僚達が、気づかわしそうでいて興味津々の目を向けてくる。
「現実でも彼女を攻略したいらしい」
溜め息まじりのリーダーの報告に、室内がどよめいた。
動画をどう編集するかで話し合いは暗礁に乗り上げた。
ツテも金もあるだろう芳月タクトが本気で捜せば、早晩、長倉ハルセに辿り着きそうである。
年頃の二人が何だかんだリアルでも交際を始めたりしたら、本日の記録映像や以降の物も、ある種のプレミアが付く可能性があった。“○○での共演がきっかけで”というヤツだ。
とはいえ、実はタクティーは事前に芳月タクトが学習させていたAIで、本物はロディの中にほぼ居ましたと公表するのはいささか炎上リスクが高い。そもそも公表予定は無かった。好感度が攻略達成の値までいけば、その後のスチル的シーンはどのキャラクターだろうと中に入ってもらう手筈だった。
『ニジゲンに飽きたトコロEX』の攻略対象は四人とも芳月タクトが演じ、AIが学習して稼働しているのである。今現在、五人のヒロインの誰もその事に気づいていない。昔日に天才とまで謳われた俳優の演技力と、爆発的に飛躍したAI性能がかけ合わさって実現した企画だった。
「ロディ以外にハッピーエンド迎えられそうなの居たっけ?」
しかめっ面でリーダーが問うた。若手ががりがりと頭を掻いて応じる。
「ドギー──はどうなんすかね、あれ」
新米が苦笑する。
「おだててるだけなので、第二段階で行き詰まると思います」
あー、と周りが天井を見上げる。
「まぁ、講義が始まればクラスメイトも行き交いだすし、その辺でヒント集めてくれたら進めるかなぁ」
「そもそも講義も始まってないチュートリアル期間に口説き落としてるロディがおかしいんですよ」
「誰だ、逆攻略していいなんてそそのかしたのは」
「六波羅がキレてた広報の奴じゃないっすか」
「まぁ、逆攻略可じゃなかったら、攻略対象が全員闇落ちしてたかもしれないからね」
「ファルセさん、タクティーもロディもそっちのけでトモミさんを攻略してましたもんね」
ぶほっ、とリーダーとチーフがむせる。
「下手するとロディよりイケメンムーブしてたっすね、昨日の学園街デート」
「学生カップルにしか見えなかったのが何とも……」
「ウチハシさんが小柄な可愛い子だから余計ねぇ」
チーフは腕を組み直す。「彼女はタクティーをよく遠くから眺めてるみたいだから、普通に彼狙いだよねぇ」
「あー、タクティーの方はアンダルア嬢がコンシューマー版以上にライバル令嬢っぽくなってきちゃって、どうなることやら」
「ハニーさん、あれだけタクティーから塩対応喰らってるのにめげないですね」
「つーか、突撃する割にタクティーの話、全然聞いてなくないすか」
「廊下を走るのは侯爵令嬢としてどうなのかな、って最初期に指摘されたのは聞き入れてますね」
チーフが溜め息をつく。
「彼女もゲーム経験無いみたいだから、好感度がどん底近いのが解ってないんだろうねぇ」
「経験者で固めた方が無難だったっすかね」
若手がぽつりと言うと、んー、とリーダーが首を捻る。
「その唯一の経験者は、何かやりにくそうにしてないか……?」
「深夜に短時間しかインしてないみたいですね」
「一人だけ社会人だからねぇ。それより、経験ある分、勝手が違ってやりにくいかもー。『EX』は選択肢出ないからさぁ」
「あっ、そっか──どうすりゃいいのか結局解らないってことっすか」
「まぁ、解ってきたら一番巧く立ち回るかもねー」
動画の件は、もうどうにでもなーれ、という境地で彼らの仕事は続くのだった。




