ファルセ・リーベルトの交流
三月三十日の午前九時過ぎ、ファルセがログインしたら、向かいの席にトモミが居た。
自動行動中だと知らせる文字が流れ、近くに人が居たから早めに主導権が移ってくる。
状況を察するに、寮で朝食中だった。ファルセの前にはトレイに幾つか空の皿が、トモミの前にはティーカップ一式だけが在った。
少し淋しそうに、トモミは黙ってティーカップの前で両の手指を揃えている。
カウントが〇になるや、ファルセはそっと声をかけてみた。
「おはようです」
ハッとしたように、俯いていたトモミが顔を上げた。たちまち顔に赤みが差して、彼女もログインしていそうだとファルセは小さく笑う。「ちょっと久しぶりです」
こくこくと何度も頷いて、トモミは懸命な様子で言った。
「ぐっ、具合が悪いの、かと、心配して、ました」
「あ、いやいや、元気でした。心配してくれてありがとです」
へらっとファルセは目尻を下げる。「昨日が車の免許のね、最後の試験だったんですよ。無事に受かれました」
「あっ、良かっ──おめでとうございます」
どもども、とファルセは照れ笑いする。
トモミは胸元に手を当てて、ほぅと息を吐いた。
「わたしも、いつか、取っておきたいな、と思います、免許」
「一ヶ月以上かかったけど、今はキューブがあるから昔より楽らしいですよ」
多分同い年くらいなんだろうなと互いに手探りの会話を少ししているうちに、ゲーム内の時間帯は昼に移行したようだった。
それでも二人とも食堂を出ずに、徐々に敬語を使わない方向で話を続けた。
「ほんの二日ばかりだけど、インしてない間に何か変化あった?」
「えっと……特には? あの、わたし、あまりこのゲーム、解ってないのもあって……」
「あー、わたしもそれほど詳しいわけじゃないんだよなぁ。乙女ゲーで恋愛しないとなると、何していいのか判んないって感じだし」
ファルセが首の後ろをさすって言うと、トモミは本日一番長く黙り込んだ。何か言いかけてはやめるといった感じで口を開閉する。
順当に芳月タクトファンでこのゲームに参加しているとすれば、トモミはタクティーと恋愛してみたいだろう。ファルセは彼女になら協力するにやぶさかでない。具体的にどうすればいいか、言動の選択肢も出ないから解らないのだけれど。
希少品らしき体験版で得ている情報を流してしまっていいのか逡巡していたら、トモミがぽつりと名を口にした。
「ロディ・ノヴァ君、なんだけど……」
「へ? トモちゃん、ロディがいいの?」
「ままままさかっ! わたっ、わたしには無理です‼」
「あっ、はい」
「あんな、あああんな歩く十八禁、無理ですぅーっ」
(ロディ、こんな可愛い子に何をした)
童顔で、攻略対象の中で最も十八禁なんぞから遠い存在だろうに。しかし先日、変な色気を醸していたのは確かだ。ファルセが眉を寄せると、トモミは耳まで赤くなっている顔を両手で覆う。
「か彼、桃がっ、好きみたい、で──でも、今、旬はっ、苺じゃないですっ?」
「うん。折々、旬の物を楽しむ方がいいよね。桃なんてまだ先じゃんね」
(これはトモちゃんにも飴か何か要求して、いかがわしい事を仕掛けたな……)
「んー、何か食べないと彼等もステータス下がるんだろうね。それで会話のきっかけにもなるからか、食べ物を持ってると食いついてくる……?」
「──ステータスって、STRとかVITとかいう、ヤツだよね。ネットで、調べてはみた」
「うん、数値が高いとダンジョンに遊びに行ける。今度一緒に行こうよ」
「わ──うん──行ってみたいっ」
トモミがぱあっと顔を輝かせたので、ファルセも嬉しくなって席を立つ。
「まぁ、先ずは学園街行ってみない? 桃と言われようとも今は苺なんだと知らしめる為に、苺の何かを買いに」
「──そっ、それイイっ。うん、そうしよぅ!」
トモミも立ち上がり、二人は連れ立って寮を出た。
春休みということで学園は閑散としていたが、学園街には住民AIがそれなりに居た。
いち早くそうと気づいたトモミが、そそっとファルセの背後に移動する。移動して、慌てたように見上げてきた。
「あっ、ああの、ごめん、ごめんなさ──た、盾みたいに、して」
「いーよー。はぐれないよに、袖でも裾でも掴んでて」
ファルセは安心させるように微笑む。陽毬も苦手な男子を見かけたりすると似たように後ろに回っていた。もはや慣れっこである。「まぁ、ここの人らは学生に親切にするようになってるよ、大丈夫だよ」
うん、と俯きながら頷いて、でもトモミはそっと腕の辺りに手を添えてきた。ファルセは気持ち歩幅を狭めて、ゆっくりめに歩き出した。
八百屋さんやお菓子屋さん、パン屋さんや雑貨屋さんも巡って苺関連の品を幾つか仕入れた。
特に尋ねていないのに、体験版よりも住民達が儚げな好青年のこぼれ話をぽろぽろしてくれる。トモミが興味津々で耳を傾けていた。殿下がお忍びしまくっているようだ。ヒロインから逃亡を図っているのだろうか。
八百屋以外には桃関連の品もあったけれど、ちょっとエロディとは距離を置いた方が良さそうなのでスルーした。
(大体、ピーチ味が欲しかったならそう言えば良かったのに。何だったんだろう、この前の態度は)
言われたところで瓶入りカラフルキャンディーの中身はどうもランダムに出てくるようなので、ピーチが出たかは判らない。
粗方買い物を済ませた後はカフェで一服し、自動行動中の設定や履歴の“?”が多過ぎる話などをした。
カフェを出る頃には現実で昼御飯時になり、またね、と二人は笑顔で別れた。
いつものように家族三人で昼食をとってから、ハルセは自キャラクター頁でログアウト中の履歴を見てみることにした。
トモミと話して、名乗り合うと“???”が判明する仕様なんではと確認し合った。彼女は今のところ毎日ログインしているが、あがり症な所為で自己紹介が儘ならず、履歴にはファルセの名前しか出ていないそうだ。そうすると履歴が“?”だらけでワケが解らない状態だろう。
そんななのに、割とトモミは履歴を見るのが好きなのだそう。
『分身も、ファルさんからは、あんまり隠れなくなってるみたい』
ささやかな幸せのように語られてしまうと、ハルセもチェックしておいた方が良かろうという気分だ。
【現在ログアウト中──行動指標設定:学園に通う(運動)】
[三・二八 ……]
[ 昼:武術教練場で運動。???を見かける。ドギー・イネルグと会う。
園庭でロディ・ノヴァと触れ合う。昼食。???を見かける]
[ 夕:学園でロディ・ノヴァを見かける。
寮で夕食。トモミ・ウチハシと会う。コーニャ・クインと会う。???を見かける]
[ ……]
[ 夜:寮で???を見かける。就寝]
[三・二九 ……]
[ 朝:寮で朝食。トモミ・ウチハシと会う。
学園に行ってみる。???を見かける]
[ ……]
[ 昼:武術教練場でドギー・イネルグと会う。運動。コーニャ・クインと会う。
園庭でロディ・ノヴァと触れ合う。
学生食堂で昼食。ロディ・ノヴァと触れ合う。トモミ・ウチハシを見かける。???を見かける]
[ ……]
[ 夕:学園でロディ・ノヴァを見かける。???を見かける。
寮で夕食。トモミ・ウチハシと会う]
初め流し読んだハルセは、妙な表現が混じり始めている事に気づいて二度見した。
(触れ合うって何)
急に、わたしには無理です!! と悲鳴のように言っていたトモミの台詞が蘇る。
(何してるんだ、わたし! ってか、わたしじゃなくてロディ⁉)
“歩く十八禁”という文言までもがリフレインする。
まさかこの前のように、掌から飴を食べてる──?
「ぅわぁああああっ」
たまらず叫んで、頭を抱えたハルセはベッドの上をごろごろ転がった。
どうしたっ、と仕事をしていた筈の父が駆けつけて来てしまい、誤魔化すのが大変だった。




