トモミ・ウチハシの観察
三月二十九日、智は就寝前にログインしてみた。
『ニジゲンに飽きたトコロEX』を始めてから、そろそろ一週間になる。
二日前の午前中にファルセと挨拶ができて、トモミは舞い上がった挙句に彼女のやたら魅力的な笑顔を被弾して、また強制終了を喰らってしまった。
今度は脈が落ち着いてからすぐにログインし直した。自動行動が終わった場所は食堂で、この頃よく同席していたファルセの姿は無かった。中の人が居るからだろうと判断して、トモミは学園へ出かけた。
他の人影を見かけたら避けつつ捜し歩いて、ようやくファルセを見つけた時には魔法師団の新星と一緒だった。
トモミが割り込めるわけもない。
仲良くしようという相手を盗み見てしまう事に葛藤があったけれど、このゲームの肝だろうAIとの会話の参考にさせてほしくて、トモミは物陰に留まった。
結果として、全く参考にならなかった。
ただただ、このゲームのAIにトモミは慄いた。
⦅飴一つ貰うのに掌くすぐったりキスしたりする必要が何処に……⦆
刺激が強すぎてトモミは危うく一日に二度も強制終了になるところだった。
あんな色仕掛けを真っ向から受けたのに、ファルセはあの年下風AIに入れ込まれている事に気づいていないようだ。
つまり彼女はロディとも恋愛するつもりなく接しているのだろう。なのに、AIの方はその気になっている。何がどうしてそうなっているのやら……
それからこの二日間、トモミは中身入りのファルセとお喋りしたかったが叶わずにいる。
ログインする時間がずれているだけならいいけれど、この時季は気温が安定していない。今日も午前中に、教練場で棒を使った素敵な舞をしていたのはAIだった。中の人が体調を崩しているんじゃないかとトモミは案じていた。
今日の午後八時過ぎは、ゲーム内だと昼になったところだった。
園庭の端、武術教練場で訓練する人の様子が見易い木陰で自動行動が終了した。
でも分身の目は教練場の中ではなく、トモミが居る木と同じように並んだ別の木の陰に向いていた。
(ロディ君──又ファルセさんを見てる)
ファルセを捜すようになったトモミは、黒髪の魔法使いの姿もよく見かけるようになってしまった。
あのAI、ファルセの行動パターンも学習しているようなのだ。特に昼休み頃になると彼女の近くに現れて飴らしき物をねだっている。ファルセの中の人が実際にあげてしまった所為か、分身も素直に渡している。
ロディは、ねだって貰ったくせに、そこはかとなく不満そうだったりする。
不満そうに、飴を乗せてくれるファルセの手をキュッと握ったりしている。
絵面としては美少年同士の戯れにしか見えないが、あれはセクハラにはならないんだろうかとトモミはもやもやし始めているところだ。AIだしイケメンのする事なので許せているが……
教練場では近衛騎士見習いも木製の剣を必死に振っていた。
ファルセがカッコ良く藁の置物に棒を叩きつけているのを見て、対抗心を燃やしているようだった。
そういえば、トモミはドギーの立ち位置がイマイチよく解らない。
魔法を勉強する学校で、どうして剣の練習ばかりしている人物が攻略対象になっているのだろう。
トモミは首を傾げてしまうものの、そんな青年も需要はあるらしい。
ヒロインの一人──コーニャ・クインが、校舎の方から園庭を走って来るのが見えた。
明るいコーラルの髪を見留めた時には、トモミはそそくさと距離を取り始めていた。
「ドギー君、差し入れ持ってきたよーっ」
距離を取ろうとも元気な声が届く。「あ、リーベルト君も居るー、こんにちはー」
(女子寮で会うことがあるのに何で“君”なんだろう)
僅かな不快感にトモミは眉をひそめる。
トモミも間違えてしまったから人の事は言えないけれども、昨日から、コーニャに対してはちょっと不信の目で見るようになってしまった。
昨夜、寮の食堂でAIファルセと同席してポタージュを飲んでいたトモミは、コーニャが現れたから勇気を出して挨拶したのだ。ぱっと飛び込んで来てカウンターから珈琲のマグカップ一つを取り上げた点で、AIじゃないと判断しての事だった。
彼女の返答はショックだった。
『あ、そういうキャラで行くんだ。それもアリかもね。まぁ、ヨロシク?』
普通にしたくても出来ずにいる。それを、わざとそうしていると決めつけられてしまったのが情けなくて恥ずかしかった。
顔をほてらせたトモミが二の句を継げずにいるうちに、くいっとカップの中身を空けたコーニャは表向き慈愛の笑みを浮かべた。
『別にいーと思うよ? 因み、その美少年いけると思ってる? ふふ、お互い頑張ろーねっ』
そしてトモミの返事なんて必要とせずに彼女は出て行ってしまったのだ。
トモミは最初の“こんばんは”しか言えず……攻略対象に元気に自己紹介していたのでトモミはコーニャのフルネームを聞き知っていたが、彼女はトモミのフルネームを知らないままだと思われる。
「桃うめーっ、コレだよコレっ。クイン、サンキューな!」
ドギーの御機嫌な発言が聞こえ、時季が滅茶苦茶だなとトモミは感じた。缶詰でもあるんだろうか。
ファルセは訓練を終えたようで教練場から園庭へ出てくる。コーニャは差し入れを分けはしなかったみたいだ。
遠くで黒髪の青年がふらりと歩き出す。トモミも、ファルセがログインしないかと後を追う事にした。
ファルセは園庭を突っ切って学生食堂を目指しているようだった。
今日は白いロングのワイドパンツ姿で、いつもよりは少しだけ女の子らしく見える気もした。ただ如何せん、歩幅が大きく颯爽と行くので、やはり少年に見える。
食堂へ繋がる外回廊に差し掛かった辺りで、いつの間にかトモミの視界から消えていたロディがするっと回廊を歩いて現れた。
(回り込んでる……!)
AIファルセは偶然出くわしたと思ったようで足を止め、こんにちは、と挨拶している。
トモミは丁度在った東屋の柱の陰から様子を窺った。
無表情のロディはあまり背丈の変わらないファルセの目をじっと見ていたが、ややして少し睫毛を伏せた。
「飴が欲しい」
(愛が欲しいって副音声が聞こえるよぅ……恋愛シミュレーションAIってすっごいなぁ)
「ほい」
(ほい、て……ファルセさんのAIは恋愛情緒ないよね、これ)
「桃味、欲しい」
(旬は苺なんだけどなぁ)
「無いよ」
ばっさりと言ったファルセに、ロディはちょっぴり口を曲げた。これまでも好みの味じゃなかったから不満そうだったんだなとトモミは合点する。
「何で変えたかな」
よく解らない呟きを漏らして青年はファルセの指先をそっと取った。すり、と指の背を撫でてから離す。
(だからー! このAIホントにもうホントにもう)
仮にトモミがタクティー王子と仲良くなれたとして、ログアウト中にこんな事をされていたとしたら悶絶する。ログイン中なら強制終了モノである。
AIファルセはロディの求愛行動に小首を傾げ、昼御飯一緒に食べる? と無邪気に笑んでいた。
彼女には、もうずっとこのままでいてほしい。




