ファルセ・リーベルトの友達
三月二十七日も午前九時過ぎにログインした。
ファルセは寮の自室に居た。
朝のようで、自動行動が終了するのを待つように知らせる文字が流れてこない。すぐに動けた。
登録してあるコーディネートの一つを選んで、姿見でチェックしてから部屋を出る。今日はグレーのキャスケットとクロップドパンツを合わせてみた。
どうも自動行動中にトモミと食堂でよく会っているようなので、覗いてみることにする。
階段を下りて食堂へ足を向けたら、入り口の所に見覚えのあるピンクベージュの髪の少女が立っていた。制服姿で中を窺っているようだ。
先日もそうだったけれど、物凄く慎重な人らしい。
心持ち意識して足音を立て、ファルセは歩み寄る。聞きつけた彼女は慌てたように振り返った。振り返って俯き、固まったようになってしまった。
今日は“王子様”スイッチを入れずに、ファルセは軽い調子で挨拶することにした。
「おはようございまーす」
(あ、駄目か)
又もトモミは赤くなってしまっていた。
それでも、消え入りそうな声で、おはようございます、と応じてくれた。
「あのぅ、変な事訊くけど……中の人います?」
ファルセの問に、びくっとトモミは細い肩を震わせた。「あ、居るかな? この前は大丈夫でした? 何か、えーと、今もだけど、驚かせてしまったみたいで、ごめんなさい」
「だっだい、じょ、ぶで……こちら、こそっ──あっ、あの、あの……」
今にも泣きそうな様子で黙り込んでしまったので、ファルセは静かに告げておいた。
「うん、とって食いませんよぅ。わたしは、タクティー王子を巡って争う気は無いです。良かったら、仲良くしてくれると嬉しいです」
ぶわっと髪が躍る程の勢いでトモミは顔を上げた。とてもあからさまに“嬉しい”と表情に出ていた。
「よっろしくっお願っ──しますっ!」
(かーわいーなー、正ヒロイン)
ふにゃっと笑み崩れて、宜しくです、とファルセが応じた途端、トモミは目を閉じた。真っ赤だった顔色が唐突に色を失くす。
(え、この流れは……)
デジャヴに口を噤むと、ふっとトモミは目を開き、こちらを見た。辺りを窺うように目を左右に投げ、すすすとこちらを向いたまま二、三歩後退し、食堂へのドアをそそっと開けると小さく会釈して滑り込んでいく。
一連の動きをAIが学習しているとしたら、一体この三日間どうやって遊んでいたのだろう。
(極度の緊張しぃなんだね、大変そうだなぁ)
追いかけるのは悪い気がしてしまって、ファルセは朝食を飴で誤魔化し寮を出た。
外は朝の時間帯で昼よりも淡い色彩に思えた。
園庭の一部に敷かれた煉瓦道を辿って武術教練場へ行ってみる。
昨日、魔法教練場で的に向かって灯の魔法を投げていたら、運良くVITとDEXを一ずつ上げることができた。
十回試みると、どれかは上がるようなのだ。
ファルセの魔力は現在二〇。癒しや灯なら二十回使えた。
木立の間を通り抜けて教練場へ踏み入る。ドギーが朝練しているかと危惧したけれど、居なかった。
庇の付いた休憩所のような所に傘立てのような箱が在って、木刀や杖みたいな棒が突っ込んである。
ファルセは肩に届くか届かないかの長さの棒を手に取ると、滑りを確かめた。現実で練習に使う物より三、四十センチ短いが、ハルセはこのくらいの長さが一番扱い易かった。
両手で一定の間隔を空けて持ち、櫂を漕ぐように緩く回転させてみる。
呼吸と歩幅を合わせ、巻藁へ距離を詰める。回し打ちの小気味良い打撃音が響いた。
棒術の基本をなぞっていたらAGIが一上がった。
護身術の一環で習っただけなので、ぴたりと止まれない。動きの崩れが大きくなってきていたので終わることにした。
帽子を被り直して棒を片付け、手を洗って教練場を出ようとしたところへドギーが来た。彫りの深い顔立ちに刈り込んだ金髪が精悍さを際立たせている。背丈や筋肉の付き方は一九〇㎝ある兄に近い。鮮やかな空色の目を人懐っこく細め、にかっと笑いかけてきた。体験版と変わりない。
「やぁ、リーベルト、だっけ」
「──うん、お先に」
軽く頭を下げてすれ違う。
お疲れー、と明るく返され、無難に離れることができた。
(いい人ではあるんだよなぁ)
僅かな罪悪感のようなモノを抱えて園庭へ入ったら、すぐ近くのガーデンベンチにロディが居る。立てた片膝に開いた本を預けてはいるけれど、眠そうだった。彼は夜型で、あまり早起きが得意ではなかった筈だ。
「ノヴァ君、早いね」
「……はよ」
気怠げながらも隣を示すので、魔法を教えてくれるのかとファルセは腰を下ろした。
立て膝のまま片手で本を閉じると、ロディは少しファルセの方に頭を傾けつつ問うた。
「朝食は?」
「飴で済ませた」
「ボクも欲しい」
ポケット欄から思考操作で掌に一つ取り出す。さっきはファルセの瞳と似た色の包み紙──蜂蜜レモン飴を引いた。今度も同じだ。
クッキーの時のように摘まみ上げないので見やると、ロディは凝視に近い視線を飴に注いでいた。瞬きもしない。何やらお気に召さない雰囲気を醸している。
「えーと、別の味がいい?」
小さく頷くので、ファルセは別の味を意識して取り出す。黄色と橙色のツートンになっているのが出てきた。取り替えて掌に乗せると、間近で、は? と童顔にしては低い声が発せられる。
「オレンジでもないわけ」
「きっと半分それだよ。ていうか、これレアだよ、初めて見た」
若干はしゃいでファルセが言うと、ロディは膝を抱えていた手をのばしてきた。ファルセの掌の上で、器用に指先で包み紙を開き始める。いささかくすぐったい。
蜂蜜レモンも程良く甘いのに、などと思いつつ眺めているうち、やはり薄い琥珀色と澄んだ蜜柑色のくっついた飴が出てきた。ロディが納得いかないような目つきになるので、ファルセはフォローを入れる。
「一粒で二つの味が楽しめるじゃん? お得」
さぁさぁ、とノリで掲げた手を、不意にロディが下から掬い上げるように包んできた。
そのまま掌に口づけられたかと錯覚する。
実際に彼の唇が触れた包み紙が掌中に残って、ロディはほっぺの一部を飴の形にしながらその紙片を取り上げた。ファルセは動揺を押し隠して手を引っ込める。
(びっくりしたびっくりした──ぁ。なに今の食べ方。童顔なのに変な色気がー)
がりっと、すぐに飴を嚙む音がした。食べはしたけれど気に入らなかったのが判る。蜂蜜レモンとオレンジは今後避けよう。
どっちも美味しいのになと動悸を鎮めつつ思っていると、ロディは手の甲にすいと走らせた指先を少し光らせた。飴の包み紙が螺旋を描いて宙に舞い上がる。
「今日はこの、旋風の魔法にしよう」
くるりくるりと上へ行くのを目で追いつつ新星が言ったら、ファルセにも宿ったのが判った。
「あ、覚えた。ありがとう」
「次回は、火を点けるヤツにする」
宣言と同時に、上空の紙片がぽんと音を立てて燃え散った。
(今日はもう教えてくれないんだ……まぁ体験版に比べたら雲泥の頻度で教えてくれてるね)
「ん、楽しみにしてる」
ファルセが笑みを見せると、ロディは微かに首肯して徐にベンチから立った。本で顔を隠すように小さな欠伸をして、寮の方へと去っていく。寝直すつもりかもしれなかった。




