26話 見え始める真相(香織)
26話 見え始める真相 (香織)
11月も終わりに差し掛かり気温も10℃代が当たり前になってきて、ブレザーを着ていても寒く感じるようになってきた。
日曜の朝であるのに天神は人通りが多くて少しだけ歩きづらく感じる。本当に歩きづらいと感じる原因は別にあるのだけれど……。
「さ、寒いね。香織……」
「う、うん。とは言ってもこれでも11月なんだけどね……」
そう、歩きづらいと感じるのは楓が私にギュッと抱きついているからだ。この寒さでギュッと抱きつかれるのなら、これから毎日ギュッギュッと抱き枕みたいに抱き付かれてもおかしくはない。別に楓のことが嫌いなわけでは無いのだけれど、あまりに抱きつかれると側から見ると誤解を受けそうなので、なるべくならこのような行動は控えて欲しい。でも、抱きつかれることに嬉しい気持ちもあるから、正直言って複雑な気持ちである。
「日曜の朝早くからなんて……。私、まだ眠いよぉ……」
保真麗は寮から出たばかりの時よりはマシにはなっているものの、それでも眠たそうな顔をしている。保真麗は昨日の夜、「今日は武琉君とお話しするもん」って言って夜の12時までLINEトークしていたんだとか。
いつもの私なら「自業自得だよ〜……。今日からは早く寝ようね?」なんて言えるけれども、その前に私の嫉妬の気持ちの方が優って、そんな言葉をかけようという気持ちになれない。ここ最近になって、保真麗と武琉の相手に対しての呼び方が変わったこともあり、武琉を堕とすのを諦め始めているけれど、保真麗のことが羨ましいし、好きな人を取られたという悔しい気持ちもある。あと少しだけ先に武琉に告っていたらOK貰えた、なんていう話でも無いからどうしようもない気がする。
「それにしても、朝早くから新ユニット結成の発表会見だなんてね……。日曜くらいゆっくり休みたいよ」
楓は私に抱きついたまま、私の頬に楓の頬をくっつけて話す。その頬のプニプニがなんだか恥ずかしくて、でもどこかキュンとさせられて、今さらやめて欲しいとは言えない。こんなところを学校の人に見られたら恥ずかしいなと思うけれど、それでもやめれなかった。
「おーい、三人ともー」
向こうの方から柚葉と鈴音が歩いて私達の方へと向かってくる。人が少ない場所だったから少し遠くから呼ばれても良かったけれど、一歩外に出ればもうそこは人が多く歩いているので、こんな事されるとこっちが恥ずかしい。
柚葉も鈴音もしっかりとそれぞれの学校指定の制服を着ていて、私は安心する。そもそも二人は真面目な性格であるから、大事な場面で間違える人物ではないから心配する必要も無いと気づく。
保真麗と楓は、なんだか目が離せないような感じなので、朝は「制服だよ、制服!」と、二人の部屋まで言いに行った。二人とも、私の方が忘れていると思っていたらしく、私が言いに行った時は「え?覚えていたの?」と反応していた。純粋に驚かれてるのか煽られているのかわからないが、好印象の持てるような反応では無かった気がするような……。
「おはよう、三人とも」
「おはよう」
半分眠そうな保真麗とは違い、柚葉と鈴音は朝からしっかりと目が開いていて、さすがこの二人だと感心する。というより、保真麗の方が感心出来ないだけであって、目覚めているのが普通なのかもしれない。
「今日の新ユニット発表、緊張してしまうわ」
寒さで声が震え気味なのか、緊張で声が震えているのかわからない声で言う鈴音の表情は固い。私達の中では楓以外は発表の場に立つことを経験したことがないはずであるから、多分楓以外は鈴音と同じ気持ちであると思う。だが、鈴音はアイドル部に入って間もないから、私達よりも緊張しているかもしれない。
新ユニットのリーダーとして、私はこの四人とユニットを引っ張っていかなければならない。だから、メンバーの緊張を解くのもリーダーの仕事であると思った私は鈴音の横に並んで話しかける。
「大丈夫だよ、鈴音。楓がね、鈴音は本番に強いなーって言っていたんだ」
少し前に楓から言われたことを鈴音にそっと言った。たしか、この前のライブイベントの時だったっけ……?楓が、『アイドル部に入りたてなのに、あんなにキラキラしてるなんて。本番、強いタイプだなー』と、褒めていたのを思い出した。
「で、でも……。それは、多分、その時だけ良かったとか……なんじゃない?」
私は勇気付けるつもりで言ったのだけれど、当の本人である鈴音はイマイチな反応しか見せてくれない。
私は楓と同じく、鈴音に対しては本番に強い印象がある。私が偉そうに言うのはあれなのかもしれないけれど、鈴音には勇気を持って欲しいから私は「鈴音は大丈夫だよ。本番でもしっかりとしてくれているから!」と言って、鈴音の片方の手を握りガッツポーズを見せる。
「そ、そうなの?それなら嬉しいわ」
鈴音は少し照れて疑っている様子だったけれど、照れつつも笑顔で素直に喜んでくれた。そんな鈴音の笑顔を見ていると、突然、柚葉が「あそこ……事故あったのかな?」と言って、向こう側を指差しているのが視界の端に見えた。
人間、そう言われて気にならない人なんてあんまり居ないと思う。私もつい、柚葉の指差した方を見る。
指差した方にあった交差点のところに、パトカー数台と救急車が来ていた。そこには前の部分が破壊されたトラックと大きく潰れてしまっている乗用車が無惨な姿で残されている。警察の人達が、周りに人が集まらないように、立ち入り禁止の黄色のテープを張り巡らせる作業をしている様子が確認できる。
「交通事故って怖いわ……」
鈴音は普段から交通事故の現場を見て来ているかのように冷静である。その言葉を聞きながら何気なくその場所を眺めていたけれど、不意に私の脳裏を何かがかすめた。
これは……?何の感覚……?
別に今までに交通事故を体験したはずでは無いのに、何故だか一気に緊張が走り体が強張る。その場を眺めていくうちに、徐々に事故に対しての恐怖感が増してくる。それと同時に何かの記憶が私の脳の奥底から目覚めようとしているのを感じるが、何かあったかと言われれば何も思い出せない。
「な、何……?何が……思い出せない……」
言葉に出してみても記憶が出そうで出てこない。私がボソッと呟いたのを気になったのか、鈴音と柚葉が即座に私を心配してくれる。
「香織……?何があったの?」
「ど、どうしたの?香織……」
二人が心配そうな顔をして私に声をかけてくれている。楓と保真麗も少し離れて私のことを心配そうに見ている。
まぁ、急に近くの人がこんな反応したらそう思ってしまうか……。
新ユニットの発表の前に、リーダーである私がみんなを心配させてはならない。だから私は何も無かったように振る舞い、「ちょっと事故って怖いなって思っただけよ……」と笑みを作って四人に言った。72
新ユニットの発表の配信が終わり、四人で学校の部室に戻ると桜田先輩と松崎先輩が二人で部活をしていた。
「あ、久しぶり。お疲れ様四人とも」
私達に気づいた松崎先輩が振り返って私達に声をかける。二人とも、ようやく仕事の方も片付いてきたらしく、1月にある《全国スクールアイドル・トーナメント》に向けて今日も頑張っているのだろう。
「先輩達、久しぶりです!」
私は先輩のもとへと駆け寄る。駆け寄った私の頭を桜田先輩が撫でてくれる。普段は妹キャラの先輩なのだけれど、先輩は先輩だから、お姉さんキャラになることもたまにある。
「香織ちゃん、新ユニットのリーダーなんだってね。ライブ配信ちゃんと観たよ、これから頑張ってね」
「ありがとうございます」
新ユニットの発表は、《ミュージックスターズ》の公式YouTubeチャンネル、LINEライブ等々でライブ配信で行った。新聞記者やら雑誌記者やらを前にして、ハキハキと完璧に話せる自信なんて微塵も無かったし、この形式で良かったと思いつつ会社側にも感謝をした。
先輩達が私達の配信を観ていてくれた事が嬉しくて、私はもう少し甘えて桜田先輩に抱きつく。
「ふふっ、香織ちゃんは甘えんぼだね」
桜田先輩は優しいからこうやって私のことを愛でてくれる。松崎先輩は優しいのだけれど、少しクールな面があるというかでこのような事はしづらい。桜田先輩も松崎先輩も面倒見が良いので二人共とても良い先輩である。
「あー!香織だけズルイ!私、松崎先輩に甘えるからいいもん」
私が桜田先輩に甘えていると、私の様子を見て羨ましくなったのか、保真麗がそう言って松崎先輩に抱きついた。松崎先輩は一瞬、驚いていたけれど、優しい笑顔になり保真麗の頭を子猫を撫でるみたいに優しく撫でた。
「保真麗ちゃん、もっとギュッてしていいよ?」
松崎先輩は小っちゃい子供に話しかけるように、優しく保真麗に言い聞かせた。それを聞いた保真麗は松崎先輩の胸元で頬をスリスリとし始めた。
「先輩しゅき……」
「ちょっ、くすぐったいわよ……」
顔を赤らめながらも松崎先輩は保真麗を可愛がり続けている。
どんな時でもこんなに甘えても優しく私達に接してくれる先輩達には、きっと悪いとこなんて一つも無いんだろうな。
そう思いながら暫くの間、私は桜田先輩に甘え続けていた。
先輩二人は、ようやく仕事が片付いたようで最近、部活に戻ってきてくれた。それにより、四人だとどこか寂しげだったアイドル部にも活気が戻り始めた。
「香織、今からちょっと時間空いているかな?」
昼休みに私が昨日やり忘れていた宿題をしていると伶良から話しかけられた。最近、伶良の方も陸上部が忙しくなってきたようで、私は、以前より伶良と話す機会が減ったような気がする。そのため、久しぶりに話しかけられたことは嬉しいのだけれど、それと同時に保真麗・楓とかの関係で何かあったのか少し不安になる。
「どうしたの?」
「実は、陸上部の先輩が香織に話しときたいことがあるようでさ……」
伶良はそう言うと教室のドアの方を指差した。そこには先輩と思われる人物が三人くらい半分開けたドアの後ろに隠れてこちらの様子を伺っていた。私がその人達に何かしたかと言われれば何もしていないし、伶良にそこの場まで案内してくれるようなので、私は気を楽にして三人の陸上部の先輩のもとへと向かった。
「突然、呼び出してごめんなさい。あなた、この前、新ユニットを作ったアイドル部の子だよね?」
「ええ、はい……」
一人の先輩が少し何かを言いづらそうな様子で私に聞いた。後の二人も何もすることなく私の様子を見ていた。そんな先輩達の様子と先輩が私に聞いた内容から私はあることを感じてしまった。
どうやら、私にも時代が来たのかな?これは、「KAORIさん、握手して下さい!」とか、「私、ファンになりました!」とかだよね、きっと。
ユニットでの個人の名前は全員下の名前を英語表記にしているから、本名は多分知られていない模様だし、ここはアイドルらしく……。
「簡潔に言うね、うちの学年の桜田華子には気をつけて」
「え?」
楽しい妄想をしながら先輩達がどう出るか待っていたけれど、先輩から出た言葉は私へのサイン攻めとかでは無かった。アイドル部2年、桜田華子……桜田先輩に注意しろという内容だった。桜田先輩は普段、優しくて可愛い先輩であるが故に、桜田先輩の何について注意しなければいけないのかわからなかった。頭の中で暫く考えてみたが、何も思いつかなかったから自分の耳が聴き間違えたんだとして、納得することにした。
「勝手に話に割り込んで悪いけれど、香織、桜田先輩には気をつけて」
後ろから声がしたので振り返ると、私達から少し離れたところに鈴音が壁に寄りかかって立っていた。少し離れたところに鈴音がいることなんて、さっきまで全く気付いていなかった。また、いつから居たのかは知らないが、きっと今までの先輩の話を聞いていたのだろう。
「鈴音どうしてここに……?」
鈴音は私の質問に答えない代わりに、私を厳しい表情で見ながら桜田先輩について話し始めた。
「桜田先輩……桜田華子は去年、一個上の学年であった、イジメ事件を起こした黒幕なのよ……。それに、そこに居る三人の先輩方も……イジメた側の生徒なのよ……」
鈴音が静かな怒りの篭っている目で三人を睨みつけてビシッと陸上部の先輩達を指差す。私が、指差された先輩三人の方を見るが、暗い顔をして俯いている。
鈴音の発言には自分の耳を疑ったけれど、鈴音が依然として厳しい表情を保っていることから、自分の聞き間違いではないということを察する。
「……やけに詳しいわね。桜咲学園学園長の長女、大宮鈴音さん」
真ん中の女子生徒が顔を上げて、不敵な笑みを作り鈴音の方をみる。鈴音は自分が学園長の娘であることを言われても全く動じずに、その女子生徒を睨みつける。
陸上部の先輩は鈴音から視線を外して、かわりに私の方をみる。
「仕方ないわ……。上林さん、あなたのためにも話すわ。去年あったいじめの全てを……」
他の二人の先輩が緊張した顔になったことにより、ここの場の張り詰めた空気がより一層増したのを私は感じた。
※※※※※
あの話を聞いて全ての真相を本人の口から聞くべく、私は鈴音と共に桜田先輩のもとへと向かった。
「失礼します……」
私はアイドル部のドアをそっと開ける。中を見るとそこにはダボダボのブレザーを着た桜田先輩が立っていた。私達に気づいた桜田先輩は普段と変わらぬ優しい顔つきで振り返った。
「私をここに呼んで何の用かしら?」
いつもと変わらない様子の先輩を見て、あの話が嘘のように思えて、なかなか話を切り出しづらい。
「えっと……」
「桜田先輩……。事実はいつまでも隠蔽することは出来ませんよ。この学校から退学する覚悟は出来ていますか……?」
言いづらい私とは違い、鈴音は厳しい表情をして桜田先輩に迫る。この学校では学校生活においてイジメ事件を起こした場合、退学になる可能性が高い。
桜田先輩は鈴音の様子を見ても驚いたり焦ったりせず、「何のことかしら、鈴音ちゃん?」と困った時の笑顔を作って応える。
「証拠はあります。しらばっくれないで下さい!」
鈴音が声を荒げて迫るのに対しても全く動じずに普段と変わらない優しい表情をしている。
「逆に聞くけど、どうして私がしらばっくれていると思っているの?」
「いじめの件を2年の陸上部の方から全て聞きました。あなたが黒幕なんですよね?あなたなら事実を知っている。なのに知らないフリをしている。それが理由です」
鈴音は桜田先輩のところまで行くとキッと睨んで答えた。桜田先輩もそれにはちょっとだけ驚いていたが、不敵な笑みをして鈴音を少しだけ見上げて答える。
「理由はそれだけ……?」
桜田先輩はそう言って自分がイジメたことを認めないけれど、私は唐突にあの時、桜田先輩が松崎先輩がいじめられていたことについて話していたことを思い出した。それと同時にあの時の桜田先輩の話におかしな面があることに気がついた。
「いじめる側の立場にならないと、いじめる理由なんて確信を持って言うことなんて出来ません。いじめる側の人間にいたことに間違いはありませんよね?」
桜田先輩はあの時、『かずみんは1人だけズバ抜けてアイドルとしての評価が高かった。だから、次第にそれを悪く思う人が増えて、かずみんは酷くいじめられた……』と語っていた。
いじめる側の人間でなければそんな事わかるわけない。いじめる場合他人に見えないところでしなければ、先生へ誰かが密告して主犯格が退学になる可能性は大いにある。
だから、誰にもイジメをしていた事は公言ひていないはずだ。実際、あの三人の先輩達も、噂としては広まっていたけれど他の誰も決定的な証拠を持っていなかったと言っていた。
私が問い詰めると桜田先輩は項垂れて黙り込んだ。だが、諦めたのかハァっとため息をついて「……そうよ」とイジメていた事を自ら認めた。
「かずみんをイジメた真の犯人は私よ。かずみんはこの事を知らずに今でも私に接してくれているけどさ……」
「華子が私を間接的にいじめていた事くらいわかっていたよ!」
部室内に松崎先輩の声が響き渡った。部室内に緊張が走り空気が何度か下がった気がする。部室の入り口を見ると、そこには涙目になっている松崎先輩が立っていた。きっと、今までの話を最初から最後まで全部聞かれていたんだろうな。本当は知らなかったのだろうけれど、知っていたと行って強がっているに違いない。
本当の事を知って、悲しかったり悔しかったりそういう気持ちが松崎先輩自身の中で混ざっているだろう。今、松崎先輩は強がってはいるが泣きそうになっている。
「私ね、知っていたんだ。ちょうど私がいじめられ始めた時に、三人が『華子から命令されていて……ごめんなさい』って急に謝ってきたんだ。最初は、華子が何故そんな事するのかサッパリわからなかった。だから、ずっとずっと考えたんだ、華子がイジメようとしていた原因。そしたらね、私気づいたんだ。これはイジメでは無いんだなって」
松崎先輩は両目から多くの涙の粒を溢して泣いているが、笑顔を作って華子に言った。私には松崎先輩が何を言いたいのかサッパリわからなかったし、華子の前に居る鈴音も呆気にとられたような顔をしている。
だが、桜田先輩は松崎先輩のその言葉を聞いて涙目になった。が、すぐに潤んだ目を手で擦って松崎先輩に対して声を荒げる。
「違うっ!私は、いじめていたの!かずみんを、かずみんをっ……!うぅっ……」
声を荒げていた桜田先輩は次第に涙声になって、最終的には某兵庫県議員のN氏みたいに、わんわん泣きながら松崎先輩に泣き叫ぶ。その様子を見た松崎先輩は桜田先輩に歩み寄って、桜田先輩をギュッと抱きしめる。
「私があの時、仕事で辛かった時に、華子は私に嫌われる覚悟で私をいじめた。というより、いじめたフリをしていた。だから、私はいじめられていたフリをした……」
そこからは松崎先輩と桜田先輩により、いじめの事実が私と鈴音に語られた。長いからまとめるとこのようになる。
※※※※※
仕事が多忙であった松崎先輩はしょっちゅう体調を崩すようになっていた。それを心配していた桜田先輩は、ずっと仕事を一時的に辞める事を勧めていたが、松崎先輩は全くそれを受け入れなかった。
松崎先輩の身を本当に心配していた桜田先輩は、松崎先輩の仕事を全て無くす……つまり、仕事に行かせないようにする事を考えた。そのために、松崎先輩をイジメて松崎先輩を病ませ仕事にも行けないようにする。当時から仲の良かった華子にとっては苦しい決断だったらしいけれど、それをするしか松崎先輩を救う手段が無かった。
その桜田先輩の真意に気付いた松崎先輩は、あの三人と話し合い華子の前ではイジメを受けているフリをしていたんだとか。
結局、桜田先輩の必死さに気付いた松崎先輩は自分の体調のことも考えて、当時あった全ての仕事を体調不良を理由に拒否したんだとか。
それにより松崎先輩は表舞台からは姿を消すことになった。それで今年になり、そろそろ活動を再開しようと思ったが、休んでいたことによる長いブランクが怖くて、アイドル部としての活動を控えていたんだとか。
余談ではあるが、私に言ったイジメの原因というのは全て作り話だったらしい。
※※※※※
まとめてもこの長さか……。ああ長い……。
二人だけで話し合いたいと桜田先輩と松崎先輩が望んだので、私と鈴音はアイドル部の部室を出ることにした。外はすっかりと日が暮れて群青色の空になっていて、廊下から見る辺りの街頭や街の灯りが美しい。
「結局、二人とも無事に解決できて良かったんじゃない?」
「そうね……。ま、事実がこんなにも複雑だとは思いもしなかったわ……」
鈴音は、桜田先輩に迫っていた時の厳しい表情から普段の明るい表情に変わっていた。このイジメの事に関しては、誰かが勝手に流した噂であるとして学園長に報告をしに行くんだとか。学園長はずっとこの事件を追いかけていたらしく、娘である鈴音も自然と追いかけるようになったんだとか。
「ほんっと、知らない事実ってこんなにもあるんだね」
私が鈴音の方を見ると、鈴音は微笑んで「えぇ、そうね……」と呟いた。鈴音も事件が解決してほっとしているのだろうか、いつもよりも応対がやわらかい感じがする。
「これからどんな風になるかはわからないけれどさ、本当のことを言い合えるくらいのユニットになったらいいよね」
「そうだね……」
鈴音は窓の外を見ながらそっと呟く。鈴音の言う通り、私達のユニット《Cosmicrown》がこれからどのようになるかはわからない。それでも、リーダーとして他の四人のメンバーに愛情を与えることのできるリーダーになりたいと思う。
「じゃ、遅いし私は帰るね」
そう言って鈴音は私に手を振って走って教室の方へと戻っていった。私は、真っ直ぐで真面目でどこか温かい鈴音を、姿が見えなくなるまで夜の廊下に一人立って見届けた。
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