25話 気づかなかった気持ち(楓)
25話 気づけなかった気持ち(楓)
11月になり秋から冬に季節が移り始める。暦の上では、冬になっているんだとか聞いたことあるけれど、個人的には秋と冬の中間くらいの季節のイメージ。朝から冬のように寒くて布団から出たくない気持ちが強くなる時期だ。
朝、香織と登校時間ギリギリに寮を出て学校へと向かっていた時のことである。正式にユニットのリーダーになった香織と、ユニットについての話をしていた。すると、なんだか楽しそうに話す女子生徒と男子生徒の声が前方から聞こえる。
「ねぇねぇ、武琉君。今度のクリスマスにさ、どこかにデート行こうよ!」
「保真麗の予定と俺の予定が空いていたら良いけど……」
周りは日に日に寒くなっているのに、何故なのか日が経つにつれアツアツになっていく人達がいる。
ほら、向こう側からアツアツカップルがこちらに来ている。保真麗の呼び方も住川君の呼び方も変わって、激アツカップルになりかけている。良い感じだから普段は影を潜めてそっと通りすがるのだが、一部の時は例外である。
その例外パターンは今から起ころうとしていることである。
「武琉……どうして……?私と幼馴染みだったよね?保真麗より私の方が昔から仲良いじゃん……」
隣に並んでいる歩いている人が負のオーラを全開にして剥き出して、ブツブツと小声で呟いている。この隣の女子生徒はとても執念深そうなので将来が非常に心配である。
普段、保真麗と接する時は何も問題無いのだが、保真麗が住川君と並んで歩いている時だけいつもこうなのだ。
「こら、香織。落ち着きなさいよ」
「武琉……好き……」
ブツブツと呟いているのが住川君と保真麗に聞こえてしまうと、大変なことになるのはわかっている。だから黙らせようとするのだが、今日はより一層ブツブツ声が大きい気がする。本当にすれちがう時に聞こえてしまうのでは?と感じるまでに声を大きくなっている。
「好き好き好き……」
「ん?香織ちゃん、どうしたの?」
その予期していた事態が発生してしまう。香織の呟きが保真麗の耳に聞こえてしまっていた。
保真麗は人懐っこい笑顔を香織にも向けて話しかけてくる。香織は保真麗から声をかけられると、何かしら危険な前兆を見せる。だから、私はそっと香織と保真麗の間に立って話を逸らす。
「香織ね、小テストの結果が悪くて気を落としているらしいの。……そう、保真麗。明日の予定とか後で確認しようね」
「そうなんだ……。わかった、一緒に確認しようね」
保真麗は別に疑うこともせずに笑顔で応えてくれる。保真麗は「また後でねー」と言い、その場を住川君と楽しそうに話しながら去っていった。それを確認して誰も周りにいないことを確認してから香織に注意をする。
「いくら好きでもね、表に出し過ぎるのは良くないことよ?いい?保真麗に迷惑かけないようにね?」
普段はこのような事は言わないのだけれど、今日のことを踏まえると一回くらいは注意しなければならないと感じた。確かに香織は友達だからいい人間であって欲しいという気持ちもある。しかし、保真麗も私の大切な友達だから、保真麗にあまり迷惑をかけて欲しくないという気持ちもあり注意することにした。
「ごめん……でもさ、私だって武琉のことが好きなんだよ……?好きな人がいたらそんな風に思うのは当たり前だと思うんだけどなぁ……」
香織は青菜に塩をかけたかのようにシュンとなった。けれど、私は別に強く言ったつもりはないから、香織は心の中で反省をしてくれているだろう。
香織が最近、恋愛感情を拗らせ始めているけれど、これには『愛』に関する香織の過去の事情があるからあのような行動を取ってしまうのも仕方ないと思う。けれど、仕方ないとはいえど、少しの注意は必要だと思って前から注意をすることを決めていた。
香織の過去の事情……。香織には全ての真実を、暗い部分を、記憶に無くても必ず解っていて欲しいから、話さなければいけない。いずれ話さなければいけないという事は理解しているのだが、こればかりは慎重に行動を取らなければいけないため、まだ私は話せないと思う。
「楓、どうしたの?難しい顔をして……」
少しの時間だけ考えていただけなのに、内容が内容だけにどうやら私は堅い表情をしてしまっていたようだ。香織が心配そうな顔をして私の顔を見ている。今の今まで私の方が香織を気にかけていたまであるのに、香織から気にかけられてしまった。
「ううん、何も無いよ。大丈夫……」
「そうなんだ、ならいいや」
言葉では誤魔化せる事はできるけれど、自分の本心は誤魔化せない。無垢な微笑みで私に応える香織を見ていると、胸の奥が少しチクッとしたような気がした。
教室に入って香織と別れてからも香織のことを考えていた。香織をこれからどうやって扱っていこうかや、過去の事情についてはいつ話すのかなど、重たい事ばかりだ。
事情が事情であるが故に私の一存だけでこの事を進める事は危険ではある。香織の事情を知る数少ない内の、保真麗や住川君と決めたいのだけれど、二人の楽しい時間を邪魔するわけにもいかない。
「どうしたらいいんだろう……」
気持ちではわかっていても、実際に何も出来てない自分が対して悔しい。香織は私の親友であり最高の仲間。だから、香織が困っているなら助けてあげたいのに、行動できていない自分が悔しかった。
「東田、今日は朝のホームルーム無しの全校集会だろ。早く体育館に行くぞ」
笹岡が私に集会があることを教えてくれるけれど、私は笹岡に言葉を返す気分ではなかった。
「ごめん、私、気分悪いの。先生にそう伝えておいて」
私は笹岡にそう告げて走って教室を出て行った。
校舎裏まで来てしまった。少し遠くでチャイムの鳴る音がした。ちょうど今頃に全校集会始まってんだろうな、と思いながら校舎裏の古びたベンチに座る。
「懐かしいな、ここ……」
私が初めて香織と出会った場所。あの頃の香織が何を考えていたのかは、今でもわからないけれど、側から見たら今の私と同じように見えたんだろうな。
あの頃の私は必死だった。小学生の頃のように誰も友達が居ないような状況を作らないために必死だった。陽キャぶって、優しい人ぶって、私は友達を増やそうとしていた。
そんな時、私は出会った。
三人くらいで部活決めのために校内を歩き回っていた時に、私は、はぐれてしまってみんなを探すうちに校舎裏に着いた。誰も居ないと思いながらも進んでいくと古びたベンチの場所で、同い年だけれどやや小柄な元気の無い女子生徒と出会った。
一人でも多くの友達が欲しかった私は、その子を無理やりアイドル部へと連れて行った。同じ部活に入ってからその子と一緒に居る時間が増えた。
当時から私は友達は多かったけれど、その子と会ってから初めて、友達を持つ上で大事なのが量より質であることを学んだ。
そんな大切なことを教えてくれたのは香織だった。
香織と過ごすことで毎日が輝いている気がして楽しかった。だから、香織とは絶対に離れたくなかった。香織が私から離れるのが怖くて、香織を説得するのを伶良に頼んだこともあった。
それくらい香織のことが友達として好きだった。
だから、ここ最近は香織のことを考えることが多くなってしまう。
香織が人間関係で失敗してしまったら、身近にいる私が責められるんだろうな……。
過去のことを話して香織がショックを受けた時には、周りから責められるんだろうな……。そして、香織からは冷たい目で見られて口を聞いてもらえなくなるかも……。
あれ……?私はなんで失敗してしまった時のことを考えているんだ……?香織から嫌われてしまう時のことを心配してしまっている。香織がそんな冷たい人間では無いことはわかっているのに、どうして私はそのことを考えてしまうんだ?
私は友達として、香織に辛くなって欲しくないだけなのに、どうして香織からの反応について考えているのだろう。
『捨てられたくない!香織に捨てられたくない!』
一つのセリフが頭の中をかすめる。確か、香織がアイドル部を辞めると言ったときに、私が保真麗と二人で泣きながら、伶良に救いを求めた時のセリフだっけ……?
にしても、何故こんなセリフを今、思い出したのだろう……。
捨てられたくない……か……。
頭の中でその理由がわかった時、初めて気づけなかった気持ちを理解して自分の醜さに絶望した。
「私が香織のことを考えているのって、香織のためでなく、全て私のためだったんだ……」
言葉に出してみると改めて感じさせられる。
香織のためで無く私のため……。
今まで香織を友達としてサポートしたいという気分を味わっていただけ。本当は、私が香織から認められて捨てて欲しくなかっただけ。今まで友達のために動いているつもりになって、本当は自分のためにしか動けない……。
「私ってなんでこんなに醜いのかな……」
次第に目頭が熱くなり、悔しさに両目から一滴ずつの涙が溢れる。それからはどうしても涙が止まらない。
悔しさ、醜さ、失望、悲しさ……、多くの負の感情が私を包み込んでいく。
「どこかと思えば此処かよ」
泣くことしか出来ない私の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。まさか、ここまで来てしまうとは……。思わずフッと一瞬笑ってしまうけれど、心の中では安心していた。
「笹岡、私の話聞いて欲しいんだ」
こんな人間の気持ちなんて誰も理解なんてしてくれないだろうけれど、きっと笹岡なら理解してくれる。
私は顔の涙をしっかりと手で拭ってから笹岡に私の気持ちを全て打ち明けた。
※ ※ ※ ※ ※
この前のことを思い出してもう一度あのように笹岡と話してみたいと思う。普段は冷たい態度なのに、あの時だけは本当に優しくて普段もあのように接することが出来たら良いなと思う。
「ボーッとしてんな、どうした」
昼休みだからすることもなく窓の外を眺めながらあの時のことを思い出していたら、後ろから笹岡に話しかけられた。
あの日から、というよりあの夏祭りの時から笹岡のことを何故か意識し始めてしまっている。
「何も無いわよ。ただ、ボーッとしていただけ」
笹岡の方を振り返って言うと、笹岡は「あー、そう」と言って、私の隣の席にどかっと座って昼ご飯用であろうパンを、袋を開けて中から取り出した。
「少しだけやるよ、人の目の前で自分だけ食べるのは気が引けるしな。日本人らしいだろ」
この前も借りを作ってしまったのに、今日まで何か借りを作ってしまうと嫌ではあるが、貰わないのもアレなのでありがたく貰うことにした。
「あ、そうなの?ありがとね」
笹岡は〇ンパンマンのようにパンの一部をちぎって私にくれた。(顔をちぎったわけではないけど)寮のご飯も食べ終わって丁度お腹の空いていた時間だったし、おやつとしてもらうことにした。
「お前さ、最近ちょっとわかりづらいんだよな。前となんか違うっていうか……」
私が笹岡から貰ったパンを口に運んだ時に、笹岡が心配そうな顔をして私の顔を見ながら呟いた。
唐突に笹岡が呟いて思わず「へ?」と言葉が漏れてしまう。笹岡のセリフ中の『最近ちょっとわかりづらいんだよな。』の言葉も気になるが、笹岡が普段見せない心配しているような表情が少しだけ気になる。
「どうしたの?別に私は変わったことしてるつもりはないけれど……?」
私は笹岡の様子を伺いながら慎重に答える。普段なら、「そんなことないよ、笹岡の勘違いでしょ」と片付けるけれど、こんなに心配されているのなら、私が本当にそうなっている可能性があるので、簡単にそうやって返す気にはなれない。
「それならいいが……。前までは普通に話していたが、ここ最近お前キャラがブレているっていうか……。ま、アイドルやるならキャラがブレるのは良くないから忠告をしに来ただけだ……」
「キャラブレ……?」
自分は『東田 楓』というキャラを確立しているつもりなんて無かったので、自分が普段どのように見られているかなんて考えたことが無かった。それが故に、唐突に言われると急に周りからの視線が気になってしまう。
「あぁ……。気にすんな、別に。俺の勘違いかもしれないから……」
そう言うと笹岡はパンを持って席を立ち、「すまねーな、悪かった」と言い立ち去ろうとした。
笹岡は立ち上がる前に何かを言いたげにしていた。普段の笹岡は絶対にこんな中途半端な事をしない。だから笹岡のことが気になってしょうがない。
「……笹岡の方こそ、ここ最近キャラがブレてんじゃないの?本当は言いたいことが他にあるんじゃないの?私、……笹岡の言葉……受け止めるから……」
ここ数日で感じていたが笹岡の方こそ様子が何かおかしい気がする。普段なら絶対に見せない面を最近はボロボロと見せている気がする。意図的では無いのが分かっているからこそ気になってしまう。
私は笹岡にどうしても本当の事を言って欲しかった。本人の顔を見て言うのが恥ずかしくて床へと視線を落としながら、立ち去ろうとした笹岡を呼び止めた。
笹岡はその場に立ち止まってくれた、ことが足音が止まったことから分かる。私は視線を上げて笹岡の顔を見る。私の方を振り返っていた笹岡は小さな笑みを浮かべて「……お前はすげーよ、参った」と言った。
「で、俺の言葉を受け止めてくれるんだっけ?」
「受け止め……、え、えぇ!もちろんよ!」
言ってから気づいてしまったが、今更どう訂正しようともう遅いとわかっている。もう少し別の表現をすることによって、誤解を避けられたかもしれないが言ってしまったものは仕方がない。恥ずかしくて私は顔が熱くなるのを感じるけれど、何も気にしないフリをして笹岡の言葉を待つ。
「俺、最近さ東田が俺のことを嫌いなんじゃないかって思っててな。最近、俺のボロが出始めたのを感じると共に、東田の俺に対する態度も変わり始めたなって。俺がお前に八つ当たりでもして、イラつかせてしまっていたんじゃないかって考え始めていたんだ」
笹岡の衝撃の告白に私は意表を突かれ、適した反応ができない。というより、この場面での適した反応がどういうものなのか私にはよくわからない。
笹岡は、徐々に本性が出始めてそのせいで私が笹岡を嫌いになり、笹岡への態度を変え始めた、と推測しているのだろう。
別に私はそんな事を思っていない。恋愛的に好きではない。けれど、何故か私が笹岡のことを意識し始めて態度が変わってしまった可能性だってある。意外とこのような事は他人視点からじゃないと分かりづらいので、私には推測をすることしかできない。
「……なんか悪かったな」
少しの沈黙が続いて、笹岡は右手を自分の頭の後ろに持っていき頭を掻く。余程の人間じゃない限り、誰だって本人に対してこんな事を言うのが気まずい事であることは私にもわかる。そんな気まずくなると分かっていても、しっかりと私に本音を言ってくれた笹岡には感謝をしているし、その気持ちには全力で応えなければいけないと思う。
私は笹岡に対して思っている事をしっかりと伝えたい。だから笹岡の目を見て話そうとするけれど、笹岡は私から視線を逸らしている。
笹岡が私の方を見てくれるのを待って、ずっと笹岡の顔を見ているが、一向に私の方を見ようとしない。私は笹岡に向いてもらえるように、ゆっくりと優しく語りかけるように話し始める。
「本当のことを言ってくれてありがと。私、今どうやって言葉を上手く返せばいいかわからないから、メチャメチャな日本語になるかもしれないけれど受け止めて欲しいな。私は笹岡に対して嫌いなんて思ったことないよ。だからね、自分のボロが出始めた事に対して自分を責めて欲しくないんだ。あと態度が変わったのはね……」
私が話し始めると、笹岡はしっかりと私の方を向いて私と目を合わせてくれた。
けれど、いや、だからこそ、最後のセリフを言うのが恥ずかしくなってしまった。笹岡の顔を見ていると、私の顔が熱を持ち始めていくのを感じる。
笹岡の私を見る少しだけキツい目。普段は冷たい態度を取るけれど、たまに優しくどこか温かいところ。今みたいに、自分に対して考えて人間関係で詰まった時に、少しだけ変わる彼の態度。
その全てが今の私には愛おしく感じられる。
ここまで来て、私が今まで気づかなかった気持ちが初めてわかった。
これが『恋』であり、『好き』って気持ちなんだなって。
今の自分の気持ちに素直になるのなら、多分『好き』の二文字が笹岡に対する気持ちなんだろう。まだ頭の整理が正しく出来ていないだけかもしれないので、この気持ちが違うことだってある。
それでも、きっと『好き』なんだろうな。
笹岡が一番知りたそうである私の答えを、私の口から出る瞬間を待っているであろう。
だけど、今、彼に言うのは私にとってはハードルが高すぎる。だから、もう少しだけ待ってから本当の気持ちを伝えようと思う。
「また、今度、改めて言うね」
私は少しだけ、はにかみながら笹岡にそう告げた。その私の様子を見た笹岡は、いつもの涼しげな顔で微笑んで「楽しみにさせてもらうぜ」と言ってくれた。その言葉を聞いた私は、笹岡の目の前まで歩み寄る。
まあ、冷静である笹岡も女子に近づかれたことに関しては恥ずかしがっていて、「なっ、なんだ⁉︎」と顔を紅くして焦っている。こんな様子をする笹岡は普段とのギャップがありすぎて、ギャップ萌えしてしまう。
今の私は言葉で伝えることは、恥ずかしくて出来ないけれど、本音を言ってくれた笹岡に対して私の本当の気持ちを表現しておきたかった。
「私も本当の気持ちを表すから、少しだけ許してね?」
私は、笹岡の筋肉質のガッシリとした身体にそっと抱きついて本当の気持ちを表した。私の気持ちを理解してくれたのか、笹岡は私を突っぱねる事無く、私に抱きつかれたまま何も抵抗する事は無かった。
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