17話 最初の友達(香織)
17話 初めの友達(香織)
長かった夏休みも終わり行事がてんこ盛りの二学期が始まってしまった。二学期が始まったからとはいえ夏の暑さが弱まるということは無く、夏休みに引き続き今日も外は暑い。周りの席の人達が「今日も真夏日なんでしょ?」などと話しているのを聞いていると、何故だか余計に暑さが増してくる気がする。
そんな暑い日が続く中、私は「いつか本当のアイドルになる」という目標を胸に掲げつつアイドル部へと行く。
「それにしても、この暑さ何とかしてよー」
声に出しても解決する事は無いとわかりつつも声に出してしまう。声に出したら少しは暑さが弱まったっていいのに……。そんな無謀な事を考えながら、アイドル部のある部屋へ続く廊下を歩いていた。
「お姉ちゃん!」
「………っ⁉︎」
暑さのあまり廊下をゾンビみたいに歩いていた私はその声に思わずビクッとなってしまう。
この声は………!
その声に反応してパッと声のした後ろを振り向く。
「お姉ちゃん……久しぶり……」
私はそこに居た人物達を見てゾッとする。
そこには私と同じ髪型をしている小学生女子……私の妹がいた。そしてその横には私の母親も、親子で二人並んで私の方を見ている。
この二人は一応の家族ではあるけれど、実際のところは全く持って赤の他人と言いたくなるくらいだ。母親はいつからか私に対して三食のご飯を作るという必要最低限の事以外ほぼ何もしなくなり、妹は身体が弱くいつも母親に甘えていて母親から私への僅かにあった愛情を奪っていった。妹は仲の良い姉妹として私のことを姉としてみているらしいが、私は妹のことをただの同じ屋根の下に住む歳下としか認知していないし、仲の良い姉妹として妹のことを見るのはあり得ない話だ。私は全く妹と関わらなかった為、妹の名前も忘れかけていて合っている確証がない。確か『こと……』とかだったはず。
こんな二人を見てゾッとしたが私はすぐにそこに居る二人を睨みつける。
「何の用……」
「お姉ちゃん、たまには家に帰ってきてよ!」
突然こちらの方まで来て何を言い出すかと思えば訳の分からないことを言い出す。呆れて思わずため息をついてしまう。
その妹の表情は真剣だけれど、私はあの二人を見ると怒りの念しか湧かない。特に妹に対しては殺意すら湧いてくる。
「うるさいっ!………さよなら」
二人にそう告げると私は今、何も無かったかのように前を向いてズカズカとアイドル部へと向かった。
早めに寮を出たことにより朝のHRまではたっぷりと時間がある。理由はアイドル部の朝練があると思って学校に来たら今日は無いとのことで、寮に帰るのも面倒だったので冷房を入れてない蒸し暑い教室に入ることにした。
私はあまり積極的に他人様に話しかけるような人物ではないため、話し相手も居らず暇だったのでスマホを開いてログボ回収をし始めた。うちの学校は基本的に休み時間の携帯電話の使用は許可されているので、休み時間とか人があまり集まってこない時はスマホゲーを一人でしている。ゲーム内では、まだ夏休みイベントをやっているので私も本来ならまだ夏休みなんだよね、とか考えながら過ぎ去ってしまった夏休みをゲーム内で味わっていると保真麗が私のところに来た。
「香織ちゃん、夏休みの宿題終わってる?」
席替えがあって保真麗の真後ろの席では無くなったけれど、保真麗は席が離れていても積極的に話しかけてくれる。が、現実逃避をしたかった私を急に現実に引き戻そうとするのはあまり好ましくない。
今年の夏休み私は宿題に一つも手をつけなかった。手をつけようと気が無い上に勉強なんてサッパリわからないため、必然的に宿題をしようという気にならなかった。
「一つもやってないよ……」
私がゲームを一旦やめて保真麗に言うと保真麗は「あぁ……」と言葉を失ってしまった。
「あれだけ宿題はやっときなって言ったじゃない!」
まるでアニメ内の母親みたいなセリフを言うなと思いながら保真麗の方をみる。保真麗は「もうっ!」と言ってプイっとそっぽを向いてしまう。
「ごめんごめん、冬休みは真面目にやるからさ……」
せめてもの罪滅ぼしとして冬休みは頑張ろうと決めた私であったのだが、どうせやらない末路が見えている。私の言葉を聞いた保真麗は少し怒ったような顔をして「冬休みは私と一緒にお勉強しようね」と言う。
保真麗は真面目だし、一学期の中間考査では上位を取っていた。期末考査は私達はCDデビューに向けての仕事があったから受けていないけれど、きっと保真麗ならそこでも良い点数を取っていたんだろうなと思う。
「あ、そうそう。香織ちゃん」
保真麗がさっきとは違いどこか恥ずかしがりながら喋り出した。
「どうしたの?」
「あのさ、好きとかでは無いんだけど……。住川君のこと教えてくれる?」
「あー……」
楓が男子に誘われて私達も一緒に夏祭りに行ったときのことを思い出す。あの時保真麗が武琉にベッタリとくっついていたのを思い出す。別に彼氏でもないのに武琉の腕をギュッと抱いて並んで歩いていたり、一緒にたこ焼きを買って食べたりしたのを思い出した。
武琉と保真麗がカップルみたいに夏祭りを満喫していたものだから近寄り難くて、私は伶良と金崎君と橋本君と四人で祭りをまわっていた。楓は笹岡君と二人で並んでいたため、こちらの二人にもあまり近寄れなかった。
「ねぇー、住川君のこと教えて」
保真麗は武琉の情報を急いで知りたいのか私を急かす。私は確かに幼馴染みとは言えど、一部の記憶が何故か無くなっている上に小五・小六の間は私が引っ越したことにより全く会っていなかった。今は普通に話せているけれど前とは少し違うかもしれないからあまり細かいところまでは話せない。
「武琉は、友達思いで運動できる……。結構真っ直ぐなところがある……。あっ!可愛い女子には目がないんだよねぇ〜」
武琉の簡単なスキルみたいなものを紹介しただけではつまらないし、保真麗も喜ぶ情報を嘘の無い程度に教えるくらいはいいと思った。私の簡単な説明を聞いている時でも、ポケットからメモ帳を取り出して真剣に私の話したことをメモっていた。
「ありがとう、参考にさせてもらう!」
保真麗はニヤけが止まらない顔で自分の席へと戻っていった。後ろ姿だけ見ると純粋で可愛い女子だなとは思うけれど、ニヤけ具合が妙だったので本当に大丈夫なのか伶良に聞いてみることにした。
隣のクラスに行き伶良の元へと行くと伶良は一人で本を読んでいた。何の本かと思いながら近づくとそれは陸上競技のトレーニングの本だった。伶良は貧血持ちで激しい運動とかは避けていたけれど、この前突然に陸上部に入った。前に、陸上部に入った理由を聞いた時は「昔から貧血を治す薬を飲んでいて、最近になって症状が軽くなり運動できるようになったため、体力をつける為に部活に入るようにした」だと言っていた。
私が伶良の席の前に立つと伶良は私に気付いて「香織、どうしたの?」と笑顔で優しく聞いてくれた。
「あの……。保真麗のことで聞きたいことがあって……」
「ん?どうしたの?」
やはり伶良は見た目が少し怖いけれど、本当の中身は大事に育てられたお嬢様みたいなところがある。前までは話すのに少し緊張もしたけれど今となってはそんなことは全くない。
「保真麗って男癖は普通くらいなの?」
あんな様子の保真麗は見たことないし基本的に女子としか話していない保真麗だから、私には保真麗のまだ見えてない部分があると感じので、保真麗と小学校からの付き合いである伶良に聞いてみることにした。
「いや……保真麗は小学校の頃は男子なんかに興味なかったし……。漫画や小説、アニメのカッコいい男子キャラは物凄く好きだった気がする」
「そうなんだ……ありがとう!」
詳しい情報を掴むことは出来なかったけれど特に問題のないということだけはわかった。保真麗はまだ幼い面もあるから男子に抱きついたりしても問題ないと個人的には思うようになった。
『一年A組の上林香織さん。職員室に来てください。繰り返します……』
私が保真麗のことについてまだ聞こうとした時、運の悪いことに放送で職員室に呼ばれてしまった。
私、何か悪いことでもしたっけ……?とか思いながらも職員室に向かうことにした。
「今日はありがと、また聞かせてもらう」
「うん、職員室頑張ってね」
伶良はそう言ってくれたけれど、職員室に呼ばれてから頑張っても仕方ないんだよね……。
私は蒸暑い廊下を涼しいことだけが取り柄である職員室へと向かって行った。
職員室は案の定冷房が効いていてとても涼しい。入るとすぐに担任の山田先生に呼ばれた。
山田先生は見た目は三十代くらいだけれど実年齢は四十代前半の男の数学の先生であり、この学年の学年主任である。私達が入学してからまだ短い期間なのに私達生徒からの信頼も厚い。
「上林、少し時間いいか」
「はい……」
山田先生の表情が重たいことに私は物凄く嫌な予感がした。決して私が悪い行動を取ったとも思えないし考えられるのはあれしか無い。
この前、あの二人に会ってしまったことからすると、きっと保護者の面談でもあったのだろう。そこで母親が何を話したのかは知らないが私に関しての悪いことを多く話したに違いない。
それで私は先生の机の所に呼ばれた。先生は親切に私が座る用の椅子を用意してくれた。私はそこに座って山田先生と向き合う形になる。
山田先生はどこか重い表情で黙っていたがようやく口を開いて話し始めた。
「この前、面談でお前の母親と話したんだが少し事情が複雑で、お前とは面談をしなければならないと感じたから今回は呼んだんやがいくつかの質問に答えてくれ」
やはり先生の私との面談内容は母親との面談の内容がガッツリ絡んできている。私は自分の母親としてのことをしてもらっていないのに、こういう事だけは御丁寧に説明をしてくれているのか……。
「はい……」
取り敢えず覚悟を決めて私は答えることにした。山田先生は持っていたメモを見ながら私に質問する。
「一つ目、まずは小学校の頃に不登校児だったということについてだけどこれは本当なのか?」
思わず山田先生の顔を見てしまう。山田先生は決して怒っている表情では無いけれど相当真剣な表情である。嘘をついても今の成績を見ればすぐにバレてしまうような内容である。
「私は不登校でした……」
私は小学校の頃、学校に行かずにずっと家に引きこもっていた不登校児であった。理由は学校で自分の居場所が見つからずに次第に周りからハブられるようになって、小学校に行くのが苦になり行きたく無かったからである。理由はわからないが、自分は気がついた時には周りから腫れ物でも触れるような感じで扱われていた気がする。
それを意識しすぎて周りから遠ざかっていた私を、周りは徐々に見捨てていったというお話である。十中八九で私が悪いので学校では何も問題には成らず、また母親の方はその事に関して「あなたが悪いんだから」と私を見捨てた。
まさかそんなエピソードを新しい学校に入って掘り返されるとは全く予想していなかった。過去のこんな話を完全に忘れる為というのもこの学校に入った理由の一つだから、今頃掘り返されては個人的にはとても嫌なことである。
「二つ目、今は上林のことを支えてくれる友達とかはいるのか?」
「います、うちのクラスでは蒼原さんが私の友達です」
「そうか、それならいい」
私の答えに先生は少し安心したような顔をする。
保真麗はこの学校に入って最初の友達ではあるし現在でも仲は良いので保真麗は仲の深い友達かな。楓や伶良は別クラスだけれど二人も私のれっきとした友達である。
「三つ目、学校生活で困ってる事はあるか?」
「無いです」
「わかった、今日はありがとう。帰っていいぞ」
先生からの簡単な質問を終えて涼しい職員室を出ると職員室がどれだけ快適な場所かがすぐにわかる。廊下に出ると蒸し暑くてとてもウンザリとした気持ちになってしまう。
それにしても何故、保護者面談の時に母親は私の過去について話したんだろう……。こういう場合、普通なら親としてはそういう事は隠蔽しておきたい事実であると思うのに……。
次の日の放課後、私が部活に行くために荷物をまとめていた時に珍しく武琉の方から話しかけられた。普段は私の方から話しかけることが多いから武琉の方から話しかけられるのは新鮮なことである。
「香織、ちょっといいか……?」
「うん……?」
言いづらいことでも私に話すのか武琉は周りを気にしつつ私に話しかけてきた。武琉の性格上、私はそんな武琉を滅多に見る事は無いので少し興味が湧いてくるけれど不安な気持ちも無いわけではない。
「蒼原について聞きたいことがあるんだけどさ……」
「えっ⁉︎」
思わず感情が言葉に出てしまって私は急いで口元を手で隠す。まさかこんな事があるとは予想もしていなかった。保真麗は好きな感情を剥き出しにして武琉と話していたけれど、まさか武琉の方まで保真麗のことを好きになるとは予測していなかった。武琉が他の女子を好きになった事に対する寂しい気持ちもある(私が武琉のことを好きというわけではない)けれど幼馴染みとしてとても嬉しいことである。
「いや……、蒼原が最近俺に話かけて来てくれるから蒼原ってどういう奴なのか気になって……」
武琉は私とは視線を逸らしてから質問をしてきた。きっと本人は平然と話しかけているつもりなのかもしれないが、女子である私から見たらそうには見えない。
まるでバレンタインデーの日に女子と話すときの男子の様子と言えば正しいのだろうか。明らかに何かのワンチャンを狙って聞いてきているに違いない。
「保真麗は可愛いもんねぇ〜」
幼馴染みでも思わず本音を口に出してしまいそうになるように、甘えた口調で武琉に話しかける。突然の私の態度に武琉がビクッと反応したのがわかる。
「まぁうちの学校の女子の中では可愛い方だと思う……」
ふーん、こういう反応をするんだ。武琉は照れもせず素直に答える。もっと遊びたくなった私はつい調子こいて際どいところまで攻めてしまう。
「保真麗って小さいけれどスタイル良くて胸大きいからエッチだよねー。男子達が気になっているわけだわー」
今回は少し興味無さげに口に出してみる。こうすれば保真麗が他の男子に人気があることがわかって武琉が少しは焦り始めて思わず本音を出してくれるかもしれない。
「かっ、香織……」
私の言葉を聞いた武琉はアワアワと焦り始めた。これで武琉も本音を言ってくれると思うからあとは適当に「どうしたの?」とか超絶甘えた声で話すのみ。
「どうしたの?」
私は武琉が恥ずかしさのあまり頬が赤く染まっていくかと期待をしていたが、武琉は頬を赤く染めるどころか徐々に武琉の顔が青ざめていってる。
「うっ……後ろ……」
ん?後ろどういうことなの?
武琉が私の顔の横ら辺を指差していたので何かあったのかと思い振り返る。
「香織ちゃん……」
そこには、肩をプルプル震わせて恥ずかしさか怒りで頬を真っ赤に染めた顔を下に向け俯いている、今の話題の張本人の保真麗が立っていた。
「あっ……」
素直に言おう。終わった!
その日の夜、寮の消灯前の時間に保真麗がお菓子を持って私の部屋にやってきた。アイドルとして寝る前のお菓子はタブーなはずなのだが、お肌は綺麗だし細かいことは気にしない事にした。
それにしても普段は私の方から保真麗の元へと行くのでこれも珍しい出来事の一つである。
「うー、ごめんって。保真麗ー」
「別にいいよ、住川君から嫌われたわけでも無いし」
あの会話の後に保真麗に土下座までして何回も謝った。保真麗の方は大して気にしていなかったらしく「いや、いいよ。だけど今度から気をつけてよね?恥ずかしいんだから……」で済むことができた。
「あのね香織ちゃん。少し話したいことがあるんだ」
普段はあまり真剣な表情なんてしない保真麗なのだが、何があったのかはともかく今は真面目な話でもするのかとても真剣な表情だ。
「うん……いいけど……」
保真麗は持ってきたお菓子を食べながら「今日、山田先生に呼ばれてね」と話し始めた。
「香織ちゃんは隠さなきゃいけない過去があるんでしょ……?」
この内容については昨日、山田先生と話した内容が大きく絡んでいたことから、あの時に私が保真麗と仲が良いと言ったのが始まりなのだろう。だとしたら、ほとんどは知られてしまっているだろうから「うん……」とだけ呟く。私的にはこんな事を仲の深い保真麗とかには知られたく無かった為、山田先生のことをガッツリと恨むハメになる。
「そうなんだ……」
保真麗の方もわかってはいたけれど反応には困っている様子だった。きっと保真麗は心の中では私に絶望しているに違いない。
「私って本当はその程度の人間なんだ……。ハッキリ言ってガッカリしたでしょ?こんな人間が中学生になって初めての友達だなんて……」
「そんな事無いよ……、だって香織ちゃんは私の友達じゃん」
ひたすらに自分のことを責める私に保真麗は慰める言葉をかけるので精一杯のようだ。私なんかにわざわざ気を使わなくても良いのに……。
「山田先生はあなたの事をとても心配していたの。それで私に『上林の事を支えてやってくれ』って言って全てを話してくれたの。だから私は香織ちゃんがどう考えようが友達である限り最後まで支えるから。ただそれを伝えに来たかったの……」
保真麗は私にそう告げると私の返事を待たずして部屋から出ていった。
『私は香織ちゃんがどう考えようが友達である限り最後まで支えるから』その言葉を今の私は信じて受け入れることが出来ないくらい心が黒く染まってしまった。
山田先生は私を助けようとしてこのような事をしてくれた。保真麗は私を支えようとしてくれたからここに来てまでその事を伝えに来た。
そう考えると心を黒く染めてしまった原因は何なのだろう……。部屋に一人残された私はその事を考えることしかできなかった。
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