表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

13話  本当の意味でのアイドル(楓)

13話  本当の意味でのアイドル (楓)


 「本当にいろいろあったなぁ……」

 部活が始まる前の朝の時間に読書をしながら呟く。あの合宿からもう三日経つのかと考えると時が経つのがとても早く感じる。本当に色々な事があって、沢山の事を学べてアイドルとしても成長できたのではないかと思う。(まだアイドルでは無いけれどいつかアイドルになる)

 でも私のあの時の選択が本当に正しかったのかは未だにわからない。「じゃ行くよ?ありがと」あのセリフだけだと、もう少しくらい別れを惜しんだっていいだろうに冷たいなぁと、思われたって仕方がないと思う。だけど今でも私はあの時どういう別れ方を選べば良かったのかはわからないし、きっと私には正しかったかどうかなんてわからなくてもいい事なんだと思う。

 「楓ちゃん、再来週の日曜日に私と香織ちゃんと伶良の四人で海に行かない?」

 合宿の事を振り返っていた私に保真麗から遊びの誘いがきた。どうやら今度の日曜日は香織と保真麗の仕事の予定が空いているとのこと。CDデビューで二人は一時期仕事が多々あって忙しかったらしいけれど、ここ最近は仕事も落ち着いてきて休みが取りやすくなったのだと。ただ、オーディションが再来週の土曜日にあるため再来週の日曜日になった。

 「私はいつでも空いてるよ?遊びに行こうね!」

 私は笑顔で返したけれど、心の中では自分に仕事が来ていないことに相当な焦りを覚えている。自分だけ取り残されている感じがして仕方が無かった。今の時期にアイドル部の中でも仕事が来ているのは、香織と保真麗だけではあるけれどそんな二人と近くにいることによって取り残された感じがするのだ。

 「うん!楽しみにしてる!」

 保真麗はそう言うと一人で部活の準備を始め出した。

 香織と保真麗は再来週の土曜日のオーディションに出て、私よりも上を行くに決まっている。だから私だって止まっているわけにはいかないんだ。それはわかっているけれど自信が持てない。

 今の私には机の上にある香織と保真麗の出る予定のオーディションの紙を、ただ見つめることしかできなかった。








 「楓ちゃん、田崎先生から呼ばれてるよ」

 練習が一旦キリがついて、部室の端にある椅子に座って休憩を取っていたところに桜田先輩から呼び出しがあった。桜田先輩はさっき田崎先生にアイドル部の出席簿を出しに職員室に行っていた。桜田先輩は先輩という立場であるのに、こんな雑用みたいな仕事も積極的にしていて尊敬する。桜田先輩は真面目な性格なゆえに、どんな仕事もきっちりこなす人なので私もいつかはこうなりたいと思っている。

 「私ですか?わかりました……」

 田崎先生から呼ばれるとは……。アイドル部の一員としてそろそろ働けという事なのかな……。

 部室から出て職員室に向けて廊下を歩いていく。人が少ないけれど真夏だということもあって暑くて仕方がない。朝からの練習をしてもう沢山の汗をかいてしまっている。恥ずかしいから、同学年の男子には汗だくな姿をあまり見られたくないなと願いながらササっと職員室に向かう。

 「失礼します」

 職員室のドアを開けると中の冷気が私の方へと流れてくる。職員室の中は冷房が効いていて羨ましいなと思いながら田崎先生の元へと向かった。

 「あ、東田さん急に呼び出してごめん。ちょっと勧めたいものがあってさ、東田さんは最近にできたブランドの《HOT beetle》を知っている?」

 HOT beetleとは最近設立されたブランドである。ブランドのオーナーの桐山 蒼さんは『常にHOT(その時アツイもの)なブランドになる為にカブトムシのように周りの暑さ(アツさ)に負けることなく飛び立とう』そのようなモットーを掲げて登場したとコメントをしているのを、ファッション雑誌にあったHOT beetle特集ページで見た。

 「はい!ファッション誌で見ました。特集で挙げられていた服はすっごくクールで、クールなイメージのブランドだと思いました」

 HOT beetleの服は青、黒、紫、などを基調としていて男女問わずに人気が出るブランドだろうなと思った。いずれか私もHOT beetleの服を着てみたいと思っている。

 「それで、東田さんはHOT beetleの専属アイドルに興味あるのかと思って来てもらったんだけど、興味ある?」

 「興味……あります」

 突然の話にあまり上手く反応できなかった。私みたいなのがオーディションを受けても無理なことくらい顧問をしている先生にはわかっているだろうに……。

 「それなら、このオーディション受けてみない?チャンスは逃したら来ないのよ?」

 チャンスは逃したら来ない……か。確かにそうかもしれないけれど合格するチャンスがあるとか以前に大きな問題がある。それは、HOT beetleはブランドの専属アイドルをランダムなオーディションから選ぶらしく、どのオーディションから選ばれるかなんかは全く公開されていない。そのことも多くのファッション誌で早速話題になっている。

 「ですが、オーディションはどれが選考の対象になるのかは分かっていないんじゃ……」

 オーディションに出るとしてもどのオーディションに出ればいいか見当もつかずに困っている私を、優しい笑顔で見ながら答える。

 「このオーディション、確率高いと思うんだけどなぁ……」

 そう言って先生はスマホの画面を私に見せてきた。その画面には《第25回 梅岡市夏祭り花火大会 イメージボーイ&ガールオーディション》と書いてあった。梅岡市とは里見学園のある場所で私達の隣の市になる。

 「え、でも……」

 ハッキリと言って冗談だと思った。HOT beetleのオーディションが地元の花火大会のイメージキャラを選ぶオーディションからな訳ないと瞬時にわかる。HOT beetleは確かに本社が梅岡市にあるという事実はあるけれど、全国展開を狙っているブランドのはずだ。全国からも注目が集まっているのにそんなマイナーなオーディションで選ぶわけがない。

 「私の勘ではこのオーディションだと思うんだ。だから、このオーディション応募してみない?」

 冗談みたいな話で全く信じられないけれど先生の目は真剣だった。いつになく真剣だったからそれがまるで本当かのように思ってしまうけれど、冷静になって考えればやはりマイナーなオーディションでブランドの専属アイドルが決まるなんてことは考えられない。

 「部活の終わりまで返事を待ってて欲しいです。お願いします」

 「あら、そう……気が変わればいつでもいいよ」

 先生は本気で言っているらしいけれど、今の私にはノーという答えしか考えつなかい。私は冷房の効きすぎて肌寒い職員室を出て行った。

 






 断ることは苦しいことだけどこればかりは仕方がない。私が今の香織や保真麗の立場なら間違いなく了解していただろうが、今の現状ではそんな事を易々とは出来ない。心が重苦しい中廊下を歩いたせいか、行きよりも廊下が蒸し暑く感じられた。

 私は本当はどうすれば良かったんだろう。その時の咄嗟の判断で考えてしまって、後になるとその行動が本当に正しいのかを悩まされることが多々あって、結構悪い癖だなと自分でも感じている。

 今回も同じであの時はノーという選択肢以外は考え付かなかったけれど、今になって先生の予測が当たるのではないかと思ってしまう。本当は出ると言っておくべきだったのかもなぁ……。

 「私って、本当に何をやっているんだろう……」

 私自身にそう言いつつ部室の扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。が、そこには誰もいなかった。

 「……え?あーっ!」

 そこはアイドル部の部室ではなく、二年生の教室だった。悩みながら部室へ戻っていたためか階を間違えてしまった。中に誰も居なかったことが幸いだったけれど、やはり恥ずかしかった。だから急いで部室に戻ろうと走り出した時……。

 「楓ちゃん?」

 「松崎先輩⁉︎」

 運の悪いことに同じ部活の松崎先輩にこの階にいるところを発見されてしまった。急いで逃げようとしたけれどこの教室があるのが廊下の端っこ故に逃げようとしても逃げきれない。

 「どうしてここに?」

 「階を間違えてしまって……」

 その場に立ち尽くしてしまっている私に松崎先輩がゆっくりと近づいてきた。無表情のまま近づいてくる先輩に何をされるのかと緊張して冷や汗がドッと出てくる。松崎先輩が近くまで来ると顔をまじまじと覗き込む。

 「なんか悩み事でもあるの?なんかそういう顔しているよ」

 人の顔にはその時の心情が顔に表情として表れると聞いたことがあるけれど、今の私は多分誰から見ても心情がバレバレな表情をしているのかもしれない。

 隠しても私には解決の糸口なんて全く見つからないし、誰かに相談をしなければいけないとはわかっていたので松崎先輩に相談してみることにした。

 「実は今度のオーディションに出てみないかと田崎先生からお誘いを受けたんですけど……」

 私は松崎先輩に事の成り行きを全て話した。話を聞き終えた松崎先輩は廊下の壁に寄りかかり、ハアッと息をついて私に微笑む。

 「田崎先生って凄い人でね、七年前くらい前まで流行った二人組《double・T》のメンバーだったんだよ」

 「えっ⁉︎」

 田崎先生が《double・T》のメンバー?《double・T》といえば、まだ○○○48などのグループが今日の状態になる前の最後の大人気アイドルユニット。CD売り上げは毎週一位、番組に引っ張りだこの人気者という伝説があって、今でもその業績を簡単には超えられないんだとか。

 

 私が小学生の頃のお話なので割と鮮明に覚えている。あの2人は、アイドル界の頂点の華のようだった。

 一度だけステージを見に行ったことがあるけれど、あの時は色々と凄かったので簡単には語り終えることができない。

 

 けれど、まさか田崎先生がメンバーのうちの一人だったなんて予想もつかなかった。確かに田崎先生は美人で声質もよくてアイドル部の顧問として尊敬していたけれど、そんなにすごい人だとは全く思っていなかった。

 「そんな田崎先生に勧めてもらったんだし、きっとそのオーディションを受けるには何か大きな意味があるんじゃないかな?」

 松崎先輩は確信に満ちたようなトーンで私に言う。まるで何かを知っていて私を試しているような目付きで私を見ている。

 「私ね、一回HOT beetleのオーナーの桐山 蒼さんの話を田崎先生から聞いたことがあるんだ。その桐山さんはアイドルの別の面からも見て分析する人だって聞いたことがあってね。その話と今回のオーディション何か結びついてない?」

 松崎先輩はスマホを触りながら話して、話終えると同時に何かを探し終えたようでスマホの画面を私に見せてきた。それは《第25回 梅岡市夏祭り花火大会 イメージボーイ&ガールオーディション》の募集要項のページだった。「ここを見て」と、先輩が指差したところには選考方法について書かれてあった。



  選考方法

 ①歌の上手さ、ダンスの上手さ(ライブ形式)

 ②花火大会を楽しんでもらうための工夫を考えつく事が出来るか(選考員たちでリハーサルをやって診断)


 ※主に②を選考基準とします

 ※男女三名ずつが選ばれます



 「わかってもらえた?きっと彼はこのオーディションにすると思う。仮に予想が外れたとしてもこの仕事はあなたにピッタリだと思う」

 松崎先輩もあの時の先生と同じくらい真剣な表情で私を見つめていた。

 花火大会の盛り上げ役ね……。いいんじゃないかな?バカな自分で選んで後悔するよりも、マシな他人に選んでもらった方が後悔はしないんじゃないかな。

 「私、このオーディションに出ます!」

 「うん、頑張って!」

 私は先輩の笑顔に勇気をもらってから職員室の田崎先生の元へと廊下を走った。








 「最近、楓ちゃんさ気合入ってるね」

 オーディションが近くなった日の消灯後、保真麗と話していた時に突然言われた。

 私はオーディションに出ると田崎先生に告げたその日から、いつも以上に気合を入れて練習に励んでいる。それに部活後は、私はどうすればたくさんの人を楽しませることが出来るのか、花火大会での盛り上げ方などについても調べるようになった。気がつけば自分のスマホの検索履歴は花火大会関連でいっぱいになっていた。

 これ程いつも以上に気合を入れていると疲れやすくはなった気もするけれど、毎日の部活に対しての達成感を覚えるようになっていった。その日の自分がどこまで出来たのか、次の日にはどこまで出来るようにするのか。毎日が自分への挑戦だった。

 私がアイドルとして成長して仕事が貰えるようになり香織と保真麗に追いつく、という気持ちがあるから頑張り続けることが出来るんだと思う。

「私は合格したいんだ、オーディションに。私もアイドルとして成長して仕事が貰えるようにって。そして、あなたと香織に追いついてみせる」

 私よりも香織や保真麗の方が私よりも実際に仕事をしていて、歌やダンスがとても上手い。最初は同じライン、いや私の方が少し前だったかもしれないのラインに立っていたはずなのに、気がつけばすぐに追い越し私の前に立っていた。私は小学生の頃から家の近くのアイドル養成スタジオみたいな所に通っていたので、私の方がアイドルとして成長しやすいはずなのに何も成長出来ていない。自分の弱さが悔しくて少しだけ泣きたくなる。

 いくら消灯後で暗いとはいえども、月の光や街の灯りによってお互いの表情がわかるくらいの明るさはあるため、保真麗には今の私がどんな表情をしているかなんて一発でわかる。私の感情が表情に出てしまい私の今の感情を読み取ったのか、保真麗は私の布団に入って来て泣く子を宥めるかのように優しく私の頭を撫で始めた。保真麗が幼くて可愛い顔をしているから、歳下に優しくしてもらっている感じで何か恥ずかしい気持ちになる。私の頭を撫でながら「でもね……」と言い言葉を続ける。

 「この前、香織ちゃんが話していたんだ。『一年生では誰よりも楓がアイドルなんじゃないか』って。私もそうだと思ったよ。楓ちゃんが一年生の中では一番だねって」

 「それってどういうこと?」

 「私達は確かにお仕事を頂く事が出来ているけれど、それだけがアイドルとしての役目ではないと思うんだ。頑張ろうとしている人を元気づける事が出来て、みんなを笑顔にさせることの出来る人が本当の意味でのアイドルだと思う。そんな人こそがみんなの憧れの的なんじゃないかな?だから、楓ちゃんが本当の意味でのアイドルなんだと思っているよ」

 保真麗の言っていることはきっと今の私を一時的に元気づけるための言葉なのかもしれない。それでも保真麗は原今の私を元気づけようとしてくれているのがわかる。それを感じると保真麗の方が良いのでは?と思う。

 それに、私は率先して人を元気づけたりなんてした記憶は無い。

 「私が?そんなことした気は無いんだけどなぁ……」

 「疲れている時に楓ちゃんがそっと声を掛けてくれたり、私の愚痴も聞いてくれて心のどこかで楓ちゃんに頼ってばかりになってしまったんだよね、私って。優しさについ甘えてしまうんだ」

 たまに保真麗も悩んでいそうな時とか難しい顔をしている時がある。そんな時は心配で、同室の人間として私は声をかけて少し愚痴を聞いたり、アドバイスをしたりしている。そうすると彼女は必ず笑顔になってくれる。それは私を心配させないためなのかもしれないとずっと思っていたけれど、保真麗曰く違うようだ。

 「だからね、いつもありがと。私の中での一番好きなアイドルは楓ちゃんと香織ちゃんだからね」

 隣の布団から私の布団に入ってきて保真麗から抱きつかれた。どうすれば良いかはわからなかったけれど、私は少し気が楽になって保真麗を少し抱きしめたくなった。

 「ありがとう。私、今度のオーディション頑張ってくるね」

 私は安心感に包まれ眠気につられるままに保真麗を抱き枕かのように抱いて寝た。




 

 

 

 オーディション当日の朝。

 うちの学校は土日でも学校で授業があるため(その代わり昼前に終わる)先生達も授業へと駆り出されて、私は一人で会場まで行かないといけないのだけれど今は夏休みなので田崎先生が会場まで送って行ってくれるのだとか。最初は遠慮したんだけれど先生が「送って行ってあげるよ?私その時暇だしさ」と言ってくれるので、せっかくだしと先生の優しさに甘えた。帰りは一人で帰るということを伝えると「気をつけてね?」なんて返された。心配してくれる気持ちは嬉しいけれど私だって立派な中学生なのだから、小学生と同じ扱いを受けるなんて恥ずかしい。

 先生の車で走っている道は海岸線に沿ってひたすらに伸びていて、青い海を車からじっくり眺める事ができる。今日は見事な程に快晴で海に光が反射していて銀色に光っている部分が青の中で目立っている。

 あれくらい光って目立つのがアイドルなんだなと感じてしまう。ならば、私はアイドルには慣れていないのでは無いかと思う。たとえ、香織と保真麗が認めてくれていても周りはきっと私のことなんかアイドルとして認知していない。輝かなければ誰も見てくれないんだな。そんな考え事をして窓の外を眺めていた私に、先生が車を運転しながら唐突に話しかけてきた。

 「私ね、東田さんにこのオーディションを勧めたのにはもう一つ理由があるんだ」

 私に勧めたもう一つの理由?私がオーディションに出ることを決めた時には何も言われずに「頑張ってね!」と笑顔で言われただけだった。

 「もう一つの理由……?」

 「それはね、里見学園のアイドル部の生徒がこのオーディションを受けるんじゃないかなって思ったこと。里見学園の地元だし誰かは受けてくるはずよ。お互いを切磋琢磨しあえるようなオーディションを経験してもらえればと思ってね」

 「里見学園……」

 意外な答えに私は「あーね」と溢してしまう。里見学園……、和泉、柚葉、莉音の三人が私の頭に浮かぶ。あの三人もこのオーディション受けるのかな?人格的には和泉が受ける可能性が高そうだな、柚葉と莉音はあまりこういうの得意そうでは無いし。もし三人の内誰かが受けるならばきっと楽しいオーディションになるだろうな。

 「ほら、もう会場に着くよ」

 窓の外にテントがたくさん立てられている場所が見えてきていた。


 




 私達オーディションを受ける人達は祭りの屋台のテントが並べてある所に連れて行かれた。今回は女子の方オーディションだけらしく、見渡してもオーディションを受ける人数よりスタッフさんの方が多い。

 「カエーっ!」

 「うわっ!」

 後ろからボンと乗っかられて驚いたけれど声の感じと、背中で感じるこの体の大きさから誰か一瞬でわかった。

 「和泉!」

 「カエ来たんだ!一緒に頑張ろーね!」

 和泉は合宿の時より少しだけ日焼けしていて、渋谷のギャルみたいな雰囲気を醸し出している。ここは東京じゃ無いぞ?と言いたくなるくらい、都会では無いこの街にはあまり似合わない人物に仕上がっている。

 「和泉もこれ受けるんだね、よろしく」

 「よろしく、そろそろ始まるね」

 第一オーディションはライブから始まる形式。で、こちらの方は部活の時の猛特訓のお陰で難なくクリアをする事が出来た。

 問題は次の第二オーディション……。









 第二のオーディションは祭りのリハーサルみたいな感じで、どのようにして客を楽しませる事が出来るかというオーディションだ。多くのスタッフさんが客としてこの会場に入って多種多様なイベント・アクシデントが起こすらしい。それにいかに柔軟に対応できるかの試験だとのこと。

 「では、オーディションを受ける人は準備をお願いします」

 その朝アナウンスが流れて私達はそれぞれの場所へと移動させられた。二十人くらいでやるにはあまりに広すぎるこの現場。これくらい広ければこのオーディションは地獄のように大変になることくらいは容易に予測ができる。

 「では、今から二時間。よろしくお願いします」

 夏の炎天下の中地獄の二時間が始まってしまった。私は暑い中、祭りの会場内を歩き回ることにした。歩いて一分もたたないうちに仕掛け人(客の代わり役)から声をかけられた。

 「君はイメージガールの楓ちゃん?サイン貰っていいっすか?」

 お兄さんはチラッと片手に持つ名簿と写真を見て確認しながらニコニコと話してかけてくる。最初はサインか。

 「はい、わかりました!サインは何に描けばよろしいでしょうか?」

 「こちらの色紙によろしくお願いします!」

 お兄さんが色紙とペンを渡してきたので、私はペンで自分のサインを描き始めた。

 この前から部活後に自分だけのサインを作って練習してきた。サインを描く時はファンの方を待たせないようにコミュニケーションを取りながら話さないといけない。

 「お兄さん、今日はどちらから?」

 「熊本から来ました」

 「ほー、隣の県ですか。隣の県から来てもらえてとても嬉しいです!」

 「ありがとう」

 「お兄さん、アイドルとかに興味ある?」

 「ありますね、いつも笑顔をもらっています」

 練習の成果もあって今では色紙を見らずとも、自分のサインを描く事ができる。さらに話題も瞬時に考えながら描かないといけないから余計に難しい。

 描き終えてお兄さんにペンと色紙を返す。返すときの向きも注意をしなければならない。

 「描き終わりました!ありがとうございます!」

 「あざましたー!」

 お兄さんはそういうと別の所へとスタスタと駆け足で向かって行った。その様子を見ていると、背後から女の人に声をかけられた。

 「アイドルの楓ちゃん?一緒に写真撮って貰ってもいい?」

 「はい、よろしいですよ!」

 私はお姉さんと同じポーズで写真に写る。

 このように、この第一オーディションは次から次に来る客の要望にひたすらに応えていくオーディションである。一人終わってもまた一人と、ゲームでいう無限枠のように次から次へと客が来る。

 そうやって場所も移動しつつ客に対応していると、自然に客(仕掛け人)のラッシュが一旦無くなって誰も周りに居なくなった時のこと。屋台の隣の大きな木の下に小学生くらいの男の子が体操座りをしていた。仕掛け人はスタッフさんだけのはずだけれど……。もしかして迷子なのかな?それにしてもどうしてこの中に紛れ込んでしまったのか……。

 近寄ってみて私はこの子と同じ視線になるようにしゃがみ込んで顔を覗く。俯いていて、あまりよくわからないけれど少しだけ肩を揺らして泣いている。

 「ねぇ、君?迷子になってしまったの?」

 仮に本当の迷子ならばシャレなんかにはならない。なんとしてでも親の元へと返さなければいけない。

 私が出来るだけ優しい口調で話しかけると男の子はコクッとうなづいた。迷子ならば急いで返してあげなければ。こんな炎天下の中で熱中症にでもなってしまったらこの子の命が危ない。木の下に居るからかろうじて大丈夫なのかもしれないけれど、それも時間の問題だ。

 「一緒に探そ、あなたの親をさ」

 私が手を差し伸べると男の子は小さな右手をスッと前に出して私の手を握る。私が立ち上がるとその男の子も立ち上がる。

 「小学生男子って可愛いなぁ」なんて言っている場合では無いけれど、この男の子は将来ジャニーズにでも入るんじゃ無いかって程に顔立ちが良かった。

 「どこからここに入ってきたの?何か思い出せるものとかある?」

 「大きな台があった気がする」

 私を見上げて答えてくれる。まるで弟が出来たかのような気分になって少しだけこの時間を幸せに感じる。大きな台といえばきっと祭りの櫓のことだろう。ここから櫓まではだいぶ距離があったはずだから、この子は相当迷い込んでます来たのだろう。

 「お姉ちゃん、喉渇いた……」

 「え、うん。飲み物買ってあげるね。もう少し待っていて」

 男の子は少し申し訳なさそうに私に頼んだ。こんな炎天下の中で我慢させるなんて非人道的だと思い、男の子を連れて自販機を探した。

 「ごめんね、お茶しかなくて」

 なんとそこの自販機はお茶しか売っておらず、残りの全ては売り切れ中。私の財布事情的にもお茶しかなくて良かったと思いつつ、男の子の手をしっかりと握りひたすらに櫓の方へと向かった。

 「楓ちゃん、祭りの花火席まで案内してくれる?」

 角を曲がると運の悪いことに女の仕掛け人に遭遇してしまった。彼女は一瞬、私が連れている男の子を見たはずなのに容赦をしてこない。

 「わかりました。こちらについてきてください」

 それから仕掛け人を花火席まで案内する。「ごめんね、もう少しで着くから」と、仕掛け人に気付かれないくらい小さな声で男の子に謝った。男の子は歩き疲れたのかさっきより歩くペースは落ちていて、俯いたまま私の返事にコクッとうなづくただけだ。

 








 「お待たせしました、ここが花火席です!」

 「ありがとね」

 やっと花火席まで案内する事ができて、仕掛け人から離れる事が出来た。これであとはこの子を櫓まで連れて行くだけと安心したその時男の子が私の服をピピッと引っ張ってきた。

 「お姉ちゃん、足、疲れた」

 とうとう男の子は夏の日光で焼かれた砂浜の上にペタンどう座り込んでしまったいた。お茶はまだ残っているし、熱中症になりそうな気配も無くて大丈夫そうだったけれど、男の子が歩けないのでは櫓の方まで進むことはできない。

 「ほら、お姉ちゃんの背中に乗って」

 私はしゃがみ込んで背中に乗るように促す。この方法でしか、この子を連れていくことはできない。男の子は最初は遠慮をしていたけれど、やはり体の事が心配なので私はなんとしてでも乗ってもらえるように説得し続けた。その結果やっと男の子は私の背中に乗ることを決意してくれた。背中にちょこんと乗っかってくるこの可愛さがたまらなかった。

 「幼稚園生みたいで恥ずかしい……」

 そう男の子が発した言葉が、意図せずして私の耳に入ってきて私の心のどこかにズシリとくる。

 「あなたも私と同じなんだね…」

 恥ずかしいけれど結局は誰かの優しさに甘えてしまう所。迷子の時に誰かが手を差し伸べてくれたこと。男の子に会ってから今までの流れが、最近に私が体験した事とそっくりであった。

 「きっと、あんたも誰かを助けるんだろうね」

 安心しきったのか疲れが溜まっていたのかで、スヤスヤと私の背中の上で寝てしまっている男の子にそっと呟いた。








 「ほら、着いたよ」

 思ったよりも時間がかかってしまい櫓についた頃には第二オーディションはもう終わりかけていた。これで私がオーディションに落ちてしまうのなら悔いはあるかもしれないけれど、それよりもこの子を無事に連れて来られたことだけでも嬉しかった。

 しかし、身体が暑さでもう限界まで達していた。吐き気もするし、ガンガンとした頭痛もする。水も飲まずに二時間炎天下の中を子供と歩いてかなり疲れていて相当キツイ。だけど、親が見つかるまではキツくても立っていないといけないんだ。

 「………む、……着いたの?」

 「親が見つかるといいね、私がここで待ったげるわ」

 なるべく元気なふりをして最後まで安心させた状態で男の子を返してあげたいと思った私は、男の子に話しかけながら待つことにした。

 私が男の子を背中に負ぶったまま、櫓の近くで待つこと十分くらいでその男の子のお母さんは迎えにきてくれた。スタッフさんが情報でも伝えてくれたのかな?

 「帰ったら急いで休ませてあげてください、炎天下の中で多分結構疲れていると思うんで」

 「ありがとう、うちの息子を本当にありがとう」

 お母さんはひたすらに私に頭を下げるけれども、そんなことをされるとちょっと個人的にも気まづかったので背中に負ぶった男の子を降ろした。男の子を降ろしてしゃがみ込んだ時に私は、

 「困った人がいたら助けるんだよ?お母さんと一緒に無事に帰ってね」

 「ありがとうお姉ちゃん!」

 男の子は私に微笑むとお母さんの隣に歩いて行った。誰でも一人だと不安だからね……。

 これで私は役目を果たしたことになるんだね。

 安心しきった私が立ち上がろうとした時、身体が限界を迎えて力が尽きその場に倒れ込んでしまった。

 子供のお母さんと男の子が私を呼ぶ声もだんだんと意識の外へと聞こえなくなった。







 「……カエッ!ねぇ、カエッ!」

 「うわぁ……!」

 名前を呼ぶ声に目を覚ますと何故だか私はベッドの上に寝ていた。右の手には点滴がさされてある。

 「カエ!無事で良かったよ!」

 「和泉!」

 私のベッドの周りには和泉とあの親子が来てくれていた。それに、病院の看護婦さんもいる。そういえば、私はオーディションの最後らへんに男の子の親が見つかって安心して倒れて……。

 「オーディション!花火大会の……」

 合否は来週発表予定ではあるが、まぁ結果なんて私は予測ぐらいできる。最後までオーディションを受けれなかった人に合格する資格なんてないだろう。あれだけ頑張ってきたから悔しかった、自分にもやっと仕事をもらうチャンスが来たと思っていたのにそのチャンスを無駄にしてしまった。それに、HOT beetleの専属アイドルになれるチャンスでもあったからさらに悔しい。(HOT beetleのことなんてほぼ忘れてしまっていたけれど)

 「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

 男の子が私の近くまで来て深々と頭を下げて謝る。この子の命の為に頑張れたというのなら別にオーディションに落ちていようが構わなかった。

 「でも、助けてくれて嬉しかったよ!」

 男の子のその笑顔を見れただけでも私は良かった。アイドルとは別の意味になるのかもしれないけれど笑顔を届ける事が出来たならそれでいいんじゃないかなと思う。

 「ありがとね」

 私は点滴の付いていない左手で男の子の頭を優しく撫でた。









 それから二日間の入院によって私は退院する事ができた。二度と熱中症なんかにはなりたく無いなと思い部活を見学している。大丈夫だと言ったのだけれど、先輩達や先生達が安静にしときなさいと言うから見学になっている。私も部活したいなと思いながら見学をしていた。

 「東田さん、あなたに会いたいというお客さんがいらっしゃってるわよ」

 先生から呼ばれて先生と面談室へと入った。あの親子が来てくれているのかな?と思いながら面談室に入る。

 「失礼しまーす」

 「こんにちは、お邪魔させてもらっております」

 親子ではなく、インテリ系の真面目そうなお兄さんだった。スタッフさんの中にもこんな人は居なかったし誰だろうと思いながら、先生と並んで面談室の椅子に座る。

 「私、こういうものでございます」

 「はい………。………えっ⁉︎」

 渡された名刺を見ると、《洋服ブランド HOT beetle 桐山 蒼》と書かれていた。最初は自分の目を疑った。失礼にあたるのかもしれないけれど、思わず桐山さんを二度見してしまう。

 「私は君が私のブランドに相応しいと感じました。もし宜しければ私のブランドの専属アイドルになって欲しい」

 桐山さんは微笑んで私に告げるけれど私は驚きのあまり緊張が全く解けない。私はあのオーディションに合格していないのに、なんでこんな私を選んでくれたんだろう……?

 「でも、私はオーディションに落ちてます……どうして……」

 「まず、一つ目。あなたのライブは誰よりも最高だった。誰のライブの時よりも笑顔の観客がダントツで多かった。みんなを笑顔にさせようとしている気持ちが私に伝わってきた。二つ目は自分のことは後回しにしてでも、暑さに負けずに最後まで子供の命を守ろうとしたところだった。これができた人間になら私のブランドを羽ばたかせてくれると感じた」

 つまり、桐山さんはあのオーディションにいたということ?つまり、田崎先生の予測が当たってしまったということ?思わず田崎先生の方を見てしまう。田崎先生は優しい笑顔で私の手の上に手を重ねる。

 「これはあなたが選ぶ道よ、先生はあなたの意見を推すよ」

 当然答えは決まっていた。こんなチャンスを逃すなんて有り得ない。

 「桐山さん、これからよろしくお願いします!」

 「これからもよろしく」

 差し出された右手を私はしっかりと握った。これで私もアイドルとして羽ばたく事ができるかもしれない。ただただ素直に嬉しかった。





今回から楓編スタートです

毎週投稿厳しくなるかもしれませんがこれからもギャルズメロディーをよろしくお願いします

Twitterのキスよりルミナスもよろしく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ