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アクトヒーロー出張記  作者: 赤雪トナ
7/11

7 異世界のあれこれ 後

「面白かったー」

「それはよかった。楽しめたのなら散策コースにいれたかいがあったわ。次は歩きでここら辺を散歩して、人々の暮らしぶりを直接見ましょう」


 それとなく周囲に危険がないか確認しながらジャスティーが言う。


「私も楽しみなのですよ。あまり神殿の外に出ることができないから。その暮らしを嫌だとは思ってないけど、たまには外の風景も見たいもの」

「クリーネ様は大事な役割を背負ったお方。出歩くことでなにかあってはと、不自由な暮らしをさせていますが、どうかご理解を」

「ええ、わかっていますよ。先ほども言いましたが、嫌だとは思っていません」


 懇願し言い聞かせるように言ったジャスティーにクリーネは微笑み頷く。


「神殿で一番上と言っても大変なんですねぇ」


 蒼太の言葉にクリーネは微妙な表情になり、すぐに真面目な顔に戻った。

 世界の命運を背負った者に大変だと言われたことで、それをあなたが言うかと思ったのだ。すぐに事情を隠されている故の言葉だと思い、表情を隠したが。


「んんっさあ行きましょう」


 咳払いしてにこやかに蒼太を誘う。

 少し不思議そうにしながらも蒼太はクリーネの隣を歩く。

 歩きながら見るミレジオリの人々は、蒼太の目から見て地球にいる人たちと変わらない。笑い、怒り、悲しみ、そんな様子を見ることができた。


「目を閉じて周囲の話を聞いたら、日本にいるのとそう変わらなく思えますね」

「私も日本に行ったとき同じようなことを思いましたよ」


 空気の違い、物音の違い、そういったものはあるが、人々の会話などは大して違いがなかった。

 そんな会話の中に、クリーネと同じ年頃の子供の声もあった。先ほど博物館にいた子供たちだ。これから学校に帰って感想文を書くのだと話している。

 学校の生徒と示すのだろうか、皆同じ帽子と腕章を見つけている。

 それらを見つつ蒼太は二人に尋ねる。


「こっちの学校は日本と同じ感じで学年が上がっていくのかな?」

「小学校と中学校が合わさった学校があるわ。ここに七才から七年通う。そこから家業を継ぐもの、さらに勉学に励むもの、職種の技術を得るため技術校に進む者とわかれる」


 勉学に励む者が行くところは学院と呼ばれ、四年から六年通うことになる。国政に参加するなら学院を出ることが条件の一つなので、学院にいるのは研究者や学者ばかりではない。

 技術校は三年制で、あらかじめどのような技術を学びたいか入校前に決めて、その技術を学び伸ばしていくことになる。

 兵士などの戦闘技能も技術校で学ぶ。

 ジャスティーも技術校に入ったのだが、一年で卒業している。飛び級があるので、必要な能力があれば早い卒業が可能なのだ。

 ジャスティーは騎士や兵の家系なので小さい頃から鍛練を行っていて、技術校をすぐに出ることができたのだ。そのまま軍に入り、経験を積んでいった。


「クリーネ様も学校に通っているんですよね? いやあまり外にでられないって言ってたから通ってない?」

「はい。私は家庭教師から学んでいます。神殿のお勤めも同時に学んでいますから、ほかの子たちに比べると学習速度は遅いですね」

「働きながら勉強しているようなものなんだよね。少し遅れるくらいどうってことないんだろうな」


 感心したような視線を受けて、クリーネはわずかに照れたように笑みを返す。

 そんなクリーネを見て、ジャスティーがなにか言いたげな表情をしたが、すぐに元に戻す。


「少し早いですが、昼食にしましょう。予約してあるので案内します」


 ジャスティーが先導し、十分ほど歩いたところにあるレストランに入る。

 店員に予約してあると告げると、個室に案内された。


「メニューはあらかじめこちらで決めてあるから」

「どういったものを頼みました?」


 クリーネが聞き、ジャスティーは予約したときに頼んだことを話す。

 頼んだのは特別なメニューではなく、この世界では一般的な家庭料理だ。蒼太にこの世界のことを知ってもらうためなので、特別豪華なものは必要ない。


「なにかお勧めとかはあります? もしくは好きなものとか」


 ジャスティーが言った品がこちらの固有名詞で、どのような料理かわからなかったため蒼太はクリーネに聞く。


「そうですね……そちらでいうオムレツが好きですよ」

「ジャスティーさんは?」

「私は……以前食べた白身魚のムニエルが。日本だと簡単に魚が食べられて嬉しいです」

「魚っていうと刺身っていう生で食べる方法があるけど、こちらだとどうなんだろ?」

「私は食べたことありませんからどうとも言えませんね。ジャスティーはどう?」

「こちらにも一応生で食べる魚料理はありますよ。珍味としてですけど。日本で出されたとき最初は躊躇いましたけど、食べられないものを出すはずがないって思い切って食べてみたら、美味しかったです。今では近くにある漁港から仕入れた魚を、ユウナが刺身や煮付けとかにしてくれるのが楽しみの一つです」

「漁港が近いと、鮮度落ちも心配しなくていいから足が早い魚とかも刺身で食べられそうだなぁ」


 どんな刺身が美味しかったと二人が話すのを聞き、クリーネは食べたことのない刺身やほかの魚料理を思いコクリと喉を鳴らす。


「食べてみたい料理が増えた」


 小声だったので蒼太は聞き逃し、なにか言ったかと尋ね、クリーネは首を横に振る。

 二人の話が魚から馬刺しやささみの刺身といった生肉に移り、どうして生で食べるのかといった具合に話が変わっていった頃に頼んだ料理が全て届いた。

 並ぶ料理はハーブと塩で味付けされた焼肉に、豆とトマトの煮物に、ナンに似たものに、ピザトーストに似たものに、色鮮やかな野菜のスープだ。


「見た目は洋食と変わらないね。匂いもいいし」

「さあ、食べましょう。今後ほかの人たちと食事することがあるかもしれないから、食べる前の作法を教えましょう」


 見ててくださいとクリーネが言い、握った右手を胸にあて、その上に左手を置く。目を閉じること五秒間。目を開けて、軽く手を叩いて終わりだ。


「これが本式で、略式は握った右手を胸にあて、その上に左手を置く。目を一度閉じるといった感じです。本式でやってくださいと言われなけれ略式で問題ありません。今日は本式でやってみましょう」

「うん」


 蒼太は教わった通りに手を動かし目を閉じた。クリーネたちも同じく目を閉じる。

 目を開けた蒼太は、ほかにテーブルマナはないか聞き、特に気にしなくていいと返答をもらってから手のひらサイズのピザトーストを手に取る。

 さくっとしたパンをかじり、溶けたチーズが伸びる。見た目も味もピザそのままだった。

 ナンはクリーネとジャスティーが、千切ってから焼き肉や煮物をのせて食べているのを真似る。

 これらの料理はどれも突飛な味付けはなく、問題なく美味しく食べることができた。

 手を止めずに食べている蒼太の様子を、二人は安堵して見ている。

 自衛隊の者たちがすでにこちらの料理を食べて、なにも問題ない様子だったので食べられないものがないことはわかっていたが、好みの問題もある。こちらの料理が合わなくて士気が落ちるのは避けたかったのだ。


「美味しいでしょうか?」

「美味しいよ。この中だと豆とトマトの煮物が好きかな」


 答えて、なにかを思い出したか小さく笑う。

 昔小学校の給食で出てきて、もう一度食べれないか気になっていた料理に似ていた。異世界で食べられるとは思っていなかったので、それが少しおかしかった。


「神殿でも月に二三回は作られる料理ですね。また食べられる機会がありますよ」

「それは嬉しい」


 満足した昼食を終え、三人は食後の腹ごなしに散歩を再開する。

 行きたい場所あるか聞かれ、こちらの学校はどんな風なのか気になった蒼太はそこを見たいと告げる。


「学校はあっちですね」

 

 再びジャスティーの案内で歩き出す。


「そういえば俺は春休みだからここにいるんだけど、こっちは学校休みじゃないの?」

「どうだっけ?」

「こっちの長期休暇は夏と冬だけですよ。十二月の半ばから一月の半ばまでの冬休み。八月丸々休みの夏休みといった感じです。ちなみに入学式は冬休みが終わってなんですよ」


 学校に通ったことのないクリーネは答えられず、ジャスティーが答える。

 

「ソウタ様の通っている学校はどういったところなのですか?」

「これまで通っていたところは進学校って言って、知識のみを教えるところでしたよ。こちらとは違い入学式は春。桜の咲く時期に新学期が始まります」

「綺麗な木ですよね。私あの木は好きです」


 神殿にもあり、ちょうど花を咲かせている。


「あの葉を使った和菓子とか花びらを塩漬けしたものとかあるんですよ」

「サクラを食べるんですか!?」


 あんな綺麗なものを食べるということに驚きを示すクリーネ。

 ジャスティーは夕菜が桜餅を作ってくれたことがあるので驚くことはない。

 

「桜餅は食べたことありますが、花の塩漬けはないですね。どのような味なのですか?」

「俺も食べたことはありませんね。あると聞いただけですから、興味があるならネット通販で取り寄せられるはずですけど」

「ユウナに頼んでみましょうか」

「ネットツウハンってなんですか?」


 聞いたことのない単語に興味を惹かれクリーネが質問する。

 蒼太はこちらの例えで説明するのが難しいと思ったので、ジャスティーに任せる。


「魔法を使った遠距離通信がありますよね? あれを魔法道具で使えるようにして、世界中にいつでもどこからでも使えるようにしたのが電話というものです。その電話にいくつかの機能を追加して、言葉だけではなく、文字や絵を見られるようにしたのがインターネット。その機能を使って買い物をすることをネット通販と言います」

「んー?」


 よくイメージできないのだろう、眉をひそめて首を傾げた。


「家にいて買い物ができて、どんな遠くの品物でも数日、早いと翌日には届くと理解すればいいと思います」

「よくわからないことがわかりました」

「実際に使ってみないとわかりづらいですよね」


 仕方ないとジャスティーは納得顔だ。


「クリーネ様が日本に来る用事とかあればいいんですけどね。そのときについでに見てもらえれば」

「そんな用事あります?」


 クリーネは目に期待の色を浮かばせてジャスティーに聞く。

 期待にそえないことを悪いと思いつつジャスティーは首を横に振る。連れて行くのは簡単なのだが、理由がない。それでもいつか一度くらいは息抜きに連れて行きたいとは思っているのだが。

 残念だと少し落ち込んだ様子を見せるものの、クリーネはすぐに気を取り直し見えてきた学校を指差す。

 校舎は木と石でできていて、多くの窓ガラスが壁に並ぶ。現代日本の学校ではなく、昔の木造校舎に似ている。魔法によって建材が強化されているので、似ているだけで耐久性は段違いだ。

 グランドでは体育の授業中なのだろう、生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。

 そういった声を聞きつつ、学校の外縁を歩いて敷地内を見て、学校についてジャスティーが説明していく。


「大きさ的にはここは標準より上ですね。一学年六十人ほど、七学年あるので四百人以上の生徒がここに通っています。授業内容は日本風に言うと国語、算数、社会、図工生育、体育、音楽、魔法。この七つです」

「生育って? ほかのはわかるんだけど」

「生育は農業や酪農に関連した授業です。自分たちで野菜を育てたり、乳を出す動物や卵を産む動物を育てるんですよ」

「ああ、そういったやつなんだ。俺は行事としてそういうのやってたな。肉用として育てないのは、子供には刺激が強すぎるから?」

「知識では教えるんですが、実践はソウタ君の言うように刺激が強いので技術校に行ってからですね」


 愛情をもって育てた動物を潰して肉にするのは、子供には悪影響だろうということでやっていない。そういうことはもっと成長し世の中の酸いも甘いも知ってからと教育方針を決めた者たちは考えたのだ。

 

「魔法の授業はどういったことをするんでしょ?」

「最初はわざと魔力消費を多くした明かりの魔法を教えます。この時使う魔法は刻式ですね」

「魔法に種類があるんですか?」


 わざと魔力消費を多くするという部分も気になるが、魔法に種別があることも気になり尋ねる。


「そこら辺の説明していませんでしたか。三種類の使い方があります。初めて会ったときにやったのは記述式。空中に魔法文字を描いて魔法を発動させる方法。刻式は紙や木の板とかに魔法文字を書いたり刻んだりして魔法を発動させる方法。あとは感情式といって、魔法文字の入れ墨を体に彫り、魔法を発動させる方法です」


 三つの魔法についてジャスティーが語る。

 主流は刻式だ。その次に記述式で、感情式はほとんど使われていない。

 刻式は、事前に使いたい魔法を紙や板に書いておき、魔力を通して、名前をトリガーにして使う。

 魔法道具との相性がよく、昔から使われていて発展してきた。利点は誰が使っても同じ効果を出し、安定していること。欠点は必要以上の魔力を込めると暴発することだ。使用回数が決まっていることもか。紙だと一回、木の板だと五回、鉄は五十回。これらの使用回数に達すると消えてなくなる。

 記述式は、指に集めた魔力で空中に魔法文字を描き魔法を行使する。

 利点は、刻式と違って使用魔力の制限がないことだ。欠点は魔力は目に見えないので書いた魔法文字が間違っていても失敗がわからないことだ。こちらの失敗は暴発するようなことはないが、魔力の無駄遣いになる。もう一つ欠点はあり、それは魔法文字を書いている間はその場から動けないこと。

 感情式は、入れ墨に感情と魔力を流して使う。

 利点は三つの魔法の中で一番効果が高いことだ。魔力は感情に効果を左右されやすい。怒りは攻撃魔法、慈しみは回復魔法にという感じだ。

 欠点は二つ。多様性のなさと制御の難しさ。使える魔法は入れ墨を彫った魔法のみ。一定の感情を保ちながら魔法を行使というのは難度が高い。


「こんな感じですね」

「なるほどー。となるとブルーホープに使われているのは刻式ですよね?」

「ええ、ブルーホープも魔法道具の一種だからね」


 ブルーホープには十種類以上の魔法陣が刻まれている。

 その魔法陣全てに最高峰の職人が関わっている。

 

「刻式ってことはブルーホープも使用回数が決まっているということに」


 随分贅沢な使い捨てだと、蒼太は感心半分驚き半分といった表情を見せる。

 聞いた金額が相当なものだったので、いずれ消えてしまうというのはもったいないように思えた。

 ジャスティーたちとしてはその金額で世界が救えるのだから必要経費と割り切れる。


「そこらへんは皆納得済みだからソウタ君が気にすることじゃないわ。以前も言ったけど遠慮なく使ってちょうだい、その方が皆喜ぶのだから」


 早々使用回数の限界に達しないよう品質の良い材料を使って使用回数五桁に達しているため、回数に気を配る必要はあまりない。


「気にすると胃が痛くなりそうなんでそうします。話を最初の方に戻しますね? わざと魔力消費を多くする理由なんですけど」

「ああ、それは魔力を使いすぎたらどうなるのかを身をもって知ってもらうため。体力を使いすぎると疲れ倒れるように、魔力も使いすぎると気怠くなり倒れます。そこらへんの感覚を最初に理解させるのですよ。ほかにも刻式で魔力を込め過ぎたらどうなるのかも最初に経験させます。こうすることで、使いすぎや悪ふざけをさせないようにしているの」

「攻撃魔法も学校で教えるんですか?」

「教えないわ。学校で教えるのは、生活で使うものか治療に使えるもの。でも使い方によっては生活用の魔法も攻撃として使えるからそこのところは注意されますね」

「じゃあ攻撃魔法を覚えたい場合はどうするんですか?」

「まず使用免許を取ります。そのあと魔法教習所で刻式や記述式の攻撃魔法の魔法文字を習います。免許を所持していない状態での、攻撃魔法使用は重罪になります。使用許可が出ていない状態で町中での使用も同じく重罪です」


 銃所持にも免許が必要なことと一緒で、きちんとした管理の下、使えるように法律で定まっている。

 昔は免許など必要なかったが、魔物と住み分けするようになってから、魔法を使う相手が主に魔物から人間へとかわり、犯罪に使われることもあって魔法によって起こされる問題を放置できなくなったのだ。

 兵士は免許取得が義務付けられていて、ジャスティーも持っている。


「これが免許ですよ」


 運転免許と似たようなカードを内ポケットから出して、蒼太に見せる。

 名前と住所と免許取得日と次回更新日が表に書かれていて、裏に攻撃魔法一種、二種、三種と書かれていた。

 数字が高いほど威力の高い魔法を使えるということだ。

 条件付けで攻撃魔法の使用許可が下りる場合もあり、そういった場合はきちんとその旨が書き込まれる。

 例えば、解体作業に使う場合には攻撃魔法(解体)となり、河川工事や採掘では攻撃魔法(掘削)となる。


「教習所は攻撃魔法取得するところなんですね」


 蒼太の言葉をジャスティーは首を横に振って否定した。


「それだけではないわ。治療の魔法を使った店を開く場合にも、知識と免許が必要となり教習所に通う必要がある」

「あー、そうなんだ」


 思い描いたファンタジー世界と違っていて、蒼太は興味深そうに頷いている。

 そういったことを話している間に学校を一周し、ほかの場所へと向かうことになる。

 ちなみに二人が話している間、クリーネは興味深そうに敷地内を見ていた。

 その後三人は町中を一時間歩いて、博物館に置いてあった馬車に乗る。

 一時間の散歩で蒼太の印象に残ったのは闘技場だ。武器無しの一対一、専用の武具に身を包み一対一やバトルロワイヤルを行うという三種類の戦いが行われていた。

 武器は魔力を色付きの形と成すもので殺傷能力はない。防具は魔力を受けると色が抜けていくもので、最後には白くなる。

 勝敗は気絶か先に防具が白くなった者の負けというものだ。


 あとは帰るだけだが、寄り道をするとジャスティーが言う。

 十五分ほどして馬車が停まる。


「そこの窓から空色の円柱の建物が見えますか?」

「見えるよ」

「あれは魔力増幅炉と言います。家庭から集めた魔力を何倍にも増やして、魔力送線を通して各家庭に返したり、町中の魔力を使う機材に流します。地球でいう発電所で、この世界にとってなくてはならないものです」


 ジャスティーは建物を指差して魔力増幅炉といったが、実際にはあれは作業員用の施設だったり事務員の仕事場だ。魔力増幅炉は地下にある。

 魔力増幅は専用刻式魔法陣に魔力を流すことで行われる。その魔法陣は規模が大きいほど多くの魔力を生み出すことができる。

 ここは地下十層あり、その一層丸々使って直径百五十メートルほどの魔法陣が描かれている。


「増幅しないと消費においつかないってことかな」

「その通り。二百年ほど前までは個人個人の魔力で生活に使う魔力を賄っていたそうです。当時は魔力を使った機械はほとんどありませんでした。身の回りのこと以外に魔力を使う余裕がなかったから。でも二百年前に魔力増幅の魔法陣が発明されてから人間の発展は始まったわ」


 もとは個人用の増幅魔法陣を発展させていき、日常で使える魔力に余裕を生み出し、余った魔力を生かす方法を探って今日に至る。

 ジェーグ爆缶といった兵器もこうした流れの中で生まれたのだ。


「社会のありかたに大きな影響を与えたってことで、増幅魔法陣の発明は地球でいうところの産業革命に近いのかな」

 

 そんなことを言った蒼太はバスから降りてきた人たちに視線が向く。


「あの一斗缶って言って通じるのかな、金属の箱を持った人たちは?」

「あれは魔力税を納めに来た人たちですよ。一ヶ月に一回、魔力缶に魔力を注いで増幅炉に持ってくる義務があります。お金でも支払うことは可能ですが、高い金額を取られますから普通は魔力で納めます」

「ふと思ったけど、増幅した魔力をさらに増幅すれば無限に魔力を使えるんじゃ?」

「使えません。一度増幅させた魔力は魔法陣をすり抜けるの」

「上手くいかないものですね」

 

 蒼太に見せたかったものはこれで終わりだ。ジャスティーは御者に帰るように告げる。

 神殿に入り、馬車から降りて三人は神殿の奥にある部屋に入る。

 そこはカーテンで締め切られていて暗い部屋で、壁にはスクリーンがある。スクリーンの下にDVDプレイヤーのような黒い箱があり、配線がスクリーンに繋がっている。その隣にプレパラートより厚めのガラス板が何枚も縦に入れられた箱が置かれている。


「二人はそこのソファーに座ってください。これから夕食前まで映画観賞会です。こちらの世界を説明するために作られた映像や映画を見てもらいます」


 これが説明映像が記録された媒体ですと言って、ジャスティーはガラス板の一つを取る。

 蒼太に見せた後、黒い箱の上部にある挿入口にガラス板を差し込んだ。

 ガラス板はビデオテープやDVDのようなもので、これ一枚で三時間の映像が記録できる。

 スクリーンに映像が映ると、天井にくっついていたガラス玉の中の明かりが減り、映像がはっきり見える。

 蒼太とクリーネの意識がスクリーンに集中したのを見てから、ジャスティーはそっと部屋から出て飲み物と茶菓子を取りにいく。

 映像は世界地図から始まり、六つの大陸の名前、現在蒼太がいる大陸と町の位置といった感じで進んでいく。

 画面が王城になり、警備をしている兵や使用人が働いている姿、庭や廊下の風景が映されていく。

 画面が切り替わり、机で書類仕事をしている四十才手前の女性の姿が映った。クリーム色のスーツに身を包み、左肩に肩章をつけている。真剣な表情で書類を読んでいて、そばにいた秘書らしき人物に声をかけられ、映っていることに気づく。

 髪と同じ色の群青の瞳で真っ直ぐとした視線で見返す。真剣な表情を崩さず軽く一礼し書類に目を戻す。


「この怖そうというかすごそうな女の人は?」

「この方は女王様です。クーゼ・カミジア様と言いまして、在位七年になります。御年は三十八才でしたか。夫である先代王が亡くなられる前に地位を譲られたのです。本来ならばガーランド第一王子に世襲という形になるはずだったのですが、当時王子は十一才になったばかり、少し早いということで王子が成長するまで妻に譲るという形になったのです」


 エモールド関連の問題がなければガーランドに世襲されていたのだ。十一才の少年には世界危機は重すぎるということで、クーゼに任されることになった。

 先代王は体が弱かったので、エモールドのことでストレスが体を蝕み早死にすることになった。なのでエモールドのことがなければ、まだ生きていただろう。クーゼも落ち着いた幸せな日々を送れていたはずだ。


「王子様は今十八才くらいだね。そろそろ王様交代するのかな」

「はい、あと一年か二年で交代することで決定していますね」


 クーゼ引退はきりがいいのでエモールドのことが片付いてからということになっている。

 民はエモールドのことは知っていても、災害級が二年もせずに出現することは知らないため、十分に王の仕事を学んでからという理由での交代と思っている。

 災害級の存在を民に知らせていないのは混乱を避けるためだ。ただでさえミレジオリ側だけでは打つ手なしな状態で大変なのに、民に騒がれてそちらに対処の時間を取られたくなかった。

 話しているうちに画面が切り替わり、三人の男女が映る。

 十八才の青年と十七才の青年と十五才の少女だ。


「この方たちは王子様と姫様です。ガーランド第一王子、ムスタ第二王子、フィセラ第一王女です」


 ガーランドは母に似たのか黒髪に青の目。ムスタは濃い金髪と明るい茶の目。フィセラは薄い金髪と青の目だ。

 ガーランドは涼しげな顔で薄く笑みを浮かべていた。ムスタは生真面目そうな硬い表情だ。フィセラは緊張しているのか笑みを浮かべようとしてややおかしな表情だ。


「第一王子様はできる男ってな感じだ。見た目通り優秀なんだろうか? 第二王子様は融通がきかなさそう。王女様は人が良さげ?」

「だいたいそのような感じで合っているかと。私は遠目に見たことがあるだけですし、詳しく知りたいならジャスティーに聞いてみるといいですよ」


 蒼太は戻ってきて椅子に座って一緒に映像を見ていたジャスティーの方を見る。


「そうですね……私も頻繁に話すといったことはないので詳しくは語れませんが、おおよそその印象で間違っていないかと。ただ王女様は猫をかぶると言うんでしょうか、作った雰囲気ですね。王族としてはその対応も間違いではないと思います」

「素顔を知るほどには親しくはないんですか?」

「ええ」


 会う機会のないと思われる人に蒼太はたいして興味を抱かず、それ以上聞かず画面に視線を戻す。

 大臣などの紹介が終わり、貨幣や品物の金額などについての説明が始まる。

 一通りの説明が終わって、スクリーンが暗くなり、一度部屋に明かりがつけられる。

 クリーネはトイレに行くということで席を外し、蒼太はクッキーをつまんで口に入れる。


「どこか説明でわかりづらいところはあった?」

「特には……魔物の説明がなかったのはちょっと疑問ですかね」

「町で過ごす分には遭遇しないから省いたのよ。山の奥や大きな森の中だといるし、田舎の方だとたまに獣に混ざって魔物もいるけどね」


 蒼太がいるこの町近辺は時間をかけて魔物を排除したためいない。田舎の方の魔物も獣に毛が生えたようなもので、猟師でも倒せるものだ。

 強い魔物は大陸西部や大きな森や大きな山にいる。山や森は人間が開拓するため入っていっているので衝突することがある。だが知恵ある魔物との衝突はない。彼らは早々と眷属を連れ大陸西部に移動しているのだ。このため魔物を材料とした薬の一部が作れなくなってしまったという問題もある。


「安全に魔物を見たいなら大陸北部の魔物領との境界線に行けばいいわ。そこではキメラ種との取引が行われていて、行き来がある」

「取引?」

「北部の人間側の土地でしか作れない植物があってね。それを目当てに物々交換がされているのよ。互いにとって大事なものだからその町でキメラ種を傷つけることは罰に当たるの」


 育てられているのは暁血花という一年草で、土地の土質さえあえば栽培は簡単だ。

 人間には麻薬の材料なのだが、キメラ種にとってはなにも問題のない薬となる。

 暁血花の代わりにと渡されるものが、数種類の魔物の角や骨で魔物が移動したことで作れなくなった薬のための材料だ。

 このため国がこの取引を認め、暁血花が大量に作られている。

 その暁血花を求めて犯罪組織が北部に集まったことがあるが、麻薬になるものを野放しで作らせるはずもなく、普通に作物を作るよりも厳しい管理の下で栽培収穫されるので、下手に手を出すと大やけどするとわかった聡い犯罪組織は去っていった。馬鹿な犯罪組織は残り、多少の儲けを出したのち騎士団に潰されることになった。


「キメラ種というのはどういった魔物? 地球だと神話上の生物なんだけど」

「いくつかの獣や魔物の特徴を持ったやつら。例えば人型だけど頭部は犬、腕はカマキリ、下半身はカンガルー。ほかには体は猪、尾は狐、頭部は鷹なんてものもいる」

「ああー、ゲームとかに出てくる合成生物を想像すればいいんだ」


 蒼太の考えであっている。違いは誰かに生み出されたわけではなく自然と生まれ、姿形の種類が多いことだろう。

 スライムが人魚の形をしていて、空中に浮かんでいるというキメラも過去にいた。そういった珍しものや見た目が綺麗なものは人間に捕まり売られていた過去もある。


「そういったキメラ種は人間の領域を旅したりするんです?」

「しないわね。交易しているといってもそこまで親しいわけじゃないから。旅なんかしたら兵とかに狩られる可能性がある」


 なるほどと簡単に想像できた蒼太が頷く。

 クリーネが戻ってきて、観賞会が再開される。今度は人々の暮らしがわかりすいよう人情物だ。

 行商人が主役の話で、故郷や出かけた先で会った人の相談にのったり、美人の色香に迷って問題解決を引き受けたりと人間味溢れた作りになっている。

 人々に人気があり二十作以上作られ、製作が終わって十年以上たっている今でもファンがいる。

 

「なんとなく聞いたような話だったな。どこでも似たような話はあるんだろうか」

「どんな世界でも人間のやることは似ているということでしょうか」


 蒼太の疑問にクリーネが答える。


「そうかもしれませんね。さあ夕食の準備が整っている頃です。移動しましょう」


 機材の終了操作を終えて、ジャスティーが声をかける。

 部屋の外は日が落ちていて、空は薄暗い。神殿の中は魔法の明かりがともった照明用ガラス玉が壁に飾られていて、昼間と同じ明るさを保っている。

 三人が席に着くと、料理が運ばれてくる。

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