8 ジャージとラーメンと初装着
隠しカメラから送られてくる三人の食事風景を、別の部屋で見ている者たちがいる。
グロードスとムスタ、その護衛や付き添いだ。
蒼太がどのような人物か自分たちの目で見てみようと、神殿を出たときからカメラで観察していたのだ。
ムスタは今日の仕事を終わらせ、王族を代表して先ほどこの部屋に来た。
「あれがブルーホープの装着者か。なんとも覇気がなく頼りない風貌だな」
ムスタは蒼太のことを見下すように言い、護衛たちは同意するように頷く。
対してグロードスはムスタをたしなめる視線を向けて口を開く。
「今は頼りなくとも仕方ないでしょう。訓練を始めたばかりだと聞いています。これから成長していけばいいのですよ」
「時間がないのだ、そんな悠長なことでは困る」
「急いては事を仕損じるということわざが二ホンにあるようです。こちらでも急ぎては荒れ道で転ぶという似たようなことわざがあります。急かすのは逆効果でしょう」
「咄嗟に二ホンのことわざが出る程度には詳しくなったのか」
鼻を鳴らす仕草から気に入らないということがよくわかる。
「二ホンが気に入りませんか?」
「勘違いされては困る。二ホンがどうとかということではない。このテレビといったか? こういったあちらの持つ技術はこの世界を発展させるだろう。それはいいことだ」
生の情報を映像で見ることのできる技術はミレジオリにはない。この有用性は十分に理解できる。
「でしたら自力で問題をどうにかできず、よその世界の力を借りるためすり寄っていくということが?」
「ああ」
「しかしですね、力を借りないことにはどうにもなりません」
「……」
ムスタはなにも答えず、無言でクロードスを見返す。
そのムスタの目はなにか言いたげだったように、クロードスには思えた。
「とにかくだ、あれが計画の要というには不安がある。そう母上には伝える」
「お待ちを。主観を交えた報告にならないようにと女王様からのお達しです。今のあなたの感想交じりの報告ではなく、客観的な報告をお願いします」
一礼したクロードスに、ムスタは小さく舌打ちしながらわかっていると言い、食事中の蒼太を見て部屋を出ていく。
ムスタの護衛や付き添いも出て行き、部屋にはクロードスと護衛の二人だけが残る。
「神官長。正直なところ、私もあの少年には不安しかないのですが」
「それは当然だろう。全くの素人という話だ。そのような者を見て、彼なら任せられると確信を持たれる方が困る。さっきも言ったがこれからの成長に期待してほしい」
「わかりました。ですが本当に計画に必要な条件を満たしているのですか? すれ違ったときは平均より多めの魔力しか感じなかったのですが」
「その部分に関しては安心していい。今彼は魔封じのペンダントをしている。だがペンダントでは彼の魔力を封じきれないでいる」
それを聞いた護衛は驚き、目を見開いた。
平均以上の魔力を感じられていたが、それで封じられていたとは思いもしなかった。
「あれで減っている状態なのですか。なにか特別な訓練でも受けていたのでしょうか」
「そういった報告は受けていない。彼の家も特別な家系ではないということだ。生まれついての素質なのだろう。魔法が存在しない世界では意味はないのだが」
「惜しいですね。世が世なら、歴史に名を残してもおかしくはないでしょうに」
「これから残すことになるさ」
そうなってほしいという願いを込めて、クロードスはテレビの電源を切る。
◆
夕食後、蒼太は準備された部屋に案内される。
クリーネとは夕食後にやることがあるということで別れた。
ジャスティーは部屋のテーブルに置かれていた神殿内の地図を取り、どこになにがあるか説明していく。
説明が終わると日本で書いた報告書を提出してくると言って、部屋を出て行った。
「さて暇だしどうしようか」
そんなひとりごとを言いながら部屋を見回す。
十畳ほどの部屋で、特に変わったところはない。棚には暇潰し用なのか、日本の本が入れられている。本のジャンルは様々で、少し前に流行った小説や動物図鑑や名所案内といった感じにばらばらだった。こちらで待機する日本人の暇潰し用の本をそのまま移しただけなので統一性がなくて当然だった。
動物図鑑を持ってベッドに座って眺める。読んでいくうちに意外と集中し、気付いたときには一時間ほど過ぎていた。
(ちょっとトイレ)
部屋の外にあるトイレに向かう。すませたあと少し好奇心がわいたので神殿内を歩くことにする。
あちこちの部屋に勝手に入っては怒られるだろうと歩き回るだけにして、中庭に出る。警備と景観の両方の面からライトアップされている。庭を眺めていると、嗅ぎなれた匂いがかすかにした。
「ラーメンか?」
どこからだろうと思って探してみる。すると中庭に面した廊下をクリーネらしき人物が歩いていた。
らしきというのは、蒼太はその姿を見てクリーネと自信をもって言えなかったのだ。
上下ジャージ姿で、靴はスニーカー。両手で大事そうにお湯を注ぐだけでできるカップラーメンを持っていた。
「あら、ソウタさん」
「やっぱりクリーネ様なのかー」
服装もそうだが、夕食時まで感じられていた神秘性がかけらもないのだ。今のクリーネは、可愛いがどこにでもいる少女といった感じだ。
「どうしてそんな恰好を?」
もしかして汚れる作業でもしていたのかと聞く。
「今は仕事を終えたプライベートな時間だから楽な服装なんだよ。好き好んであの服装じゃないわ」
「雰囲気が違うのもプライベートな時間だから?」
「うん。ずっとはりつめているのは大変なんだから。でもだらけた雰囲気はダメってことで頑張って雰囲気を作ってるの」
「あれは作られたものなんだ。すごいな」
雰囲気一つで至高の美少女から気怠げな美少女に変わるのだから感心するしかない。
女は化粧で変わると言うが、それに近いものなのだろうか。
「そろそろ食べ時だから食べていい?」
蒼太が頷くと、クリーネは庭にあるベンチに座って、箸を使いちゅるちゅると食べ始めた。
これしか食べるものがないからいやいやながら食べている様子はなく、表情を輝かせて麺をすする。
これはこれで可愛い姿なのだが、夕食までの姿を知っている蒼太はどうしてもシュールにも思えた。
スープを最後まで飲んで、満足した表情で空の容器をベンチに置く。頬には食べているあいだにはねたのか、ネギがぺたりとついている。
「頬にネギ」
蒼太が指差し指摘すると、クリーネは袖で頬をぬぐう。
「とれた?」
「とれたよ。食べてる間すごい笑顔だったけど美味しかった?」
「うんっ最っ高の食べ物ね!」
「そこまでかなぁ? もっと美味しいものあると思うけど」
「なに言ってるの! 手軽に食べられて、この味よ。それにこのチープさがまたいいっ。なんというか性に合うっていうのかしら」
神殿の一番に立つ者が言うには違和感がある言葉だった。
「性に合ってるとまでかー。今度こっちに来るときにお土産に持ってこようか?」
思わずそう言ってみると、満面の笑みが向けられた。
こういった表情が見れたことは嬉しいのだが、カップラーメンでというのが微妙な気がした蒼太。その一方で年相応の表情に、どこかほっとした気もする。
これからもクリーネと接する機会はあるだろう。そういった人物が遠く感じられるよりも身近に感じられる方が気楽でいられる。
「本当!? 嬉しい! いくつかいい? ラーメンだけじゃなくてウドンとかソバとかも」
「五個くらい買ってくるよ。種類は適当でいい?」
「うん! あー楽しみだな」
鼻歌を歌ってまだ見ぬそれらに思いをはせる。
「ところでなんでラーメン食べてたの? 夕食一緒に食べたし、小食だったわけでもないし」
「夕食のあとにやることがあるって別れたでしょ? 神石に魔力を注ぎに行ったの。神石の魔力を使ってゲートを開いているんだ。んで魔力を注ぐとお腹が空くんだよ。だから私は毎日四食なの」
「その食生活で太らないのはすごいね」
世の中の女性にとって食べても太らないということだけでも使徒は憧れの職だろう。
だが使徒になるのは神石に魔力を注げるという資質が必要なので、誰でもなれるわけではない。その資質は五十年に一人という珍しいものだ。
ちなみにゲートが開発されるまで、神石に注がれた魔力の使い道はなかった。魔力増幅炉に流せばと提案され流したことはあったが、増幅した魔力のようにすり抜けたのだ。
使い道のない力を溜め込むしかできないということで、使徒の地位は今ほど高くはなかった。
先代使徒からそれを聞いてクリーネは心底羨ましがった。性格的には怠け者寄りなのだ。
「魔力だけじゃなくて体力も結構もってかれるからねー。太る暇がない。ほんとは少しくらい太ってもいいからだらけたい。ベッドに寝転んで映画とか漫画見てたい」
「テレビじゃなくて映画なんだ」
「テレビ放送って言ったっけ? それはこっちにはないんだよ。電波というものを飛ばして各家庭に映像を送るっていう発想がなかったから」
映像を見るということでは映画も似たようなものだと蒼太は思ったが、すぐにテレビ放送と映画の違いに気づいた。
映画は記録媒体に入れてあるものを見ているのであって、電波受信しているわけではないのだ。
「今後の技術交流でテレビが広まるといいんだけど」
「テレビよりも先にラジオが広まるかもね。ラジオの方が敷居が低そうだ」
「ラジオってなに?」
素材がいいためか、首を傾げる仕草が可愛らしい。
「音だけを受け取る機械」
「それってトランシーバーじゃなかった? うちの兵にも配られて使ってるのを見たことがある」
「トランシーバーは会話できるけど、ラジオは会話できない。音を受け取るだけなんだよ。音を発信する側が音楽を流したり、スポーツの様子を伝えたり、司会者が話すのを聞ける機械」
「面白いのかな?」
「人それぞれじゃないかな。喋りの上手い司会者もいて、そういった人に手紙を送って読んでもらって感想をもらい嬉しがってた人もいたらしいよ。俺の父さんもよく若い頃よくはがきを出して読んでもらっていたって楽しそうに話していた」
「へー」
好奇心が刺激されたようでクリーネの目が輝いている。
「明日にでも提案してみよっと」
この言葉通り、翌日にミレジオリと日本に技術官に聞いてみたところ、すでに両国の間でその話は出ていて検討中という返答をもらう。
国の上層部は、日本との交流はエモールド問題を解決して大々的にやろうと考えているため、明らかに異文化的なラジオを今広めていいものか話し合っているのだ。
「あ、ここにいたのね」
部屋にいなかった蒼太を探していたジャスティーが声をかけてくる。
「クリーネ様となにをしていたの?」
「インスタントラーメンとかラジオの話を。なにか用事だったんです?」
「そろそろお風呂入ったらって知らせにきたのよ。クリーネ様も入りますよ」
「風呂に入るにも付き添いがいるんだ、さすが神殿のトップ」
感心した蒼太にジャスティーは違う違う手を振る。
「クリーネ様を一人でいれると手抜きして洗うから、誰か一緒に入らないといけないのよ。女の子なのですから、もう少し身だしなみに気をつけてほしいわ」
ちらりと視線を向けられたクリーネはあらぬ方向を見て、聞いてないふりをしている。
ジャスティーはそのクリーネを俵を担ぐように抱えて移動を始める。
自分で歩くかず楽なのでそのままぐてーと運ばれるままのクリーネは、蒼太に手を振って自室に連れられて行った。
「プライベートな時間なせいか扱いがわりと雑だったなー」
自分も風呂に入ろうと部屋に戻って着替えを持って部屋を出る。
翌日、朝食を食べ終えた蒼太はブルーホープを着るため、神殿真横のプレハブに案内された。
初めての装着ということで、クリーネとクロードスも見学のため一緒にいる。
クリーネは昨夜の気の抜けた様子はなく、神秘的な雰囲気をまとい微笑んでいる。
「いよいよか。楽しみと緊張で体が震えてきた!」
「そうね、私も似たようなものよ」
蒼太とジャスティーとでは震えの意味が違う。災害級エモールド討伐の重要なキーの初始動だ、ついにここまできたという興奮と喜びで体が震えてくる。
日本人の技術官に案内され、地下室に下りる。
なにに使うのかわからない機械がいくつも並ぶファンタジーの欠片もない大部屋の中に、青く輝くそれはあった。
マネキンに装着されているブルーホープはまさに特撮世界から抜け出してきた代物だった。
ミレジオリ人にとっては希望の現物、蒼太にとっては科学の魔法の融合物。
目覚めを待つブルーホープはただ静かにそこにある。
「おおー」
「感心する気持ちはわかるね」
聞き覚えの得る声に蒼太は振り返る。
「あ、佐見宮さん。お久しぶりです」
「うん。ブルーホープが動くということで見学に来たよ。君が思っている以上に多くの人が今日という日を待っていた。後々語り継がれる日になるかもしれないね」
「おおげさじゃないですか?」
「どうだろうね」
佐見宮は小さく笑って、待っている技術官と交代する。
クリップボードを持ったその人物に体調などを聞かれ、蒼太は答えていく。質問が終わると、紙袋を渡される。
「この中にはコネクトスーツと呼ばれるものが入っている。向こうのロッカーで、これに着替えてきてくれ」
「わかりました」
ロッカールームに入り、紙袋からコネクトスーツを取り出す。一緒に説明書のようなものが出てきた。
それに目を通してコネクトスーツを広げる。
手首と足首にリングのようなものがついていて、胸と背中の心臓部に薄い金属板があり、腰回りにもベルトのような感じで金属部品がついている。リングからは配線が伸びていて、心臓部のパーツやベルトに繋がれている。
服もパンツも抜いで、魔力を押さえるネックレスもロッカー内の籠に入れて、コネクトスーツ背面のジッパーを下ろして着こむ。ネット包帯のようなもので髪も押さえる。
首から下をぴったりと覆うコネクトスーツを姿見を利用して全身を確認する。その後は両腕を回したり、屈伸をしてみたりと軽く動く。
「妙に動きやすいけど、ゴムだけじゃなくてミレジオリで手に入る素材でも使ってるんだろうか」
首を傾げてロッカールームから出る。
さきほどまでマネキンに装着されてたブルーホープが今は、ばらばらの状態だ。
ただ各部パーツにわけられ置かれているわけではなく、何本ものマシンアームに持ち上げられている。
「着心地はどうだい? 違和感とかあるかな」
技術官の質問に首を横に振ってないと返した。
「むしろ着心地はいい方です。日本の素材だけじゃなくて、こっちの素材も使ってるんですか?」
「うむ、こちらにもゴムに似た樹液を出す木があるんだ。それと組み合わせてある。ではいよいよ装着だ」
そこに立ってくれと、床に楕円形にはられた黄色テープを指差す。
移動し、腕を平行に上げて両足を軽く開いた状態でと指示される。
「準備完了。まずは胴パーツから」
技術官がほかの技術官に合図を出し、その技術官がコンソールを操作すると、前面と後面に分けられた胸部パーツがマシンアームによって蒼太の胴体位置に動く。
「胴パーツ装着開始」
前面と後面のパーツが合わさって、カシュンカシュンと留め金が固定されていく音が数回響く。
「胴パーツ問題なし。次は腰パーツ装着開始」
胴パーツと同じように、腰にもパーツがつけられ、それが終わると太腿、脛、肩、上腕と続いていった。
そこまでの作業に二十分弱かかる。
その間じっとさせられ、さらに腕を上げっぱなしで蒼太から弱音が出る。
「毎回これだけの時間かけて着こむんですか?」
佐見宮がすまないと言いながら話しかける。
「これだけ時間をかけるのは今回だけだよ。初めて装着するから確認の意味も込めてゆっくりやってるんだ。次回からは一度に装着できるから、大幅に短縮できる」
「魔法でしゅぱっと装着できたらいいと思うんだけど」
「開発が進めば可能かもしれないね。じゃあ次はブーツだ」
ブーツはコネクトスーツに使われている素材に金属をくっつけたものだ。それをはき、ガントレットのような腕パーツもつけて、いよいよ最後に頭部パーツ装着になる。
「多少息苦しくて真っ暗だけど、起動したらましになると思う。だから最初は我慢してほしい」
技術官の言葉に蒼太が頷くと、マシンアームが頭部と首周りのパーツを動かす。
それらの装着が終わり、装着完了という声が地下施設に響いた。
「出力十パーセントで起動開始」
技術官の合図で、ブルーホープに起動命令が送られる。ブルーホープに刻まれた多くの魔法陣への魔力流入を防いでいた部品がずれて、漏れていた蒼太の魔力が魔法陣に流れる。
蒼太は魔力が抜ける感覚がして、いきなり明るくなった視界に目を細める。
フルフェイス内側の目の辺りにモニターがあるのだ。
「マシンアームを外すよ」
内部スピーカーもあるようで、はっきりと声が聞こえた。
一度にマシンアームが離れて、総重量を知っている蒼太は重さに身構える。だが羽のようにとまではいかなかったが、思った以上に軽く負担が少ない。軽量化の魔法がきちんと効果を出しているのだ。
腕を回したり、その場で軽く跳ねたりする度に小さく歓声が上がる。
「動作実験をしたいからあっちに行ってくれる?」
頷いた蒼太は、技術官が指差した方向に歩いていく。
そこにはバーベルやルームランナーといった運動器具がある。ブルーホープ着用での使用のため重りがたくさんついていたり、頑丈に作られている。
「まずはバーベルを。二百キログラムある」
「いきなりその重さは大丈夫なんだろうか」
そんな不安を声に出しながら蒼太はバーを掴む。ぐっと力を入れると重さは感じられたが、バーベルが浮く。
「お? おおー」
蒼太の感覚としては、十キログラムの米袋を二つ持ったときと同じ感覚で持ち上げることができた。
そのままでいるように技術官は指示を出し、現状を魔法面と科学面からスキャンする。
「各部異常なし。魔法陣安定して効果を発揮しています」
「次はルームランナーで走ってみてくれ。最初は軽く流す程度で」
蒼太はルームランナーに乗り、軽く走る。一分歩ほど走ると、速度を上げるように指示がでて、ある程度速くなると速度維持の指示が出る。
毎日やっているジョギングの効果が出ているのか、姿勢よく走ることができている。
「じゃあ最後は思いっきり」
小さく頷いた蒼太はぐっと足に力を入れて、その力を足の裏に移動させルームランナーのベルトを思いっきり踏みしめ蹴った。
ギュンッという一際大きな音がして、ベルトの回転速度が上がる。
ぐんぐんと上がっていた速度は、七秒を過ぎると安定し始めた。そして二十秒もすると速度が落ち始めた。
「もう止まっていいよ」
蒼太は体から力を抜いて、速度を落としルームランナーから降りた。
跳ね上がった心拍数を落ち着かせるため深呼吸を繰り返している蒼太の横で、技術官たちはデータがとれたか確認している。
十分ほど休憩をとり、次は反射神経の実験に移る。
何人かがボールを持った状態で蒼太を囲み、軽く投げられたボールが地面に落ちる前に取るというものだ。
ついでに内部モニターの実験でもある。モニターはただ正面を映すだけではなく、側面や背後や上部さらには遠距離の映像も映せるようになっている。それが問題なく映っているかの確認を兼ねていた。
もう一つ付け加えると、モニターから入ってくる多くの情報受け取りに慣れてほしいという期待もある。
今は期待だけだ。ブルーホープの性能の高さはよくわかっている。早々に制御できるものでもないということも。
じっくりと時間をかけて慣れて、いずれ全性能を引き出してほしいと願っている。
「よーし、今日の実験は終わり」
実験開始から三時間と少しして、技術官は終了を告げる。
「脱がすからマシンアームのところに行ってくれ」
「了解です」
蒼太は指示に従って移動し、マシンアームが取り付けた順とは逆に各部パーツを外していく。
全てのパーツが外されて、コネクトスーツのみになった蒼太に佐見宮たちが近づく。
「おつかれさん。どうだい初めての装着と稼働具合は」
「これで十パーセントってのが信じられないくらいにはすごいです」
「現時点でオリンピック選手顔負けだからね。性能を突き詰めただけはある。今日の実験は終わり、午後からは自由で明日の性能実験に備えてね」
「性能はさっきみたんじゃ?」
「あれは装着して動いたら、各部パーツがどうなるのか知るための実験。十パーセントの出力で性能を見たとはいえないよ」
モニターだけでもズームだけではなく、暗視や熱感知や遮光といった機能がある。腰の発電機を使った必殺技も見ていない。
それらの確認をしていない現状で性能を見たとは言えない。
「じゃあ明日は出力をどれくらい出すんですか?」
「三十パーセント。今の蒼太君が扱いきれるギリギリのラインはそこじゃないかと思っている」
「低いですね」
「訓練始めたばかりだし、ブルーホープにも慣れていない。だから低くて当然よ」
ジャスティーがそう言い、着替えてくるように促す。ロッカーにはシャワーもあるので、ついでに汗を流してくるようにも言う。
「脱いだスーツはどうしたら?」
「こっちで洗浄するから籠に入れておいて」
ロッカールームに入った蒼太はさっさとスーツを脱いで、手早くシャワーをあびる。
十分かからずにジャスティーたちのところに戻ると、技術官はデータ確認に集中していて、佐見宮とクロードスの姿がなかった。その二人は仕事があるので先に帰ったのだ。
「そろそろお昼ですから神殿の食堂に行きましょう」
使徒モードと蒼太が内心呼ぶクリーネに誘われて、蒼太とジャスティーは地下研究所から出る。
昼食後は鍛練ということで、ジャスティー指導のもと受け身や型の鍛練をやって、ジョギングをやって終わりだ。
鍛練の間クリーネは仕事もないので、自室でだらだらと過ごしていた。
◆
ブルーホープが初起動した日暮れ過ぎ。
城の大部屋に各部署のトップやリーダー格が集まり、話し合いの場を設けていた。そこにいる数十人はばらばらにいるわけではなく、ある程度のまとまりで話している。派閥の縮小図だ。
派閥は現状大きく分けて二つある。エモールドに対して日本の力を借りる他力派と自分たちでどうにかする自力派だ。その二つの派閥も一枚岩ではない。
思い思いのことを話しているうちにクーゼが入室し、司会が部屋を見渡しあらかた集まったことを確認すると会議の始まりを告げる。
「女王様」
相変わらず一つにまとまっていない者たちを見て内心溜息を吐くクーゼ。
司会に挨拶を促され、小さく頷いたクーゼは口を開く。
「皆の者、よく集まってくれた。本日午前ブルーホープが起動したと報告があった」
ここにいる者たちはその話をすでに知っていたのだろう、頷く者、顔をわずかに顰めた者など小さな反応で収まる。
「本格的な性能確認は明日からということで、今日は動作の確認で終わったということだ。今のところ問題は出ていない」
聞いていた者たちは、さすがに初っ端から躓くことはないだろうと考えが一致する。
自力派も他力派もブルーホープ開発の情報は集めていた。それにかけた時間やお金を考え、起動は問題なくいくと予測できていた。あとは性能がどこまでデータ上のものに近づくのか、そこが関心の的だった。
「スクリーンに記録映像を出す。それを見てくれ」
クーゼが手を上げると、部屋が暗くなりスクリーンに起動してから各種運動をしているところが映る。
クーゼは真剣な表情でそれを見て、自身の目でもなにも問題がないか探る。
「ずいぶんと滑らかに動くな」「あの程度の動きはしてもらわなければ困る」「……いけるか?」「やはり素人か、動きが悪い」「これだけでは……だが」
小さく様々な声が発せられる。
期待する者、貶す者、なにか企む者、それぞれがそれぞれの思惑を抱きながら見る。
一通りの映像が終わり、部屋が明るくなる。
「さて今の映像を見て皆はどう感じたのか。それぞれの思いを持って見ていたのだろう。その思いの先がよきものであることを私は願う」
言葉に嘘はないが、少し嫌味も混ぜてクーゼは言う。
一致団結してほしい現状で、まとまりを見せないのだから嫌味の一つも言いたくなる。
「我らも同じように願っていますよ」
「然り」
この場の大半は嫌味に気づいているが、表に感情を出すことなく返す。
「そうか。この映像は明日の性能実験映像と一緒に各国に送ることにする。進展を知りたいだろうからな。飛竜の選定と準備はできているか?」
「準備整っております」
「では明日は頼むぞ。ブルーホープに関してはここまでにする。次の議題だ。南の境界線に対応種が出たということだが」
「それに関してましては」
話題をブルーホープからエモールドへと変えて、議題は続く。
会議が終わって三時間ほど時間が流れた。
自力派の大物の家で何人かが集まり、テーブルを囲んでいる。
「どうする?」
主語が抜けているが他の者は何が言いたいのかわかっているのだろう、聞き返すことなく考える様子を見せる。
「今日の映像だけではなんとも言えん。だが映像に映っていた技術官たちは自信に満ちた表情をしていた。女王も不安そうな雰囲気は放っていなかった」
「予定していた実力は持っていると見ているのでしょうね」
「やるか。ただし明日の性能実験結果では中止だ」
「そうだな。活躍されても困る」
「ああ。封印解除と再封印の方は問題なくいけるのだろう?」
彼らの作戦の要である『封印解除』と『再封印』について確認する。
「きちんと準備は進めてきた。問題ないさ」
「被害を広げられても困る。確認は念入りにしておけよ」
「わかった。んでそっちの方はどうなんだ? ムスタ様との繋がりは切れていないだろうな?」
「城や夜会で会うたび挨拶はしているし、名前も覚えてもらえている。邪険にされている様子もない」
返答を聞いた者たちは困った様子を見せる。
「ムスタ様も自力派だ。もっと親しくできたらいいのだがな」
「賄賂を受け取って喜ぶ方ではないですから。これまで通り誠実に職務をこなし好意を得るしかありません」
「そうだな。まあ此度の策は荒っぽいから一度は信を失いかねない。だが全てを話せば失ったもの以上のものを得られるだろう」
「そしてムスタ様は我らの功績をもって王への道を進み、我らも続く」
「そのためにも油断して失敗にならないように」
締めくくるような言葉に皆深々と頷いた。




