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アクトヒーロー出張記  作者: 赤雪トナ
4/11

4 初日 後

 二十分の休憩をとった蒼太はジョギングを始める。ペースは蒼太のものに合わせられた。


「とりあえず目的地は通うことになる学校だ。そのあとに海岸の近くを通ってここに戻ってくる」


 走りながらコースを話す宮路に、蒼太は頷きを返す。


「学校まではだいたい四キロ、その後海岸に寄って戻ってくるのに合計十キロほどか。このペースだと休憩いれて一時間三十分ほどだな。とりあえずの目標は途中で休憩入れずにこのコースを走り切ること。それができたら少し距離を増やす」

「うっす」

「返事はする必要はないぞ。ペースも無理にあげないでいい。速くなることが目標じゃなく体力をつけることが目標だからな」


 蒼太は頷きを返す。

 そんな蒼太に宮路とジャスティーはどこになにがあるか話しながら走る。

 走っていると小学生や蒼太と同じ高校生らしき子供たちを見かける。蒼太は彼らのうちの誰かとクラスメイトになるのかなと思いながら走り、高校の校門に到着する。


「五分休憩だ。息を整えるように」


 現役自衛隊員と兵は伊達ではなく、宮路たちは呼吸を乱さずにいる。

 蒼太は乱れた呼吸を整えながら、通うことになる高校を見る。特にどこか奇抜なデザインというわけでもなく白い壁に三階建ての校舎だ。離れたところからは部活をやっている生徒の掛け声が聞こえてきている。

 色々と見ていると五分が過ぎ、宮路が話しかけてくる。


「そろそろ走るぞ。それと学校まではバスで通うことになる。バス停はあそこに見えるだろ?」

「バス使うんです? 体力作りのために走って通うのかと」

「鞄持って制服で走るのは辛いぞ? それに毎朝走るんだから、学校の行き来くらいは楽していい」


 そう言って宮路は走り出し、その後ろを蒼太はついて行く。

 これまでのペースと変わらない速度で走り、三人は海岸に出る。少し離れたところには漁港があり船が何隻も停泊している。


「ここでも五分休憩だ。息を整えながらでいいから指差す方向を見てくれ」


 宮路の示す先に小さく島が見える。距離はどれくらいだろうか数百メートルではなさそうだ。蒼太が聞いてみるとおよそ三キロくらいではないかと返される。


「あそこに何度も行くことになる。漁船で十分ちょっとといったところか」

「あれがゲートがあるっていう?」

「そうだ。あちらとこちらを繋ぐ島。どういう偶然か地元の人間は昔からつなぎ島と呼んでいるそうな」

「すごい偶然ですねぇ」


 どういういわれでそう呼ばれているのかと思い蒼太は聞くが、そこら辺までは宮路たちは把握していなかった。

 漁港に移動のための船を置いてあるとか、島には常駐している人がいるといったことを聞いていると休憩が終わる。

 アパートへと走り、帰り着いたのは宮路の予想通り出発して一時間三十分後だった。出発した頃は青かった空も、赤く染まり始めていた。

 裏庭を少し歩いてクールダウンする。


「ふーこれから毎日二十キロかー。ちょっと面倒だって思うけど、走るだけでも給料発生するんだから贅沢いえないなー」

「体力はあれば邪魔にはならない。お金もらえて鍛えることができてラッキーと思えばいい」


 隣を歩くジャスティーが言う。それもそうだなと頷きクールダウンを終える。

 この後はマッサージのため浴室に向かう。マッサージベッドがそこにあるのだ。

 蒼太にベッドに寝転がるようにジャスティーが言い、うつ伏せに寝ると夕菜がやってきた。


「さあ始めますよ」

「よろしくお願いします。というかわざわざマッサージする必要ないような気もするんですけど」

「疲労が溜まって故障とか起きるかもしれないからね。やっておいて損はないのよ。それじゃ足から揉むわよ」


 適度な力で揉まれて気持ちいいと表情が緩む。それを見ながらジャスティーは自分でマッサージを行っていく。

 マッサージの気持ち良さと暇な時間に蒼太がうとうととしているうちに三十分以上時間が経過しマッサージの時間が終わる。


「終わりましたよ」

「ふぁ?」


 肩を揺らされて蒼太は目を覚まし起き上る。


「ありがとうございます。気持ち良すぎて寝るところだった。この後は夕食まで自由時間ですよね?」

「そうなっているわ」

「なにしようかな。あれ、ジャスティーさんはもう部屋に帰った?」


 マッサージを始めた頃は椅子に座っていたが、今はこの部屋に姿がない。


「たぶん日課の鍛練を裏庭でやってるんじゃないかしら」

「まだ鍛練やる元気があるんですか」


 体力の違いを思い知らされ感心する。いずれは同じように動けるのかと思いながら、ジャスティーの様子でも見てみようと裏庭に向かう。夕菜は夕飯の準備のため食堂へと向かっていった。

 薄暗くなり始めた庭でジャスティーは木剣を使い、薙ぐ素振りを行っていた。その動作は速く、ヒュンっと鋭く風を切る音がしている。素人目に見て、動作にブレがなく鍛練の積み重ねが感じられた。


「あら、マッサージ終わったの?」

「はい。少し訓練の様子見てていいですか?」

「いいけど、おもしろいものじゃないわよ」


 そう言ってジャスティーは素振りを再開する。

 同じ動作を繰り返し、素振り回数は優に百を超える。ジョギングではにじむくらいだった汗が、今は流れ出ていてきつそうだと思える。その汗が電灯の明かりを受けて輝いているようにも見えた。

 ジャスティーは表情を変えることなく真剣な面持ちで訓練を続ける。

 その様子を蒼太はぼんやり見ているうちに時間の流れを忘れていた。

 アラームが鳴る音で蒼太は、はっと我に返る。


「この音は?」

「そろそろ夕飯ですよと知らせる合図よ。私は汗を流してくるから」

「お疲れ様でした」


 近くに置いていたタオルを取り汗をふきつつジャスティーは風呂へと歩いていった。

 残った蒼太は先に食堂に向かうことにする。

 アラームを聞いた人が食堂に集まり話していた。見知った顔は宮路くらいで、知らない顔の男が三人いた。

 蒼太に気づくと宮路は手招きする。


「この三人はお前の警護をしているんだ。実家にいたときからやってたんだぞ」

「そうなんですか? まったく気付かなかった。初めまして、いや初めましてじゃない?」

「こうやって顔を合わせるのは初めてだから初めましてでいいんじゃないのかな。よろしく藤村だ。これからもこっそりと、緊急事態が起これば近くで護衛するよ」


 よろしくと他二人も手を挙げてくる。名前は山池、花野だ。


「よろしくお願いします。護衛はミレジオリに行っても三人がするんですか?」

「俺たちは日本だけだ。向こうだとジャスティーさんとミレジオリの兵がすることになっている」

「基本的にアパートに常駐するのは今日いるメンバーだ。あとはミレジオリからの宿泊客が来たり、調査員が来たりだな」


 宮路の説明に頷いていると夕菜が料理を運んでくる。


「今日はハンバーグか」


 美味そうだと宮路たちは笑みを浮かべた。


「ええ、蒼太君が好きらしいからね。歓迎の意味を込めて好物を作ったの。ほかにポテトサラダと野菜スープも作ったわ」

「配膳手伝おう」

「ありがとう」


 宮路が言い、嬉しそうに夕菜が返す。

 蒼太も手伝おうかと思い、藤村たちにこっそりと聞く。


「俺も手伝うとあの二人の邪魔になりますかね?」

「あの二人の関係知ってるのか?」

「はい。ジャスティーさんから簡単に聞きました」

「そうか。邪魔には思わないだろうが、手伝わなくていいだろう。君が考えたようにあれもスキンシップだからな」


 そのアドバイスに従い静かにすることにして、空いている椅子に座る。

 配膳が終わる頃に髪を湿らせたジャスティーが食堂に入ってくる。空いていた蒼太の隣の座る。


「全員そろったわね。では皆さんグラスを」


 大人たちはビールやワインの入ったグラスを、蒼太はジュースの入ったグラスを持つ。大人組はまだ仕事中なので酒はこの一杯のみだ。

 皆が持ったことを確認すると夕菜は宮路に視線を送る。頷いた宮路が口を開いた。


「蒼太君の入寮を祝して、プロジェクトの成功を願って乾杯!」

『乾杯!』


 皆グラスを掲げて飲み、食事を始める。

 蒼太は早速ハンバーグに箸を向ける。デミグラスソースのかかった肉を箸で切り取るとジュワリと肉汁が流れ出る。肉には均等に熱が通っており、ふわりと湯気をあげる。

 切り取ったハンバーグを口に入れて咀嚼し飲み込む。


「美味いっ」


 少々申し訳ないが母親が作ったものよりも断然上で、店で食べたものよりも上の味が口の中に広がり、もっと食べたいと思える出来だった。


「よかったわ、口にあって」

「そうだろそうだろ夕菜の作るものはなんだって美味いんだ」

「宮路さん惚気は聞き飽きたよ」

「俺も美人で料理の嫁さんほしいよ」


 蒼太の反応に様々な言葉が返ってくる。それを聞きながら蒼太は次々と箸を動かしていく。ポテトサラダも野菜スープも美味いと思えるもので箸が止まらない。

 食欲旺盛なその様子を大人たちはうんうんと頷いて見て、食事を進めていった。

 和やかに夕食は進み、皆満足感を得て終わる。


「ごちそうさまでした」

「綺麗に食べてもらえて嬉しいわ」

「これだけ美味しいものを残すなんてありえないです」


 蒼太の言葉に夕菜は笑みを浮かべて空の食器を回収していく。


「ソウタ君、魔力の覚醒を始めたいから私の部屋に行きましょう」

「ういっす」


 頷いた蒼太はもう一度ごちそうさまと言って、ジャスティーの後ろをついていく。

 ジャスティーの部屋は引っ越してきたばかりの蒼太の部屋と違い生活感のある部屋だった。花瓶には花が活けられ、好みの色のカーテンがあり、テーブルにもテーブルクロスがかけられていた。壁には猫の写真のカレンダーが張られている。テーブルには充電中の携帯もあり、異世界情緒はなかった。


「なにかおかしなところでもある?」


 部屋を見渡している蒼太に聞く。

 女性の部屋を観察するのは失礼だったなと蒼太は一言謝ってから見ていた理由を言う。


「おかしなところというか、日本の風景そのままで異世界感がないなと」

「向こうから持ち込んだものは少ないし、日本の家具を設置してあるからね」

「鎧とかは置いてないんですか?」

「こっちだと鎧を身に着けてるとおかしいでしょ? だからゲートのある島に置いてきてるわ。服の下に隠せるナイフくらいは持ってきてるけど」


 そのナイフもバッグといった隠せるものを持っているとき以外は部屋に置いている。日本では護衛の役割よりも指導者としての比重が大きいので武器の携帯は控えているのだ。


「そのクッションに座って、準備はできてるから」


 はいと頷き蒼太は座る。ジャスティーは正面に座り、板のようなものを蒼太の前に押す。指は触れたまま離さない。


「これが魔力覚醒を促す道具」

「見た目ただの黒い板ですね」

「この黒は中身を保護するための膜。絵具や漆を厚塗りしていると考えてくれればいい」

「中身はなに?」

「魔法文字が刻まれた特殊金属板。こういった板や紙や武具に魔法文字を刻んで魔法を発動するものを刻式魔法と言うの」


 ほうほうと蒼太は頷く。


「ほかに記述式魔法というものがある。それは以前見せた明かりの魔法。空中に魔法文字を描く方ね」


 空中に描いた文字やこの黒い板に刻まれている文字に意味は込められていない。

 魔法文字とは会話や手紙のやりとりには使えない文字なのだ。

 文字というから勘違いしやすいのだろう。だが絵というよりは見た目文字に見えるためそう呼んでいる。

 魔法文字は、描かれた形に添って魔力を流してその性質を変化させる代物だ。二千年以上前に失われた魔法を使うために開発されたものだった。

 ジャスティーの説明に蒼太は異世界の歴史を感じさせられた。


「これ一つ取っても歴史がたくさん詰まっているんですね」

「ええ。説明はとりあえずここまでとして、覚醒させましょうか」

「はい。手を置けばいいんですよね」


 頷きが返ってきて蒼太はそっと板に手を置く。感触は特別なところのない板だった。

 始めるとジャスティーが言い、板がほのかに熱を持つ。その熱が手に集まり腕へ胴へ流れていく。


「なにか感触があったわよね?」


 確認に蒼太は頷く。


「どういった感じだった?」

「熱が手を通して体全体に広がっていった」


 感じ方は人それぞれで蒼太とは逆に冷たいと感じる者もいれば、異物が入ってくると感じる者もいる。ジャスティーは重さのあるなにかが入ってくる感覚だった。


「なるほど、大丈夫なようね。少し待つとその熱が収まる、そしてまた熱が発せられて体からあふれ出す。それを留めて。イメージ的には見えない手で体のあちこちを押さえる感じ。最初は実際に手で押さえていくといいわ。すぐにイメージだけでできるようになる」


 ジャスティーの言うように一分ほどで熱が引く。次はあふれる番だと蒼太は身構え、二十秒後に体全体から熱があふれ出した。

 蒼太は慌てて手で押さえていく。体のあちこちを触ることに集中していたことで、ジャスティーが一瞬驚いた表情を浮かべていたのに気付かなかった。流れだした魔力の量が予想よりも多かったのだ。

 蒼太はしばらく押さえていたが、いっこうに落ち着かないため助けを求めるようにジャスティーを見る。


「止まらないんですけど」

「こういったことがあるかもと用意していた物がある。上手く止められない人用の道具よ」


 ポケットからだしたネックレスを蒼太に渡す。


「あ、勢いが減った?」

「本当なら止まるんだけど。今ならできるはず落ち着いてやってみて」


 これならば落ち着いてやれると蒼太は魔力を押さえていき、すぐにこつを掴む。


「できたようね。じゃあネックレスなしでやってみてくれる?」


 蒼太はネックレスをテーブルに置いて、魔力を押さえる。自転車に乗るような一度コツを掴めば忘れないものなのでネックレスなしでも押さえることできている。ただ蒼太の表情は小難しいものになっている。


「ネックレスなしでもやれるけど、気を抜くとどこからか零れ出しそうです」

「魔力量が多いからコントロールに苦労するのかしら」


 ミレジオリでは魔力が多すぎるという例はなく、蒼太のような状態は初めてで助言のしようがない。


「しばらくコントロールの訓練も必要ね。ネックレスをつけて生活するように」

「わかりました。あとやることは活性ってやつでしたっけ。こんな状態でやれるのかな」

「大丈夫よ。活性のやり方は……えっと熱の場合だと温度を上げるという感じね。体全体で魔力を燃やすイメージでやってみて」


 このイメージは簡単にできて、蒼太は体温が上がったような感じがしていた。けれど実際に上がっているわけではないため耐寒性があるわけではない。


「成功したと思います」

「イメージ解いていいわよ。明日活性状態で身体測定しましょう。それで差がわかるはず」


 頷いた蒼太はちょっとした疑問を抱き聞く。


「ネックレスを外して魔力があふれている状態で活性するとどうなるんですか?」

「……例がないからわからない。明日それも試してみましょう。なにか不都合があったらいけないから、すぐにネックレスを身に着けられるようにして実験しないとね。これで今日やることは終わり。あとは自由時間」

「テレビでも見るかなぁ。なにかお勧めの番組とかあります?」

「そうね……ナショジオとかいやいや今のなしっ。ええと日本研究のためいろいろと見てるからどれがいいのかはわからないわ」


 若干様子がおかしいことに蒼太は首を傾げるが、まあいいやと流し、暇なときの過ごし方を聞く。

 それにジャスティーは訓練や散歩や読書と返す。


「散歩するにしても今からだとな。読書もなぁ。テレビを見るかゲームでも」


 日暮れまで体を動かしていたため訓練という選択肢はなかった。


「ゲームをするならカノに声をかけるといいわ。好きらしいから」


 ジャスティーに礼を言い、蒼太は部屋から出て行った。

 蒼太を見送り、ジャスティーはほぅっと安堵の溜息を吐く。自身のイメージを守るため隠し事があり、それがばれずに済んで安心したのだ。そしてチャンネルのスイッチを押して、番組を変える。目的の番組をみつけると蕩けた様子で流れる映像を見るのだった。

 部屋に戻った蒼太はテレビを見ながら、ダンボールをひとまとめにして部屋の隅に置く。そろそろ風呂の時間なので着替えなどを準備してテーブルに置いておく。そのままきりのいいところまでテレビを見て部屋を出る。

 入浴時間は男が二十時から二十一時三十分まで、女は男が出た十五分後に入る。シャワー室もあり、そちらはいつでも使ってよく、使用中は札を扉にかけておく決まりになっている。夕菜が片づけなどをするため二十時に入るのは難しいので、男が先に入るということになった。

 脱衣所に入ると水音が浴室から聞こえてくる。誰か入っているのだろうと服を脱いで浴室に入る。


「おっ蒼太君」


 藤村たち三人が顔を向けてくる。六人ほどが入れそうな湯船にゆったりとした面持ちでつかっている。

 蒼太は体を洗おうと椅子に座り、置かれているボディーソープなどを使っていいのか考える。


「ここにあるシャンプーとか使っていいんですか?」

「いいよ。自分にあったものが使いたいなら買ってきて風呂に入るときに持ち込むようにするといい」

「こだわりないんでこれを使い続けると思います」

「それもそれなりにいいものだからね。わざわざ買ってくる必要にないかもね」


 蒼太はささっと体を洗い、湯船に入る。

 一緒に入っている三人の体を見て、筋肉のしっかりとついた体に感心の目を向ける。


「やっぱりしっかりと鍛えてますね」

「体が道具だからねぇ」

「訓練続けていけば俺もそんなふうになるんでしょうか」

「筋トレは重視しないって話だからどうなんだろうね。今よりはしっかりとした体つきになることは確かだろうね」

「そういや少し前に大きな魔力を感じられたけど、上手く覚醒できた?」

「覚醒はできたけど、大きすぎるのが問題ないのか、これがないと上手くコントロールできないんですよ」


 蒼太はつけたままのネックレスを指差す。

 三人はどうして外してないのかと思っていたが、その理由に納得した表情となった。


「今後コントロールできるようになるんかな」


 花野の言葉に、蒼太は首を振り答える。


「様子見てみないとわからないです」

「だろうなぁ。現状なにか不都合感じているか? 魔力以外でもいいが」

「特には。足を伸ばせる風呂も気持ちいいですし」


 蒼太の感想にうんうんと山池が頷く。


「ああ、これはいいよな。以前住んでたところはもっと狭くてな。ここで暮らすようになって嬉しかったことの一つだな。もう一つは自分で飯を作らなくていいうえに美味いこと」

「飯は同意するけど、狭かったのはお前が家賃をけちったせいだろ」


 花野が笑い、同意するように藤村も頷く。

 

「車の維持費や倉庫代に金かかるんだから仕方ねえだろ」

「車ですか?」


 蒼太が反応したことで山池は目をキラリと光らせた。


「ん、蒼太君興味あるか? 俺が持ってるのはスーパーカーと呼ばれるものでな」

「おいおい止めておけ。話しだしたら長いんだ、のぼせるぞ」

「うわっぷ」


 嬉々として話し始めた山池の顔に花野が言いながらお湯を浴びせた。なにすんだと山池がかけ返し、ばしゃばしゃとお湯のかけあいが始まった。


「小学生か」


 呆れたように藤村が言い、蒼太は笑いながらその様子を見ていた。

 先に入っていた三人が上がり、十分ほどつかっていた蒼太が上がり着替えていたときに宮路が脱衣所に入ってきた。

 食堂で水を一杯もらい部屋に戻ると、携帯が点滅していた。受信履歴を見ると母からだった。電話をかけるとすぐにでる。


「母さん、なにか用事だった?」

『いや用事はないんだけどね。一日過ごしてどうだったかなと』

「特になにかあったわけじゃないよ。予定していたことをこなしただけ。体動かしたから疲れてるってところ」

『なにもないんだったら安心ね。しっかり休んで明日に備えなさい』

「うん」

『お父さんにも元気だって伝えておくわ。おやすみ』


 おやすみと返して蒼太は他の履歴を見ていく。友達からもメールがきており、テレビを見ながらそれに返す。

 明日遊ぼうぜといった誘いがあったが、引っ越したから無理だと返すと驚いた雰囲気が伝わるメールが返ってくる。それに誤魔化した理由を返しているうちに眠気が湧いてくる。時計を見ればまだ午後十一時にもなっていないが、疲れているしたいこともないのでさっさと眠ることにする。

 テレビを消し、歯を磨いて、電灯を消す。ベッドに入ると少し寝返りをうったが、十分ほどで寝息を立て始めた。

 早い就寝で蒼太の入寮一日目は終わる。初めて使う部屋、初めて会う人というふうに初めてが多かったため緊張感のあった一日だが、問題のない一日でもあった。このまま順調に行くことを願い蒼太は今日の出来事と無関係な夢を見つつ眠る。

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