55話「最後の魔法」
「げげェ~~! マドウ! 生きてたんですか、しかも能力をパワーアップさせて『自分自身もオーラになる』だなんて!」
「な、え、なにっ!? 私の体から何が!?」
「スカーレット、よかったな……元気な男の子だ」
「うそおっしゃい!! ちがう!!」
エルスのオーバーリアクションとティミミアとスカーレットの漫才の中、マドウはゆっくりと立ち上がり、冒険者全員を見つめた。
「僕は人のオーラに入り込み、その精神を操ることができる能力を得た……僕に入り込まれたものは僕の思い通りに行動する……遠征組幹部全員を『組織本部に戻らなければ』と思わせ君達にけしかけたのはこの僕さ」
マドウは悠々と、今までの戦いの顛末を語り始めた。この戦いはマドウがチロシンキナーゼの命で仕掛けたものだったのだ。
「なに余裕をもっているんだ? 俺たちは12人だぞ」
「語ってもらって悪いけど消えてちょうだい」
レイジのサイコビームとシェーヌのライトニングアローが同時にマドウを狙い炸裂する。
「無駄だよ無駄、僕はいわば蜃気楼、精神の可視化、物理的な攻撃などあいにく効かない無敵の体質でね」
マドウはレイジ達の攻撃を透過させたのち、左手を前にスッと差し出し、オーラを具現化した。
「出番だシュリヒト」
「アァァァァアシホォォォォォォォ!!!!」
日本語とは異なる言語を高らか叫び現れたこいつは、オーラ生命体シュリヒト! シェーヌ達も一戦交えたこいつだが、その体長、以前の倍ッ! 全長おおよそ6メートルに及ぶ!
「うっ、うぉわぁぁ巨人だぁぁぁ!!」
トシマが腰を抜かして地面にしりもちをつく。しかしそんなぶざまなものなどおかまいなしにシュリヒトは横方向に高速回転し竜巻を起こす!
「こッ……のやろぉー! これからボスがくるっていうのに余計なタイミングで現れやがってコラー!」
ジャントの叫びもむなしく、12名は風に乗り吹き飛ばされる! しかし、それに抗うものがひとり!
「みんな! 少しだけ待ってて!」
アリシアだ! アリシアは飛べる! だからこそこの風の中に乗り、グライダーの要領で竜巻の外へと脱出したのだ!
「あなたの名前はマドウっていうんだよね!?」
「ほう! シュリヒトの竜巻をかわすとは、これならどうかな?」
シュリヒトは巨大な右腕で手刀をぶちこむ、一方アリシアは能力で炎を灯す……その羽根に!
「なに……加速した。羽根を燃やして加速した、噴射口のように炎の出力を活かして……やるな、答えよう先ほどの質問はイエス、僕はマドウ!」
すぐさまアリシアの炎は消えたが、勢いづいたままその慣性で、マドウの眼前に迫る!
「おねがい! 攻撃をやめて! 私たちには時間がないの!」
「ふん、僕にはチロシンキナーゼへの忠誠がある! シュリヒト、やれ!」
「エニッス!!」
シュリヒトは拳法家のような構えを見せたと思ったら、突如両腕を振り回し『突きのラッシュ』をかました! もしこの超速の突きのリーチに入ろうものなら、秒の間に何発もの拳を受けることになる!
「きゃあっ!」
しかしそれをさせない者が居る!
「レイジィ!」
「ガフッ……ぐ、アリシア、平気か」
「私の身代わりに……!」
「大丈夫、だ……こいつの手は俺が抑える、アリシアも何か考えがあるんだろう……行け、進め!」
「うん!」
マドウは別段慌てる様子もなく向かってくるアリシアを見据えた。
風で髪の毛一本なびくことすらない無敵のボディに、慢心を抱いているからだ。
「ふん……レイジだけはテレポーテーションで瞬時にシュリヒトの居る位置まで移動したか、しかし妖精、なにをするつもりだ?」
「マドウ! あなたたちのボスは悪者なの、お願いだから攻撃をやめて!」
「なるほど説得を試みるというやつか、無駄だよ、僕には忠誠がある……悟りの境地に達した仙人に説法など通用しないのと同じ! 今の僕に説得など聞き入れる耳はないっ!」
「あなた……シェーヌさんのことが好きなんじゃないの!?」
「ナニッ! なんでそれを!?」
と言われても、シェーヌがみんなにバラしたからであるが。とにかく動揺したマドウの隙をつき、大きく間合いを詰めるアリシア。
「シェーヌさんは今のあなたみたいに悪に染まってる人は大嫌いだって言ってたよ! それでもチロシンキナーゼに付くの!? 愛を取るの? 忠誠を取るの? どっち!?」
「そ、それは……いや、無駄だ、シェーヌは一度死んだのち蘇り僕のものになるのだ!」
「誰が生き返らせるっていうの?」
「オーパーツタイプH、ヒナタの能力さ! 全ては僕のシナリオ通り!」
「そのヒナタってやつならレイジが倒したよ!」
「うん」
レイジはシュリヒトを頑張って押さえ込みつつ、うんうんと頷いた。
「なん……だと……?」
マドウの心境の変化に呼応してか、シュリヒトの体格は一回りほど小さくなってしまった。そして、マドウのアリシアに向けていた散弾銃のような敵意も消沈している。
「どうするの!? シェーヌさんを殺すなんてことしたら、一生帰ってこないよ! あなたが今シェーヌさんに振り向いてもらう為にできることは……組織なんてもの捨てて、ボスを一緒に倒すことだけ!」
「うぬぬ……しか、し」
一瞬は、反論の言葉を浮かべアリシアを睨みつけたマドウだが、彼女の凛々しく純粋たる瞳を見るや否や、言葉を失った。
「なんて凛々しく綺麗な瞳なんだ……アリシア、良いだろう。きみに免じて、僕が君達冒険者に加勢してやろうじゃないかッ!!」
「って、ええー! それマジ?」
トシマの驚愕の叫び。ともあれマドウ・エンリネクライシス。完全説得成功ッ!!
「私としてはかなり複雑。いやハッキリ言わせてもらうと不快なんだけど」
「まっ、まあまあシェーヌさん! まともにかち合っても勝てる見込みのない相手ですし、戦意喪失させただけでも上等な結果ですよ、我慢しましょ!」
「まあ……うざい竜巻がおさまっただけ良しとするわよ、さ、あとはチロシンキナーゼのお出ましを待つばかりね」
とここで突如レイジが声を張り上げ、全員に語りかける。
「みんな聞いてくれ! チロシンキナーゼと対峙する前に言っておかねばならないことがある! ①チロシンキナーゼのオーパーツタイプSの能力でエネルギー攻撃は効かない、つまり炎や電気、光線などだは吸収されてしまう ②奴の技術クロノスタシスは十数秒間時を止めるに近いことをする。そして十数秒間後、たったの三秒ほどて次回のクロノスタシス発動が可能だ、奴を仕留めるチャンスはその3秒間のみだ! ③そして奴の止まった時の中での攻撃方法だが、それだけが不明だ、奴は武器を持っていないように見えるが、二枚の刃で抉りとったような切断傷を相手につけることができる! しかし解明よりも殺すのが先だ!」
レイジの忠告は終わった。実際に襲われたレイジ、そしてトシマ、ノドカ、スカーレット達から聞いた情報を照らし合わせた最終結論である。誰も返事はしなかった。ただ体勢をより深く構えた、誰かしらを犠牲にしてでも、三秒間を勝ち抜かなくてはならない。確実に。
「あれ? ここは……どこだろう……私今まで何をしていたんだっけ……あれ、ここは町? チロシンキナーゼは?」
ひとり、決戦の場とは程遠い町の中に彷徨う少女が居た。さっきまで他の仲間たちと一緒に居たはずなのだが、チロシンキナーゼを迎え撃つために。ここは一体どこなのか、突然場所が変わった、黒い髪のその少女はこの景色に既視感があった。
「あ……ここは、あぁ! この場所は、町は、そんな!」
この町に懐かしみがあった。なぜならここはこの少女が生まれ育った町であったからだ! 数年前に旅立ったはずのこの場所に、なぜ今居るのか! 「エルス」は混乱した。
「3年前……この町を訪れた冒険者のシェーヌさんについていくと決めて、私も冒険者になったのに、どうして!?」
「エルス! 何してんの! 遅れちゃうわよ!」
「え、わ、お母さん……!?」
「なに驚いてんのよ、あんた魔法学校でテストがあるんでしょう? 早く支度しないと遅れるわよ!」
エルスが生まれ育ったこの町は、数少ない「魔法教学」があるとされる町で、この町に住む血統の者はみな、訓練で魔法が使えるようになるのだ。住んでる人の数は400にも満たない地ではあるが、とにかくエルスもいわゆる魔法使いなのである。
「無理だよ私、魔法なんて全然使えなくって……みんなにバカにされるの!」
「……」
「そっか……私、才能がちっとも無くて、町を抜け出したんだった、今思えば勝手な旅だった、けど」
目の前に立つ母親から目を背け、ふと背後を振り向き、見る。そこには、シェーヌが居た。
「たまたま旅の途中で私の町へやって来た、シェーヌさんと一緒に旅ができて、その瞬間から私……幸せを感じたんだもの!」
目の前に立つシェーヌは、手を前に差し伸べ、エルスににこり微笑んだ。エルスはなんの迷いもなく、その手を握りしめ、満面の笑みで、にこり笑った。
「私、頑張らなきゃ! シェーヌさんの一番弟子として! よろしくお願いしますね、シェーヌさん!」
そう、決意を新たにし、ふと瞬きをした一瞬。周りの空間は暗転し、エルスは目が覚めたような感覚を体に覚えた。
「エルスゥゥゥゥゥウ!! うぅぁぁあああぁ!!」
誰のものかも分からない絶叫が耳を劈いた。しかし目を開けているつもりなのだが、暗闇で何も見えはしない。
「うぉぉぉどこに行きやがったチロシンキナーゼぇぇぇ!!」
ジャントの叫び声だ。ジャントだけではない、全員がパニックに陥っていることが安易に分かった。何故なのだろう。エルスはとりあえず、自分が倒れているということだけは理解した。
「マドウも殺されているッ! 首を抉られているぞ、こいつの体はオーラ製じゃないのか! どうやって殺したのだ!」
慌てるノドカの声、その足元にはマドウの死体があったのだ。チロシンキナーゼのクロスタシスは……既に一度発動、冒険者達への攻撃は始まったのだ! 誰も気付かぬ間に、時間の停止は想像を超える絶望を瞬時に表した!
「うぁぁぁ! 出てこい! 出てこいよチロシンキナーゼぇぇ! 私を殺しにこいよ! 刺し違えてでも、殺すッ!!」
エルスは理解した。最も悲痛な叫びをあげているこの人物は……シェーヌさんだ。と。私は……真っ先に攻撃されて再起不能になったのだ、と。しかしエルスは自分の事を考えるのはまず後にした、叫びを散らすシェーヌは、必ず最前線に出てしまうだろう、仲間とはぐれ、意味もなく簡単に殺される位置に出てしまうだろう、それだけはダメだ、私の光になってくれた彼女だけは、死なせるわけにはいかない。
「ィ……ゲホッ! アッ……カッ……!」
声が、出ない。力が入らない、息も……薄い。
「エルス……さん、まだ息が、あるのか……?」
トシマは戦慄した表情をしながらも、ふきだす汗を拭い、即座にしゃがみ、エルスに声をかけた。
「エルスさん! なにか、言いたいのか!? シェーヌさんなら向こうに走って行ってしまった! なにか、伝えたいのか!」
「トシマァ! 俺の方が耳はいいぜ! お前は戦闘態勢崩すな! このエルスの話は俺がシェーヌに伝えるぜ!」
「ガレン……すまん、たのむ!」
「シ……い、う……ガハッ」
血を吐き、エルスの息はそこで止まった。
「ばかな……息が止まっちまった! く、ソォ……劇的に死なせてくれもしねぇとはよォ!」
前脚で地面を渾身の力で殴るガレン。そのガレンの隣にはいつの間にか人が、シェーヌだ。いつの間にか戻ってきていた!
「お、オイ……シェーヌお前なぜ急に落ち着いて戻ってきた……?」
その場にしゃがみ込み、エルスの頬をそっと撫でた。
「聞こえたのよ、エルスの声が……魔法が、私に聞こえたのよ。ありがとう、エルス」
「これは……」
ウツリはふと地面を見渡した……そこにはエルスを中心に広がる……透明の水の膜!
「エルスさん……のアクアトップコート! シェーヌさんへメッセージを届けるために地面に魔法をかけたんだ! ゆうに50メートルは離れていたシェーヌさんに届かせるなんて!」
「最後の全力というやつか……最後まで戦うさまは、俺たちに勇気をくれる。必ずチロシンキナーゼには報いを受けさせよう」
ノドカは静かに言い放った。エルスの別れのメッセージは確かに、シェーヌの耳に、心に聞こえたのだ。




