38話「クロノスタシス その2」
隣の部屋は研究室であった、ガラスのショーケース柱が幾つも幾つもあり、その中には魔物だったり、半生物的な武器や装備品が入っていたり、とにかく趣味が良いとは言えないコレクション達であった。
「なんかバイオハザードみたいだな……」
「トシマ、奴はこのいくつもの柱の裏に隠れているはずよ、警戒して」
「三人とも距離を取れ、三人同時にやられたら元も子もない、オーパーツとは別に武器を隠し持ってるかもしれないからな」
警戒を示す三人に対し、チロシンキナーゼは意外にもあっさり口を開いて喋り始めた。自分のおおよその居場所が割れてしまうというのに。
「……ダメもとで頼んでみるが、少し話を聞いてくれないか、俺も頭が冷えて、君たちを脅かそうなんて考えは失せてるんだ」
なんとも馬鹿馬鹿しい提案だ。と三人は一層警戒し、武器に込める力が増す。
「俺は狭い世界が好きなだけなんだ、俺が最初に発見したオーパーツという研究に没頭し、その強い力のおかげで、色んな能力者が俺の元に集まり崇拝され組織となってしまっただけで……俺はただのしがない研究員なんだ、ほら、見てくれ俺は研究員だから名刺も持ってる」
チロシンキナーゼはカードのようなものを三人の元へと投げつけ、それはスカーレットの足元に落ちた。
「……スカーレット気をつけろ、注意を逸らすためかもしれない、すぐには拾うな」
「ええ、分かってるわノドカ」
「は、話を続けるぞ……俺はオーパーツを持ってるし能力者さ、でも戦いに使えるものじゃないんだ、ただ人や動物を回復させる治癒能力だけなんだ。組織の中では俺の能力はおぞましいとか恐ろしいとか言われているが、そんなのはでっち上げさ、戦闘狂が暴れまわる理由付けで俺を無理やりトップとして扱ってるだけなのさ」
瞬間、スカーレットは銃弾を一撃ぶっ放す。ガラスのケースは音を立てて割れ、床は水浸しになった。チロシンキナーゼを狙って撃ったつもりだったが、ざんねんながらその隣にチロシンキナーゼは居た。
「くだらない嘘をつくのはいい加減にしなさいチロシンキナーゼ。私達はあなたの悪事を知っている、今まで幾多の能力者を倒してきて命の危機に晒されたのよ、あなた私達を見て最初に言ったセリフを覚えているの!?『もう来たのか、歓迎しよう』よ! 無理やりトップをやらされてる戦えない人間のセリフには聞こえないわ!」
「スカーレットさんの言う通りだ! 能力使えなくなったから咄嗟に言い訳してんだろ! 俺だってこの螺旋の能力無くなったらすぐさま逃げるだろうから気持ちは分かるけど」
「分からなくていいわよそんなもん! さぁチロシンキナーゼ、再起不能になってもらうわよ! あなたの首をかかげて、上の階で戦っている幹部を戦意喪失させてやるわ!」
また一発、容赦無く弾丸を放つ。
念には念を込めてもう一発。ガラスの破れる音が幾多にもこだまし、ある種の爽快感さえ感じられる。
「よ、よしてくれ」
だがチロシンキナーゼは生きていた、なんという強運、またしてもスカーレットの弾丸はチロシンキナーゼの居る柱の側の柱を撃ち込んでしまったらしい。
ノドカは、怪奇な物を見るかのような視線でスカーレットに声を向ける。
「スカーレット……いくらなんでも外しすぎじゃないのか? 人を殺めることに抵抗があるのか、無理はしなくても、俺たちが手を下す事もできる、気が張っているから引くに引けないのはわかるが」
「ちがうわ」
「え?」
「私は、殺す気よ、その事に今更のためらいなんか無いわ、一発一発あいつの死を想像しながら確実に撃ってるのよ、確実にあいつの声がした方向に、なのに、なのに……!」
「……む、無理はするなスカーレット、奴はいまや丸腰の能力者、戦意の無い物を殺すことに躊躇するのはふつうの……」
「ちがうって言ってるでしょう!! 私は! 私があいつを殺すのよッ!! 組織を止めることが私の冒険なのよ! だから殺せるわ! 私の運命と人生に終着を迎えるためなら、誰だって殺せるもの!!」
スカーレットは叫びながら何発も何発も弾丸を撃ち放った、何度も何度もガラスの柱は割れ、しかしながら飛び散るのはチロシンキナーゼの血ではなく無色透明の水だけ。
スカーレットは内心焦っていた。自分の心を少し疑ってみた……だが、どこを探そうとも躊躇という心も迷いもスカーレットには無かった。
「当たれ! 当たりなさいよ! 銃弾は、一発当てれば殺せる! 死ぬのよ! 組織は終わるの、私の冒険も終わるの!! 終わりたい! 終わらせて!」
「スカーレットさん落ち着いて! こういうときこそ冷静だよ、冷静! いつものまっすぐに冷静に人を信じるスカーレットさんが居たからこそ、俺はオーパーツZを使いこなして敵を倒せたし、今ここにボスと対決する決意もできた、だから今は、今の一瞬だけは落ち着いてくれ!」
「は、ハァッ、はあ、トシマ……ごめん、なさい、私どうかしてて……! あ!」
スカーレットは大きなため息を漏らしながらトシマを見つめ冷静を取り戻した。
そしてその瞬間、まだ撃ち抜いてない柱から、赤い血が一本の線を描いて地面をつたっていたのだ!
「スカーレットさん、チロシンキナーゼはあそこに居たんだ! チロシンキナーゼがこの部屋に逃げ込む直前に弾丸が一発当たっていたな、その血がつたっているんだ!」
「ま、まて! やめてくれ、話をひとつだけ聞いてくれ、スカーレット、君に話したい!」
「見苦しいわよ命乞い! こっちとしてはあなたを話は既にひとつ聞いている! さあ終わりよ悪の組織! 私たちの冒険は意味を成した、未完なんかじゃない!」
スカーレットは銃を構え、チロシンキナーゼを狙う、そして引き金に手をかけ……。
そのさなか、チロシンキナーゼは何か言葉を発していたがそんなもの関係ない、断末魔に変わるのだから……。
「……俺と戦う時は、セリフを短めにしておけよ。喋ってる途中で殺されたら『あれ、あいつの最後のセリフ』ってなんだっけ。なんてことになって示しがつかないだろう」
急に聞こえてくる冷たい声、その声は確かにチロシンキナーゼの声、だが。
その声が聞こえてきたのは、ノドカ、スカーレット、トシマの……『背後』。
そして、スカーレットの『銃』と『右腕』が天井から降ってきた。
「私の……腕……?」
スカーレットの右腕は、肩からゴッソリと抜け落ちて消失していた、そして地面に落ちているのは、肩から手のひらまでの腕。そして銃は。
「プラモデルみたいに分解されて、いる……壊しているわけではない、まるで子供にこれから作らせるかのように親切にパーツを元の通りに床に並べて……」
「ぎッ……くぅ、ゥああああァァァアアア!!!」
冷や汗で顔を濡らすノドカの横で、スカーレットは絶叫し、地面に転がり倒れ、のたうちまわった。
「能力は、封印した……封印されたはずだ。手応えはオーパーツに感じられた、能力が封印されたという事実はチロシンキナーゼが一番よく分かってるはずだ……」
ノドカが呆然とスカーレットを見つめている、その一瞬、チロシンキナーゼはいつの間にかノドカ達の『前』に立っていた。
「ハッいつの間に俺たちの前に移動してきた……んだ!? 瞬間移動か!」
「トシマ、違う! こいつの能力は瞬間移動ではない!」
「くらえ! 螺旋ボールダブルシュートォー!!」
トシマの投げ放たれた螺旋ボールは二つとも、チロシンキナーゼに命中することは無かった!
なぜならチロシンキナーゼはまた、ノドカ達の『後ろ』にいつの間にか立っていたのだ!
汗が噴き出す二人、恐ろしいことに二人の両手の手首は切り裂かれていた!
両腕とも10cm未満スッパリと裂かれて血が噴き出す!!
「うお、おわあぁこいつ何をしたんだァ〜! ノドカ、能力は封印したんじゃないのかァ!?」
「うぅぐぐ、封印は確かにした! したさ、なのにこいつは超人的な力を、持っている! 考えるのも恐ろしい、恐らく『時間を止めているんだ』だがこいつはさっき、上の階に居る幹部の中に『時間の能力者』が居ると言っていた、時間のオーパーツは別としてあるはずなのだ、なのにこいつは、時間を止めているようにしか思えない、これは……」
「時間を操る能力者がこの組織の中に2人居るって結論じゃダメか!? そして俺たちの能力でこいつに対抗できるのか!?」
「してみるしかない、トシマ! スカーレットとくっつけ、俺も側に寄る! そして、俺に螺旋の力を流し込め!」
「な、何言ってんだ、そんなことしたらノドカが吹っ飛ぶだけだぞ!」
「いや、俺の体は地面と磁力で固定している、俺の能力にお前の螺旋パワーが付加されれば対処法はある!」
「ご、強引に体を括り付けたってノドカの内臓がシェイクされちまうだけかもしれないぞ!?」
「トシマ!! 今はそんなこと気にする暇は無い! あいつは無敵だ、最強の能力者だ。俺たちが命を張ってようやく数歩詰められるのだ、何もしなければ死ぬ! はやく!」
「く、うう! どうにでもなれ! ちくしょぉ!」
トシマは拳に込めた螺旋の力を、ノドカの背中にぶち当て、螺旋の力を流し込んだ!
ノドカの体は地面と無理やり括り付けられているのみ、回転の付加がかかり、骨は横方向に音を立てて少しずつ負傷していく!
「ぐ、ぐお、がッ……!」
「無茶だやっぱりこんなこと……ん!?」
ノドカは負傷しながら、地面から砂鉄を集め……舞い上がらせていた!
その一粒一粒は……『回転』している! 一粒一粒が回転摩擦の攻撃力を持ち三人を取り囲み守る『ヘリックス磁力バリアー』の完成である!!
「ほう、何をしているのか知らないが」
チロシンキナーゼは本当に時を止めていた。チロシンキナーゼは抵抗する術を決行するノドカ達にお構いなく手を伸ばし攻撃しようとしてくる、がしかし!
砂鉄に触れた瞬間、一気にチロシンキナーゼの手の皮膚は血を噴き出し、力を込めれば込めるほど回転した砂鉄が食い込んでくるのだ、ノドカ達に触れるまで手を伸ばした頃には腕は半壊し使い物にならなくなるだろう。時は止まっているはずだが、螺旋の回転力はチロシンキナーゼの時に追いつくほど素早い。
「ぬゥ、まいったな」
チロシンキナーゼはすぐさま手を引き抜き、数歩下がってノドカ達をぼーっと見つめた。
「岩石や宝石に石目が存在するように……どんな能力や技術にも必ず弱点がある」
チロシンキナーゼは通常の時間に戻り、先ほどスカーレットから投げつけられた剣と、槍を手に拾い、それを放り投げノドカ達に寄越した。
「磁力を操ってるってことは、金属が近くに寄ってきちゃあ砂鉄を操るその技をかき乱されちまうよな」
「なにッ……!?」
「時間を止めていてもかいくぐれない砂鉄と回転のバリアーを張るって作戦はかなり見事だったよ、褒めよう」
剣も槍も、刃は金属。いかに精密にあやつる磁力操作といえど、金属が近づけば磁力は反応してしまう!
粒状の砂鉄を磁力の操作で宙に浮かせ続けることは、負傷状態のノドカでもできよう。
しかしッ! 鉄のカタマリまで捌ききる能力の強さは今のノドカには引き出せないッ!
「まずい、磁力が離散した! 砂鉄を宙に浮かし続けることが出来ん……!」
その瞬間、地面に倒れ込んでいたスカーレットはノドカの足を強く掴み、叫んだ。
「ぐウウウゥゥッ、ノド、ノドカアッ、んンッ! 私を真上に吹き飛ばしてッはやく!」
「な、なに? 急に、真上だと? いや、今選択と思考の共有の余地は無い……わかった、真上だな!」
ノドカは磁力の操作を諦め、反発蹴りをスカーレットに炸裂させた。磁力の反発でスカーレットの体は真上へと飛び上がる。して天井に手を触れ、少しばかり天井の一部を消失させ穴を開けた。
「うッぐあッ!」
スカーレットはそのまま力無く地面に落ち、左腕を使って渾身の力で上体を起こしたとき。
「まもりが無くなったらリタイアしかないよなぁ」
既にノドカとトシマは首の血管を裂かれて地面に崩れ落ちていた。スカーレットが宙を舞っていた間にまた時間を止めて攻撃したのだ。
「ひッ……ぐぅ、うあ、うあああアァッ!!」
スカーレットは泣き叫びながら『地面に落ちていた何かを手に取り』天井にあけた穴にぶん投げた!
上階に、何かを送ったのだッ!
「ん? 何を投げたのだ? 今お前、投げ方はぶざまだったが確かに投げたぞ、投球か? いや球は無かったか、質問には答えるか?」
「答え……ないわ……希望は託した、あなたを打ち破るための希望は託した……あなたの能力……いや『技術』を打ち破る為の、希望……」
「ほお気付いたのか、俺は能力を使っていないということに。お前は『クロノスタシス』という現象を知っているか? 恐怖の瞬間、死に近い瞬間的な体験、スポーツにおけるバットがボールに当たる時のような決定的な瞬間……人間はその瞬間にあまりの集中力を発揮し『時間が止まったのかのような錯覚』を起こすのだ。俺は生まれつき『ものすごく集中力のある人間』だった、そして読み書きを覚える年の頃には『クロノスタシス』を完全に操り我が物とできた」
「人間の努力……その到達点である技術だけで……天性的な力無くして『時間を止める能力に等しい力』を使えるなんて、化け物ね……」
「もしこの世に人の能力を奪ったり複製使用できる能力者が居たとしても、俺の『クロノスタシス』を奪う事はできないだろうね、何故なら集中力の有る無しは人間の『性格』だからだよ」
「……」
「さてここまで話してみたがお前が何を投げたか、思いつかないな、地面に落ちていたのは、なんだっけ……ガラス? あっと、質問には答えないんだっけか、じゃあ殺すとしよう」
「私はまだ死なないわ」
スカーレットは亜空間を開き、そこに『身体まるごと』突っ込んだ。
みるみる亜空間に入っていくスカーレットの体そのもの。
「バカな、お前の能力は、お前の体積重力以下の物しか入れないんじゃ無かったか?」
「あなたのおかげで……少しばかり体積が無くなったもんでね、おかげさま、重量クリアみたい、乙女心を分かってるわね」
「腕か、腕が無くなったから能力がバグって重量と質量がお前以下だと認めたか、しかしいいのか? 亜空間に入れば、引っ張り出して助けてくれる人間はいないぞ。亜空間を操れるお前が亜空間に閉じ籠ってしまってはな、精神カウンセラーが引きこもりになっちまったようなもうだぞ、それは永久の闇を意味する」
「あなたに殺されるよりずっとましよ、私は希望を既に託した、私の冒険はここで終わり、さあ、次はあなたの最終回よ」
そう言い残すとスカーレットは亜空間に消え『この世から消え去った』。
「……希望か、その綺麗な言葉のために今3人死んだんだが、あいつの中では割りに合っていたのか? 冒険ってのは怖いもんだ、世間から逃げても横にアホがズラッと並んでるおかげで、自分達のアホさに一生気づかない。まぁ能力の封印は解けたし、上の階に行ってあいつが投げたものがなんなのか、確認してきてやるか」
チロシンキナーゼは首筋を少し掻いて、ガラスを足でどかしながら部屋の出口へ向かった、希望とやらを確かめに行くために。




