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怪談の学校  作者: runa
39/48

クラスマッチ前後譚~瓢箪から駒という例えは、非日常にこそ似合うのかもしれない~

※一般の方への注意書

夜の山は、大変危険です。

朝まで待って、行動するようにしましょう。


 *



 水仙の群生は姿形もなく、少女の視界に広がるのは宵闇にポツリポツリと灯る橙色の明かりと、山間の集落。

 思わず眩暈を覚えた少女は、その場で空を仰いで嘆息する。



「念のため聞いておきたいのだけれど……鎮めの谷はこの近くにあるかな?」

「鎮めの谷? 君、こんな夜半にそんな辺鄙なところへ行くつもりで歩いていたの?」

「……他に連れと合流できそうなところが思いつかなくてね」



 何を起因として、この山間の里へ迷い込んでしまったかは分からない。

 そう、今はそれを追及するよりも先にしなければならないことがある。



 ――――もし、自分の行方が分からないとなれば。あの祖父や両親、一族の面々が山狩りに動き出しかねない。



 一刻も早く、居場所と無事を伝えなければ。

 少女がその場で頭を抱えるのも、無理は無い話だった。

 重ねて言うまでもないことに、少女は『月見里の里』から鎮めの谷へ通じる道筋を知るはずもなく。

 となれば、必然的に巻き込まざるを得ない人物がここにいる。



「……瓢箪君、君の好意に期待して、一つお願いしたいことが」

「僕の好意ね……はぁ。正直、僕もそんなに暇では無いんだけれど。仕方ない、案内してあげるよ」



 こうして瓢箪君もまた、『咎』に纏わる一連の騒動へと片足を突っ込むことになるのだった。



 提灯の明かりに足元を照らされながら、歩きなれない夜の山道をゆっくり下ってゆく間。

 大よその経緯を瓢箪君へ話し終えた少女は、同時に二つの事実を瓢箪君から聞かされることになる。


 それは瓢箪君の一族が、代々に渡って山頂に眠る『緑麗の神』を信仰していること。

 加えて、山姥の周防様とは面識があることだ。



「起きている事がそもそも稀な神として、緑麗様は昔から知られていたよ。緑麗の里が賑やかだった頃でさえ、起きている姿は数回しか見たことがない。……周防様は要するに、お目付け役でね。起床係といっても過言ではないと当人がよく愚痴をこぼしていたよ」

「なるほどね……ちなみに緑麗様は『何』を司る神なのかな」

「基本的には、豊穣と水脈かな。……でも、それは君の話を聞く限り緑麗様自身に確認した方が確実だと思うけどね?」



 最もな意見を受けて、少女は苦笑する他ない。

 きっと問い掛けさえすれば、眠っていない限りは返答も期待できるだろう。

 そして改めて思うのは。

 仮に鎮めの谷から『証』を持ち返って山頂の祠を叩いても、次に起きている保証はないという可能性だった。

 大いにあると思う。全盛期でさえ眠り主体だったというならば、現在の神力を削られている現状ではどれくらい寝ているか見当もつかない。


 ――――もしかしたら、これは最初で最後のチャンスなのかもしれない。


 少女がそんなことをつらつらと考えている合間にも。

 山奥はどんどん暗がりに沈んでいく。

 遠く、獣の遠吠えも耳にしながらひたすらに下山し続けるのも中々に精神を消費する。

 加えて、瓢箪君の里から鎮めの谷までの山道は傾斜もきつい。


 途中、何度も足を滑らせながらも。

 五体満足で、谷を見下ろせる場所まで降りてこられたのは案内してくれた瓢箪君の尽力によるものと言って差し支えない。



「ほら、このすぐ下が鎮めの谷だよ。……見た限り、君のいう連れが来ているようにも見えないけれどね」

「……もしかしたら、入れ違いになってしまったのかもしれない」

「その様子だと既に知っているかもしれないけれど、今あの谷はハンザキたちの縄張りになってる。あんまり長時間、谷に留まるのはお勧めしないよ」



 そう、問題はハンザキだ。

 彼らがいる限り、上空への逃避を望めない現状では安易に踏み込めないというジレンマにどうしても直面する。

 それでも他に、二人と合流できる見込みがない以上。

 谷に沿って灯を頼りに進んでいくぐらいしか、良い案が思い当たらないのだ。


 そのことを伝えれば、ある程度の時間までなら同行しても構わないと瓢箪君が言う。

 ただし、深夜となれば周囲に他の怪異が集まらないとも限らない。

 その時には、一旦里へ戻って朝まで様子を見る。

 瓢箪君は重ねてそう言った。


 これには頷く他ない。

 山の住民である瓢箪君の言には、その土地に根差した教訓が宿っている。

 郷に入れば、郷に従えとも言うように。

 最悪、山間を騒がせることとなれば誠心誠意その場でもって謝罪する。

 少女は瓢箪君と約束し、そして再び二人は谷に沿って歩き始めた。


 暫くは、静寂ばかりで川のない谷を横目にひたすらに歩くばかりだった。

 少しでも羽音を拾おうと、やや上向きに歩く少女と先を照らしながら歩く瓢箪君。


 あまり提灯の明かりが谷側に目立ってしまっても、ハンザキたちを呼び寄せかねない。

 慎重に歩いてゆく瓢箪君の背が、ある地点でぴたりと止まる。

 谷の端まで来てしまったのかと、少女が問いかけようとして――――すぐにそれが違うと分かったのは。

 提灯の明かりの先に、それを見つけたからだった。

 正確には、それらになるかもしれない。

 立ち止まっている間にも周囲から、ぬめりぬめりと迫って来る複数の気配。

 ――――ハンザキだった。



「……どうやら、少なくない数に囲まれたらしい」

「……山側に逃げるのは、難しい?」

「……一か八か、谷の反対側ならあるいは……だけどねっ、」



 反動を付けるようにして、俊敏に提灯を振り回した瓢箪君の動きに一瞬ハンザキの囲いに隙間が生まれる。


 目と目が、合う。

 示された方向へ向かって、多少のケガは覚悟の上で谷へと飛び降りた。


 膝を、岩が抉るように掠める。

 慣れない岩場。加えて、闇夜という最悪の条件下。

 それでも必死に、瓢箪君の先導で駆け抜ける灰色の谷間。


 周囲には確かに、ぬるぬると蠢く無数の影が追ってきているのが感じられる。


「あと、少し――――…っ!!」


 励ますように掛けられた瓢箪君の声に、頷く寸前に提灯の明かりに過った影。


「瓢箪君、斜め!!」


 ぐらり、と足場を取られて岩場に引きずり込まれそうになる瓢箪君を提灯の明かりが照らし出していた。

 慌てて駆け寄った少女が、手近にあった石で周囲のハンザキを妨害しながらその手を辛うじて掴む。



「駄目だ!! 手を、放して……このままだと君まで、」

「私が!! ……わたしが、瓢箪君を巻き込んだの。だから、逃げるなんて論外だ!!」

「……っ、後ろ!!」



 ぬるりとした感触に、腰のあたりまで既に自由を奪われた状態で。

 咄嗟に後ろへ、振り向いたのがバランスを崩すきっかけになる。

 ふわり、と足元が支えにしていた岩から外れて――――二人はそのまま底知れぬ岩の狭間へと呑まれた。



 *



 時は、少女が夕顔の花を見つけたその直ぐ後まで遡る。


 山間の風に、一瞬確かな歪みを感じた風狸は思わず風の動きに目を奪われていた。

 そして、再び視線を戻して来た時には――――既に少女は其処にいない。



「……風狸。姫様はどこにいる?」

「…………先ほどまでは、確かに横に…………」



 少女がいなくなってから、ほんの僅か後。

 頭上の葉をかき分けるようにして、地上へ舞い戻ってきた高麗。

 顔色を失って周囲を見回している風狸の様子に、すぐさま状況を悟ったのだろう。

 その低めた声には、殺意にも似た威圧が籠る。

 それを直視すらできず、困惑に言葉を詰まらせる風狸を一瞥した後は。



「――――一瞬、風に歪みがあった。恐らくその間に、山間の何処かに同様の歪みが生じたのだろう。恐らく姫様は、そこにいる」



 言葉少なにそう言い切り、広げた翼に普段の優雅さは欠如している。

 まるで旋風のように、周囲の枝を切り開きながら舞い上がった高麗はその鋭い眼光を走らせながら――――微かに。



「これもまた、狂相によるモノか……」


 そう、唸るようにして呟く。

 瞬きの間には、北へと翼を走らせた高麗。

 それに遅れる形で、上空へ舞い上がった風狸が真逆の南へ向けて翼を広げる。



「ごめんね……ほんの少しも、油断をしてはならなかったのに」



 後悔に震わせた言葉は、宵闇に飲まれるようにして消えてゆく。

 そして次に顔を上げた時――――双眸には夜の闇が宿る。



 風狸――――その怪が、本来の能を示す刻。それは宵であり。

 宵闇を飛び、空を駆ける怪異としては他に比類なき能を持つ。

 人の姿を徐々に失い、そうして解き放たれた獣が闇色の体毛を靡かせながら向かう先。



 ――――南東の方角には、鎮めの谷がある。




 *




 ずるり、と耳元で何かが動く音がした。

 ゆっくりと瞼を開いた少女は、しばらく闇で何も見えない。

 けれども徐々に月明かりを拾い始めた微かな視界に――――蠢く何かを確認した直後。



「――――そこから離れろ」



 無数のハンザキが、まるで何かに群がるようにしている光景に。

 その『何か』が何なのかも確認する前に、普段は決して出さない低めた声が空を裂く。

 少女の眼光は、まるで触れれば切れてしまいそうなほどに眇められている。

 暗い穴の底のようだった。

 立ち上がった少女の周りを遠巻きにするような、いくつもの影。

 それらを一瞥すらせず、踏み出した先で再びその口を開く。



「――――離れないなら、お前たちから一切の色を奪う」



 醒め切った思考が告げる。

 それに、本能的な部分が怖れを覚えたのか。


 まるで波が一斉に引くように、ハンザキたちが穴の周囲へと一斉に散ってゆく。

 そうして露わになった中央には、やはり瓢箪君の小柄な体が横たわっていた。

 手にしていた提灯の明かりは消え、ボロボロの状態ですぐ横に転がっている。

 まるで足元の砂を踏みしめるようにして、傷ついた足を引きずりながら少女は瓢箪君の傍へ膝をつく。



 そして、呼吸を確かめ――――ようやくここで、安堵の息をついた。

 胸は確かに上下しており、目立った外傷もない。

 敢えて言うなら、ハンザキたちが乗っていた所為か体中がぬめっている位だろう。



「……良かった」



 心の底から、吐き出したような短い呟き。

 けれどもそれが、すべて。

 もしここで、瓢箪君の生命に関わる何かがあったなら――――きっと少女は気が触れてしまっただろう。



 とはいえ、怪異。

 やはり人の身に比べれば、体の頑丈さは比較にならない。

 その点においては、少女の方がむしろ満身創痍と言って過言ではない様相に成り果ててはいるものの。

 今、その時少女自身にとっては何よりも瓢箪君の安否だけが全てだったのだ。



 未だに怯えたようにして、一定の距離を取り続けるハンザキたちを見渡した後は。

 一先ず穴を見上げて嘆息する。

 思ったより、深い。

 自力で登るのは、きっと難しいだろうと。

 やはりつらつらとそんな事を少女が考えている合間に。



「……無事?」



 ふいに、後ろ背から響いた声に頬を緩める少女。

 瓢箪君が目を覚まし、全身がぬるぬるなんだけど……と呟いている。

 振り返って、どうやらあの穴から下まで引きずり落とされたらしいと告げれば。

 やはり瓢箪君もまた、同じことを思ったらしく。



「……あそこまで登るのは、正直きついね」



 ぼそり、とそう呟いた。


 結局、穴の底から諦観混じりに見上げること暫く。

 ふと瓢箪君の目線が自分に向いていることを察し、首を傾げた少女は。

 信じられないとばかりに声を詰まらせる瓢箪君の、その原因に思い至る。



「……君、何がどうしてそんなに傷だらけになったのさ? 余程全身を打ち付けたの?」

「うーん。瓢箪君とは違って、少し体がひ弱でね」



 まさかその実態が、人間とさして変わらないことなど説明する訳にもいかない。

 曖昧に笑って見せれば、これまでで一番大きなため息が返って来た。

 おもむろに懐をゴソゴソし始める瓢箪君。

 ふと、その途中で首を傾げて『何か』を取り出した。



「……硝子なんて入れておいたかな……まあいいか、今はそれよりも」



 月光に透かせたそれは、まるで海の色彩をそのまま閉じ込めた様な丸い石のようだ。

 しきりと首を傾げているあたり、元々瓢箪君が持っていたものではないらしい。

 脇に一旦それを置いて、再びゴソゴソしていた瓢箪君は乾燥させた葉を数枚取り出して見せた。



「これを、傷口に貼って。何もしないよりかは、傷の治りがマシなはずだよ」

「ありがとう、瓢箪君」



 脇に吊っていた水筒には湧水が入っていたらしい。

 それに浸した葉を数枚、腕と脚の数か所に貼ってその冷たさに思わず息を吐く。



 丁度その時、ふわりと上空から覚えのある風を感じた。

 少し遅くなったものの、これで合流出来ればまずまずかな……と。

 二色の翼を穴の先に見上げ、手を振った少女は安堵のため息を零した。




 しかしながら、少女が零した安堵の吐息は早計だったと言わざるを得ない。



 月明かりのもと、初めに舞い降りてきた高麗は暫し言葉を失っていた。

 続けて降りて来た見覚えのある翼、しかし見覚えのない獣――狐と犬を半々で割ったような姿だった――に少女もまた絶句している間。


 穴の底は、まさに混迷を極めていた。



 ややあって、冷静を取り戻した後。

 風狸青年らしい獣の背に乗り、ようやく地上へと帰還した二人は感慨に浸る間もない。

 少女は少女で、ひたすらに消沈し続けている高麗のメンタルケアに尽力しなければならなかった。

 そして一方の瓢箪君はと言えば。

 なし崩し的に、少女が日和に連なる末の姫であることを知って顔色を失っていた。

 ちなみにその後方では、人型へ戻った風狸青年が「終わった」と呟いたきり、茫然としている。



 結果。

 一番傷だらけの少女が、彼らに立ち上がるように促さなければならなくなった。

 薬草のお蔭か、痛み自体は殆ど無かったものの。

 その全身が傷だらけであるのは変わりない。


 つまりは、それが問題だった。

 このまま螢澪に帰還などすれば、おそらく高麗と風狸青年の命は風前の灯火も同然になる。

 例え当人がどれほど庇おうと、怪我を負った事実は変わらない。

 命は辛うじて繋げるかも知れないが、無傷では済まない。


 その厳然たる未来に、少女は再びその頭を悩ませることとなる。

 全くもって、この立場が恨めしくなるばかりだ。

 非常に面倒くさい。

 ――――しかし、祖父の怒りは雷雲程度では済まないだろう。それも確か。



「……とりあえず、この傷さえ如何にかすれば。……何とか誤魔化せないだろうか?」

「「「無謀」」」



 こういう時に限って、どうして三者で同じ文言を重ねてくるのだろうね。

 まるで事前に打ち合わせていたかの様に、見事に納めてくる。

 それぞれに明後日の方向を向いていながら、奇跡のような三重奏。

 本当はまだ余裕があるんじゃないの、君たち。

 そう言いたくなる程に見事な二文字だった。




 さて、こうして行き詰った四人である。


ここまでお読み頂いている方々へ、感謝の気持ちを込めてお届けしました39話目となります。


……登山に例えれば、ようやく6合目付近といったところでしょうか。


サブタイトルの意味については、次回中盤にて明かしていく予定でおります。

とは言え、鋭い方は既にお気付きのことと思いますので蛇足まで。


それではまた。

次話で、再びお会い出来ることを願いつつ…


※2/5 硝石→硝子ガラスに変更しております。作者のミスです。ご了承ください。

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