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怪談の学校  作者: runa
38/48

クラスマッチ前後譚~神にも低血圧は存在するのか、一度議論してみたい~

久方ぶりの投稿となります<(_ _*)>

今回は、『神』との対面編。

さくさく進めていきます。

 *



「ここを登り切れば、山の頂上だ。土地神は祠の中だよ」


 先刻より、思考をほぼ空にして登ることに集中していた少女。

 ふいに掛けられた言葉に仰向いて。

 そうかもう山頂かと。

 最後の頑張りとばかりに、少し足を速めて登り切った。


 指を指されたその場所へ、視線を向けること暫し。

 思わず少女が零した呟きに、周囲は沈黙のまま肯定しているようだ。


「……祠、というよりかは一つの大きな岩に見えるのは気のせい?」

「正確には祠と呼ぶよりか……岩戸に籠っていると表現した方が近いようですね」


 少女の発言に、付け足すようにして高麗が口を開いた。

 羽を畳み、そのまま視線を向けた先。

 疲れた様子で俯く山姥こと周防は、やれやれと首を振っている。



「その通りだ、高麗。あれはここ数十年に渡って岩戸の奥へ籠り続けているのだ」

「その為に、鎮めの谷はあれ程までに荒廃した。更には、ハンザキ程度にのさばられている現状もまたその影響でしたか……」

「……ああ。土地神、いや緑麗は既に全盛期の頃の神力を失っておるのだ。元を辿れば、幾多の神々の中でも、とりわけ厄介事を忌避する性分で知られておった緑麗だからな」

「成程…… 察するに、これ幸いとばかりに籠り切りになったと?」


 高麗は表向き苦笑に留めているが。

 その目が全く笑っていないあたり、寧ろそちらが本心と思われる。


「事実は、異なるがのぉ。荒神として人々に周知されるに加え、海側からの絶え間ない報復に晒されて疲弊した。その末に耐えかねた土地神は山頂へと姿を隠した――――これが、緑麗が周囲へ広めた表向きの経緯だ」



 要するに、追われて辿り着いたというよりか。

 これを機に長期休暇に入ろう、という土地神の思惑が透けて見える構図だ。



 ――――何というか、非常にコメントし難い現状だった。



「つまり、あの中は空洞になっていて……冬眠? 休眠? どちらが適しているか分からないけれどそんな状態だと」

「どちらも似たような語彙を並べてくるあたり、君も多分に呆れているようだね?」


 風狸青年がすぐ傍に降りてきて、高麗とは別の苦笑を浮かべて見せる。

 こちらは、そのまま苦笑中の苦笑だ。



(あまの)岩戸(いわと)……みたいに、その起因が怒りなら。まずは謝罪もとい説得から入るところなのだろうけれど……今回は自主的なものらしいから、寧ろ難易度は上になるのかな?」

「世界はあの時のように、常闇ではないけれどね」

「……まるで居合わせたように言うね、君」


 少女の呆れ声に、楽しそうに笑う風狸青年である。

 さて、あの伝説では『鏡』と『舞』がキーとなったのは既に知られているとおりである。


 では、今回は何をキーに祠から神を引き出してきたものか。



「……まぁ、正直な話をすれば無理に引き出そうと思うほど、こちらも切羽詰っている訳ではないからね。このまま鎮めの谷が滅びるにしても、神の意志に横槍を入れる気はない」



 そう。

 今回の本題は、あくまで『咎』の起因の解明に尽きる。

 神の復興云々に関しては、自分の手に余る題目だ。

 とりあえず、他の力ある方へお任せしたい。

 他力本願?


 いやいや、これは現実問題だ。

 あくまで怪異としては新米といっていい自分に、託されるような題目ではないだろう。


 事実、周囲を見てみよう。

 失望や、それに似た色をそこには欠片も見いだせない。

 寧ろそれが良いとばかりに、うんうんと頷いている三者同様。



 これに一先ず、安堵した少女は。

 取り敢えずといった足取りで、その大岩――――祠へと近づいて声をかけてみた。

 これが本来の意味での、駄目元というやつである。



 万一にも、眠りについているという神が声を返すことなど無かろうと。

 どちらかと言えば、非常に気楽な気持ちで告げた言葉は。



「おはようございます、土地神様。こちらは、もう夕刻になりかかっていますよ」

「――――それならば『おはよう』よりか『こんにちは』が正しいのではないのか?」



 返ってきた。

 もれなく、返って来たばかりか。

 まさかの指摘である。

 これは――――意外に来るものがある。



「眠っている人には、とりあえずおはよう……そんな安易な思い違いをしていた自分が、今となっては……とても恥ずかしいものだね」

「恥じることも学びの一環だよ、名も知らぬ娘。過ちは、繰り返さなければよいのだ」

「お言葉有り難く――――」


「――って、違うよね?! いつからここは、神の学び舎になったのかな!!」


 思わず、といった風に風狸青年が声を割り込ませてきたところで。

 はた、と少女は言葉を交わせている現状を再認識に至る。

 遅すぎる認識と、そう言われればそれまでだ。



 ここで振り返った少女は、そこに青筋交じりの山姥と片方の羽で頭を押さえてため息を零している高麗を見た。



 少女の報告の終わりを待たずして、俊敏な動作で岩戸へと飛びかかってゆく背中が一つ。

 無論これは、周防である。

 類まれな脚力をして、まさにその姿は山姥そのもの。



「狸寝入りしてやがったなぁあ?!! 緑麗、何時からだい?! 返答次第じゃ、只じゃおかないよ?!!」

「――――我は再び、深い眠りにつくことを選択した。周防、後を頼む」

「――――この、糞神がぁあああ!!!」



 お怒りは、ご(もっと)も。

 何だか、この両者のやり取り……段々、全く別の光景に見えてきた。

 そう、あれはまるで。



「……一人では起きられない子供を、母がお玉片手に起こしに来て。次第に逆切れへ移行していく図……」

「……お玉って。はは。現世で、そんな光景を残すほのぼの家庭が現存しているのかい?」

「少なくとも、我が家では出刃包丁を片手に母が父を起こしに行くことが……」

「猟奇的な朝!!」



 風狸青年の乗りの良さには、時折こうして感心させられる。

 きっと夜君と共にいる時でも、このマメさは欠かせない要素のひとつになっているのだろう。


 そう、それはさながら――――モッ君と自分の……


 おや、幻聴ながらくしゃみを連発しているモッ君の様子が伝わってくるようだ。

 殊、律儀さに於いて学内随一の怪異、モッ君。

 肩にあの重みは、もう欠かせないのだよ。

 ふわふわと、もこもこと、絶妙な気遣いと、そして何より欠かせないのは。

 ――――あの、冷静な思考。

 時にそれを、毒舌とも呼び。

 時にそれは、冷ややかな眼差しで代弁されることもある。

 あれは言わば、混沌の中に差し込む一条の光。


 いやはや、幾ら語ろうとも語りつくせない。

 それがモッ君であり、モッ君である。



 ……はい、(名残惜しいものの)そろそろ話を戻しますよ。

 漸く、噴火直後の如き周防様の怒りも小康(しょうこう)状態(じょうたい)に向かいつつあるようですから。



「改めまして、こんにちは。土地神様。既にご存知かもしれませんが、日和の家より参りました」

「――――ふむ、察するに君の後ろには、翼あるモノとして古参にあたるカササギが一羽……と、珍しいな。その気配は夜目の傍付ではないのか」

「――――はい。夜目の傍付きにあたります、風狸と申します」



 巌越しでも、気配から大よその正体は伝わるらしく。

 やはりそこは、神。例えその力を弱めているとはいえ、紛れもない神である。

 神ならば、正式な名を伝えなければならないかと言えば。

 まあ、そこはオカルト界。それなりに大目に見てもらえるようだった。


 さておき、自己紹介が一通り済んだところで本題を切り出すことにする。



「土地神様、今回私たちが鎮めの谷を訪れたのは『咎』の一件についてお話を直接伺いたいと思ってのことなのです」

「ふむ……『桜庭の咎』及び、あの五十年前の会談についてか?」

「その桜庭の一人が、私の友人なのです。友人に纏わる、因果の根――その、咎が真実どのような形であったのか、それを自分の目で確かめたいと思って参りました」



 言ってしまえば、岩一枚隔てるのみ。

 神を前にしても、少女はしかし怯む様子もなく。己が目的を告げて返答を待つ。

 その一貫した姿勢は、少女の変わらぬ芯と称されるべきものなのだろう。

 それはたとえ、現世であっても。オカルト界であっても。

 変わらない、モノなのだ。



 暫く、沈黙を守っていた神。

 再び眠りに入ったのかもしれないと、ふと疑念が兆しそうになるほどの間をおいて。

 ふいに、言葉を発した土地神――緑麗。

 そこには束の間、冷淡とも感じられるほどの意図が混じる。



「友の為、と言えば聞こえがいいが――――それが果たして事実かどうか、神力を大幅に失った今の我では判断もつかぬ」



 まるで、岩の間から身を切るような山間の空気が漏れ出でるように。

 ガラリと声質が、変化した。

 恐らくこちらが、本来。

 理屈ではなく、感覚からそれを察した少女は迷わずにここで問う。



「証を示すために、何を用意すれば良いでしょう?」

「察しが良い。日和の娘――――そなたには、一度鎮めの谷へ戻って探してもらいたいモノがある」



 神は、言った。

 その言葉に目を瞠ったのは、何も少女だけに留まらず。

 その場にいた怪異全員が、長きに渡って眠りについていた神の言に言葉を失う。



「恐らくまだ、起因が鎮めの谷に埋もれて眠ったままでいる。そう――――『消滅した』と海側が勘違いしたままの、件の怪がね」



 未だに眠たげな様子を隠さぬ神。

 その神が、何でもないことのように明かした“その事実”は。

 まさに全ての盤を引っくり返す、究極の駒と呼ぶべき存在ですらあった。



 報復の意図を、根元から断ち切るために最も有効で確実な切り札となり得る――――たった一つの『因』そのもの。



 全員が絶句したのも、無理はない。

 知っていたなら、なぜ黙っていたのかと。

 他でもない、周防経由の問いかけ……もとい恫喝に返ってきた答えが何とももはや。

 まさに神らしい一言。


「誰も問わなかった」


 絶句を越えて、暫し脱力感に苛まれることとなったのは言うまでもない。




 再び噴火状態へと逆戻りした周防を山頂へ残し。

 山を下って、鎮めの谷へと歩きだした少女の背へ頭上から声が落ちてくる。



「姫様、そろそろ日も落ちてしまいます。一先ず今日は屋敷へ戻り、明日再び探索へ戻ってくることに致しましょう」



 高麗の提言には、頷く他ない。

 時間は有限だ。

 まさか、ではあるが。山間で野宿をするような事ともなれば。

 ――――おそらく、祖父が雷雲とともに訪れることだろう。


 話に聞く限り、この三者で訪れただけでも山間にはそれなりの影響があったらしい。

 祖父を含めた、日和家一同が来訪するような事態になれば。

 その多大な影響は、もはや言葉にするまでもないだろう。



「うん、そうしよう。――――とはいえ、風狸青年に明日も協力を仰ぐのは忍びないね……ひとまず、帰宅して他の手段も相談してみないと」



 山間の道で、上を仰いでそう呟いた少女の視界の先。

 大きな翼を広げて、振り返った風狸青年。

 ややあって、ふわりと笑み零した彼はそのまま舞い降りて来て言った。



「そんな心配は、杞憂だよ。――――他でもない、友人の頼みとあればね。この翼を使えるのを寧ろ光栄に思うよ」

「……風狸青年」

「うん、ついでと言ってはなんだけど……その呼び名もこれを機に変更してもらえると……」

「ようやく馴染んできたところだから……うん。一先ずは却下で」



 少女の言葉に、無言で崩れ落ちた風狸青年。

 その姿には流石に同情を覚えたのか。

 高麗も近くに降りて、その肩をポンポンしていた。



 周囲が薄闇に染まり始めた頃。

 ようやく彼らは境界にあたる、水仙の群生の傍まで降りて来ていた。

 ふわり、と独特な香りを充満させる白と黄色の花弁。

 風に揺れるそれを眺めながら、立ち止まったところで頭上を飛んでいた高麗が言う。


「では、先に繋ぎを送って参ります。姫様、暫しお待ちを」


 がさり、と木の茂みを抜けて空へ舞い上がってゆく背を見送りながら。

 これ以上無く、賢明な判断だと思わざるを得ない。

 今から螢澪へ戻るとなれば、どんなに急いでも夜半過ぎになるのは必至。

『凄い』『心配』両方が重なった時の祖父を知るモノなら、誰もが事前に連絡を入れておきたいものだと考えるに決まっている。



「それにしても……たった一日で、これだけの情報を得られるとはね」

「うん。協力してくれた皆のお蔭だ。改めて、風狸青年には感謝を伝えなければならないね」


 それに、恐らく事情を察してくれている夜君にも。


 言外にそう付け足しながら、静かに呟いた少女の視線の先で。

 薄闇に包まれた風狸青年は、普段以上に謎めいた笑みを浮かべている。



「君は本当に……色々と規格外にも程があるよね、透ちゃん」

「宵宮邸へ帰ったら、自分に代わって夜目の方々に感謝を伝えておいてほしい」



 夜目の本邸『宵宮』の名を少女の口から耳にして、とうとう溜息を隠せなかった風狸青年。

 この底の知れなさは、当主夫妻を前にした時の自分の心境に近いかもしれない、と。

 諦観にも似た思いから、怪異然としていた笑みを普段のそれに戻してくる。



「承知した。――――必ず、伝えるよ」

「そうしてくれたら、嬉しい限りだ」



 顔を見合わせ、頷き合った二人。

 そろそろ高麗も戻る頃だろうかと、見上げた風狸と同じく少女も頭上を仰ごうとして。


 ふと、目端に水仙以外の『白』を見つける。



「……夕顔?」



 先ほどまでは、全く周囲に見当たらなかった筈のそれを目にして思わず歩み寄る。

 近くで確認してみれば、やはりそれは夕顔の群生だった。

 薄闇の中にぼんやりと浮かび上がるような、白の色彩。

 思わず手を伸ばせば、開いたばかりなのだろう。

 瑞々しい花弁の感触に触れた。


 その時点ではまだ、少女は気付けない。

 いつの間にか、近くに立っていたはずの風狸が見当たらないこと。

 そして、本来ならば水仙の香りに満ちていた場所が『全く異なる』山間の空気に変化していることにも。



 夕顔の花から視線を逸らし、一向に戻る気配のない頭上の羽音に首を傾げた時。

 そこで、ようやく違和感を覚える。

 それに少女が瞬くと同時に、その背後に一つの気配があった。



「君、どうしてこんなところにいるのさ……」



 突然かけられた声に、そのまま振り返ってみれば。

 そこに、山間の宵闇には似つかわしくないほど可愛らしい声の持ち主が立っていた。

 そう、瓢箪君である。

 訝し気というよりも、どこか呆れた様な響きを含んだ声に険はない。

 片手には提灯を持って、それを掲げながら彼は少女に再度問うた。



「もしかして、迷子なの?」

「……うーん。正直、自分でもこの状況に混乱を隠せない」

「……つまり迷子なんだね」



 大きくため息をつきながらも、提灯を持っていない方の手を差し出してくれる。

 それに掴まって立ち上がった少女は、瓢箪君の背後に広がる光景を見渡しつつ。

 改めて、現状を知る。

 どうやら、夕顔につられて数歩動いた結果――――見たこともない山里の入り口まで迷い込んでしまったようだ。



「……瓢箪君、ここは?」

「ここが何処かも知らないで辿り着いたの? ……君は本当に変わってるよ」

「もしかすると……瓢箪君の生まれ故郷かな?」

「推測、ね。……うん。ここは月見里(やまなし)の里。僕の故郷だよ」



 成程、やはり風の噂も馬鹿にはならない。

 どうやら二人と逸れた自分は、意図せず里帰り中の瓢箪君に遭遇したと。

 つまりはそういう現状らしかった。


お読み頂き、ありがとうございます。

今日は続けてもう一話、投稿予定です(^-^;



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