クラスマッチ前後譚~山林の緑は眼精疲労を和らげるという~
明けましておめでとうございます<(_ _*)>
童話執筆が、一区切りしましたので久方ぶりの更新が叶いました。
「騒がせたね、日和の。それから、其処にいるのはもしや……」
「察しの良さは、ご健在のようですね――――周防様」
ばさり、と艶やかな翼を広げて高麗は舞い上がる。
その緩やかな飛行の先で、ふわりと降り立った先は老婆の足元だ。
会話からは、どうやら互いに旧知の仲であることが窺えた。
「は、止めとくれ。様づけなんぞ、能をあらかた失ったこの儂には過ぎるものじゃ」
足元で、羽を広げて平伏した高麗。
そしてそんな彼を呆れた様子で見やる一人の老婆。
おそらく、山姥と呼ばれるであろう怪はやれやれと首を振るばかりだ。
「まずは来訪した理由を教えておくれ。―――しばらく前から森が騒がしいとは思っていたが。まさか日和と夜目に連なるモノたちが“鎮めの谷”へ突然やってくるとは思わなんだ」
灰色の岩場に立ち、こちらへ視線を向けられれば。
一拍おいて、進み出るのは道理だろう。
元を辿れば、こちらが押し掛けたような形だ。それを含めて、謝罪したかった。
「初めまして。名を伏せる無礼をお許しください。日和の末として、今回は友人が為に来訪させていただきました。願わくは、そのお力を貸していただければ幸いです」
「……ああ。やはり、か。そなたの面差しは日和家の三女によく似ておる。一目見て、もしやとは思ったが……末の娘よ。そなた友人の為と言ったか?」
すぐ傍で見れば、やはりその様相はどこか不気味で恐ろしい。
けれども、その吊り目がちの目に刹那懐かしむような色が混じった後は。
するすると、肩の力が抜けていくような感覚があった。
うん、我ながら単純なことである。
「はい。大切な友人の為、この地を訪れました」
「随分と珍しい理由を掲げて訪れたものだ……友人、とな。まぁよい。そなたの目を見れば偽りか本心かくらいは分かるでな。――日和の姫よ、そなたが望むならば儂が土地神の元まで案内しよう」
何かを試すように、少し低められた声だった。
翼を畳んだ高麗と、無言のうちに意思を交わす。
ここまで来たからには、出来得る限りの情報を得て帰りたい。
思うことは、それに尽きた。
「よろしくお願い致します」
―――そう。その時はまさか、土地神を訪れるのに“あれほどの日数”を要することになるとは思いもしなかったことであり。
それに言及しなかった辺り、やはり怪異。
総じて一筋縄ではいかないモノであることを実地で学ぶ日々となる。
*
「―――それで? 結局のところ、君の後ろにゴロゴロ転がってるのは巻き沿いになった怪異達なの?」
「……うん、この遠慮のない物言い。やはりモッ君はこうでなくてはね」
体育倉庫の前で、ようやくプロローグに当たる部分までを語り終えた少女。
その少女を、この上なく疲れ切った眼差しで見上げる半透明なフクロウ。
そして、そんな彼らを地面に転がって見上げるまま――――銘々に複雑な心境を覗かせる一同。
「……全く、末恐ろしいことだよ。あれは祟りもっけだろう? 流石は日和の血筋を継ぐ娘と言えば良いのかね……」
「周防様、その認識には修正が必要かと。日和が、と言うより……彼女が異質なんです」
「厚顔と言うよりも、物理的に顔が大きいからかい? 瓢箪君、程々に留めておかないと。困るのは、後の自分なのだから」
「―――思うに、両者共々さほどに変わらぬと思うのは我だけか?」
上から順に。
山姥の周防様。
道半ばから巻き込まれた形で同行することとなった瓢箪君。
そして旅の翼となってくれた風狸青年である。
更にここからが、核心だ。
モッ君がその存在に気付くや、まさか…と一言呟いたきり茫然自失となる。
うん、無理もない。
ある程度の距離を置いても、“彼”が纏う神域の空気は殆ど薄れていないのだ。
まるで、万華鏡のようだと初めに目を合わせたときに思った。
色彩が、絶えず移り変わる双眸然り。
青磁の色味を溶かしたような、只ならぬ長さ。その背を覆う髪にしても。
その存在感は群を抜いている。
「……モッ君、石化は持ちこたえて。ここから先が、本題になるからね」
「……ねぇ、もう。君はどうしたいの? 暫く学園から姿をくらませていたと思えば、消えかけていた神を再興して帰ってくる。……終いには、休日という言葉の定義を一から説明してあげようか?」
そんな彼らの発言を、聞き終えた後に響いた声の主――――玲瓏なそれはまさに本来あった神の位を彷彿とさせる。
「思うに、その娘は血筋に違わぬ強運の持ち主。我を再興せしめたばかりか、鎮めの谷に長い間燻り続けた火種とそれに纏わる因果の根――――これを全て、白日の下に晒そうというのだ。本来ならばもう暫し社で眠って英気を養う予定が、随分狂ってしまった」
淡々とした物言いながらも、その口の端には隠し切れない笑みが滲む。
神というものは大様にして、退屈を常に傍らに置いて存在しているようなものだと。
ここに戻るまでの道すがら、ほかならぬ神当人がそう言っていた。
詰まるところ、退屈しのぎ。
神の位にあるモノにとって、それは眠りよりも魅力的な選択であるということらしく。
「強運と称されたのは、初めてのことですよ。――――緑麗の主様」
「ほぅ、そうか。ならば今日を境に認識せよ。そなたは世にも稀なる怪異であると同時に、この緑麗が認めた幸運の娘だ」
幸運の娘。
恐らくそれは、自分が生涯に渡って聞くことは無いと思っていた部類の四文字である。
事実、自分はけして幸運に近しい部類の生き方はしていない。
そもそもオカルト界へ来ることになって経緯からしても、頷けない。
だからこれは、正確にはこう改めたほうがいいだろう。
神に幸運を『運んだ』一人の怪異。
これ以上無い誇張だと自負している。
それでも上の四文字よりかは、幾らか現実味があると言えよう。
寧ろ言わせて。
居たたまれないんです、空気が。
空気を読めない神に、これから信仰を集め続けるのは至難の業ですよ。
大切だから二回繰り返したいくらいだ。
繰り返そうかな、ほんとに。
「……幸運、というよりか不運だろうねぇ。聞けば、夜目と瀧野入あたりからは既に目をつけられた後なんだろう?」
「…………緑麗様、まさかと思いますがこのまま学園に籍を置くとか言い出さないですよね」
「……しっ。万一にも耳に届いたら、どうするんだい? 瓢箪君、君はもう少し考えて口を開いたほうがいい」
聞こえていますよ、お三方。
それにしても、怪異というのは不思議なものですね。
たった数日で、年代云々を通り越して既知の間柄のごとく絶妙な掛け合いをしてみせる。
彼らが例外的な括りに入るのか。
もしくは……。
一度、徹底討論に持ち込みたいものである。
その為にもまずは『咎』にまつわる一連の蟠りを、丸ごと雪いでおく必要があるだろう。
それが仮に今日であっても、別段問題はないはずだ。
「――――大ありだから。ねぇ、下を見て状況を分かった上でどうしてその結論に至ったのか……僕は疑問符で溺れてしまいそうだよ」
「その心配は杞憂だよ、モッ君。既に岸も、用意してあるからね」
「君……いったい何を企んでるのさ」
祟りもっけがその両翼を広げ、じっと視線を据えた先。
少女は夕明かりを浴びながら、ふわりと笑ってこう言った。
「――――今日で、咎の因果は断ち切れる。役者が揃い次第、解答編を始めよう」
*
山姥こと、周防様の案内で山林を登っていくこと暫し。
灰色一色であった鎮めの谷から一転して、辺りは青々と茂る木の葉から零れ落ちる光に満ちている。
頭上を低空飛行し続ける二人を、見上げながら。
少女はついでとばかりに、山の景観を見渡して深呼吸。
うん、やはり山間の空気というのはそれぞれの地域差が出るようだ。
山暮らしも数日に及べば、何ともなしにそんな気がするのだから不思議なものだ。
一方。
苔むした岩を、人間業では有り得ないような足さばきで器用に伝ってゆく山姥。
マイペースに登って来る少女を、時折確かめるように振り返りつつ。
時折上に向けて、それとなく呟きを洩らしている。
もちろん、これは高麗へ向けたものだ。
「それにしても、まさかお前さんが付き添いとはなぁ……」
「ふふ、私ももう若くはありませんから。前線を退き、今は姫様の傍付の栄誉を賜っています」
「前線って……何だかとても不穏な単語がさらりと……」
しみじみと昔を懐かしむように言葉交わす二人の一方で。
高麗の後方を、一定の距離を置いて飛んでいる風狸青年。
彼がぼそりとそう呟く。
苦労人気質を持つ怪異というものは、往々にして周囲の会話に耳を欹ててしまうらしい。
結果は分かり切っている。
ちらりと視線をよこした高麗に対し、それはもう盛大に視線をそらせていた。
地雷すら、余さずに拾い上げてしまう哀しい怪異。
それが風狸青年の基本仕様らしい。
さて、このパワーバランスが変化の兆しを見せることはあるだろうかと。
まるで生態観察をするかの如き心境で、少女がひっそりと思考を巡らせている合間にも。
どうやら、山林も中程まで差し掛かってきたようだ。
景観こそ、大きくは変わらない。
それでも周囲の空気が、まるで何かの境界を踏み越えたように変化したのが分かる。
「社は、近いのでしょうか?」
「……ほぉ。流石だの、日和の末。正しい見極めじゃ」
ご覧、足元を。
そんな言葉に促されるまま、視線を下げたところには揺れる水仙。
「丁度そこからが、神域の区切りになる。以前は、鎮めの谷を含めた一帯を統べていた『緑麗』の現状における精一杯とも呼べるね」
鳥居云々ではなく、この遅咲きの水仙が現状での精一杯……。
思わず花弁をしみじみと見ていれば。
低空飛行していた高麗が、ふわりと足元へ下りてきて。
補足がてら、コメントをくれた。
「水仙は神花の一種ですよ。まぁ、蓮や菊に比べれば認知度は低いかもしれませんね」
「神聖な花が、目に見える形で境界を示してくれている?」
「ええ、その認識で構わないと思います」
成程、と頷いている間にも。
ふわりふわりと漂う、所謂『神気』と呼べる類のそれには姿勢を正す効能もあるのだろうか。
どちらかと言えば、猫背に分類されるであろう自分。
伸びたついでに軽く、肩を回して深呼吸しながら――――ふと、未だに浮かんだままの風狸青年と目が合った。
「……君は本当に、大物だよね」
「……? 何を指しての発言か、よく分かりませんが。私は正真正銘の小心者ですよ」
溜息をつかれた。
いやいやいや、何故に。
ここは、徹底討論に持ち込むべきかと一瞬脳裏をよぎるものの。
否、ここは曲がりなりにも神域。
個人的なことで必要以上に騒ぐべきでは無いだろう。
そんな思いから、取り敢えずは見送ることにした今回である。
不本意ではあるが、不問に付した形だった。
しかし、視線を水仙に戻した少女は知らない。
少女が不問に付そうとも、背後で繰り広げられる無音の地獄絵図。
――――高麗が、主の不興を見過ごすわけもない。
その詳細に関しては、語る必要もあるまい。
それから暫くの間、水仙を観察していた少女がふと後方を振り返ると。
そこには、ひざを抱えて蹲った見覚えのある背中。
力なく垂れた双翼が、物悲しい。
「…………高麗。程々にね」
「姫様。ここぞという時の教育的指導は、躊躇っては当人の為になりません」
言い切られてしまった。
こうなれば、頷くしかない。
後はひっそりと、心の中で合掌する他ない。
とはいえ、教育的指導と言いながらその文字の上に『しつけ』の三文字が重なって聞こえてくるのは果たして幻聴だろうか。
珍しく、思考を深めたくないと思う少女であった。
ここまでお読み頂いている方々へ、感謝の気持ちを込めてお届けします<(_ _*)>
前回の予告で、お伝えしていた人物に辿り着くまでに至らず……痛恨の極みです。
とは言え、懲りずに今後の予定……です(^-^;
※
山頂にて、土地神と会談。
後、下山の最中に『とある里』へ迷い混む。
クラスマッチ前後譚、今暫く続きます(((((((・・;)




