クラスマッチ前後譚~鎮めの谷より~
鎮めの谷における、一騒動…
もとい、序幕となりますm(__)m
*
空が、青いな……。
夕刻から、明け方へと思考を再び戻してくる頃。
既にその視点は、俯瞰に近いところまで到達しつつありました。
―――上空は、やや肌寒さを感じるくらいの晴天。
恐らく、祖父の背に乗って飛んでいる高度よりかは……やや低いくらいの安定した遊覧飛行。
先導は、高麗が務めてくれています。
それに追従するようにして、未だに顔色を取り戻せずにいる風狸青年の腕の中。
要するに、見上げている。
一見すると細腕なのに、抜群の安定感を感じていましたよ。
……うん、これは正直失念していたんだ。
祖父のことが基準になりつつあった自分。
前回の飛行形態すら脳裏を掠めず、当日を迎えていた抜け具合に…頭を抱えること暫し。
迎えに来てもらっておいて何ですが、回れ右して貰おうかと半ばシミュレートし掛けましたね。
―――ええ、結果は見ての通りです。
逡巡こそ、しましたが。風狸青年の腕に多大な負担を掛けて飛ぶことに相成りました。
「―――風狸青年、そろそろ休んだ方がいいのでは?」
「ん? ……はは、大丈夫さ。そんなに軟な造りはしてないから。まだこの分なら、半日くらいは余裕で飛び続けられると思うよ?」
「……誇大広告の一種ですね。うん、それはさて置き……精神面も含めて、休息は大丈夫なのだろうかとも思って」
「―――うわぁ、直球で来たね? ……そして否定できないなぁ」
後半は、限りなく小声だった。
小声に最小値が存在するのなら、多分そのレベルだ。
そしてそれすら、拾い上げる高麗の聴力が恐ろしかったりもする。
「相も変わらず、ダダ漏れの癖は直せていないらしいね―――風狸?」
飛行姿勢こそ、一縷の乱れも見せない。
それでも確かに向けられた視線の先で、ようやく回復の兆しを見せつつあった顔色が見る見るうちに逆行してゆく。
放っておけば、土気色。
そんな笑えない未来を予測した時点で、全くもって休日らしからぬ疲労感を感じ始めていたのも無理はなかった。
その後、二回の小休憩という名の精神慰労を挟みながら。
晴れ渡った空の下を、二色の翼が飛び続けること暫し。
太陽は頭上で燦々と輝く中、ようやく視界に映り込んできたのは―――灰色の谷だ。
「あれが“鎮めの谷”―――嘗ての緑麗の里です」
風の音に紛れる様にして、それでも確かに耳に届く高麗の静かな声。
それを受けた自分は、上空から緑の失われた谷を見渡して一つ頷いていた。
「―――降りて、少し見て回りたい」
「―――あまり長くはお勧めしません。見ての通り、あらゆるものが喪われた場所ですから」
そう言いながらも、徐々に高度を落としてくれた高麗。
彼の背に続く様にして、舞い降りたその場所は。
彼が言った通り―――まさに、失われた土地といっていい様相だ。
嘗ては川底であったろう場所に、まるで水の気配はなく。
干からびて、元々の深緑の色彩を失った苔が無数に張り付いているばかり。
ごろごろと乾き切った岩ばかりが見渡せる。
「以前は“緑麗”と呼ばれていた名残も、ここには見出せないね」
「海側からの報復と、その都度繰り返された山側からの土砂崩れによって“緑麗"一帯は惨憺たる爪痕を被ることとなったのです。――――この地に元々在った“土地神”の社もその際に失われたと聞いています」
「ふむ……土地神、ね」
元々、要所であった地を治めていた土地神ともなれば――――やはりそれ相応の神力を持つ神であったのだろう。
しかし、それも住処を追われたとなれば。
ある推論に辿り着くまでには、さして時間もかからない。
「―――察するに、この辺りがこれ程まで荒れ果てているのは……何も、山と海の争いだけが要因となったわけではなさそうだね」
「ご明察です、姫様。続く争いでただでさえ疲弊した土地―――それに重なるようにして引き起こされた社の破壊。それら全てが要因となり、この緑麗そのものを草木の生えぬ不毛の土地へと変えてしまったのです」
これはやはり、一朝一夕で片が付くような問題ではなさそうだ。
それが分かっただけ、訪れたことに意味はあると思いたいところ……
ただ、忘れてはならない少女の有様。
必ずと言っていい頻度で、付随してくる周囲の物事たち。
今回もまた、例外ではなく。
どうやらそれだけでは、終わらないらしい。
「―――風狸青年? 何事も程々にね。むやみやたらと警戒しては、周囲を刺激してしまうだけだよ」
「……これでも兄さんから護衛役として厳命されて来たんだよ? 君が万一、傷一つでも負うことがあれば―――宵宮邸に戻れなくなるからね」
横顔が、まるで笑っていない。
そこに込められた冗談でも何でもない色を見て、やはり気軽に頼むべきではなかったと後悔するもすでに遅く。
そう、後から悔いるからこそ後悔と呼べようかと。
こんな状況においても、つらつらと考えていられる少女はある意味でやはり異常と呼べよう。
「……うーん、何処かに似たような記述があったような……でも、サイズがなぁ……」
「彼らは皆、齢を経たオオサンショウウオが怪異化したモノたちですよ」
「―――では、やはり彼らが"ハンザキ"かな? でも、資料には相当な大きさだと書かれていた記憶があってね……」
「この地の神気が衰えた結果、そこに住まうモノたちも総じて力を落としたのでしょうね…」
降り立った瞬間には、感じていなかった無数の視線。
岩場を散策している合間に、いつの間にか周りを囲うようにして集まってきたのは焦げ茶色の塊だった。
体長は大きなものでも四~五十センチといったところだろう。
大柄なトカゲとも見えなくもない外貌だ。しかし動きに、それなりの速さが見て取れる。
―――こちらに、害意をなそうとしているか否か。
まずは、そこを見極めたい。
じりじりと輪を狭めていく、その中心で。
どのようにして意思を伝えたものか、ぎりぎりまで考えるつもりでいた。
幸いにも、空という選択肢が残されている以上。
まあ、要するに気持ちの面でのゆとりがあったという。
ただ、それだけの話。
すでに翼を広げて、飛翔の体勢を取りつつある風狸青年を横目にしながら。
ふと、視線を巡らせた先に映り込んだのは―――異なる色彩。
「―――あぁ、やはりまだ存命で居られた」
翼を半ばで畳み、目を眇めた高麗の声に被さるようにして辺り一帯を震わせることとなる大音声。
「―――ばか者ども!! 己の前にしているモノが敵か味方かも分からぬ内に囲みに入るとは何ごとだ!! 散!!」
その声の主は、ただその声一つでハンザキたちを諌めるほどの威圧を有しており。
更に付け加えておくならば、その外見は只ならぬ迫力を醸し出すのにそれ以上のものは望めないだろうと。
少女はとりあえず、そう思ったのだった。
彼らの窮地―――というほどに切迫したものであったかは大いなる疑問ではあるが―――に駆けつけるや否や、一喝してハンザキたちを散開させた怪異。
まるでそれは、史実そのもの。
眼光は射るように鋭く、ヒトより明らかに大きな口を持つ。
全身を灰色の布地で覆い、髪を振り乱して仁王立ちする―――山姥であった。
『咎』に纏わるあれこれは、今暫く続きます。
クラスマッチまでの、長い長い二日間の山間旅行は後に物語を支えていく梁に等しい大切な柱へと成長していく予定でおります。
それでは、また。
次は鎮めの谷における現状と…出来ましたら、ある人…失礼、ある怪との合流を交えて語っていけたらと考えております(((((((・・;)




