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怪談の学校  作者: runa
35/48

クラスマッチ前後譚~四隅君の夕語り~


暫し間を挟んでの、投稿と相成りました(^-^;


とうとう、前半の大いなる分岐点となりますクラスマッチ編へと突入致します。



 *




「――――うん、空が青いね。モッ君」

「―――……それ以外に、君が言うべきことは無いのかい?」



 吹き渡る風を頬に感じながら、空を仰ぐ少女の肩にふわりと着地した灰色の塊。


 ――思えば、六日ぶりの重み。

 実際はしみじみと、感慨に浸る暇もなく。

 モッ君の呆れた様な声を聞きながら、それでも緩んでしまう頬。

 うん、これは仕方がない。



「ごめんね、モッ君。予想もつかない事態というものは、案外ゴロゴロと転がっているものらしくてね―――気付いたら、六日も過ぎていたんだ」

「君……いや、もういいよ。そろそろ僕も慣れるべきだ。でもね―――それにしてもだよ。どうしたら、週末から失踪していた君がクラスマッチ当日に体育倉庫から現れるなんていう怪奇現象に僕は付き合わされているんだろうね? ……簡潔な説明を求むよ」



 ぱたぱたと、モッ君の尾羽で埃を掃って貰いながら。

 六日間の空白を簡潔に語るべく、少女は思考を纏め始める。


 ――――さて。一体何処から、語り始めたものだろうと。

 後方にいる“彼ら”を振り返りつつ、少女がその口を開くまであと僅か。



 視界に広がる、校庭の端から端まで犇めき合う怪異達―――その光景はまさに夜行図に準じる―――もとい、クラスマッチ開始前の喧騒。

 風に靡く、四色の旗が目にも鮮やかである。

 げこげこと鳴き交わすのは、大蝦蟇(おおがま)たち。

 見事な深緑の艶を照らしだす夕明りには、自然光以外も混じっている。

 青白い炎―――もとい、空中にふわりふわりと無数に漂っているのは、狐火か…はたまた鬼火か。

 これほどまでに妖しげなクラスマッチの光景は、現世では見る事すら叶わないだろう。




 *



「おや、風狸ではありませんか。久しく見ない間に、翼も程々に生え揃ったものですね……」

「高麗様、お久しぶりです。……可能ならば、その今にも羽を毟ってやろうか的な威圧を抑えて頂けると……」



 早朝の螢澪邸。

 葉桜がそよぐ大門の下で顔を見合わせるなり立ち込めたのは冷気である。

 具体的に述べれば、それは右肩から発せられていた。

 ―――高麗。祖父の傍仕えにして、絶対的な信を置かれている彼はやはり生半な怪異などである筈が無く。

 さて。協力を仰いでおきながらあれである。

 何というか、迎えに来てくれた風狸青年の顔色が洒落にならない。

 やはり、申し訳ないことをしてしまったと内心で頭を下げる少女が一人。

 はい。私です。



「高麗さん、今回のことは私が言いだしたことで、翼を貸してほしいと頼んだのも私の独断です。……責めるなら、どうか私一人を」


「高麗と。―――そのままお呼び下さい。姫様、今回のことは何より先代様が心配されて気を揉まれるのも道理。何しろ行先が“(しず)めの(たに)”ともなれば―――。どうか、そのお心を汲み取って頂ければ幸いです。また、今回は最低条件として私も同行致しますので」



 宜しいですね、と目を細められて告げられれば。

 果たしてその場に、それを反目出来る猛者がいる筈もなく。


 ぶるり、と端正な面差しを引き締めた風狸青年と。

 それぞれに別の意味を込め、宜しくお願い致しますと頭を下げる少女。

 その心情は、非常に複雑なものであったとだけ言っておこう。

 常日頃、肩に何かしら乗せている少女―――言うなれば、モッ君のことだ―――とはいえ、今回ばかりは緊張もする。

 何せ、高麗は本来であれば祖父と共にあるモノであり。

 螢澪邸において、自然と耳に挟んだところによれば。


 祖父に次ぐ長命―――ひいては、オカルト界における“翼あるモノ”の中でも古参の一人に数えられているのだという。


 祖父の実際の年齢こそ、恐ろしくて聞く機会を持てずにいるくらいだ。

 それに次ぐ、となれば相応に恐ろしい年数を耳にすることは免れまい。

 言わば、歩く史書である。

 まさに、底知れぬ怪異の一人。

 方や、十数年生きただけの自分。

 ―――相手にすらならない。うん。


 それを巻き込むこととなった次第に、眩暈も覚えよう。




 さて。

 そもそもの、事の起こりが何時であったかと言えば。

 それは夕暮れの、踊り場ということになるだろうか。

 つまり、前日の放課後の前半部――――四隅君から告げられた“咎”に纏わる話である。



 *


「透さんは“(しず)めの(たに)”について聞いたことはありますか?」

「鎮めの、谷……? いや、初耳だね。見聞が狭くて申し訳ない」



 開口一番、四隅君は此方を気遣ってか話の要点を真っ先に確認してくれたようだった。

 知らないことを伝えれば、一つ頷いただけで分かりやすく説明してくれる。

 蛍といい、河伯少女といい、自分の友人である怪異達は皆説明が得手だ。



「いえ。そもそも、山間の怪異達の間ですら昨今では、内々に話に出すことを禁じているとさえ聞きます。鎮めの谷は、ある意味で禁忌の象徴といっていい場所の一つですから」

「禁忌の象徴――?」

「はい。簡潔に言ってしまえば、鎮めの谷―――嘗ては(りょく)(れい)の里と呼ばれていた山間の集落は、山と海の怪異たちにとって境界の地にあたる要所でした。それが遡ること五十年程前になりますが……ある出来事によって、その境界が崩れ落ちたのです」



 まるで、何かを悼むように。

 語りながら、次第と曇っていく四隅君の横顔をじっと見詰めながら話に耳を傾けた。

 それは、怪異達によって繰り広げられた争いの史実。

 憂いの籠った双眸に映るのは、透明な水面のような哀しみの色だ。



 ――――緑麗の里。それは、遡ること数百年前より境界として定められていた地であったという。

 周知の通り、オカルト界は様々な怪異が共存しあって形作られている世界。

 現世とは、所謂合わせ鏡のような対比によって成り立っている。

 従って、所々で重なり合う部分に綻びが生じる事も儘あり。


 ―――時にそれは、ヒトと怪異の邂逅という形で現世において語られる。これがつまり、怪異譚。


 曰く、その場所は怪異にとっても重要な地。要所ということ。

 以前にも話のなかで“認識”されることが怪異にとっての生命線に等しいと伝えられた通り。

 怪異に限らず、ヒトに認識された怪異の存続はより確かなものとなる。

 だからこそ要所を巡り、山間と海川の主なる二つの攻勢が争いを続けていた理由も分からなくはない。


 ただし、それは程度を見誤らなければという話。

 山と海が一つの里を巡り、数年毎に大きな争いを繰り返せば。

 それは現世における、未曾有の災害を示していた。

 次第に疲弊していく土地を見限ってか、徐々に本来あった里の賑やかさは失われていったという―――……。



「そして五十年前に、緑麗の里は転機を迎えたのです。その折に、要所の弱体化を懸念した山と海とで―――暫しの休戦を提示したのです。そうして実現した、話し合いの場でしたが。―――……そこで事態は一変しました」

「―――決裂、したのかい?」

「……それで済んだなら、寧ろその方が良かったのかもしれません。まず先にお伝えするのは、オカルト界において史実とされている方―――つまり、海の使者を川の使者が姦計に落とし、講和を打ち砕いた―――“桜庭の裏切り”についてです」



 少女が、目を瞠る。

 酷く辛そうな面持ちで、それでも続きを語る四隅君はまるで思いを馳せる様に。

 夕暮れの近づく空を見上げながら、語る。



 川面の怪異達というのは、当時からとても微妙な立ち位置であったという。

 言わば、狭間。

 土地柄からすれば、山間に近しい。

 しかし、その能や有様は紛れもない水系であるモノ。

 ―――史実の時々で、予てより“曖昧なモノ”として認識されていた節があり。


 川の怪異は、何処かでそれを不満に思っていたのではないか。

 いつしか、そのように風聞が伝わっていくこととなった所以も恐らくそれに端を発している。


 当時こそ、海側に類されていた川の怪異達。

 その講和の席において、一つの席を用意されたという。

 山より、三つ。

 海より、二つ。

 川より、一つ。

 そうして始まった“講和”という名の宴席で。


 “それ”は起きた。



「水辺の怪異だけに、作用するという毒があるそうです―――……海側から来ていた二怪のうちの片方が、それを口にして消失。当然のことながら、講和は断絶。海側によって、山間へ向けた報復が行われました。その折の大津波は、地上におけるありとあらゆるものを海の底へと沈めたと……そう、伝わっています。後に山側より、海側に向けて送られた書簡の中で彼らは記しました―――」



 ――――本来の“咎”は我らに非ず。

 ――――川の桜庭によって、酒宴の杯は配られた。と。



 低められた声の中に、震えが混じる。

 それはまるで、今まさに痛みを堪えている様なそれであり。

 堪え切れずに、頬を伝い落ちる涙は……“何”を思ってのものなのか。


 次に続く言葉を待たずとも、何処かでそれを予感していた。



「……そうして、桜庭の一族は山間からも海原からも……そして、同じ川のモノたちからも排斥されることになりました。居場所を追われ、狭間に辛うじて命を繋ぐしか……そうするほかに、余儀なくされたんです」

「―――どれほど、辛かったろうね」

「―――はい」



 ぼろぼろと、白い頬を濡らし続ける涙。

 それはきっと、彼の真っ直ぐな心から流され続けてきたのだろう。

 今までもずっと、きっと。



「―――あれは、姦計でも何でもない。不運が積み重なって“たった一つの認識の誤り”から生じた……事故、だったんです」



 怪異というものはまさに、千差万別。

 同じ一帯にすむモノであっても――――その差異は、外見にも表れている通り。


 長きに渡り、隔絶していたといっていい互いの関係性。

 それは同時に、失念を生む可能性を大いに秘めていたということ。


 川は、海側に分けられていたとは言っても。

 実質―――互いのことを殆ど知らず、知らせずにきた“怪異としての在り方”は。

 当時は、より一層顕著だったことだろう。

 山側も、海側もそれを見誤った。

 そうして起きた―――悲劇の様相。


 それは、薄まり過ぎたこと。



「淡水と海水の濃度の差異―――それを、見誤った故の悲劇かい?」

「はい。海側の生き残った方が口を付けた直後、先に杯を仰いだ一方が異変をきたしたと。当時は、そのように伝わっています。その折に生き残った怪異は、猩猩(しょうじょう)。僕の知人です」



 それは、四隅君が学園に来る前。

 ―――今より、十年ほど前のこと。



「猩猩は、基本的に酒好きで……おそらく、名だたる怪異の中でも一際舌の肥えた怪に当ります。赤毛で、毛深くて……全体に丸っこいんですけどね。山間にも時々やって来て、木の洞に湧き出た秘酒を飲んで帰るんです」



 そんな猩猩が、ある時にぼそりと零したことがあったという。

 それは酒の勢いであったのか、単なる偶然であったのか。

 それは、当人ですら分かっていなかったのでは…と四隅君は疲れたように言った。



「“そう言えば、あの時に飲まされ掛けた酒は濃度がちと、薄過ぎた様な気もする”と。まるで、独り言の様な呟きだったそれを……当時の僕はあまり深くも考えずに聞き流していたんです」

「―――再度確認をしたのは、学園に入学した後ということだね?」

「―――蛍さんに、実際に会って。……本来ならば、僕が語るべきことではないのかもしれません。ただ…僕らが入学した直後は、蛍さんの周囲はまるで茨の棘の様でした。学園側の意図は、僕には分かりません。けれども……“海組”に振り分けられた彼女は、日々を傷だらけで過ごしていた。とても……見ていられたものではありません。そして僕もまた、糾弾されるべき怪異の一人です―――ぼくは、見ているだけで……何も、しなかった―――」



「―――その認識は、誤りだね」



 どしっ、と。

 まるで話の腰を折る様なタイミングになってしまったのは、正直言ってあまり宜しくはないだろうね。


 ただ、これ以上傷つく必要はないと思ったのだ。

 実際に傷を付けたのは“彼”ではないのだから。

 分かるよ。例え、その当時にいなくともね。

 だってそうだろう――――もし“彼”を糾弾するべき当人がいるとして。

 その当人たる―――蛍自身が、今“彼”に向けている表情に蟠りの類は一切無い。

 怒りも、悲しみも、憎悪も。

 そんなものとは無縁の彼らを、数日とは言えど傍らで見てきたのだ。



「四隅君、君は誇って良いんだ。少なくとも、私はそう思う。君は疑問をそのままにせず、本来の真相まで辿り着いてみせた―――紛れもなく、蛍にとっての“大切な友人”なのだから」

「―――ですが、」

「表立って庇うばかりが、救いの道とは限らないよ。……現に今、間に合っているだろう? 確かに、最善はそれだったかもしれない。けれども、全てを掬い上げる事など現実的には叶わない。……悔しいけれどね。でも―――まだ、他にも間に合うことはあるかもしれないね……うん? 独り言だよ。ところで、四隅君。その猩猩さんとやらは、基本的には海沿いを拠点にしている怪異なのかな?」

「猩猩、ですか? うーん……風聞では、今は山間へ立ち寄っているようですけど。例によって、酒探求をしているらしいです」



 どうして、そんなことを?

 まるでそのまま顔に書いてある様な、明瞭な表情に内心では苦笑しながらも。

 表面上は、何気無さを装う。

 何にせよ、必要以上に不安を与えることは……こちらとしても本意ではないからね。



 一通りを語り終えて、やはり悄然とした様子は否めない四隅君。

 以前に彼は、自分のことを“信頼のおける怪異”と称してくれたけれども。

 どちらかと言えば―――彼の方が余程に、それに相応しいと思うのだ。



「大切な話を、ありがとう。君の様な友人を持てた蛍は幸せだ。……いらない補足かも知れないけれど、私も四隅君にとって善き友人であれる様に頑張りたいと思ったよ」

「―――僕も、同じです」



 何故だろうか、ようやく泣きやんでいた筈の四隅君が再び涙目に。

 何だろうね。

 思い返すにこの学園に来て結構な頻度で泣かせてばかりはいないか、自分。

 ―――若干の現実逃避と遠景を眺める二段構え。


 完全に四隅君が泣き止んだのは、それより暫く経ってのこと。

 夕暮れの光が、待ち合わせた時よりも西へと傾いて。

 朱の入り混じり始めた廊下の端と端で、手を振って別れたのが放課後の前半。



 その後は、以前にお知らせしたとおりの第一回文殊会合へと繋がる訳である。



これより、暫くの間は『咎』+『クラスマッチ』合同で進めていく予定でおります。


今夜は、続けてもう1話。

なるべく間隔を空けないよう、取り組んで参りますので(^-^ゞ


宜しければ今暫く、週末の喧騒にお付き合い頂けたら幸いです。


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