四日目~そして混迷は煮詰まったまま冷める目処は立たず*翠緑の夕刻~
久方ぶりに、投稿に漕ぎ着けました(^-^ゞ
やや長文となっております。
前半は、前回のお話の他視点になります。
*
その時の少女は、まだ知らないことではあったが。
後に『早退騒動』と揶揄されることとなるそれも。
現段階では、ごく限られた数名しか状況を把握する術を持たない。
紺碧の空に突如として立ち現れた、天候異常としか言えない量の綿雲。それに対する学内の怪異達の反応には、著しいものがあった。
端的に言えば、学内は騒然とした空気に包まれることとなったのである。
「――――あれは 」
「……日和の当主……『竜王の翁』だろうね。あの方自ら迎えにいらっしゃるとは……」
件の二人、白黒の兄弟はそう呟きを交わしながら。
雲海の如き雲の群れが、滞留している様をじっと見詰めていた。
そこから眼を、離すことすら出来ない。
それだけの異様。
それだけの格の差。
古の御三家で、最も畏れられた存在を近くにすればこそ。
既にその座を退いたとはいえ、生半な怪異では直視し続ける事すら難しい。
そう囁かれる所以を、他ならぬその身に実感していた。
今、彼らがいるのは、理事長室からやや離れた高等科の棟の端であり。
それでも彼らは、呼吸すら潜めながら。広がる雲海を、ただただ眺めるばかりであった。
理事長室へ少女を運んで行った後。
泣きはらした少女が、意識を失ったところまでを傍らでじっと見守っていた二人。
「魔王子、風狸。今回の件では、理事長としてではなくこの子の叔母として感謝を伝えておく。ありがとう。……とりあえず、今日はこのまま休ませるつもりだ。君たちは教室へ戻りなさい。―――直に迎えもやって来る」
その言葉に頷き、部屋に残る理事長と教頭それぞれに目礼して退室したのが先程のこと。
閑散とした廊下を進み、あと僅かで高等科の教室へ辿り着くところで。
ざわざわと、立ち込め始めた圧倒的な違和感。大気の歪み。
先を行く兄が、振り仰いだ視線の先。
自然と立ち止まった兄弟は、渡り廊下からそれを見上げる事となった。
「……透は、凄いな」
「兄さん………本当に眼が高いと言うか、むしろ今後が大変………」
兄弟が囁きを交わす間にも、しんと静まり返った校舎は一様に包まれている。
神の身位にも等しい、怪異の神髄と威圧に。
それに合わさる、清浄な山脈の空気に。
高位の龍が、降り立った学内。
正確な状況を掴んでいるのは、両手で数えられる程度に限られる。
「飛ぶ、みたいだ」
兄の声に、思考を断ち切って見上げた先。
急激な上昇気流と、波が引く様に薄れていく圧倒的な“気”の気配。
雲海は霧散し、校舎の上に紺碧が戻って来る。
まるで今の今までが、白昼夢であったかのような穏やかな空を見上げて。
ざわざわと、校舎に戻って来る音が今までの緊張の度合いを如実に表している。
早退した、当の少女はまだ知らない――――――。
その折に与えた学内への影響が、如何ほどのものであったかも。
そして、この騒動を契機に、意図せず様々なモノたちの関心を深めていくこととなる今後の情勢も。
その時はまだ、知らずにいられた。
*
「…… 本当に、どうして君は。やはり呪われているんじゃないのかな ……」
双翼を羽ばたかせ、雲海の去った空に“彼”の呟きが響く。
呪いの代名詞とも称される彼をして、同情に至らしめる少女の有様。
未だその姿は、完全なる怪異とは言い難い。
しかしそれが寧ろ、他を惹き付ける所以になっているのかも知れないと。
そう思い至ればこそ、苦笑もする。
生来、その仄暗さに関しては他の怪異の追随を許さないとさえ云われる種族にあってこそ。
その外貌によらず、総じて身の内は冷めているものなのだが。
それすら歪める、少女の業。
憎しみ。裏切り。嫉妬。愛欲。切望――――。
ヒトのあらゆる薄暗い欲から生まれ落ちた“彼”から目を逸らさない異様さ。
それはつまり、怪異でありながらヒトでもある。
そんな曖昧な存在であるからこそ生じ得る、波紋。
それは着実に今も広がり続け、やがては“それ”を呼び寄せる事だろう。
「さて―――君は最後に何を招くのか。そして何を、成し得るのか………他でもない君が望んだ役割だ。僕は最後の最後まで、見届けることとしよう―――」
ばさり、ばさり。と。
羽ばたきは遠ざかり、観測者は暫しの休息を得る。
*
「ふふ、本当に貴女は興味深い方――――。どこまで私を愉しませてくれるのかしら。ああ、願わくば“あれ”が今暫く巣穴から出てこなければ良い位……」
手を、打っておこうかしら。
仄暗く微笑んだ艶笑に、血の香りが纏わりつく。
彼女の視線の先で、薄れていく雲海の先端。
周囲が呼吸さえ躊躇うその中心で、唯一笑み零した花の顔は。
雲に紛れて見えない少女へ、歪んだ想いを手向ける。
そう―――まだ安寧を求めるには早すぎるわ。
だからこそ、偶には自ら動くことがあっても良いでしょう?
誰とも無しに呟いた内心の声を、もし聞き届けるモノがいたならば。
きっとそのモノは、こう称した筈だ。
“例え小石ほどの存在であった筈のそれも、時と場合、事象によって相応ならぬ波紋を広げることがある”と。
波紋を広げた小石。
それが後に、どのように称されることとなるのか。
今はまだ、誰もが不確かな虞を薄らと感じ取るのみであり。
それが形になる先は、まだ訪れていない。
***
身が竦むほどに、ただ美しいばかりの空。
それを切る様に進んでゆく背から。
ゆったりと飛ぶ祖父に向けて、謝罪の文言を紡ぐ孫娘が一人。
はい、私です。
「おじい様……連日ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「呉葉。あなたは怪異としては、未だ形を成してはいません。強いて言うなら、優し過ぎるのですよ。其処を自覚なさい」
「はい……肝に銘じます」
「とはいえ……呉葉、あなたに責任はないのですから。俯けている顔をまず上げなさい。私たちの見通しも、大概甘かったと言わざるを得ない現状です。寧ろ謝るべきは日和の総意。……本来はもう少し、後に予定していましたが――――これも良い機会です」
話の流れに、先に続く展開が読めずに首を傾げた少女。
それすら見通していたのだろう。
祖父は龍の口を器用に緩め、心配はいらないと前置きする。
「日和には、幾つかの傍系が存在することを知っていますね?」
「ええと……確か過去には十三、今は九つの……?」
「ふむ、正解です。ただ前もって付け加えておくなら、正式には傍系にも分類があることを、空を往きがてら、軽くお話しておきましょう」
そうして祖父が語った内容は、纏めればおよそ以下の通りになる。
日和の本家に連なる傍系には、天候に纏わる様々な家々がその名を連ねている。
正直なところ、最盛期はその数すら正確には把握出来ぬほどだったらしい。
正式な書面として残るものが、十三。
祖父が当主であった頃は、少なくともそうであったと。
祖父はそのように話した。
嘗て、叔母からも教えて貰った『黄昏の改変』を期に祖父が当主の位と御三家の座を退いた後。現在に至るまで、鶯叔父様が代わりに当代を名乗っている訳であるが。
その交代から、今に至るまで正式な祝いの文を寄越した家々の数は九つ。
従って、現状では日和に連なる傍系は九つという認識に纏まったものらしい。
「今から往くのは、その九つの中でも筆頭に据えている“一木蓮”の館です」
「………やはり館なんですね。家では無いんですね」
「呉葉。家の大きさは家格が伴えば、仕方の無い比例なのですよ。それに、慣れてしまえばそれだけのことです」
「…………」
全くもって、反論のしようがない。
やはり慣れるしかないのか。
……世知辛い世の理に、空気の薄さも相まって眩暈を覚える今日この頃。
気付いた頃には、随分と空気も変わっている。
話を聞いている合間に、ずいぶん遠くまで来ていたらしい。
ゆったりと進んでいる様で、体感と実際の速度には差が生じる龍の飛行。
まさに、怪異である。
眼下に広がる、針葉樹の深い緑の谷。
轟々と耳に響いてくるのは滝の音だろうか。
螢澪の邸も、緑深い山中に埋もれるようにしてあるものの。
この辺りは、それに勝らず劣らず。
緑の薫りが立ち込めている。
「とても……空気の綺麗なところですね」
思わず「辺境ですね」と言いかけた口を、ギリギリで変換に漕ぎ着ける。
ふぅ、いくら身内と言えど…親しき仲にも礼儀ありが基本姿勢だ。
現に祖父自身、自分に接するときは丁寧な言葉を崩さない。
見習わなければならないな、という思いから。
いつだったか鶯叔父様に話した折には。
結果として――――何故だろう、遠い目をしていた。
祖父に纏わる話を振ると、時折生じる違和感に慣れつつある昨今。
全てのことに理由を問うことは、必ずしも良い結果ばかりを招く訳ではないことを学んだ。
「龍や、それに近しいモノたちは総じて空気の質に煩いのですよ。理想が高いと言うよりかは、本質として形を保ち…荒まないようにする為の環境条件といったところでしょうか……呉葉、あなたは山中で色々不便かもしれませんが」
言葉の最後で、祖父が纏う空気が変わる。
ヒトの姿の時ほどに、明確ではないものの。
それ位の表層は、自分にも読み取れる。
「おじい様、確かにまだ大きな邸に慣れない部分もありますが。……喧騒よりかは静寂の方が好ましいと私は感じます。それに……おじい様とおばあ様、叔母様と叔父様たちに囲まれて暮らす生活に欠片の不便もありません」
そう言い終えて、過去を振り返ること暫し。
父と母の間で度々繰り返されてきた冷戦の余波と、それに伴う被害を考えれば。
山中での邸暮らしは、非常に恵まれていると思わざるを得ない。
何事も無く、毎日美味しいご飯を食べられる幸せも。
帰宅して、家が半壊していないことへの安心感も。
何にも換えられない自分の平穏に繋がればこそ。
これ以上は望まない。……否、望めない。
過去の様々を振り返っていた少女である。
祖父の空気があからさまに緩んだことも。
まして喜びのあまりに祖父の全身が、一時神々しいまでの光を発していた事にすら気付かないままに、終わった。
瞑っていた目を開ければ、目的地は間近である。
針葉樹の薫りが漂う、山脈の端。
やはり木々に埋もれるようにして、広大な屋敷が佇んでいる。
「あれが一木蓮の館『日暮邸』です。……なるべくゆっくりとは降りますが、しっかり掴まっていて下さい」
返事の代わりに、姿勢を低くして鱗にしっかりとしがみ付く。
それを確認してか、高度を落としていく祖父の背から。
視界に迫る緑と一層濃くなる薫り。
束の間目を閉じて衝撃に耐えた後に、ふわりと優しく抱きあげられた感触があった。
それに、恐る恐る目を開けてみれば。
既に人型へ変化した祖父に抱えられて、地上に立っていた。
ふわり、ふわりと羽虫が林の間を飛交う静寂の山中。
見上げれば、杉の葉から零れ落ちる光。とても静かだ。
「もう大丈夫ですよ、呉葉。補足がてら、この邸には螢澪と同じ守護が掛けられているので本名を名乗っても問題ありません。……さて、そろそろやって来る頃です」
何が、と問い掛けるよりも先に。
バサバサと、周囲の木々の枝葉を薙ぐ風が吹き付けてくる。
唐突なそれに、思わず顔を祖父の懐へ埋めると。
意図せず、祖父が森の匂いを発している事実を確かめることとなる。
螢澪の邸に立ち込めている新緑を思わせる薫りだ。
龍の匂いというものは、その住まいの匂いそのものになるのだろうか……。
半ば思考がそちらへ引き摺られ掛けるも、辛うじて現状へ戻していった先。
風が凪ぎ、全貌が露わになる。
祖父に抱えられたままの少女の視線の先で、見事な深緑の龍が頭を垂れていた。
*
「お久しゅうございます、先代様。変わらずご健勝の様で、何より。――――知らせは聞き及んでおります」
「堅苦しいのは好まない。零緤、まずは顔を上げなさい」
「お言葉のままに」
ふわり、と大気が揺れる。
するすると靄が凝り固まる様にして、青みがかった黒髪の人物が現れた。
艶のある見事な黒髪は左肩に流されており、その先は薄紅の布で無造作に纏められている。
双眸は龍の姿を思い起こさせる、森の葉の色。
吊り目がちの、どこか狐を連想させる少年の姿をしていた。
「呉葉、先に言っておきます。これは一木蓮の現当主。名は流 零緤。年齢は四百と二月です」
正直、慣れて来たと思っていた。
それなりの耐性も付いたと、自負はしている。
それでも、唖然とするのはどうしようもないことで。
やはりその辺りは、ヒトの性と言えよう。
「年齢詐称と言われても、無理はない容貌でしょう?」
「先代様………せめて此方から名乗らせて下さいませ」
「そなた、気まぐれであろう。この子には正確なところを知っておいて貰わなければならない。それ故の、代弁だ。何かほかに言いたい事は?」
「………ありませんよ。やれやれ、本当に百年振りでこうも変わらぬとは」
一拍置いて。
「…呆れを越して、安堵いたしました」と。
そう呟き、ひっそりと笑った横顔は。
やはり少年と言うには、老成しているようにも見える。
「改めまして、名を名乗ることをお許し下さい。日和の姫君。私は日和本家、傍系筆頭の流家が当主流 零緤と申します。以後、お見知りおき下さいませ」
「ご丁寧にありがとうございます。日和 呉葉と申します。こちらこそ、宜しくお願い致します」
言い終えて、頭を下げようとすれば慌てた様子で制止が掛かる。
「日和本家の姫君に、頭を下げて頂けるような家格ではありません。どうか、そのままで」
「……おじい様は兎も角として、私は此方へ戻ってまだ数日という身の上です。何一つ成し得ていないこの身であればこそ、まだその言葉を頂くのは早いと思います」
祖父に目礼した後。
改めて、その場で一礼する。
「以後、宜しくお願い申し上げます」
一時、目を瞬かせていた流家の当主も。
ややあって、その表情を柔らかなものへと変えて呟く。
それは先代の日和の当主へ向けた、信頼の証でもあった。
「日和の血筋は、この先も永きに渡って輝いていくことでしょう。其処に日がある限り」
“其処に日がある限り。”
それは考え得る限り、日和の一族における最大の讃辞に用いられる文言である。
それを知らぬ少女は一人瞬くも、呟いた当人と向けられた先代は薄く笑むばかり。
結局のところ、その場では分からないままに終わった。
「さあ、どうぞ中へ。本家の方々をいつまでも外に立たせておく訳には参りません」
流家当主の言葉で、迎え入れられた『日暮邸』は庭園の見事な美しい館だった。
螢澪邸との最大の違いは、平屋であることが挙げられるだろう。
敷地だけならば、寧ろ広いのかもしれない。
ぽちゃん、ぽちゃんと鯉が跳ねる池を横目に、案内された先は見渡す程の広間。
左右に配された丸窓から、椛の鮮やかな緑が覗いていた。
きっと秋には、それは見事な様相に色付くことだろう。
一通り見渡した後に、ふと気配を感じて振り返る。
外廊に、伏して現れたのは菜の花色の頭が二つ。
「ようこそ、お出で下さいました。先代様につきましてはご機嫌麗しく――――」
「併せて。お初にお目に掛かります。日和の末の姫様」
まるで鏡を並べて写し取った様に、姿形の揃った双子が顔を上げて同時に微笑む。
「流の長女、樒と申します」
「流の次女、槐と申します」
宜しくお願い致します、と。
声を揃えて現れた彼女たち。
誇張でも何でもなく、その場の空気が華やいだ。
見た目だけならば、恐らく自分と同年代。
しかしここはオカルト界。
年齢不信になりかけているな、自分。
聞きたいけれども、聞きたくない。
これはまさにジレンマだ。
「おや、暫く見ない内に随分成長したものですね。樒、槐。呉葉、彼女たちは――――」
「先代様、年齢は秘密ですよ」
「乙女の年齢は、安易に触れてはならない絶対領域なのです」
どうやら先程のやり取りを、何処からか耳に挟んでいたらしい。
先手を打って来た彼女たちに、苦笑に留める祖父。
その狭間で視線を何処に向けたものか、悩むところである。
「樒、槐、君たちには光樹を呼びに行かせた筈なんだけどね………」
そう言って項垂れる流の当主へ、彼の娘たちは銘々に応える。
「兄さま、先程の雲海騒ぎで学園に呼び戻されたばかりですの」
「飛閻魔の冷血とまともな会話が出来るのは、兄さま位なものですから」
「「兄さまは、相変わらず不憫な役回りなのです」」
最後は声を揃えた二人は、意味深な笑みを祖父へ向けてクスクスと笑い合う。
しかし、それよりもまず不穏な単語に恐る恐る問うていた。
「あの、……雲海騒ぎというのはまさか……」
「先代様が怪談学園を訪問される際、雲隠れをなさったでしょう?」
「先代様が来訪されたことに気付いたのは、学園でも極少数だと聞き及んでおりますわ。ですから、一連の騒動は怪異主不明のままで“雲海騒動”と称されているのです」
「「流石は、先代様です」」
いえいえいえ。
何がどうしてこうなった、ですよ。
まるで笑えない当人としましては、早退一つで騒動に発展している現状に泣けそうです。
………切実に欲しい。
………そう。明日から平静を装う為の、鉄の心臓が。
「わざわざ足を運んで頂いたのに、愚息が不在とは。是非この髪を以てお詫びしたく」
「いらないですよ、貴方の髪なんて。……では、零緤。貴方から伝えておいてもらえますね? 本来ならば、私から直接頼むのが筋ではありますが……」
「とんでもないことです。帰宅次第、責任を持って私の口から伝えましょう」
何やら話は、纏まったらしい。
その後は、双子たちが用意してくれた茶菓子とお茶を頂きつつ和やか…うん、比較的穏やかな時間を過ごした。
言い直した点に関しては、あまり深く考えないことをお勧めします。
さて。そんな日暮邸における穏やかな時間も過ぎた。
やや傾き始めた日を見上げつつ『日暮邸』を後にする頃には。
「久方ぶりに相見える事が叶い、ここ数年で最も喜ばしい日となりました。また是非、気軽に足をお運びください」
そう告げて、ゆったりと身を折った深緑の龍。
その背に乗って、手を振る少女たち。
「「呉葉様、今日はお会いできて嬉しかったです。――――それから、兄さまのことを宜しくお願い致します」」
此方も祖父の背から手を振り返しつつ、夕空へと舞い上がったのが先程。
そして現在――――。
「あの、おじい様? 因みに先程のお話は……」
「明日からの備えですよ。呉葉。明日の朝には“風切”と名乗る少年があなたを探しに来る筈です。流家の次期当主ですから、心配ありません」
何か、既知感を覚える流れである。
確認というよりかは確信に近い心境であった。
「それは……護衛を目的としたものですか?」
「察しが早いですね、呉葉は。その通りです。夕立や守宮にも限界がありますからね……本邸から直接介入すれば、影響を最少には留められない。それ故に、傍系から助力を得るのが現状における最善だと考えました。……辛い思いをさせますね、呉葉」
祖父の辛そうな声に、無言で首を振った。
そう。言葉にならなかった。
一体どうしたら、この混沌から抜け出すことが叶うだろう。
ずっと考え続けるそれに、明確な答えなど出る気配はなく。
今出来る事は、ただ一日一日を積み重ねていくこと。
心を其処に据えて、歩むこと。
友人を大切にして、日々を過ごすこと。
それが今の自分に、できること。
「おじい様、唐突ですが…ささやかな相談があります」
「どうぞ。私に出来る事ならば、協力は惜しみません」
「では、お言葉に甘えて……」
実は、日暮邸に着いた頃からどのタイミングで切り出すべきかと悩み続けていた。
鞄から徐に出して、膝に広げる。
艶やかな漆塗りの重箱。
もとい、豪勢な――――。
「片輪車さんに折角作ってもらったので、帰宅前には空にしてお返ししたいんです」
「……お弁当、ですね? はっ!! まさか呉葉今日のお昼………」
「………いえ、あの。言いだせずにいた自分に全ての原因が」
「まさか孫娘に昼抜きを強いるとは………、呉葉。罰として私の鱗を好きなだけ剥ぎなさ……」
「拷問?!」
言い終わりなど待ちませんとも。
髪を切るだの。鱗を剥げだの……。
どうやら日和の一族には、自虐的な思考が共通してみられるようですね。
気付きたくなかったなぁ………。
夕暮れ、金色の空を祖父の背から見渡しながら。
三段重ねの重箱の蓋を開ける。
未だにしゃきしゃきのレタスの葉を摘まみつつ。
甘辛く味付けされたミートボールの一つを祖父の口に給仕しながら。
お弁当は冷めても美味しいと言うのは、事実ですね。
そんな四日目の、終わり。
ここまで拝読頂き、誠にありがとうございます。
現在、短編期間と称して色々取り組んでいる最中でして……学園の投稿が普段以上に遅延ぎみになっております(^-^;
ご迷惑をお掛けしますが、宜しければ気長にお付き合い頂けると“もっけの幸い”です。




