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怪談の学校  作者: runa
13/48

side 日和





 少女が学園生活一日目を終えて、家路につく頃。

 茜色に染まる空を一羽のカササギが飛んでゆく。

 その鳥が舞い降りた先。

 薄靄に包まれた広大な屋敷があった。

『螢澪の館』と呼ばれる日和一族の本邸である。





「あら、随分早かったわね。高麗」


 舞い降りた鵲は、丁度館の回廊を渡っていた女性の元に羽を畳み、徐に嘴を開いた。


「呉葉様は無事学園を出られました。今日一日で友人も得たご様子。流石は時雨様のご息女。良くも悪くも他を惹き付ける相は顕在です」


 嘴から淀みなく紡がれるのは人語。

 加えて多くの予想を裏切るであろう低音の美声だ。

 それを聞き届ける女性は微笑むだけである。

 理由は簡単だ。

 彼女はこの使い魔である鵲の主人の伴侶であり。

 同時にこの美声とて聞き慣れている。


 一羽の鵲と屋敷の女主は和やかに言葉を交わした。



「ご苦労様、高麗。後は羽を休めておいでなさい。明日からもその羽を借りることになるでしょうから」



「承りました。して、主への報告はどのように?」

「私から伝えます。今日一日分のメモリーは……」

「はい。こちらに」


 鵲は頸をひねり、背中の羽根を一本抜き取る。

 抜き取ると同時にふわりと光を纏ったそれを彼女が受け取る。

 淡い輝きを纏っていたそれは、やがて少しずつ掌に吸収された。

 その間、瞑目していた彼女は全てが吸収された後にゆるゆると目を瞬いて苦笑する。




「……これはまた。ふふ、随分厄介なモノを引き寄せたみたいね」


 溜め息を溢しながらも、その口許には笑み。

 それが何を意味するかは、当人である彼女以外には知る由もない。





 カン、と甲高い鹿威しの響が木霊する離れ。

 静寂を保つ一室。

 茶室とも呼べそうなその一角、無造作に書物を広げている一人の青年。  ふ、と何かに気付いた様子で視線を上に上げた。


 普段は破られる事のないそれが、一つの足音によって乱される。

 許し無く、開け放たれた障子と現れた一人。



「当様!! 一体どういうおつもりです。何故、学園へあの子を行かせたのですか?!」


 その艶やかさに、並みの男ならば一目で堕ちるだろう。

 せせらぎを写し取った様な絹糸の髪。

 稀少な紺瑠璃の双眸。

 抜けるような真白の肌は、今は興奮のためかやや臼桃色に染まっているが、彼女の美しさを引き立てこそすれ、損なうことは無い。

 そんな絶世の美女が見据える先で、呆れたように溜め息を溢す青年もまた同様。

 例外なく人ならぬ端整な造形美を見ることができる。

 それもその筈。

 彼らは血の繋がった正真正銘の父娘である。



 娘の突然の襲来に、父である青年は僅かも溜め息を隠さない。



「……騒がしい。凪、お前にしては耳が遅かったのではないか」

「質問に答えて下さいませ、当様」

「その呼び名は変えるよう、前にも伝えた」

「…………」


 駆け込んだ勢いのまま、やや呼吸の乱れが残る美女とそれに対面している現在も泰然とした様子を崩さない青年。

 見ようによっては、色々な想像が派生しそうな光景だった。


「時雨の娘についてだろう。……お前はあまり関わらないようにしてきたのだろうと思ったが」


「ご冗談を。私は貴方の娘なのですよ。そして、あの子は私の姪です。今まで会いにも行けずにいたのは全てあの子自身を思ってのこと。今更言わずともそこはお分かりの筈です」


 貴方の娘。

 そこに含まれるのは、その言葉通りの意味ではない。

 日和の一族に付いて回る相称。それを暗に含ませて告げているのだ。

 それが目の前のひとに伝わらない筈もない。

 何せ、この対面する父娘。

 彼らはまさに、この日和一族の中枢に当たるといって過言でないのだ。


 先代当主とその長女。

 字面に当てはめれば、それは明らかだ。



「ふ、……血縁至上主義か。お前にもそのまま継がれているらしい」


「それがなにか? 馬鹿馬鹿しい。当然のことだわ。あの子は、あれほどの不遇に付いて回られる狂相持ちであるのに、あそこまで真っ直ぐに育った奇跡のような子だもの。そんな愛すべき姪に必要のない苦労をさせる叔母が何処の世界にいるというのです」



 呉葉は狂相持ちである。

 狂うのは、彼女自身ではなく周囲。

 少女が歩む道筋には絶えず、不遇と呼ぶべきあれこれが付いて回る。


 少女はオカルト界でも随一と呼べそうな凶兆を謳われて生まれ落ちた。

 それもこれも、前例のない存在であった為だ。


 一族ひいては種族を越えた婚姻は、未だオカルト界では数えるほどしか例が無い。

 御三家、旧御三家など長きに渡って血を繋いできた名家においてもそれは同じである。

 しかし、あるにはあった。

 それは人と同じく、血が濃くなり過ぎたことである弊害が生まれることを知った家々が規律を改定し、他の種族を血族に招くことが、何度か実際にあったという。

 しかし、その大半が狙った通りにはいかなかった。それもそうだ。

 異種と言われるだけ、怪異個々には明確な差がある。

 魚と獣がまともに考えて、相容れる筈もないように。

 水妖と動物霊ではそれだけで大きな差だ。

 あくまで一例に過ぎないが、過去には様々な組み合わせが試されては結実せずに終わってきたらしい。


 涙ぐましい話である。

怪異も様々な苦労を積み重ねてきているのだ。


 それはそれ。

 つまり、異種婚姻の末に生まれた子はそれだけで奇異の目に晒されるのが現実だった。

 単純な話。珍しいからだ。

 さらには、両親の組み合わせが組み合わせだ。

『色無の化生』と、日和の末。

 その血の混ざりは果たして何を生むのか。

 多くが不吉だと囁いた。

 日和に影が生まれたと、悪し様に嘲笑する声さえあった。




 あの『黄昏の改変』は、そんな風潮に嫌気が差した先代当主によって始まった。

 孫娘を罵るような声を前にして、冷静を保てるような性分では元より無かった。

 日和は、この時点で一度オカルト界を切り捨てたのだ。

 この当主の決断に、異を唱えるようなモノは少なくとも一族内に存在しなかった。

 あの改変以来、隠居生活に入った先代に代わって当主の座を継いだのは、先代当主の長女凪の夫として日和に婿入りした空神一族の十三男坊である。


 空神一族とは、現世で言う天狗の系譜だ。

 あの一族の中で異質と呼ばれるほどに、穏やかな気質を見出だした先代が凪と引き合わせたのが馴れ初めである。

 過去、オカルト界において『日和』は特に異種婚姻の成立例が多い家である。

 だからこその縁組であったと言えよう。

 しかし、系譜から見ると空神と日和は怪異性の重なる部分もあり、山間の風雨を司る空神とは相性から考えても無難な取り合わせと言えた。

 それでも婿入りまでには幾度となく悶着があったが、現在は嘘のように平穏な毎日を送っている当代。


 だが、その平穏もどうやら曇り始めた。

 今回の騒ぎの発端は言うまでもない。

『怪談学園』という怪異の坩堝に、よく言えば平穏無事に過ごしてきた少女が放り込まれた現状。

 少女は異端と呼ばれてもおかしくはない経歴の持ち主であり。

 ましてや、本来の血筋を辿ればかの『日和』に連なる末の娘。

 血筋には紛れもない怪異性を宿しているとはいえ、生まれた時からつい先日までの長きを現世で生きてきた少女。

 まさに、オカルト界から切り離された状況で育った彼女が唐突に自身の出生を告げられてから僅か一週間。


 まともな思考の持ち主ならば、ここまでの流れが如何にあり得ない強行日程であるかは考えるまでもない。

 それ故の、直訴である。

 不敬に当たると分かった上で、彼女は先代当主が元に駆け込んできたのである。


 いかに引退したとはいえ、未だ実質的な権威を持つ先代当主『竜王の翁』を前にこのような態度で臨めるのは凪を含めた姉妹たちと、もう一人。



「あら、思ったより早かったわね。凪」

「母様……、鶯に口止めしていたのは母様ですね」


 鶯は、当代当主である。つまり凪の夫だ。

 空神は代々、空を飛ぶものの名を付けることが多い。彼もその例外ではなく、春の鳥の名を持つ。

 先程ようやく彼から状況を聞き出した凪は、今こうして先代のいる離れへと足を向けた次第である。


「母様、どういうおつもりです。これではあの子は身を守る術も…」


「凪。時雨がそんなに抜けた子だと思うの? あなたが考えているより、遥かに母親というのは聡いものなのよ。愛娘の身の安全を確保した上で送り出すのは当然でしょう」


 やんわりとした口調で、不安を静める手腕に秀でた彼女は屋敷でもとりわけ信頼をおかれている一人である。

 若かりし頃の先代の苛烈を唯一まともに見据えて立っていられた傑物。

 しかし見た目は非常に柔らかで場に立ち会うだけでも、その影響は計り知れないと称される先代の片割れである。



 普段であれば、ここで終わっていたかもしれない。

 しかし、冷静に立ち返って尚続く言葉は。


「それでも、あの『怪談学園』にこれほど急いで入れる必要があったとは思えないわ。もし、万一にも辻に目を付けられたら……それに。今は夜目の継嗣や瀧野入の磯姫も在学しているでしょう。身上が露見しても学内では守れないわ」



 カン、と一際澄み切った響が沈黙の中で鮮烈に残る。

 ここまでじっと二人の話を聞いてきた先代が、娘と目を合わせて静かに問う。



「辻がこの先、呉葉を見逃し続けると思うか?」


 先代の問い掛けに、凍り付いたように声を失う凪。

 その傍らに寄り添うのは、彼女の母である。


「凪。当代に口止めをしたのは、貴女が今日のように心を乱すと予想していたからよ。聞いて。状況は切迫しているとは言わないまでも、予断は許されない。貴女の心配も尤もだわ。けれども、今を逃せば間に合わなくなる可能性も出てきた。だから、今なの。幸いなことに、呉葉は両親の能をいずれも継いでいる。既に半透明化も果たした。目覚ましい成長に高麗も感心していたわ。あの子には、優しさも強さもある。現世で培った経験もけして無駄にはならないでしょう。……きっと、あの学園で開花するわ。一人の娘としても、怪異としても。だからね、凪。私たちは見守って、時折は手を伸ばして支えていくことが今は何よりもあの子の助けになる。知らせずに、生涯を護りきることが難しくなった以上はそれが私たちの役目。そうでしょう?」


 穏やかに諭す声に、凪は静かに項垂れる。


「母様……私は、あの子の叔母として出来る限りのことをしたいの」


 娘の呟きに、ゆったりと微笑みを覗かせる母。

 それは彼女自身が思うことでもあった。


「尤もね。でも、忘れた? 学園には夕立も、守宮もいるのよ。あなた一人が気張る必要はないわ。ね?」


 理事にあたる夕立は、日和の次女にあたる。

 その夫の守宮は、オカルト界でも稀少な武士霊一門の直系だ。

 危急時を除いて、童子の姿をとる彼は名だたる大妖たちからも一目置かれる存在である。


 彼の本来の姿を目の前にして、没落を免れた家は存在しない。


 密やかに伝わるそれに、虞を抱くなと言う方が無理な話だ。


「でも、夕立は昔から肝心なところが抜けているから……」

「……そうね。でも、その分は守宮が補ってくれるわ。違う?」


 然り気無くも、否定しない母の言葉。

 夕立がこの場に同席していないのが幸いである。

 そして、有無を言わさぬ微笑みにとうとう凪が折れた。


「母様には敵いませんね。ただし、約束してください。今後は高麗の報告を私にも伝わるようにすること。それだけは退けません」


 凪のどこか疲れたような声に、傍らに添ったままの母は柔らかな笑みもそのままで、その発言を投下した。



「そうそう。一日目にして呉葉は絶好調よ。もう夜目の継嗣を釣り上げたみたい」





「…………」

「………?!」




 竜王の翁の沈黙に続いて、凪の絶望的な表情が全てを物語る。


 なんて、不運な子。

 よりにもよって、一日目にして既に一つの山場を迎えているのだから笑えない。



「冗談でしょう……。母様」

「いーえ。事実です。ね、昔からあの子は面白いわよ」



 空気を読まない母、強し。

 それを尻目に、必死にこの先姪のために打てる手を超速で考え始める凪である。

 それはもはや、兆速といっても過言ではない。

 愛は限界を越える。


 一方の先代はと言えば。一見した限りは落ち着いている。

 何かを見定めるように、片割れである妻の双眸をじっと捉えていたが。

 やがて、徐に口を開いた。


「深紅。経緯を話せ」

「まぁ、怖い顔。……深緋。まずは話の前にお茶にしましょう」


 先代当主、日和深緋とその妻である日和深紅。

 彼らは表面上穏やかに視線を交わしつつ、その実互いの内心はこの時点で凄いことになっている。



『何を暢気にしてるんです、貴女は。あの夜目に呉葉をやるほど、私はまだ耄碌した訳ではありませんよ』


『この祖父馬鹿が。何でもかんでも排斥する姿勢を一度改めた方が良いわよ。そもそもあなたが一から見繕っていたら呉葉が嫁き遅れてしまうわ。取り合えず落ち着きなさい。その鱗を戻さない限りは、続きを話す気はないわよ』


 日和の当主に代々受け継がれる緋龍の鱗。

 それが顕現して見える時は、つまり喜怒哀楽の怒の状態にあると言っていい。

 それを見て取っていた深紅は、先ず諌めたのだ。

 今この場で誰より冷静である彼女だからこそ、先代の苛立ちもまた見抜くことが出来る。


 嘆息する夫を横目で確認してから、彼女は一日目の様相を語った。

 手繋ぎの件では、束の間和んだ場の空気も魔王子の突撃の件に入ったあたりで霧散した。

 二対の双眸が明らかな敵意に曇るのも、全て観察しながら一人笑み溢す彼女も大概だ。



「母様、夕立に今から繋ぎを取りたいのですが」


 話し終わりと同時に凪が口火を切る。

 それに母は苦笑した。



「あの子も多忙だもの……難しいのではないかしらね」

「姪のことを後回しにするような育て方をしてきたつもりは無いわ」

「あらあら、まるであなたが母親みたいねぇ……」



 母子がそんな言い合いを繰り広げる最中、沈黙していた先代が席を立った。


「どちらへ行かれます?」


 深紅が細めた目で、問い掛ける。

 しかし、肝心の当人はまるでそれを聞いていない。

 障子が開け放たれた。



「当様……?」


 訝しげな凪の声にも、まるで反応しない背を見て深紅はやれやれと席を立つ。


「凪。今から半刻ほど屋敷を空けても大丈夫ね? 鶯にはあなたから伝えて頂戴」


 目を瞠った凪へ、微苦笑を残して彼女は夫の背を押した。



「行くのね? 思えば私たちはあの子に会えないままでしたもの……うん。そろそろ顔を合わせてもいい頃ね」



 霧を掃うように、風が緩やかに巻き始めた。

 風の中心には、竜王の翁。

 変化していく傍らで、呟かれたその言葉。





 呉葉にとっては、波乱を感じさせる訪問が決まった瞬間だった。















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