再会と塗り壁
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教室に入ってきた彼女を見て、自然と笑みが溢れた。
「蛍、体調は?」
「と、…心太さん……?! …っ、」
臼緑色の私の友人は、暫く放心したように立ち竦んでいた。
しかし、今日一日で随分耐性もついたのか。
覚醒には思ったより時間は掛からない。
駆け寄ってきた彼女は、その暖かな手を背に回して抱き締めてくる。
水滴が、少女の肩を濡らす。
これ程まで心配をさせていたのだと思えば、ひたすらに申し訳ないと。そればかりだ。
「蛍。ごめんね。心配してくれてありがとう」
「……もう、会えないかと、思った」
途切れとぎれの蛍の言葉が、なんだか認識のズレをより明確にしたようで正直気まずい。
うーん。……何と言ったらいいものか。
対話はした。しかし、実際のところ。
気まずさこそあれ、切迫したものであっただろうか。
疑問だ。
数えるほどの問答をして、半眼で見られて、合間にタマゴサンドを頬張っていたような状況だったよ。
緊迫感?
皆無でしたよ。
むしろ、現世で不良少年を相手取った時の方が余程ありましたよ。
言いにくいな、これは。
うん。蛍には可能な限り詳細は暈して伝えよう。
「いつ戻ってきたの?」
「うん? 今さっきかな」
「……因みに、あれはいつから?」
「あー……、うん。実はね……」
蛍の問い掛けは、天井に向けられている。
やはりあれは異様ですよね。
怪異とはいえ、目立つのですね。そうですよね…
うん。未だに彼女は浮上してこない。
やはり本腰を入れて謝罪しないと。
蛍に大まかな事情と経過を説明すると、彼女は何とも微妙な表情になった。
苦笑いに近いのかな。
「それは、別に謝るものではないかな。むしろあの状態で謝られたら、傷を抉るようなものかも…。それに見た限りでは浮上はまだまだ掛かりそうだしね。どうしても謝罪するなら、明日でもいいと思うな。その方がお互い冷静に話せるよ」
言われてみれば、尤もだ。
蛍の助言に頷いて、礼を言う。
やはり自分には過ぎた友人だ。
「ありがとう、蛍。今日は帰って考えてみるよ」
「うん。じゃあ、途中まで一緒に帰ろう? ふふ、信じて待っていて良かった」
泣き笑いになった蛍にもう一度謝罪して、それから二人は並んで教室を後にした。
廊下から階段まで、変わらずに繰り広げられている怪談的な光景をかわしながら、二人は正面棟の下駄箱を目指して歩いていた。
蛍にとっては日常である。自分も大分コツが掴めてきたようだ。
かなりスムーズにたどり着けたとだけ伝えておきたい。
ここで突然の下駄箱談義である。
下見に来たときも観察していた下駄箱であるが、考えてみてほしい。
そもそも下駄箱必要ない怪異もいるのでは?
その通りである。いるのだ、意外と沢山。
大まかには、足がない怪異から始まり、首だけのモノ、人の形をとらないモノ、動物霊、常に地面から浮いてるモノ等々。
それでも広々とした下駄箱スペース。何故か。
それは、開校以来この学園に集った総ての怪異分の下駄箱が残されているからだ。
使い回しに適していないこと。
記念的な意味合い。
それらの理由から、撤去もなく増設され続けた結果がこの広大さ。
納得してもらえただろうか。
うん。聞いていないよね。勝手に始めたからね。
話を戻そう。
下駄箱を出て、こうしてようやく終わるかと思われた学園生活一日目。
しかし、最後の最後まで例外なく波乱は用意されているものです。
その問題というのは、校門をみれば明らかだ。
3つの影法師。
非常に禍々しい気配を纏って仁王立ちしている。
唯一の幸運は、彼女たちがこちらに気が付くよりも早い段階で蛍が気付いたことだ。
土塊の件といえば、思い出してもらえるだろう。
そう、件の彼女たちが校門で待ち伏せしていた。
気付いた時点で、蛍に引かれるまま一先ず校庭の茂みに身を隠した。
がさがさ揺れた葦に、一瞬向けられた視線。
しかし、幸運にも手前の茂みからタイミングを見計らったように一列に並んだ首がゴロゴロ転げ出ていったので疑われずに済んだようだ。
きっと、これは蛍の運が味方したのだろう。
……しかし、首の率が多いな。
おお、遠目にも首が空を舞っている。舞い踊る首に交じって鴉も乱舞している。
カオスだ。
「……おーい。心太さん、空を眺めている場合かな?」
蛍の呆れ声に、それもそうだと意識を戻した。
「うん。どうしようね」
「……よく考えたら、あの怪たちの狙いは私だから、心太さんはこのまま校門を出れば……」
怪たち。
成る程ね。オカルト界では他をそのように称するのか。
いや、今大切なのはそこじゃないか。
「却下で。そもそもどうかな……多分彼女たちは土塊を投げた存在をまず突き止めたいんじゃないかな。放っておいたところで何れはたどり着くだろうし、けして他人事ではないよ」
昼休みの騒動もある。
寧ろ既に把握されていても、驚かない。
一難去っても、まだ一難。
これは想定よりきつい…
登校拒否を検討する未来も遠くない気がする。
現世よりも、心なしか頻度が高くなったような。
もしかすると呪いなのか。
不運災難災厄の類いではないのか。
誰か確かめるスペック持ちの怪異はいないかな。
神気で浄化できないだろうか。
お祓いしてもらいたいな…
うん。そろそろ話を戻そう。
校門以外には裏門、通用口の類いが存在しないのが怪談学園である。
恐らく安全面の問題を考えた結果だ。
周囲へ被害を最小限に留める。その為の構造。
しかし、今回はそれが仇になった例である。
再び奇襲を掛けても、恐らく成功率は低い。
状況が違うこともあるが、あれは初回で咄嗟だったから成功したようなもので、一度経験した彼女たちには意味を成さない。
そもそも前提から違う。
掛かる火の粉を払うのに躊躇はしないが、避けられる火に飛び込む虫にはなりたくない。
平和主義なのだ。
此方から手を出す選択肢はない。
実力行使は意味を伴わないなら、ただの暴力で私怨と変わらないと思っている。
怨みを無駄に煽る必要もない。
やれやれ、どうしたものかな。
「ねぇ、なにしてるのさ」
何か妙に可愛らしい声がした。
屈んだまま二人が振り返ると、そこには頭の大きな少年がいた。
胡乱気にこちらを見ている。
「あ、瓢箪君」
思わず呼んでしまったが、そもそも瓢箪君自身が名乗った訳ではない。
いや、彼の声自体を聞くのも初めてと言っていい。
『わあああああっ!』の驚かせる為の発声のみ聞き続けたこと三回の遭遇。
今ようやく聞けた声なのである。
可愛い声だった。
何なんだ、君。
本当に怪異なのかな。
「……? 君に名乗った覚えは無いんだけどね。まあいいよ。で、なにしてるの?」
おお、どうやら瓢箪君で合っていた。
大きな収穫である。
これでようやく彼の不満顔の理由も聞けるよ。
「ね、心太さん。一日目にしては顔が広くないかな?」
「ん? …そうかな」
「自覚が無いって恐ろしい……」
なにやら小さく蛍が呟いたけれども上手く聞き取れない。尋ね返そうとしたけれども。
「……ねえ、話を聞いてるのかな君たち」
可愛らしい声で呆れられた日には、結構へこみますよ。
事情をさらっと説明する。
どの辺がさらっとかと言えば、つまり殆どである。
とある事情により眼をつけられた。
校門で待ち伏せされていて帰れない、と。
「とある事情って……」
何だか呆れられた。
しかし、ここで瓢箪君が衝撃の事実を伝える。
「あるよ、別の出口。入るのは多分難しいけど」
持つべきものは、友人です。
「ここから出られるよ。普段使いには向かないけどね」
瓢箪君に案内されてたどり着いた先は、古井戸でした。
葦を揺らさないように一列に進んできましたよ。
途中何度か鴉が墜ちてきて、鉢合わせしたけれどもそれ以外は概ね平穏な道行。
そして現在に至ると。
あの、ここはもしや誰かの縄張りではないですか。
這い出ては来ないですか。
「そっちじゃないよ。ここだよ」
あ、良かった。違ったみたい。
「………」
「………」
結果から言います。二人分の沈黙ですよ。
視線を向けた先には、確かにありました。
蔦の生い茂った塀が。
いや、出れないよ。
登れないよ?
希望的観測が出来る高さではないです。
内心の声である。
しかし、瓢箪君が徐に手を伸ばして塀に触れた。
何と揺れたんだな、これが。
壁が傾いだんですよ。
あと擽ったら、数センチ伸び縮みしてた。
転入して一番驚いた瞬間だったといっても間違いではない。
だって、そうだろう。
壁なの、これ。
そんな疑問を覚えても不思議ではないと思う。
ここでようやく瓢箪君の種明かしだ。
「ここ、塗り壁の縄張りなんだ。多分学園側も把握してるけど、対処にキリがないから目を瞑ってるらしいよ。そう。本題はこれの性質ね。塗り壁は元あった壁の代わりに立ちたがるからさ。退いてもらえば出口になるよ。後は君たち次第」
ふむ、面白い。
蛍が困惑した様子で塗り壁を見上げる隣で、少女は『塗り壁』についての記憶を辿る。
入学前に仕入れた知識の中にあるといいのだけれど。
うん? 無かったら無かったで、その時はまた考えますよ。勿論。
「……えーと。塗り壁の基本。夜道で人の往き来を阻む怪異。形状は壁。正体は見えない。……これは擬態か。上は駄目。左右も駄目。となれば」
……転ばせてみよう。
弱点は足元であれば、結論はそこに至る。
周囲を見渡してみる。
手近なところに転がっていたのはこれくらい。
持ち上げてみた。
鉄パイプだ。染み無し。ここは大切だ。
うん? そうだね。この学園に不良はいない。
いても食べられてしまうからね。
では何故、こんな都合よく鉄パイプが転がっているのか。
答は難しくない。
きっと、必要な誰かがいたのだろう。
世の中は幾重にも交差して、不思議に思えることもままある。
つまり、詮索不要と言うことですよ。
今大切なのは、学園を出て家路につくことですから。
普段の母を真似て、鉄パイプを構える。
そのまま勢いをつけて、横殴り。
地面すれすれを鉄パイプが薙いだ。
加減はしなかった。しかし、手応えはない。
外した? いいえ。
結論から言おうかな。
自動ドアみたい。
正確には、鉄パイプが当たる寸前でガーッと横へスライドしてました。
普通に避けましたね、壁。
しかし、当初の目的は果たされた訳である。
結果は上々だ。
呆気に取られたまま固まる蛍を手招きして、念のために壁を押さえながら人通りの無い路上へ出た。
振り返って、苦笑している瓢箪君に手を振った。
「ありがとう、瓢箪君。また明日」
「またね」
帰りの挨拶を交わし、少女は空を仰いだ。
長い一日だった。




