93 いざ亀田へ
俺が現場に到着すると、既に厚谷隊は混乱を収拾している頃だった。
乱れていたとされる隊列も元に戻り、まともに敵を追い払う準備は整っている。
「どうやら、反乱勢力は師団長の部隊ではなかったようだが……」
「猪口才な……」
しかし第4師団の姿は既に無く、戦闘は終了していた。
地団駄を踏む厚谷隊。
「見たところ、戦は終わっているっぽいですね……」
「おお、五郎か。全く、ちょこまかと動く敵兵にござる」
「だがこれ以上攻撃してこないことから、残党の仕業と見ていいだろう」
確かに、『瞬間兵力検索』で見ても敵性反応の数は500前後。
急いで東に退いているようだ。でも――
「東は完全な山道。しかも季節は冬で、細い道を一歩外れると深い雪。兵の潜伏は出来なさそうですね」
「その細い道とやらも、冬は使われておらぬ。つまり逃げ道は塞がっているでござる。追撃するなら今ぞ」
「いや、待て」
追撃の案に、ハーコンが反対する。
「エルフ族は、一部の例外を除いて他の種族より魔法に長けている。火属性魔法で大量の雪を融かすのは造作も無いこと」
「左様にござるか」
「それに敵は小勢。一方の我らは大軍。兵力が大きい分、我らの機動力は敵に劣る上、反乱軍が火属性魔法を駆使して雪崩を起こせば大惨事に繋がる」
なるほど、それは危険だな。
雪崩に巻き込まれては、大軍である俺達の犠牲もその分増える。
それに時間帯は夜。仮に、敵の計略が実行されても気づくのが遅くなる。追撃は止めた方が良さそうだ。
「焦らずとも、遠からず我らの勝利は確定する。身内や領民を虐殺されて辛いのは理解できるが、しばしの辛抱だ」
「む……」
ハーコンが逸る季貞を必死に宥める。
そう、戦争において余計な犠牲を出すのは愚策。
俺だって一族や、茂別館周辺の人の身は心配だ。でも、俺がここから向かうわけにもいかない。
今は黙って慶広達に託すしかないのだ。
「とにかく、俺達の部隊が動く必要がなくなったので安心しました。でも、警戒は怠らないで下さいよ」
「承知仕った」
でもこれで、セタナイ方面に残党が行かなかったのは確定したし、とっとと自分の部隊に戻って休むとしましょうかねえ。
◆◆◆◆◆
翌朝。その後、他の部隊から襲撃を受けたという報告も無く、俺達は出発の準備をしていた。
「あ。セタナイの援軍にも伝令を送っとかないとな。第4師団はそっちには向かってないって」
「でも、用心するに越したことは……」
「まあ、でもセタナイが危険に晒される心配はないだろうさ。よっぽど、国縫(現・長万部町)や山越内(現・八雲町)から雪山を強引に進まないと襲えないよ」
いくら執念深い第4師団でもガチで実行したら、八甲田の雪中行軍みたいに遭難者と死者が続出するだけ。これは考えなくていい。
むしろ、さっさとリシヌンテ達を俺達の後詰に回した方が効率的だ。
「では、私行ってきます!」
「ゴメンな、いつもラグンヒルを使い走りにしちゃって」
「大丈夫ですっ! むしろ程よい寒さになって、動きが良くなってきました! では!」
そう言ってラグンヒルは、尻尾を振りながら猛スピードでセタナイへと進んでいった。
みるみるうちに、彼女の後ろ姿が小さくなっていく。
「さて、そろそろ俺は本陣に行かせてもらいますかね」
「待ってるッスよ!」
俺も甲冑を整え、ヴィクトリアの元へと向かった。
◆◆◆◆◆
一刻が経ち、軍議を終えた俺は自分の部隊の元へと戻っていった。
「あっ、戻ってきたッスね。どうだったッスか?」
「備中守さんの部隊から、順次峠越えで亀田に向かうんだってさ。いよいよ、この戦も大詰めだな」
「しっかりケリをつけたいッスね、武親さん」
「当然だよ」
そうしてラウラと話しながら、俺は周囲を見渡す。
まだ、ラグンヒルは到着してないみたいだ。
「やっぱ、一刻ぐらいじゃ戻ってくるわけないよな……」
「でも多分、この部隊が動き始める頃には、ガルバレク曹長も戻ってくるんじゃないッスかね?」
「マジ?」
「マジッス」
やっぱ、獣人と言うのは足が速いものだな。セタナイまでは距離にして7里(約28キロ)。
普通の人間が普通に歩けば、距離だけを考えても往復に半日はかかる。
それも崖の多いところを歩くのだ、移動時間はさらに必要となるだろう。
それを、あと一刻のうちに戻ってこれるとは……異世界、恐るべし!
そしてラウラの予言通り、俺の部隊が出発を始める直前にラグンヒルは戻ってきた。
「ラグンヒル・ガルバレク、只今戻りました!」
「お疲れさん。援軍の様子はどうだった?」
「なんか、完全戦闘モードって感じでした。でも私が報告に上がったら、すぐに武装を解除してこちらに戻ってくるとのこと」
そのほか、リシヌンテや宗継のほかに重季と直季も合流すること、そして瀬田内館主の工藤祐致は師季や1000の兵と共に現地に残ることも伝えられた。
「工藤祐致さんって、どういう人物なんスかね?」
「工藤家自体は、100年以上も昔、アイヌとの戦で蠣崎家初代の信広公と共闘した一族だ。だから他の家臣とは、扱い的に一線を画しているらしい」
「へえ」
「そして九兵衛さんも例に違わず、アイヌとは何度も戦っている歴戦の武人なんだ」
しかしまあ、よく他の和人集落から遠いところに館を作ったものだ。
師季に会いに行った時もそうだけど、セタナイまでは相当しんどい遠足だったな、あれは。
おっと、こんな無駄話をしている場合じゃない。そろそろ出発の合図を出さないと。
「さて、ラグンヒルも戻ってきたことだし。いざ、亀田へ!」
「おおおお!」
こうして俺達は、中山峠経由で師団長のいる函館平野を目指して、行軍を再開したのであった。




