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94 その頃、慶広

 ~side慶広~


 知内(チリオチ)にて余が武親達と離れ、行軍してから早や2日。

 余は季遠や広益、レスノテク、さらにはイングリッド、ブレンダ、アストリッドたちと共に、不破家の拠点・茂別館の近くにいた。


「これは、酷いな……」

 

 知内もそうだったが、レスノテクが首長を務める木古内(リコナイ)集落(コタン)も焼け野原。

 そして武親の実家、茂別館の周辺も焼けた家々しか存在しない。当然、焼死体の多さは数えるまでも無い。

 まさか、松前以外も悉く焼き払われていようとはな……。


「茫然自失にて候……」


「もう……こんな光景は止めてよ……。アタシ……アタシ、こんなの見てられない!」


 軍中の士気は、滅ぼされた集落を通過するごとに下がり続ける一方。

 中には涙を流さずにいられない兵もいた。


 だが余は、此度の戦における事実上の大将。如何なる時も強くあらねばならぬ。

 涙を簡単には流せない。今は耐えるべき時なのだ。


「新三郎様。何故、出羽の愛季様は援軍を差し向けぬのでござりましょうか!? お館様の所領は、即ち安東家の所領でもありましょうぞ! 斯様に荒らされて、それでも黙ってお見過ごしになるとは!」


「広益、気持ちは分かるが致し方ない。安東宗家も、今は出羽の事だけで精一杯とのことだ」


「ぬう……」


 今回の謀反、父・季広は当然ながら主家の安東氏に援軍を要請した。

 だが父の話では、愛季様はにべも無く断った上、『以後、蝦夷の沙汰には当面関知せぬ』とまで仰せになったそうだ。

 これだけ聞けばさぞ冷たいと思うだろうが、安東宗家にも事情はある。


「精一杯にて候か」


「原因は、異世界の者にあるがな」 


 このような冷淡な態度を取った遠因は、半年前の王国との戦。

 この時も余達は、愛季様に要請し2000の兵を送ってもらった。

 だが、王国の圧倒的戦力の前にその殆どが討ち取られ、生き残ったのは南条守継にその情報を持ってきた伝令が1人あるのみ。

 

 これが契機となって、安東宗家の軍事力は大いに衰退。

 その影響で、それまで余達・蠣崎家と同じく半独立状態であった、比内(現・秋田県大館市)の浅利則祐の完全な独立を許すに至った。

 であるから今回、援軍を断ったのは愛季様の立場とすれば仕方ないのである。

 

 どのみち、蝦夷地の和人は悉く討ち取られている。援軍を送っても、もはや安東宗家にメリットはない。 


「領主の子息」


「なんだ?」


「今の話、初めて聞いたが」


「私めも初耳ですよ」


「だから、何がだ?」


「妾には、蠣崎家がまるで安東家という貴族の下についておるように聞こえたのじゃが」


「何だと?」


 父上……もしかして王国の人間には伝えてなかったのか? 蠣崎家が形式的上、安東家の被官であることを。 

 となれば、半年前の王国との和睦は愛季様に黙って行われたことになる。

 つまり、主家に対する背信行為を取ったことになり、愛季様が冷淡な態度を取る理由がもう1つあったことになる。


「――なるほど、父もよくお考えになったものである。蠣崎家と安東家の関係を隠すことで、蠣崎家の地位を上げようとなさったのか」


「誠にて候か?」


「相変わらず、蠣崎家の人って悪知恵はよく働くよね。昔からそう。アタシたちアイヌが和人の館に攻め込んだ時も、いっつも和睦と偽って大将さんの首を捕る。だから、部下に愛想尽かされて謀反も起こされるのよ……」


「その部下のことが守継を指すのであれば、それは間違いである。守継は余の姉を娶り、蠣崎の一門衆となっている。忠臣である彼が謀反の首謀者とは考えられない」


「新三郎様も、越中守殿をお疑いにならないで?」


「当然だ。だが謀反に無理矢理加担させられたのは事実。嫡男の宗継もそれで苦しんでいる」


「とにかく! 和人と異国人(アンタ達)の事情で、アイヌに何度も迷惑かけるのは止めてほしいって言ってるのっ! ……集落の皆の死に目にも会えずお別れなんて……辛過ぎるわ」   


 それを言うなら、余も辛い。脇本館を発って以来、家臣を除いて生き残っている和人を1人も見かけていない。

 領民を全域にわたって虐殺されて、余も将来の政の展望が見えないのだ。


  


 余達は、一度瓦礫の山と化した茂別館に移った。


「ひょ、兵部少輔殿ぉ! 兵部少輔殿おおおおぉぉ! 目を……目を覚ませ! また、共にお館様の御為に……!」


「……」


 これは……武親にとって、あまりにショックな出来事であろうな。

 広益が抱きながら大きく揺らしているのは武治の身体。しかし、既に彼は物故していた。

 それだけではない。武親の母・お凛と兄弟4人とも、上半身をバラバラに切断されて瓦礫の下敷きとなっている。

 その上、切断された胴体には足で踏みにじられた後すらある。

 

「残虐至極にて候……」


「たとえ好戦的な獣人でも、ここまではしない」


「あの叛逆者どもめは、聖女神様の教えにトコトン逆らっていますね! 私めも憤慨せざるを得ません!」


 エルフ族……イングリッドの話では、人間に深い恨みを抱いているようだが……。

 だが奴らの行い、まさしく悪魔の所業。第4師団の兵は皆、暗黒面に染まっている。


「兄や討たれた家臣もまた、同じ目にあったのであろうか……」


「慶広殿?」


「それに――武親にこれをどう伝えれば良いのであるか……?」


 事実をしっかりと伝えるべきなのか? だが武親は、前世で両親を叩き殺されたと聞く。 

 事実を正確に教えることで、武親の精神にどれほどの悪影響を及ぼしかねないであろうか? 


「肉親害せらる。此れも即ち戦国の世の倣い也。拙者もまた、親を失いし者にて候」


「……」

 

 そうだ、家臣の大半は誰かかしら身内を既に失った身。

 それに、武親も精神は子供ではないのだ。いずれ、この残酷な真実を伝えねばならぬ日が来る。

 ならばありのままを話し、しっかり受け止めてもらうよりほかない。


「アンタ、大丈夫?」


「ああ、余は大丈夫だ」


 何時の間にか、目が涙で潤んでいた。

 今まで必死に堪えてきたが、やるせなさから怒りで涙腺が崩壊しかけていたのだ。  


「……皆、亀田に向かうぞ」


「……御意!」


「承知にて候」


「アンタ……分かったわ」


「了解」


「分かりました。聖女神様の教えに逆らった罪、償ってもらいましょう!」


「総司令官殿の指示では是非もないのう」


 悲しみの連鎖を止めるためには、暴走する第4師団に制裁を加えるほかない。

 余達は、第4師団の本隊を討滅するべく茂別館を去った。

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