89 江差の戦い その2
武親が高台の第4師団に奇襲を仕掛けようとしている頃。
ヴィクトリアと宗継は、艦隊で鴎島に上陸していた。
「こちらには、第4師団の方々はいらっしゃいませんでしたわね」
「後は、ここから対岸に向かって総攻撃を仕掛けるばかりでありますな。しかし……」
「しかし……どうなさりましたの?」
「先の戦で、貴殿の術は勝山館の土塁を堀に変えたと聞いているであります。地形を大きく変えることのないよう、力加減願うばかりであります」
「あら、それは心配ご無用ですわ。簡単に切り札を切るなど、淑女のすることでは……」
そう上品に軽く笑い飛ばすヴィクトリアであったが、宗継はやはり心配であった。
この女性、何だかんだと言って強力な魔法を行使するのではないかと。
しかしそもそもこの反乱の種を蒔いたのは、自分の両親。
更に諫言しようとする気持ちを、我慢して抑える。
「とにかく、兵の用意に如何ほどの時を要するでありますか?」
「あと、30分――半刻もかかりませんわね」
「備中守殿の隊も見えるでありますな。武親殿の隊は……あれ? 見えないでありますな」
「臨機応変に作戦を変更したのですわね。まあ、それでもよろしくってよ。その分、お味方の被害を軽減できますこと」
すると、作戦内容を確認する2人の元に、1人の伝令が到着した。
「報告! 殿下、陸上を行軍中の不破武親殿より伝言が!」
「伝言? 申してくださいまし」
「はっ! 実は……」
「兵士を10000、北方のセタナイに?」
「しかも江差にいる敵の兵力は2000ではなく、1200でありますか……」
武親からの伝言。それに対するヴィクトリアの回答は……
「お引き受けいたしましてよ。現在、鴎島に上陸中の兵士と軍艦に乗船中の兵士は合わせて20000。本来後方支援の方々にも、お働きになってもらいますわ」
「まあ、もとから兵力に余剰は幾らでもありますからな。瀬田内館主の九兵衛殿にも援軍が必要でありましょう」
江差を攻撃するのに、25000も兵は必要ない。
流石にそれは2人も理解できているため、あっさり承諾された。
「而して、誰を将として派遣するでありますか?」
「そうですわね……。ではリシヌンテにお願いしてもよろしくって?」
「……」
「リシヌンテ殿?」
「う、うん……わかった」
セタナイへの援軍に対する指揮官として、白羽の矢が立ったリシヌンテ。
しかし依然、彼女は父・チコモタインを失った悲しみから抜け出せていない。
なのであまり乗り気ではなかったが、渋々ヴィクトリアの提案に従う。
「達者でありましょうか?」
「補佐として、ベアーテ・モルク大佐をつけてはおきましたが……って、宗継! 貴方もどちらへ!?」
リシヌンテに不安を覚えた宗継がヴィクトリアの元を離れ、リシヌンテの後を追った。
「リシヌンテ殿が心配です。それに瀬田内の和人に話をつけておくためにも、拙者が向かう必要が出てきたであります」
「……なかなか、自己主張の強い方々でいらして。わかりましたわ、貴方もセタナイに向かってらっしゃいな」
「気遣い、痛み入るであります」
ヴィクトリアに一礼して、再び軍艦に乗り込む宗継。
こうして10000の兵を、リシヌンテと宗継達が率いていくことになったのであった。
◆◆◆◆◆
同じ頃、厚谷季貞隊の2500人。
彼らは姥神大神宮を目標に、進軍を続けていた。
「されど……斯様な大軍、某は率いたことが無いでござる」
「ほう、それは珍しい現象だな。一国の指揮官ならば、これぐらいの人数は普通に統率の経験がありそうだが」
季貞と会話しているのは、彼の副将となっているハーコン・イェールハルド・ユングリング中佐であった。
「陸奥の南部や越後の上杉などの大大名の直臣ならまだしも、ここは稲作一つままならぬ蝦夷地。兵力は幾ら捻出すれど1500には達せぬ」
「ふむ……ここの領主は力が無いようだな」
「風土が風土だけに故……」
もっとも、1500の兵を動員したのは半年前の戦争が初めて。
通常の蠣崎家の最大動員数は、1000人にも達しないのが実情だ。
「ならば生産力を上げるためにも、大量に子供をこしらえないとな!」
「……」
父と妻を失い俯く季貞をよそに、ハーコンはガッツポーズしながら笑顔になる。
実はハーコンは男の夢魔。美形だが、人一倍の女好きであった。
「なんか、ノリが悪いようだが」
「某は妻を失っている。こしらえようにも、相手が無くては意味もござらん……」
「……すまん。平素、酒を好む道楽者と称されている貴官ならあるいは……と思ったのだが」
普段、酒に酔っているときであれば意見が合ったかもしれない2人。
だが今の季貞に、そのようなノリを求めるのは酷と言うほかなかった。
「さて、計略地点はもうすぐだな」
「参るは姥神大神宮。問題は、高台の敵兵にござるが……」
江差の高台を上に臨み、懸念する季貞。すると――
「う、うわああああ! 敵襲だ、敵襲だああああ!」
懸念通り、高台から突如矢の雨が降ってきたのだ。しかもアイヌの兵と同じく、それは驚異の命中率を誇っていた。
「これは……エルフの矢! 間違いない、第4師団はこの上だ!」
「なれど、某は蝦夷の矢でもう慣れておる! 者共、恐れず進めい!」
「りょ、了解!」
真上には、一列に並んだ第4師団の兵。全員弓を構えて、矢を連発する。
不利な体勢のまま戦うのは好ましくない。しかし、自分達は地形的に前か後ろにしか進めない。そこで季貞は、ハーコンらとともに愚直に姥神大神宮を目指して走った。
「う、うわあああ!」
だが道はアイスバーンの状態。足を滑らせ、転んでいく味方の兵が後を絶たない。
そうしている間にも、エルフの矢は彼らを無慈悲に襲い続ける。
「貴様達! それでも誇り高きミュルクヴィズラント王国の戦士か! 早く立ち上がって、即時前進せよ!」
「は……はっ!」
ハーコンは部下のプライドに働きかけるように叱咤激励し、進軍を促す。
「う、うおおおおおおお……!!」
数十分後、矢の雨を強引に通り過ぎた厚谷隊は、なんとか姥神大神宮に到着した。
もとより犠牲は承知の上であったが、季貞の想定以上に被害を受けていた。
「やはり的が多ければ、当たりやすくなるのは当然のこと。しかしながら、損害は小さくないな」
「此れしき、痛くも痒くもないでござる。某の隊が為すべきは、五郎の奇襲を待つのみぞ」
「ほう、それもそうだな……む?」
ハーコンは、大神宮の社殿の横、地面に突き刺さっている一本の木の棒を発見した。
「これは、文字が書かれているようだが……」
「どれどれ……なっ!?」
「どうした?」
木の棒のには文字が書かれていたが、漢字であったためハーコンには読めなかった。
だが漢字を読める季貞は、その内容に絶句した。
「『西夷尹波志多院之墓』……まさか、東夷尹(チコモタイン)だけでなく西夷尹までも討ち取られておったとは……」
ハシタインとチコモタインの死。これは蠣崎家にとって大きな痛手となること意味した。
蠣崎家は和人とアイヌとの交易を統制することで、渡島半島での覇権を握った戦国大名。
そして1551年(天文20年)「夷狄の商舶往還の法度」を締結以来、ハシタインとチコモタインは和人からアイヌの代表として見られる存在となっていた。
一方でアイヌも蠣崎季広を「カムイトクイ」、アイヌ語で「神の様に素晴らしい友」として扱い、和人とアイヌの関係は改善された。
だが2人の戦死によって、今後の蠣崎領の政に影響が出るのは必定。
これを理解している季貞は、ショックを隠せなかったのだ。
「若殿と万五郎様。父と妻、西夷尹に東夷尹……。此度は、誠に多くの者を弔う合戦となっておるな……」
「厚谷卿……」
「仇、取らせていただきたく存ずる……!」
簡素なハシタインの墓を前に、季貞はそう決意を固めた。




