90 江差の戦い その3
武親が出てきますが、ホルガー視点中心です。
一方同じ頃、第4師団エッゲ連隊。
ホルガーと側近の命令で、彼らは海岸の王国軍に先制攻撃を仕掛けていた。
「弓兵! さらに発射速度を上げよ!」
「ははっ!」
アイヌと同じくエルフ族もまた、弓矢での戦闘を得意としている。
さらにその矢には魔力が込められているため、威力は通常よりも高く発揮されている。
「うわあああああ……!」
「ぎやああああああ……!」
襲撃に阿鼻叫喚で慌てふためく敵。その悲鳴は、ホルガー達にとって大変心地良いものであった。
だが、戦況は決して楽観視できる状況でもない。
江差にいるエッゲ連隊の兵力は1200。一方、敵の兵力は推定20000以上。
想定を超える大軍を前に、先制攻撃による優位を何時まで維持できるかが不安要素であった。
一応、南からの敵襲に備え400人の大隊を別に配置してはいるが、セタナイに500の兵を割いたことにホルガーは後悔していた。
「大佐、やはり山を越えて亀田方面に逃れた方が良かったのでは……」
「我らの当面の目的は、この大軍を亀田から遠い地点で足止めにすること。簡単に退いては、スヴェンセン少将もろとも亀田で奴らに包囲殲滅されてしまう」
「だったら……」
「我が連隊の本部は、どのみち江差で壊滅する。だがセタナイの大隊には予め伝えておいた。事が済んだら、山越えで亀田に向かう敵を背後から急襲しろとな」
「ですが、王国軍は艦隊を大量に引き連れています。セタナイに援軍に向かう兵があってもおかしくないのでは……」
「そうであれば、その分だけ援軍とやらは亀田に着くのが遅くなる。言っただろう、我らの目的は足止めだと」
ホルガー自身も感じていた。99%以上の確率で、自分達が江差で命を落とすことを。
だが何が有ろうと、決して王国には降伏しない。最後の一兵まで相手に抵抗する気でいた。
「しかし一つ迂闊だったのは、セタナイの人間どもの存在であったな」
「ええ。お蔭で、勝山館の地下牢にいた人間を人質する作戦も遂行できませんでしたし」
「反乱開始時点で少将に進言して、早々にセタナイも駆逐するべきであったか……」
「――全軍、攻撃開始……!」
すると高台の南側、割と近方から敵将の声が聞こえた。
同時に、地を一斉に駆ける歩兵の足音も。
「やはり南から奇襲を仕掛けるつもりであったか。だが奇襲とは、相手に悟られないことが肝要。仕掛ける前から予測されては、意味が無い……」
「報告! 南の敵部隊、推定2500人! しかも東に陣取っている我が大隊の存在を見破り、そちらにも攻撃している模様!」
「……何だと?」
予測していた奇襲に対する備えを整え、高を括っていたホルガーだったが、偵察兵の報告に瞬時に狼狽した。
「馬鹿な……! 東は完全に深い森。多勢に驕って一直線に我らを狙っているわけではないのか……」
すぐさま対応策を練ろうと、思考を巡らすホルガー。
しかし今回は相手が悪すぎた。
「大佐! み、味方が次々と宙を待っているであります!」
「ちゅ、宙を舞っているだと!?」
部下の報告に、再び南を向くホルガー。
そこでは驚くべきことに、味方の兵が文字通り空に飛ばされ続けていた。
「強力な魔法を行使しているのか……」
「……! 違います、槍です! 槍一本で撃破しています!」
「冗談を言うな! たかが槍一本で旋風を巻き起こすなど……」
一笑に付すホルガー。だが、その「たかが」は現実のものであった。
「――そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃあああ!」
「……獅子奮迅とは、まさにこのことを表していたのか」
白い土煙の中、槍を豪快に振り回しながら第4師団を壊滅させているのは、1人の小柄な若武者。
エッゲ連隊の倍の兵を率いながら、先陣を縦横無尽に駆け抜けていた。
土煙の向こうから現れた、怪力無双の若武者。それは――
「不破五郎武親! 推参!」
「不破五郎……武親? ……まさかあの!」
半年前の戦争で指揮官2名に痛手を負わせ、ヴィクトリア第2王女と決闘を繰り広げた少年、不破武親。
第4師団の兵を力づくで叩きのめすあまり、真っ二つに折れた槍を携えて参上した。
「なるほど。だったらこの出鱈目な突破力も説明がつくか……」
「よう、あんたが江差の第4師団を率いている連隊長さんか」
「いかにも、私が第4師団エッゲ連隊の長、ホルガー・エッゲ大佐だ」
劣勢を悟られぬよう、若武者・武親に対抗して名乗りを上げるホルガー。
「それにしても……貴様は何故、我らとは別に東に陣取る大隊を発見できたのだ?」
「俺には能力があるからね。戦場を脳内で俯瞰できる、そんな能力が」
「そういうことか……」
王国軍の一部では「戦術も知らぬただの猪武者」と蔑まされている武親であったが、その噂は違った。
目の前の若武者は、その能力を巧みに使い策を練っていたのだ。
結果として相手の攻撃は奇襲とはならなかったが、被害状況を顧みれば似たような状態。
「全軍! 大佐の護衛につけ!」
「は…………おおおおおおおっ!?」
「せいやあああっ……!」
側近の指示で、ホルガーの守備に向かおうとする兵士達。だがその刹那、後ろから猛烈な爆風が高台に吹き荒れる。
「今度は何だ!?」
振り返ると、対岸の南北に細長い島に陣を張る王国軍の兵士達。
そう、彼らが遠くから魔法で援護射撃を行っていたのだ。
「圧倒的な力で、我らを捻じ伏せようとはな……」
「さて、観念する気になったかい? 連隊長さん」
「ふん、何を戯言を。貴様の槍は既に折れている。そんな得物で私の首を捕れるのかな?」
「槍がダメなら……刀で勝負だ!」
1体1の状況で、ホルガーの首級を挙げようと腰から刀を抜く武親。
一方のホルガーも、剣を右手に持ってはいた。だが――
「刀で勝負か……。だが私が、そんなあっさり決闘を挑むとお思いか?」
「何?」
「砂嵐!」
「ぶほおおぉぉぉっ……!」
ホルガーは魔法でさらに土煙を巻き起こし、姿を眩ませた。
だがホルガーはただでは敗走しない。目を開けられないでいる武親の身体に近づき、剣の刃先を向ける。
あわよくば武親を殺し、第4師団側を優勢に持ち込もうとしたのだ。
「命日を迎えるは貴様よ! 死ね!」
「……!」
そして突き刺そうとしたが、武親は気配を感じ取ったのか、「キンッ!」と音を立てながら間一髪で刀で防ぐ。
「ほう、これを防ぐか」
「ちくしょう、目が見えないぜ……。だったら――」
「なんだ?」
運よく防ぎはしたものの、武親の視界はゼロ。目を開けられないので体力ゲージも確認できず、ホルガーが正確にどの方向にいるのか把握していない。
だから彼は、
「剣の舞い」
王国で習得したばかりの全方位魔法で竜巻を起こし、刀を竜巻の中に放り込んだ。
「……ぶふぉっ!」
そして狙い通り、刀はホルガーの脇腹に刺さった。
「ぐおわああああああ……!」
しかし刀は本来、刺すためではなく「斬る」ための道具。よって、傷口は未だ心臓に達してはいない。
だが次の瞬間――
「ぶ、ふっ……」
グサッ、と言う嫌な音とともに、ホルガーの身体は倒れた。
薄れゆく意識の中、彼は胸部に目を配る。するとそこには、心臓を貫くように正面から刺さった自分の剣がわずかな視界の中に入った。
「な……ぜ……我が……剣、が……」
実は一本目の刀が刺さった時、ホルガー痛みで剣を手放していた。
そして再び探し出して右手で掴もうとしたが間に合わず、武親の嵐に巻き込まれて、持ち主の心臓目掛けてトドメを刺したのだ。
「ふっ…………」
土煙の中、地面に横たわりながら静かに目を閉じる連隊長。
第4師団連隊長ホルガー・エッゲ大佐、江差にて戦死――




