87 第4師団、その行方
翌日。
徳山館に、季広さんと護衛用の王国軍第2師団旗下の連隊を1つ置いて、俺達は北を目指した。
進路は日本海側沿いの道。津軽海峡沿いの雪の少ないこれまでの道と違い、ここからは寒さも雪も厳しくなっていく。
ただ、全軍でその道を進軍するわけではない。むしろ陸上を移動するのは、俺と季貞の部隊だけである。
そして江差に着くまでは、戦闘に関するアドバイザーとしてラウラとラグンヒルが俺の副将となった。他の部隊は、船に乗り込んで並行して進むことになる。
しかしながら徳山館を出発して以来、俺はある精神的な症状に悩まされていた。
「……うっ!」
「だ、大丈夫ッスか……?」
「あ、ああ。大丈夫だ……」
勿論これは言葉のアヤ。大丈夫なはずがない。
俺はこの数日間、前世の記憶のフラッシュバックに苦しんでいた。
今の所、進軍先で目撃しているのは灰と炭になった集落ばかり。
それが、前世の両親が殺された家の火事と重なって、ショックと悲しみが容赦なく俺の神経をむしばんでいる。
当然これを相談できる相手がいるはずもなく、俺は余計な苦労を背負いながら前進している状態だ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
くそ、息が上がってやがる……。普通、街道を歩くのにここまで呼吸が苦しくなることは無いのに……。
俺、本当にこの先戦えるのか?
「五郎、暇が欲しいでござるか?」
「す、すみません。ちょっと休ませてもらいます……」
俺は息を整えるべく、道端の岩に座った。
場所は厚谷氏の拠点・比石館を通り過ぎ、まもなく勝山館が見える場所。
だがやはり可笑しい。知内を出発して今まで、第4師団の兵と一切当たっていない。
『瞬間兵力検索』の結果を幾度となく見返しても、敵性反応はゼロ。
一体、彼らは何処まで撤退したというのか?
(勝山館を過ぎた先は、もう蠣崎領ではない。じゃあ、第4師団は何処にいるのか?)
上ノ国の町の先には、天の川という変にロマンチックな名前の川があるが、そこを超えた先は蠣崎家の支配が及んでいない。
一応、コタンシヤムの乱の後、下国師季に会うために訪れたセタナイには瀬田内館という和人側の拠点はある。
ただそこは言わば飛び地。蠣崎領からポツンと離れて建てられている。
「ここまで異人の兵を見かけぬとは、奇怪なものでござるな……グビッ、グビッ……ぷはぁ! 生き返るでござるー!」
「こんな所に来てまで酒を飲まないでください、備中守さん」
「何を申すか五郎! 某とて、飲まねばやってられんのだ……グビッ、グビッ」
「でも……」
「それに比石館の悲劇を思い出すと、幾瓶飲めども酔えぬでござる……グビグビッ」
顔は既に赤くなっている季貞であったが、その態度はいつもと違い、素面の時と変わらない口調と判断力を保っていた。
それもそのはず。比石館に着いた時、俺達は季貞の父・厚谷季政と慶広の姉でもある妻の死体が目に入ったからである。しかも、野良犬や烏に食い散らかされている状態で。
季貞も自らの気持ちを安定させるため、酒に頼らざるを得ないのだ。
「勝山館周辺の様子、探ってきました」
するとそこに、先に上ノ国の様子を偵察していたラグンヒルが帰還した。
「それで、第4師団は?」
「それが……殆ど見かけないのです。勝山館の中には、毒矢が刺さった第4師団の兵が数名と、地下牢の中で嬲り殺しにされた現地住民の方が50人以上……」
「そうか……」
「ただ、勝山館に閉じ込められているはずの重季さん、直季さん2人の姿は有りませんでした」
「わかった、報告ありがとう」
兵士に毒矢が刺さっているのか。だとすれば、それは恐らくアイヌの矢。
そして重季と直季が居ない事実から考えると、多分、セタナイのアイヌの首長・ハシタインが2人を救出したというのが妥当な線だ。
「にしても無防備ッスね……。少しぐらい兵士を置いてても良いぐらいッスが」
「だよな。上ノ国に伏兵を置いている可能性も否定できないけど」
「お館様のお話では、徳山館を強襲した兵の数は2000とのことにござるが」
「2000……上ノ国での伏兵は有り得ないですね。平野部で決戦を行うには、兵力差が10倍以上もありますし……」
「敵方が此方の兵の数を見誤っていれば、その限りではござらんが」
「……警戒するに越したことは無いッスね。ところで武親さん、もう平気ッスか?」
「あ、ああ平気だよラウラちゃん。じゃあ、進軍を再開しようか」
俺の心意性の動悸が収まったところで、俺達は再び北上を開始した。
◆◆◆◆◆
上ノ国の伏兵を警戒した俺達だったが、結局それは現れなかった。
敵性反応も変わらず検知されず、徳山館を占領した第4師団の兵は一向にその姿を現さない。
「ここまで現れないと、逆に清々しくなってきますね」
「うん。でも、上ノ国も他の場所と同じく生存者は確認できなかった。確実に奴らの痕跡は残っているんだ」
ボロボロだがなんとか原形をとどめていた勝山館。
しかし、先程訪れてはみたが、眼下に広がる上ノ国の町はもはや更地であった。
鷹姫達と第4師団はここから蝦夷地の蹂躙を始めたらしいから、最初に槍玉にあがったのかもしれない。
結局その後、会議を開いて作戦を開き直し、太陽が昇ってから天の川を越えて1里の地点にいるという段階だ。
「……うっ!」
「武親さん!」
「ハァ、ハァ……平気平気。心配しないで……うっ!」
ったく、こんなところで勝手にやられるなよ、俺の精神。
前世の記憶がなんだ! もう転生したんだから、関係ねえじゃねえか……。
「何にせよ、そろそろ江差にござるが」
「江差、とうとうそこまで来てしまったか……」
江差。史実では江戸時代から明治時代にかけて、ニシン漁で栄えた町。
人口は最大で3万を数え、商業都市としての賑わいを見せ、「江差の五月は江戸にもない」と言われるほどの繁栄を誇った。
しかし、時代はまだ戦国の世。今の江差にあるのは、蝦夷地最古の神社・姥神大神宮と数件の漁師の家があるのみ。
ただ、江差には高台とそれに続く斜面が存在する。斜面を下る勢いで、俺達を急襲する可能性は十分あるのだ。
だが恐れることは無い。江差のすぐ近くにある無人の鴎島を奪取すれば、そこから遠距離魔法で援護して貰うことができ、戦況は優位に働くことだろう。
以上のことは、勝山館での作戦会議で既にみんなに伝えてある。
「ハァハァ……取り敢えず、俺達の進軍はここらで一旦停止させておこう。鴎島を占拠できたら再び動き出すぞ……」
「オッケーです!」
「流石、不破兵部少輔の子息にござるな。病に罹りつつも、見事な軍略よ」
「えーと、まだ大規模な戦闘をやってないので、そこまで褒められると逆に複雑な気分……」
地理を把握している分、確かに俺は有益な作戦を打ち出し続けている。
でもなんか、蠣崎家一の武辺者と称されているのもそうだけど、俺って結構買いかぶられてないか?
美味しいところは慶広に持っていかれることも多いし……なんか過大評価な気も。
そう会話してる合間にも、俺は『瞬間兵力検索』を使って敵性反応を探り続けている。
さて敵兵、敵兵と……あ。ようやく見つけた。
「敵兵はやはり江差にいるな、ハッ……ハッ……」
「何故、分かるのだ?」
「勘です!」
過呼吸に陥りながらも、俺は親指を立てて、満面の笑みで季貞に返答する。
その一方で検索の結果、高台に潜伏中の約1200人の兵を探知することに成功した。




