86 逆さ水松
脇本館を出発してから4日が経過した。
幸いにも道中で敵兵に遭遇することは無かったが、落胆から首を垂れながら進軍した俺達は、ついに松前の街に到着した。
海からは、王国の軍艦も大挙して接岸している。
――だが宗継の報告通り、街は至るところ灰と化していた。
「俺、松前が焼き払われたと聞いた時は、てっきり単なる焦土作戦だと思っていたんだ。けどやっぱ、それだけじゃなかったんだな……」
「わたくしたちが、もっと種族間の関係に注意を払っていれば、このようなことには……」
これまで通過してきた集落と同じく、全焼した家屋や商店、蔵、そして大量の焼死体が残されるばかり。
港のあったところには、木製の船の残骸が浮かぶのみであった。ここでも、生存者の存在は一切確認できなかった。
「徳山館は無事にござろうか?」
「お館様。徳山館では一戦交えたとのことでありますが、その後はどうなったでありますか?」
「うむ。儂らが情けなくも館より逃走した時、館が炎に包まれる様子は見えんかった。彼奴等も徳山館には重きを置いておったのじゃろう」
「そうでありますか……。なれば、異人の兵が館内に籠城している可能性も……」
徳山館の状況をあれこれ推察する季広さん達。だが――
「――それはないね」
「……え?」
「俺の見立てでは、多分松前周辺に第4師団の兵士はいない」
根拠は、俺のチート能力『瞬間兵力検索』と『体力ゲージ表示』の結果。
半径3㎞圏内に、敵性反応のある存在を全く検知できなかったのだ。
「異なことを申すで無い。彼奴等は蝦夷地を我が物にせんと動いておるのじゃろう? それでいて、松前に兵を置かぬなど考えられん」
「ですが、敵の気配をやはり察知できないのです。俺にとっても不可解です」
「ふぬう……」
これはやっぱり、大陸からの大軍に恐れをなしたと考えるべきか。
それとも、戦術的・戦略的撤退による結果なのか。
とにかく断言できるのは、守継と鷹姫は第4師団にとって所詮、御神輿に過ぎない存在だったということだ。
報告によれば2人は徳山館の中にいるはずだから。
「なんか、不気味ッスね……」
「それに胸騒ぎがする。ひとまず、徳山館に向かおうか」
形式上、無血開城で俺達の軍勢は本拠地・徳山館に入城した。
もっとも、その前に流れた血の量は想像に難くないがな……。
◆◆◆◆◆
ただ、徳山館内部は半年前と変わらない姿を保っていた。
館の外側の堀や土塁こそ大きく破壊されていたが、建物の内部の損傷は殆どない。それが反って、小気味悪く感じられた。
「誠に解せぬでござる。この徳山館だけ、別の時空に在るが如く平穏無事とは……」
「されど、館内に人の姿は見受けられないでありますな……」
敵性反応どころか、味方になりそうな人間すらいない。
無人の館内を、大広間に向かってひたすら歩き続ける。
「ついに大広間にござるか……」
「ここに、守継と鷹姫がおるのじゃな?」
「では、入りましょうか」
襖に手をかける季広さん。しかし俺の胸騒ぎは、この時最大となっていた。
「さて、あの2人には色々と問い質したい儀が……なっ!?」
そして襖を開けた瞬間、俺達の前に壮絶な場景が映し出された。
「え……越中守さん!」
「鷹姫……!」
大広間に見えた2人の身体。それは確かに守継と鷹姫のそれであった。が……
「し、死んでいる……」
その身体は、完全に冷たくなっていた。
そう、彼らは既に息を引き取っていたのだ。
「切腹したのに、首が斬りおとされてない……。誰も介錯しなかったのか……」
しかも守継の顔は、長時間激痛に苛まれたかのように苦悶の表情のままであった。
介錯を断ったのか、それとも頼んだがしてもらえなかったのか。今の俺達には何とも判断し難い。
「な、ぜ、だ……」
季広さんと家臣団は、一様に2人の死を悲しんでいた。
確かに2人は謀反人。だが直前まで共に蝦夷地で暮らした仲間であった。
その突然の別れに、涙を流さずにはいられなかったのだ。
「父上……! 母上……!」
そりゃあ、俺だって堪えきれないよ……。コタンシヤムの乱と言い。半年前の王国との戦争と言い、守継にはいつもよくしてくれた。
異民族であるアイヌや王国の人たちにも優しくて、本当に良い人だった。
なのにこれって……あまりに冷酷じゃねえか……!
おい! ミネルヴァ! フレイア!
あんたら神様なんだろ! だったらこんな過酷な運命、無理にでも捻じ曲げてくれたっていいじゃねえか……。
これなら、日本の神様が来てくれた方が断然マシだ……!
「? 守継さんの横に、手紙が置いてあるみたいッスね」
「何? 俺達にも読ませてくれ!」
「りょ、了解ッス……」
ラウラはそう言って、守継が記したと思われる1通の文を俺に手渡す。
表にはハッキリと「遺書」と書かれていた。
「南条越中守の物にござるか」
「……読みましょう」
ラウラには強い口調で「読ませてくれ」と叫んだが、本音を言えば中身を知るのが怖い。
だがこうして残されている以上、確認しないわけにもいかない。
守継が切腹し、恐らくは鷹姫をも手討ちにした理由が記されている可能性もあるからな……。
俺は、静かに遺書の中身を取り出した。
『拙者と妻・鷹姫、結果としてお館様に反逆せり。然れども、拙者に蠣崎家に対する逆心なし。而してそれを証明する必要あり。ついてはこの遺書を読みたる者、拙者の屍に礼服を着せ棺に入れよ。その後、棺の上に水松を活けよ。水松が根付けば、其れ即ち身に悪心なき証なり。三年を経て身腐らざれば、其れ即ち潔白の証なり』
「ち、ちくしょう……」
遺書を読み終えたところで、紙を持った手が徐々に震えだしてきた。
止められなかった。『逆さ水松』に繋がる展開を。
悔しい。結局、史実と半ば同じ目に遭わせてしまったことが、たまらなく悔しい。
改変が許されている世界のはずなのに、自分の無力さが――憎い。
「皆の者! 守継と鷹姫を弔う支度を整えよ!」
「……御意!」
俺達はその後、近くの寺の跡に守継と鷹姫を埋葬。
遺書の通り、守継の遺体を礼服で包み、棺の上には水松の苗を植えた。
鷹姫は、「高嶽院玉殿簾貞深大姉」の戒名を授けられた。
そして簡易的な葬儀を行い、かつての2人を偲んだ――
史実における守継の埋葬場所は上ノ国、そして鷹姫の埋葬場所は現・福島町にある福島川の辺となっています。




