83 残虐な連隊長
ついに妻・鷹姫を一思いに斬り伏せた守継。
「……」
しかしながら事実上、彼もまた鷹姫と同じく主君に反逆を起こした謀反人。
けれど自らの胸中に、季広に対する逆心は毛ほども無い。
なれば、己の身の潔白を証明すべく、ここは自害して詫びるのが道理。
守継は切腹の前に、詫び状を記すべく筆を執る。
そして書をしたためた後、大広間の中央に座り、鷹姫を斬った刀を今度は自分の腹に向ける。
「さて鷹姫。我々も一杯頂かせてもら……こ、これは!?」
だが彼の邪魔をするように、到着したばかりのホルガーと側近が襖をあけ、大広間に姿を現す。
彼らもまた、斬殺された鷹姫の死体に衝撃を受ける。
「丁度良い。そこの異人よ、介錯を頼む」
「か、かいしゃく?」
「お前達も見ての通り、拙者は妻を手討ちにした。謀反人とは申せ、お館様のご息女を! よって拙者もこの場で直ちに切腹致す」
そう言って守継は、ホルガーに一本の刀を差しだす。
「この刀で、私にどうしろと?」
「拙者が腹を斬った後、その刀で拙者の首を斬り落とせ。それが介錯にござる」
「ほう……」
守継から説明を受けるホルガー。
するとこの慣習を悪用しようと、ホルガーの顔が邪悪にほほ笑む。
「では早速、腹を斬っていただこうか」
「承知した」
胡坐をかきながら、静かに息を整える守継。
そして次の瞬間、両の手で構えた刀が勢いよく彼の胴体を掻っ切る。
「ぐ……ぐあああああっ!!」
刀が腸を抉り、守継の全身に想像のしようもないほどの激痛が走る。
腹部と口から出血し、たまらず大声をあげる守継。
「さ、さあ……早く……か、介錯……を……あああああ!!」
しかしホルガーは守継の嘆願に応じるそぶりを見せず、踵を返して大広間を出ようとする。
「ど、何処に……参る……か……」
「主君に刃向った大逆無道の人間よ。どのみち貴様は地獄に落ちる」
「ま……さ……か……」
「どうせなら、せいぜい今のうちから死者の世界と炎の地獄の苦しみを味わっておくが良い」
異国の兵は、惨たらしくも守継に最大限苦痛を与えることを選択した。
介錯で首を斬り落としては、悶絶させる楽しみが失われてしまう。ならば、放置するのが最上と判断した。
「さらばだ、鬼畜な外道種族よ」
そう言い残して、ホルガーと側近は十数回守継の体に鞭を打って大広間を後にした。
「お……おのれええええええええええ…………!!」
最期の力を込め、守継は憤りと悔しさを最大限に含ませながら盛大な悲鳴を上げる。
その後守継は二刻ばかり激痛を喫しながら、ついに絶命した。享年34――
◆◆◆◆◆
「くくくくくく……ふふふふふ、ふはははははははは! 見たか! あの、悔しそうな顔! あんな痛快な人間の顔は初めて見たぜ!」
「ああ! これまで我らエルフ族とダークエルフ族を虐げた罰よ! はははははははっ!」
ホルガーの側近は、悶え苦しむ守継の顔を思い出しながら残虐に高笑いしていた。
『ミズガルズ』と『アールヴヘイム』が融合して以来、人間に迫害された歴史を持つエルフ族とダークエルフ族。
過激な思想を持つ第4師団の兵にとっては、人間でさえあればどの世界に住んでいようと憎悪の対象。
関係ない人間が次々に殺戮されていく様子は、快感以外の何物でもなかった。
「さて、この地の人間共は殆ど滅亡した。さあ! エルフの国の幕開けよ!」
上官であるアクセルを差し置いて、松前の地で高らかに建国宣言をするホルガー。
するとそこに、知内から敗走した偵察兵が到着する。
「報告! 大陸から王国軍襲来! 知内の部隊は数時間で壊滅いたしました!」
そして報告を受け、ホルガーの精神的余裕は一気に消える。
「……何!? 大軍だと!?」
「はい! 数は確認できただけで2万以上! 他に王国軍の戦術等を考慮しますと、推定5万以上が押し寄せてきていると思われます!」
その知らせは、第4師団の野望を打ち砕くのに大いに効果を発揮した。一挙に劣勢に立たされる彼ら。
「まさか……そんな莫大な数で潰しにかかってくるとは……」
「そもそもこの地は、王国の領地ではない。なのに何故、そこまで肩を入れてくる!? 理解できん!」
先程まで守継を嘲笑っていた側近も、急に狼狽して思考が停止する。
確かに王国と蠣崎家は同盟を結んではいるが、それは事実上名目だけのもの。第4師団の士官の多くはそのように考えていた。
けれども今回の大軍勢は、そのような王国に対する彼らのイメージを一気に払拭した。
そんな状況の中、ホルガーが下した決断とは――
「勝山館に向かうぞ」
「? 大佐、それはどのようなお考えによるものですか?」
「勝山館には、蠣崎家の家臣や小姓を大勢閉じ込めてある。奴らを人質にして王国軍を足止めするんだ」
現在、勝山館の地下牢には重季や直季のみならず、100人以上の無辜の現地住民を閉じ込めている。
これを切り札に使おうとしたのだ。
「……なるほど。もし今の偵察兵の予測が正しければ、亀田周辺で師団長と王国軍は戦っている可能性が高い。そこで此方に向かってくる王国軍を勝山館周辺に立ち止まらせ、師団長の負担を軽減させる必要がありますな」
「そういうことだ。だが勝山館に置くのは敢えて数人だけ。残りの兵は江差に伏せておく」
「江差……というと、高台あたりが最良ですかな?」
「その通りだ。もっとも、蠣崎家は家臣を大量に失っている。これ以上の喪失を恐れ、勝山館の人質を前に釘付けになるばかりだろうがな」
ホルガーと側近は、悪魔のごとき笑い声を抑えられなかった。
その後、徳山館の兵はホルガーの指示を受け、日本海側の道をひたすら北上していく。
残されたのは、守継と鷹姫の死体、そして守継がしたためた書だけとなった――




