82 忠義の越中守
再び、敵側の視点です。
武親達が知内で戦闘を行っていた頃。
徳山館では、鷹姫と操り人形状態の守継、そして第4師団の兵士数人が日の高いうちから酒盛りを行っていた。
守継に掛けられた魔法『傀儡化』は、未だ解けていない。
「さあ、南条守継様改め、蠣崎家の新たな当主・蠣崎広継様の益々の繁栄を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
守継は南条家の当主から蠣崎家の当主となったため、鷹姫の手で名前も改められることになった。
ちなみに広継の「広」とは、初代・信広の代から続く蠣崎家の通字である。
ただし、ここでは読者への理解のしやすさを重視し、変わらず守継と表記しておく。
「にしても、異国の連隊長さんが広継様の祝賀に来ないとは、無礼千万ですね」
守継に対するお祝いの席に、アクセルとホルガーの姿は何処にも無い。
それどころか、蠣崎家家臣ですら誰1人として守継にお目通りする者もいなかった
「それにそろそろ、家臣の1人でも挨拶に来たらどうです? 新しい当主様のお成りなのに」
「それは仕方ありません。エッゲ大佐は未だ服従しない集落の平定と、スヴェンセン少将への報告で忙しいのですから」
「そうです。それにそろそろ大佐は、少将と蠣崎家家臣をお連れになって徳山館に向かっているのではないでしょうか」
口々に、平然と嘘をつく第4師団の兵士達。
その虚言の裏で、彼らの手で和人とアイヌに対する民族浄化が行われていることを、南条夫妻は知らない。
「まあ、後で勝山館に閉じ込めている重季様と、その弟・直季様でも連れ込んできましょうか」
そしてここまで好調だった鷹姫の野望も、ついに落日を迎えることになる。
◆◆◆◆◆
「――うう……」
宴終了からおよそ一刻。酔いつぶれていた守継は、大広間の中で目を覚ました。
「はっ……! せ、拙者は何故惰眠を貪っておったのだ? とくと館内の者共を救いに行かねば……」
正気に戻った守継。彼にかけられていた傀儡化の魔法は、かなり解けつつあった。
だが守継の意識は勝山館で切れていたため、彼は依然として勝山館の中にいると錯覚している。
「あら、広継様。お目覚めですか?」
「あ、ああ鷹姫。……広継?」
守継の前に現れた鷹姫。だが彼女は、耳慣れない名前で彼を呼ぶ。
一瞬、自分の後ろに別の人物がいると思い振り返った守継。だが当然、後ろに人影は存在しない。
そして暫く座りながら考え込み、その名が自分を指していることにようやく気づく。
「ああ、そうでしたね。あなたは異国の妖術で眠らされていましたものね」
「い、異国の妖術?」
守継はわけがわからず、急に頭を抱えながら周囲を奔走し始めた。
異国の武将に、自分は眠らされていたというのか? もしそうだとしたら、何日眠っていた?
そうして窓から城下を臨むと、ついに自分が勝山館ではなく、徳山館の中にいること理解する。
「な、何故徳山館に……はっ! 鷹姫、お館様はどうした!?」
「あらあら、それもご存知ないのですか?」
「早く答えよ!」
飄々と振舞う鷹姫の胸ぐらを、守継は力づくで引っ張る。
しかし守継を溺愛する鷹姫は、何を勘違いしたのか頬を赤らめて恥じらいを見せた。
「まあ。今日の広継様は強引で素敵……」
「痴れ言を申すな、鷹姫! お館様は何処だと訊いている!」
だが守継に構っている精神的余裕はない。
主君を差し置いて、大広間の上座に勝手に上った自分を激しく責め立てている。
よって、鷹姫のふざけた言葉に嶮しく憤った。
そんな守継の態度に、鷹姫も自らの姿勢を即座に改める。
「では、正直に申し上げましょう。お館様は――あたしたちが追い出しました」
「……何だと!?」
そして鷹姫から告げられたのは衝撃の事実。守継の目は盛大に血走った。
「あたしたちは広継様を蠣崎家の当主とすべく、今日まで奔走しました。異国の兵に協力を取り付け、反対する家臣を牢に叩き入れ、ついには――徳山館からお館様を強制的に追放することに成功しました」
しかし構わず淡々と、そして嬉々と語り続ける鷹姫。
その様子を前に、守継の口は次第に押し黙っていく。
「さあ広継様。これで蠣崎家はあなたのもの。これからはあたしとともに、蝦夷地の支配者として末永く幸せに暮らしましょうね」
もはや鷹姫に、自分がしでかした悪事を顧みる目は持っていない。
守継はそんな彼女を凝視しながら、ひたすら口を閉ざしている。
「どうしました広継様? これで広継様は蠣崎家当主なのですよ?」
「……」
「ね、広継様。あたしとともに、地の果てまででもご一緒に……」
必死に守継の意識を自分に向けさせようとする鷹姫。
既に事件は終結せり。後は守継が蠣崎家の家督を黙って継ぐのみ。
しかしながら魔法が解け、本来の自分に戻った忠臣に、そのような野心は一切存在しなかった。
「……広継? 悪いが、拙者には左様な人物、全くもって存じ上げぬ」
「広……継様……?」
「拙者の名は南条越中守守継! 蠣崎家一の忠臣なり!」
高らかに名乗りを上げる守継。
腰の刀を抜き、徐々に鷹姫を窓側に追い詰めながら近づいていく。
「そ、そんな冗談ですよね……。や、約束しましたよね! 夫婦の契りを結んだ時、あたしたちは互いを永遠の伴侶とすると……」
「確かに拙者は、お前と添い遂げる心積もりでござった。されど事ここに至りて、お館様への忠義は果たせなくなってしまった。なれば……」
そう言いながら、守継は刃先を妻であるはずの鷹姫に向けた。
「ちょっ……や、止めてください……ね? あの広継様が……広継様が……」
鷹姫は守継を止めようとしたが、既に守継の眼は冷酷であった。
それは妻に向ける愛情のこもった眼差しではなく、ただ謀反人に対する憎しみを秘めた視線。
そして彼の主君に対する忠義は、守継に残酷な決断を下させる。
「鷹姫――――御免っ!」
「ちょっ……きゃあああああああああ!」
振り下ろされる日本刀。迷いなき一太刀。
鷹姫は断末魔を上げ、床の上に血を流しながら窓にもたれかかる。
彼女の体からは、呼吸音が一切聞こえない。
とうとう守継は、謀反人である自らの妻を誅殺した――




