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84 西夷尹、命を狩られる

 同じ頃、勝山館。その地下牢は第4師団の兵によって恐怖に満ちていた。

 

「や、やめてくれ……」


火葬(フランメ)


「う、うわああああああ!!」


 地下牢の独房で必死に命乞いする1人の小姓。だが第4師団の兵士は、独房の外から火属性魔法で無慈悲に焼き殺す。

 ただ簡単には死なせない。数回に分けて苦痛を与えながら、じっくり時間をかけて殺していく。


「あ……あ…………」


「さて、これで5回目。そろそろ楽にしてあげよう。火葬(フランメ)


「う、う……」


 こうしてまた1人、真っ黒な焼死体が出来上がる。地下牢じゅうに焦げ臭さを漂わせながら。

 

「さあて、次は誰の番かな……?」


 小姓を焼殺した兵士が、箱の中に右手を入れながら他の収監者を見回す。

 実は箱の中には、数字の書かれた紙が収監者の数だけ入っている。そして独房の入り口近くには、番号が彫られている。

 即ち、兵士が取り出した紙に書かれた番号と一致する独房の収監者から順に、嬲り殺していくということである。

 

 さらに兵士達は殺す人数を1日4人と定め、あえて籤引きを選ぶことによって故意に恐怖心を植え付けている。

 かつてエルフ族が他種族の手で弾圧された時のように……。


 この地下牢は、第4師団が蝦夷地に駐留してから突貫工事で造られたものであるが、番号はこの時すでに彫られていた。

 そう、こうして人間を処刑するときの為に。


 そんな恐怖の地下牢に、下国重季とその弟・直季は閉じ込められていた。


「あ、兄者……まさか次は、拙者ではないだろうか……?」


「狼狽えるな加兵衛(直季の通称)。武士(もののふ)が簡単に死を恐れてはならん」


「されど……」


 直季は既に心が折れていた。

 牢に入れられてから既に半月以上が経過している。食事もろくに与えられず心身とも摩耗しきっていた。

 重季も態度こそ毅然としていたが、もはや限界に近付いている。


 そんな彼らを更に追い詰めるように、この日最後の処刑が執行された。


「ぐ、ぐわああああああ……!」


 地下牢には、ただ死んでいく男の悲鳴が響くのみであった。


「さて、明日は誰の番かな?」


 そして第4師団の野蛮な仕打ちに、重季はとうとう怒りを顕わにした。 


「そこの異人! お前たちは何故、斯様に惨たらしく拙者らを害するのか!?」


「ふん、下等種族が今更何を……」


「そもそも拙者らは、お前たちに何もしておらん! 何の由あって、無辜の者共を虐殺するのか!」


「黙れっ!!!」


「……!」


 重季の訴えを、強引に抑え込もうとする第4師団の兵士。

 そんな彼の眼からは、涙が零れている。 


「世界が違うからと言って、それが我らエルフ族を虐げた事に対する免罪符になると思うな! どの世界に居ようと人間は憎い! 隅々まで滅ぼしてくれるっ!」


「……」


 重季は感じた。この異人に説得は完全に無駄であると。

 重季は悟った。やはりこの勝山館が自分の死に場所であると。

 そして重季は最後に思った。むしろコタンシヤムの乱で死なずに、父・師季の本心を知る機会が出来たことを素直に喜ぶべきなのだと。


「もう良い。少し拙者らから離れてくれ」


「命令するな! 殺してくれる! 殺してくれるぞおぉぉぉぉっ……」


 憤りのあまり、その兵士は叫びながら2人の前で倒れてしまった。


「兄者、如何にこの場を脱出しようか……」


「無駄だ加兵衛。拙者らはどのみちこの勝山館で果てる運命なのだ」


「そ、そんな……」


「加兵衛。お前の子は既に親父のいる瀬田内(セタナイ)に逃れておるだろう。拙者らが死すとも、下国の家名を継ぐ者はしっかりおる」


 来たるべき自らの死を受け入れた重季の目は、清流の如く澄み渡っていた、


「……兄者の如く、拙者も割り切りたいものだがな……」


 一方の直季は、未だこの世で何も成していないことに未練を募らせていた。



 自力で死を免れることが出来ない絶望的な状況。だが直後、この状況を打破する一団が勝山館に参上する。


「……? 兄者、何やら外が騒がしいが」


「大方、異人どもが集結しておるのだろう。まさか蝦夷の仕業などとは……」

 

 諦観のあまり、不思議と笑みが零れる重季。だが――

 



「――そのまさかじゃ」


「!?」

 

 通路から聞こえてきた1人の老人の声。それはどこか、聞き覚えのある声であった。

 声のした方角を向く重季と直季。するとその人物を見て、彼らは目を最大限に見開いた。


「せ、西夷尹(せいいのおさ)……! 何故、ここに!」


 彼らの言う西夷尹。それはなんと、瀬田内(セタナイ)のアイヌの首長・ハシタインであった。


「なんだ貴様! ……はっ!」


 威嚇する第4師団の兵。しかしハシタインは、大勢のアイヌを引き連れて威風堂々と立っていた。


「なに、私たちは共にアイヌモシリで暮らす同胞(ウタリ)じゃろう。助けにくるのは当然じゃ」


「ほう、それは心強い。もう少しで拙者らは冥府に参る所であった」


「と、その前に」


 言いかけてハシタインは弓矢を取り、地下牢の奥に後ずさりした第4師団の数名に狙いを定める。


同胞(ウタリ)の死、無駄にはせん! 討ち払ってくれる!」


「に、人間ごときが……う、うわああああああああ!!」


 因果応報。蝦夷地占拠以来、一方的に人間を大量虐殺した第4師団の兵士達に報復の毒矢が次々と命中した。


「く、くそっ……」


 兵士達は背中を壁に引き摺らせながら、床の上に倒れた。


「者共! 檻の中に入っている者を解放するのじゃ!」


「おお!」


 こうして、地下牢から脱出することに成功した蠣崎家の将兵。

 そしてハシタインに連れられるまま、彼らは瀬田内(セタナイ)方面に逃走した。


 

 ◆◆◆◆◆



 瀬田内(セタナイ)へ向かう途中、江差にて食事を摂る重季達。空腹は最高の調味料とは良く言ったもので、猛烈な勢いで料理を平らげていく。 


「しかして加兵衛。聞きそびれていたが、拙者が参る前の勝山館で何があったのだ?」


「実は将兵が大広間に集まった後、鷹姫殿と異人の将が突然、南条越中を襲撃したのだ。そしてそれを止めようとした周囲の者共が、次々と2人に害せられていったのだ」


「なるほど……壁や柱の刀傷はその時ついたものであるか」


 重季は納得したように、首を上下に振って頷く。


「ともかく、ほとぼりが冷めるまで瀬田内(セタナイ)で待つとよかろう。師季と久方振りに話をするのも一興じゃろうて」


「無様にも民草を討ち取られた上で、生き恥を晒すのは本望ではないが……是非も無しか」


 勝山館の方角を向きつつ、反対側の瀬田内(セタナイ)の方角も眺める重季。

 父・師季とはコタンシヤムの乱以来、顔も一切あわせていない。手紙の件も含め、じっくり語らせて貰おうと考えた。 


「瀬田内館主の工藤九兵衛祐致くどうきゅうべえすけとき殿にも話をつけておくとするか」


「そうじゃな、それが良……いっ!?」


「……!?」


 会話の途中、ハシタインは発作を起こしたかのように体を揺らす。

 しかし次の瞬間、彼の口からは大量の血液が噴出した。それは突然の発作とするには、不自然な光景であった。


「西夷尹、何が……お、お前は!」


 重季は、ハシタインの後ろにいる黒い人影に気づく。


「へへへ……愚かな人間ども、見たか……!」


「ぐふ、おおぉぉぉっ……」

 

 その正体は、勝山館でハシタインが仕留めたはずの第4師団の兵。

 その肩にはアイヌの矢が刺さっていた。どうやら、勝山館から気力と体力を振り絞って重季達の後をつけてきたようだった。

 なんと大量出血の原因は、彼が背中から刺したナイフであった。


「この小悪党が……冥府に送ってくれるっ!」


「ぐわああああ!」


 重季はすかさず刀を抜き、ハシタインを暗殺した兵士の首を刎ねる。

 

「西夷尹、気を確かに! 西夷尹、西夷尹! ハシタイン!」


「……」


 首を刎ねた直後、重季はすぐにハシタインの身体を揺すって意識を確かめるが、彼は既に死んでいた。

 

「く、くそおおおおおおお……!」


 重季は哭いた。身を挺して自分達を救ってくれたアイヌの首長に、恩返しも何もできなかったことに。

 直季もまた哭いた。ハシタインが現れるまで、武士として手も足も出なかった自らの不甲斐なさに。

 率いられたアイヌの兵に、下国兄弟と同じく彼らに助けられた将兵、そして現地住民もハシタインの死を悼んだ。



 結局その後彼らは、ハシタインの遺体を江差に埋葬。

 更なる悲しみに暮れながら、指揮官不在のまま瀬田内(セタナイ)を目指して歩を進めた――

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