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75 火急の報せ

 第5章、スタート。

 なお、第5章から一人称と三人称が入り乱れる形となります。場合によっては、side形式も使用する予定です。

 1562年(永禄5年)2月。


 俺達、蝦夷地の使節団がミュルクヴィズラント王国を訪れてから、半年近くが経過した。

 この半年間、俺達は王国中の視察に魔法の練習、書物の翻訳や政府関係者との交流等に奔走した。

 寝る時を除いて、ほぼ不休状態。チート能力で体力は人より多いとはいえ、睡眠不足から過労で倒れること4回。

 完全に現代日本のブラック企業の社員と変わらない。


 そして季節は冬。日本と違わずアイオニオン大陸にも雪は降り積もる。

 少なくとも首都・クヌーテボリの寒さは、松前のそれと変わらない。

 幸い、屋内は火属性魔法のおかげで暖を取ることは出来る。

 明かりも確保できるしな。その分、活動時間が延長されるのが痛いところだが。 つか、長期休暇欲しい……。



 ――そうして異世界で平和に過ごしていたある日のこと。

 蝦夷地で突如、火急の事態が発生した。

 


 ◆◆◆◆◆

 


「うい~……進み具合は如何でござりましゅか~?」


 俺達が魔法に関する書物を翻訳しているときのこと。

 季貞が例のごとく、酒臭さをまき散らしながらクヌーテボリ宮殿内の寝室に帰ってきた。


「季貞、お前はどれだけ飲めば気が済むのだ」


「そうですよ備中守さん。松前に帰った時のお土産だー、とか言って、何回も飲み干しちゃってるじゃないですか。そんな調子では、体壊しますよ」


「あ~いっ、しゅみましぇ~んでごじゃる……」


 まるで反省していない言葉と共に、季貞はベッドの横にフラフラと倒れた。

 その顔は、あまりに締まりのない表情をしていた。


「季貞にも困ったものだ。去年、厚谷家先代である父・季政(すえまさ)から家督と備中守の官職を継いだ上、妻まで娶ったと言うのに」


「……あれ、季貞って既婚だったっけ?」


「ああ、余の姉とな」


 史実では、慶広の父・季広さんは蝦夷地の支配権を確実なものとするため、多くの娘を家臣や安東家の人に嫁がせていたのは知っている。

 守継の正室・鷹姫もそうだからな。でも……

 

「蝦夷地の姉から文も届いている。何分ご無沙汰なもので、あらゆる意味で寂しいと書かれていたな」


「あらゆる意味って、あのなあ……」


 ――あ、そうか。戦国時代だし、今年で20歳になる季貞が結婚しているのは当然のことか。

 武将にとっては子作りも大事な仕事だ。……けど俺の奥さんって誰になるんだろう?

 俺としても、あんなことやこんなことしてみたいし……。フラグもなんか立っている気がするし……。


 俺は何時ぞや、ラウラとラグンヒル、リシヌンテに抱き着かれた時のことをふと思い出す。


「武親、変な妄想してないか? 顔がにやけているぞ」


「え……? ……ハハハハハ、ソンナコトハ滅相モゴザイマセンデス、マス、ハイ」 

「分かりやす過ぎるぞお前。お互い思春期男子同士、気持ちはわからないでもないが」


 あ、でも王国の人と結婚したら、子どもの育て方に苦悩しそうだな。

 殺伐とした世を渡る日ノ本の侍として育てるか、それとも王国人としてファンタジーな世界の中で育てるか。

 子どものアイデンティティにも関わる問題だし、慎重に選ばないとな。 


 そんな風にして、慶広と会話しているときのことだった。




「た、大変であります! 新三郎様!」


 寝室のドアを半ば乱暴に開けて現れた宗継。

 そんな彼の顔は、汗でぐっしょり濡れていた。

 

「どうした宗継? そんなに息を切らせて」


「宗継くんらしくな……」


 そして宗継が報せた事件に、俺達の顔が真っ青となる。


「え、蝦夷地で、火急の事態が発生致しましたであります!!」


「何!?」


「火急の事態だって!?」


「誠にて候か?」


 おいおい、勘弁してくれよ。これからようやく『ミズガルズ』での経験を生かして、世界征服を始めようと思ったのに。

 もういい加減にしてくれ、蝦夷地での騒動は。

 

「内容は何だ!? 申してみろ!」


「せ、拙者の口からは大変申し上げにくい状況ではありますが……」


「そんなことはいい。それより内容だ!」


 煮え切らない宗継を前に、慶広の口調が類を見ないほど強くなる。


 それにしても、宗継にとって申し上げにくい状況だって? 一体どんな中身なんだ?

 そうだ、こんな時は史実を思い出すんだ。確か今年は1562年、そして蝦夷地で起こったことと言えば――ああっ……!?


 求める記憶に辿り着いた途端、俺は瞬時に凍り付いた。


「実は、拙者の父・南条越中守守継と母・鷹姫が……謀反を起こしたであります!!」


「な……なんと!?」


 俺としたことが、なんでこんな重要な事件を思い出せなかったんだ……。


「しかして、戦況は如何様にて候か?」


「勝山館にて父と母が異国の兵と手を組み、そのままお館様のおわします徳山館に攻め込んだであります。そしてお館様は長門殿の手で脱出すること叶いましたが……」


「ま、まさか……」


「わ、若殿(舜広)と万五郎(元広)様は……ううっ……」


「……なんということだ」


 俺達は、愕然とした。


 1548年、季広さんが従兄弟の基広と争ったことは既に知っているだろう。

 実はあの事件、黒幕は鷹姫だったという説がある。

 鷹姫は季広さんの子の中で一番年長ではあったが、自分が女ゆえに家督を継げないことを不満に思っていた。

 だから最初は基広を担ぎ上げたんだけど、結局彼は広益のオッサンに討たれ、目的は果たせなかったと言われる。

 

 そして史実通りにいけば、守継は恐らく鷹姫に担がれて行動しているはず。

 宗継の話を聞く限り、舜広と元広は討死したと考えられる。


 だが守継は、蠣崎家一の忠臣。ふと我に返り、主君の嫡子を手討ちにしたことに気づいてしまえば、彼は自らの身の潔白と忠誠心を誓うため自害するはずだ。

 水松を自らの棺に入れて……。


 そう、史実に伝わる『逆さ水松(オンコ)』のように。


「親の罪は、即ち子の罪! ならばこの場で、腹を斬って詫びる所存であります!」


「宗継!?」


「や、やめろ宗継くん!」


 俺と慶広が、号泣しながら切腹しようとする宗継の腕を力づくで抑える。


「は、放してください! 新三郎様! 武親殿!」


「死に急ぐな! 余は、お前に死んで欲しいとは一寸も思ってない!」


「……!」


 宗継を必死に止めようと試みる慶広。すると、宗継の動きが一瞬止まる。


「そうだ宗継くん。万が一、誤報かもしれない。それで勘違いして自害したら……それこそ蠣崎家のためにならない!」


「!」


 さらに俺も言葉で畳みかける。


「同意にて候」


「……」


 ようやく季遠の台詞で、感情的になって自害しようとした宗継の腕が、脱力したのか徐々に下に降ろされていく。

 さっきとは一転、呆然となったようだ。


「宗継」


「……はっ」


「向かうぞ、蝦夷地に」


「……御意であります」


 こうして宗継の説得に何とか成功。

 俺達は、未だこの事態を知らない季貞をベッドから引き摺り下ろし、港へと向かっていった。

 第5章は、実際の『逆さ水松(オンコ)』の話をさらに過激にした章です。

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