76 自分たちの罪
港に到着すると、そこには何故か出航準備が完了済みの軍艦『フリングホルニ号』と王国軍、さらにはレスノテクにリシヌンテの姿が見えた。
「あんたたち、遅すぎるわよ。今の状況分かってるの?」
「う……」
レスノテクは完全、仕事モード。その冷徹で素っ気ない口調が、逆に威圧感として俺達を襲ってくる。
「無茶を言うな、レスノテク。余達は先程、宗継から報せを受けたばかりなのだから」
「しかして、何故に王国の兵が集っているでありますか?」
「なんかね~、ボクたちと一緒に戦いたいって言ってたよ~」
宗継の報告によれば、守継と鷹姫は王国軍の兵士と共に挙兵したはず。
だが港の王国軍の様子は、それらの兵士と同調する気は毛頭ないように感じる。
察するに、今回の謀反は王国政府が主体的に起こしたものではなく、海外派兵中の兵士による“王国に対する反乱”という側面もあるのではないか。
「今回の謀反、複雑な事情が絡んでるみたいだな……」
「何にせよ、今は船で蝦夷地を目指すよりほかない。それでは皆の者、乗船するぞ」
「御意!」
俺達はフリングホルニ号に乗り込んだ。
◆◆◆◆◆
「何と、蝦夷地で謀反が……!」
移動中の船の中で、泥酔状態だった季貞がようやく目を覚まして事態に気づいた。
「戦況から、蠣崎領の大半は既に父と異国の兵の手に落ちたと思われるであります……」
「某としたことが、斯様に重篤な時に寝過ごしておったとは……」
普段ならツッコミを入れるべき場面だろうが、乗船してからの俺と慶広は、必要最低限以外の言葉を一切交わしていなかった。
別にお互いが憎いわけじゃない。単純に、会話する気にならないのだ。
「全て、拙者と一族が原因であります。叛逆の罪、幾ら償えど償いきれない思いであります……」
今回の謀反に対し、宗継は自分に全責任があると語る。
だが、俺にはそうは思えなかった。
「――俺の、罪だ」
「……武親?」
「俺は史実で、この事件が起こることを知っていたはずだった。だがいつの間にかそれを忘れ、ついには対策を怠った。だからこれは、俺の罪でもあるんだ」
「珍妙な話にて候。云わば、五郎は行先に関し既知であったが如く也」
「……今のは戯言です。忘れてください」
俺もまた、宗継と同じく自らを責めていた。
しかし俺達2人のほかにも、責任を感じている人がいた。
「――それでしたら、わたくしたちも同じことですわよ」
「その声は……ヴィクトリア?」
俺達の前に現れたのは、久しぶりにその姿を現したヴィクトリアであった。
そんな彼女の後ろで、彼女の姉・イングリッドも腕組みしながら立っていた。
「更に言うならば、妾達の戦略ミスじゃ」
「戦略ミス、だと?」
そして彼女達は、自らの不明について語り始めた。
「貴方がたとの和睦の後、蝦夷地には第4師団を駐屯させましたわ。戦争を起こした張本人、モルテン・フルホルメン大佐の死刑が軍法会議で決まった後、第4師団旗下の兵士は大いに混乱を来たしたそうですの」
『フルホルメン大佐死刑』のニュースは、半年近く前の王国の新聞で読んだことがある。
俺としては戦争しかけた奴であると同時に、初めて対面した異世界人だったので、正直複雑な気分だった。
自身の重大な罪で軍法会議にかけられたそうだから、致し方ない末路とも言えるが。
「もともと第4師団はエルフ族主体の師団じゃ。連隊長である大佐の処刑が引き金となって、反乱を起こす可能性もあった。そこで海外派兵という、王国軍人として名誉ある仕事を与えることで、兵士たちの忠誠心を維持しようとしたのじゃ」
「ですが、完全に裏目でしたわ。むしろ大陸から距離があることを絶好の機会と捉え、あの方々は王国からの独立を目指すようになった。そう考えるのが妥当ですわね」
ヴィクトリアとイングリッドは、そう長々と語りながら後悔の念を隠せないようであった。
そうだ、ミュルクヴィズラント王国のエルフ族は、元は別の国の住人だったんだ。
半年前、同じフリングホルニ号での会話で、彼女達がエルフ族を従えるのに苦労した話は知っている。
ヴィクトリアの言う通り、これはエルフ族による独立戦争の面もあるのだろう。
「とにかく、蝦夷地の者は無事にござろうか……? お館様は長門殿とともに脱出なされたとのことだが……」
「そうよ、リコナイの集落が心配だわ! ああ、早くアイヌモシリに到着しないかしら! 14日も待っていられないわ!」
「お父さん、大丈夫かな……」
だが、それはあくまで王国とエルフ族の間の話。それに俺達が巻き込まれるのは我慢ならない。
茂別館には俺の一族もいるんだ。せめて不破家の無事だけでも保障してもらいたい。
「何れにせよ、何処から上陸決行にて候か」
「松前は焼き払われたそうでありますからね……」
焦土作戦かよ。せっかく交易で栄えた城下町に何てことしてくれんだ……。
確かに軍事上は有効とされるが、現地住民にはたまらない作戦だ。
議論を重ねれば重ねるほど雰囲気が暗くなる中、ここで慶広がようやく口を開いた。
「――脇本館だ」
「脇本館? 拙者ら、南条一族の館でありますか」
脇本の地名が出てきたその時、季貞と俺は納得の表情を浮かべた。
「なるほど、得心致しました。脇本館は蝦夷地の主だった街道から離れて位置しておりまする。未だ攻撃を受けておらんかもしれませぬな」
「確かに後ろは山である上、松前方面は完全に断崖絶壁。蝦夷地奪還の拠点を構えるには絶好の場所だな」
「ではそこに向かいましょう。それにわたくしたちの陣容を目撃すれば、きっと第4師団の方々は直ちに降伏しますわ」
重い空気の中、頼もしい言葉を発するヴィクトリア。
彼女の言った通り、今回の俺達の陣容は大規模なもの。
イングリッドとヴィクトリアの存在からも想像できる通り、今回は王国軍第1師団と第2師団、さらにはフルダ率いる第3師団まで出撃している。
その数、総勢7万。一方、謀叛を起こした第4師団と鷹姫の兵力は、多くても6千には達しないらしい。
王国側としては、兵力で圧倒して第4師団を降伏させる腹積もりだ。
今回、持ち前の兵力を持たない俺達使節団にとっては、王国の兵力に頼るしかない。
(待っててくれ、皆……)
俺は蝦夷地の住人の無事を祈るため、ひたすら西の方角に向けて手を組み続けた。




