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77 利己的な姫と冷酷なエルフ

 今回は、三人称視点です。

 武親達が謀反の知らせを受ける2週間以上前のこと。


 下国重季は、南条守継に呼びつけられるまま勝山館に訪れた。

 最初は「また鷹姫の不味い料理を食わせられるのか」とげっそりしていたが、いざ勝山館に到着すると、その吃驚せざるを得ない光景に重季の歩みが止まった。


「不穏至極な様相だ……」


 壁や柱には刀で切り付けられたような跡。床には人間の者と思われる新鮮な血。明らかに、館内で刃傷沙汰があったことを窺わせる光景だった。


「越中守が指示したとは思えん。だが、幾らあの鷹姫と言えど、ここまで見境なく館内を荒らすなどとは……」


 さらにこの時重季は、自身が館内で暗殺される可能性も視野に入れていた。

 すでに実質的な権威の無い下国家の武将を始末する必要性に、彼は疑問を抱いたが、脳裏をよぎらずにはいられなかった。

 裏は確実にある。だが相手は勝山館主にして上ノ国の代官。

 出仕せよと申し付けられれば、そうするしかない。


 重季は恐怖感を押し殺しながら、奥のほうに進んでいった。



 ◆◆◆◆◆


 

 重季の予想は、中らずと雖も遠からずであった。


「鷹姫……これは何の真似であるか?」


 日常、評定が行われる大広間にいたのは、鷹姫と異国の妖魔(エルフ)

 そのエルフとは、アクセル・スヴェンセン。蝦夷地駐在のミュルクヴィズラント王国軍第4師団長で、階級は少将である。

 そしてその2人の後ろには、不自然な格好で横たわる甲冑姿の守継がいた。


「ふふふ……ようこそおいでになりましたね。あたしたち(・・・・・)の世界へ」


「お前たちの世界? 何を世迷言をほざくか鷹姫。それよりこの惨状の訳を教えよ」


「おいおい、お伝えします」


「ほう、貴様が鷹姫の言っていた下国孫八郎重季という男か」


「お前の差し金か、異国の武将よ」


 重季はアクセルを睨みつける。


「ふっ、つれない男だ。本日は貴様にとって喜ばしい話を持ってきたというのに」


「拙者にとって喜ばしい話だと?」


「ええ」


 重季は2人の意図が全く読めなかった。

 今となっては蠣崎家の一凡将に過ぎない自分を、わざわざ招待するその意図が。

 そして次に語られる鷹姫の驚愕な野望に、重季は思わず色を失う。


「単刀直入に言いますと、実はあたしたち、これから父に対して謀反を起こします」


「……何、お館様に謀反だと!?」


 そしてあろうことか、謀反に協力するよう重季に迫ってきた。


「貴様の家系については調査済みだ。貴様ら下国家は、かつては蝦夷地の支配者であった。だが、今では蠣崎家に乗っ取られた形となっている」


「そこで、あたしたちが弟たちを始末した上で、父を脅して守継様を蠣崎家の次期当主に指名させます。そして直ちに守継様に継がせた直後、あなたに蝦夷地の支配権をお譲りしましょう」


「……!」


 あまりに上手い話ではあるが、茂別館陥落以来、下国家としては半世紀ぶりに蝦夷地の支配権を奪還できる。


「貴様にとっては、メリットの塊だとは思うが」


「さあ、重季様。こちらへどうぞ」


 重季を手招きするアクセルと鷹姫。しかし……




「断る」


 重季の口から出てきたのは、ただ「断る」の2文字。


「……ごめんなさい、今何と?」


「断る、と言った」


 重季は、断固として誘いには乗らなかった。


「今こそが貴様にとっては千載一遇のチャンスではないか。なぜ、我らに味方しない?」


「そもそも、蝦夷地は昔も今も下国家(拙者ら)土地(もの)だ。なれば、尚更不届き者の家臣や異国人共の勝手を許すわけにはいかん。早々に下らん企みは止めよ」


 上から目線の物言いではあったが、これが重季なりの蠣崎家に対する忠義の示し方であった。

 彼を味方に引き込めず、歯軋りする鷹姫。だが――


「ほう、ならば致し方ない。身の程知らずの愚かな貴様には、現実と力の差を思い知らせてやる」


「やるか、異国の兵よ」


 刀の柄に手をかける重季。


捕縛(ザイル)


「ぬおっ……!?」


 しかしアクセルは正々堂々戦わず、魔法で重季を縛り上げる。


「ひ、卑怯なり! 妖術で拙者を縛るとは! お前も男なら武を以て闘わぬか!」


「卑怯……? はははは、咆えるな負け犬が」


「何だと?」


「悔しかったら、我らのように魔法を習得することだ。まあ、素質皆無の者に言っても意味は無いが」


「おのれ……」


 圧倒的能力を持つアクセルを前に、重季は一切合切動けず、悔しがることしかできない。


「眠れ。惰眠(シュラーフ)


「ぬお……」


 そしてそのまま、重季は魔法で深い眠りに就いてしまった。

 アクセルは部下に命じて、重季を牢にぶち込むように指示した。 




「さすが、あなた様の神の如き力は素晴らしいですね」


「貴様も、仲間になろうがなるまいが、最初からあの重季とやらに蝦夷地を譲る気は無いのだろう? なんと人の悪いことか」


「あら、勝ってしまえば人の悪いも何もないでしょう? 勝てば官軍です」


「ふっ、恐ろしい女だ……。では、次に鷹姫の夫を操る(・・)としようか」


 そう言ってアクセルは、守継の体の上に魔法陣を発動させる。


傀儡化(マニプラツィオーン)


 すると、先程まで横に倒れているだけの守継が、すっくとその場に立ち上がった。

 だがその顔は、意思なく斜め下を向いたままであった。


「これで守継の自我は、暫く表には出てこない。我の命令にただひたすら従うのみの、ただの操り人形だ」


「あたしを恐ろしい女といっておきながら、あなた様のやり口も戦慄ものですね」


「言うな。それにこの魔法は、我が家に代々伝わるものだ。人を人形のように操るのは倫理的な問題もあって、必要最小限の時間しか扱えないようになっているがな」


「とにかく、後はあたしが守継様とあなた様の兵を率いて、徳山館に入れば良いのですね?」


「ああ、貴様には2000の兵士を預ける。そして我は、別の方角から6000の兵士で行軍するとしよう」


 2人の作戦を簡単に解説する。


 まず勝山館で鷹姫の部隊とアクセルの部隊の二手に分かれる。

 次の鷹姫の部隊は、そのまま日本海側の海岸線沿いに松前・徳山館を目指し降伏させるか、もしくは強襲して城内の将兵を殲滅する。

 その勢いで、さらに知内(チリオチ)のチコモタインをも討ち取り、支配を安定させる。


 一方、アクセル率いる部隊は、勝山館から山を越えて南東の中野館方面に進軍。

 木古内(リコナイ)の集落を落とし、茂別館、宇須岸館、志苔館をも陥落させ函館平野(現・函館市、北斗市、七飯町に相当)に勢力を張る寸法だ。


 何故この作戦をとるのか?

 それは、鷹姫と第4師団の間のある取り決めにあった。


「それで事が終われば……木古内以東に、我らエルフ族の自治領を認めてくれるのだな?」


「勿論です。その代り、守継様が当主になった後の蠣崎家には逆らわないと約束してくれますね?」


「無論だ」


 そう、アクセルは鷹姫の謀反に協力する見返りとして、函館平野を中心にエルフの国を建てようと考えていた。

 そして事が済めば、用済みの鷹姫を始末するつもりでもいたのだ。

 この裏の企みに、鷹姫は気づく素振りを見せていない。

 

 彼女の頭にはただ、蠣崎家を乗っ取ることしかない。

 すべてが終わった後なら、忠臣である守継も「是非も無し」とばかりに蠣崎家を継ぐことになるだろう。そう考えていた。


「それでは、行動を開始しよう」


「ええ」


 こうしてアクセルと鷹姫率いる反乱軍は、蠣崎領の蹂躙を始めることになった。 

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