71 回復魔法、そして農村視察
「治療。……これで、大丈夫だと思います」
「有難き幸せにて候」
医務室に戻ると、ラグンヒルの魔法で治療を受けている季遠の姿があった。
本来の医務室担当の先生は、他の士官候補生の治療に当たっているようだ。
「藤兵衛尉殿! 傷の具合は如何でありますか?」
「完治には至らぬも、止血完了にて候」
「明日には、再び皆さんと行動できるまでには回復させました」
季遠は、俺達に決闘の傷口の後を見せた。
「戦場の傷に比すれば浅いで候」
「しかしラグンヒルさん。これ、魔法で治療を?」
俺達が医務室に着いた時にも、ラグンヒルは技名を唱えていた。ゲームなどでおなじみの回復魔法が本当にあるのかな?
「はい。わりと初歩の回復魔法ですね」
「回復魔法は光属性になるッス。今、ガルバレク軍曹が使った治療は、軍人であれば誰もが習得している魔法ッス」
「ただ……軽い傷にしか効かない、そういう魔法さ」
「うわあ!」
気配を全く悟らせず、俺達の後ろから校長のフルダが登場した。
まったくビックリさせないでよ。心臓が止まると思ったじゃないか。
「そんなに驚くことはないだろう」
「だ、だって~……ビックリするものはビックリするんだもんっ」
「ところで校長先生は、何故医務室に来たッスか?」
「君たちと同じく、エイヴィンの見舞いに来たのさ。あれでも私の息子だからね」
そう言ってフルダは、奥のほうにあるベッドを指差した。黄昏ているパジャマ姿の青年がそうらしい。
「ま、あのバカ息子は私が相手するから、君たちは早いところ宿に戻ると良いさ」
「そうッスね。じゃあ皆さん、宿に向かうッス」
「相分かり申した」
俺達はエイヴィンを母親のフルダに任せて、今日の所は宿に戻ることにした。
◆◆◆◆◆
翌日、俺達はセーデル王立士官学校近郊のとある農村を訪れた。
傷が大分治った季遠も今朝から合流している。
「ここがヴェーテ村ッス」
到着すると、その村は山の中腹の斜面に至るまで一面の小麦畑で覆い尽くされていた。
斜面を活用して栽培している様子は、さながら棚田ならぬ棚畑と表現していいだろう。
「素朴ながら壮麗にござるな」
「もともとこのヴェーテ村のあるカル地方は、昔は寒冷で作物の育たない地方だったッス。けど約50年前、ある魔導師の手によって寒冷地でも農作物が育つ魔法が開発されたッス。もっとも、最近まで門外不出だったッスけどね」
「門外不出?」
「他の地域に易々と伝えたくなかったのではないッスかね。ほら、農耕地が広がるとその分環境も破壊されるッスから」
「ああ、なるほど……」
「日ノ本でも、外浜(津軽半島東部)から向こうの土地には水田が存在するらしいでありますが、そこも同じく壮麗でありましょうな」
そうだ、蝦夷地には農村が殆ど無かったっけ。
史実での話のこと、蝦夷地の統治を任されていた松前藩は無高、つまり田地を有していなかった。
ただでさえ寒冷な蝦夷地、その中でも小氷期とされている14世紀から19世紀においては、到底家臣に禄高を支給できるだけの量の稲は育たない。
そこで米で年貢を納められない代わりに、商場知行制や場所請負制など交易で収入を得ていた。
ただ室町時代以前は、アイヌ民族の手で農耕が行われていたそうで、蝦夷地で全く農業が出来ないわけではない。
なぜ彼らが戦国時代から江戸時代にかけて農耕を辞めたかと言えば、和人との交易に特化しようとしたためである。
彼らは鮭や動物の皮、猛禽の羽根を入手すべく、アイヌは狩猟民族としての性格を強めていくことになるのだ。
「ならば、造ろうではないか」
「造る? 新三郎様、何でござりましょうか?」
「勿論、蝦夷地にもこのように立派な農耕地帯をな」
「何と!」
へえ、慶広も気づいたのか。
魔法で寒冷地でも作物が育つなら、それを使って大幅な生産も見込める。
蝦夷地の住民が食べるコメは、当然ながら本州産。だがこれから天下統一に向けて進む以上、その交易ルートを絶たれてしまうことも考えられる。
そこで蝦夷地でコメを造れるようにする必要が出てくる。21世紀の北海道は一大食糧生産基地だからな。
もっとも、その裏では明治から昭和にかけての開拓者の苦労を忘れてはならないが。
しかしながら、いたずらに農耕地を増やすと色々問題も発生する。
ラウラ言う通り環境の問題もあるし、何より蝦夷地の場合は和人とアイヌの交易に影響が出かねない。
開発するなら、当面は渡島半島南部に限定されるべきだろう。
「アタシ、農業のやり方なんて知らないわよ。ほら、アタシそもそも首長だし、リコナイの人間で農耕をやったことがある人なんて、ねえ……」
「でも、やってみたら結構面白そうだね~」
「ま、コメに関しては交易商人から情報を得ていけばいいべさ」
「あれ? この村の農家の人達から直接聞かなくていいッスか? 農業のプロが沢山いるのに」
「この村にコメ農家はいないだろう?」
慶広の問いにラウラは一瞬首をひねる。
「コメ……? ああ、あのやたら細長くて小さい粒が特徴の……」
ラウラが言っているのはインディカ米のこと。
日本では「タイ米」の名で知られている種類で、パエリアやピラフの調理に向いているコメである。
どうやら、日本で栽培されている所謂ジャポニカ種はアイオニオン大陸では一般的じゃないみたいだ。
「だから野菜と小麦の栽培に関して、このヴェーテ村の住人から教授してもらうことにする」
「野菜作っている農家もこの辺じゃ少ないッスね……。探せば見つかると思うッスが」
「では、向かおうか」
俺達はその後ヴェーテ村の家々を訪問し、小麦や野菜の作り方について教えてもらった。
だが、魔法を行使するのが前提の説明が多かったため、残念ながら蝦夷地ですぐに使える技術等は少なかった。
その代り、士官学校の戦闘用の魔法とは違う、農業や家事など実生活に役立ちそうな魔法の情報を手に入れることが出来た。




